第128話 扉の、その先
東絛詩織に促された悠貴を先頭に、好雄、優依、俊輔、眞衣、そして莉々の順に扉の外へ出る。
高く昇った太陽。雲が足早に流れ、陽が差したかと思えば直ぐに遮られた。
周囲の様子を窺いつつ進む悠貴たち。あまり高くないビルとビルに左右を挟まれた場所に出た悠貴たち。振り返ると自分たちが出てきたのはコンクリートで出来た小さな小屋だったと分かった。
「何だよ……、別にどうってことはねぇ普通の街じゃねぇか」
俊輔の言葉に、ですよねぇ、と頷く眞衣。悠貴も頷く。武井や東絛志織の言いぶりから何が待ち受けているのかと警戒していたが、正直なところ拍子抜けした。
「でも……、何だか、凄く……静か……」
横を歩く莉々が呟いて悠貴も耳を澄ます。確かに北関東州の都市圏第五層の街だと言うのに街に特有の喧騒が一切なかった。
言われてみるとその静けさが不気味だった。悠貴は一度立ち止まって後ろの武井を見る。
武井は顎で先に進めと悠貴に示す。
歩き出す悠貴に他の仲間も続いた。進んだ先に人の背丈よりも少し高いくらいのフェンスがあった。そのフェンスの向こうに通りが見える。
鍵の掛かっていないフェンスを開けて通りに出る悠貴たち。
ビルがあり、家がある。公園があり、疎らだが人も歩いている。それだけを見ると普段自分たちが住んでいて目にする南関東州の都市圏の光景と変わらない。
しかし……。悠貴は目を凝らす。明らかに街は寂れ果てていた。大人も子供も生気がない。足取りは重そうで歩みが遅い。道端に座って無表情に空を眺めている姿もあった。
眞衣が口を開く。
「ほ、他の州の……都市圏って……、南関東州の都市圏よりも……科学技術が発展していて……、綺麗で快適な……」
眞衣が口にしたのはそのまま悠貴の他州の都市圏の印象だった。集約された街、人々。AIで管理された街で人々は快適に過ごしている、はず……。
目の前の光景はそれとは程遠い。
陽が差すとそれがはっきりと浮かび上がる。通りのコンクリートはひび割れていて至る所から草が伸びている。古びた何台かのトラックが通りすぎていき、それを目にした何人かが必死な形相でトラックを追って走っていった。
その姿が見えなくなって悠貴は改めて周囲の建物に目をやる。どの建物も中に人はいないようで明かりもない。陽が陰るとそんな建物の陰鬱さが一層と増した。
「悠貴……」
莉々が悠貴の袖を掴む。悠貴は、ああ、とだけ返す。悠貴には目の前の光景が「最低限」のものに見えた。街としての体裁、人々の気力や衣服。そのどれもが「最低限」をギリギリのところで何とか保っている、そんな風に思えた。
「おい、悠貴……、あれ見てみろよ……」
言った俊輔が指差した方を悠貴は向く。
通りの先。遠くに壁が見えた。
研修施設を囲っていた塀と似ていた。高く聳える波紋の向こうに更に高い建物が林立しているのが見えた。だいぶ霞んではいるが自分が都市圏と聞いて思い浮かべるような建物だった。
(そう。あれが……、俺が思い浮かべる都市圏……。じゃあここは一体……)
立ち尽くす悠貴たちに背後から武井が声を掛ける。
「これが手塚参謀がお前たちに見せたかったものだ。ほんの一部だし、かわいいものだがな」
悠貴に並んだ武井が無表情でそう言った。都市圏の中のはずなのにこの寂れようは何なのか。聞きたかった悠貴だったがそれよりも武井の言葉が気になった。
「あの……、武井補佐官……、そのかわいいっていうのは……」
悠貴が尋ねる。
一拍置いて武井は答えた。
「ここは知っての通り北関東州の都市圏、その第五層だ。ここの都市圏は七層まであるが、お前たちに見せられるのはここまでだ。ここより下の層は見せられない。規則だからというわけではない。規則のことを言うならここにお前たちを連れてきた時点で完全にアウトだ。下層を見せられないのは、その……、どちらかと言うと心情的なものだ」
武井にしては珍しく言い淀んだ言い方だった。反応に窮する悠貴たちを他所に武井は続ける。
「安全面のことも考慮してだ。ここよりも下層は治安が著しく悪い。特に……下層に行けば行く程、我々特務高等警察や魔法士に対する住人の感情は悪くなっていく……」
言った武井の表情はどこか寂しそうに悠貴には見えた。
「武井補佐官、ご案内します、こちらへ」
言った東絛詩織とその部下たちが歩き出したのを見留めた武井が「ああ、分かった」とそれについていく。
悠貴の横に並んだ好雄が何とか声を絞り出す。
「一体どうなってんだこれは……。ここ、都市圏だろ……? こんな……廃墟みたいな……」
「好雄……。お前、確か他の都市圏行ったことあるんだったよな? 知らなかったのか?」
「ああ……。他の都市圏には何回も行ってるし、魔法士の仕事で都市圏の外にも出たりはしてたんだけど……。俺が行った都市圏はどこも立派な街だったよ。綺麗で、AIが管理していて快適で……。でも、確かに俺が行ったのはほとんど第一層……、たまに三層までは出ることはあったけどよ、その三層も変わらず整った街だった。だから……、それよりも波紋の外……、そこより下層もそんな風に整備された街が続いているもんだとばっかり思ってた……。この辺りでさえこの有り様なのに、ここよりも酷い場所があるってのか……」
始まりの山、そして魔法。
それらが世に現れ未曾有の混乱に陥った社会。その終息に大きく寄与したのが都市圏だった。
その都市圏では人々は快適に、幸せに過ごしている。少なくともそれが悠貴たちにとっての常識だった。
東絛詩織率いる特務高等警察の部隊を先頭に悠貴たちは街を進む。悠貴は目の前の光景を受け入れることが出来ず下を向いて歩いた。
そうして進むうちに悠貴たちは比較的小綺麗な大きめの公園に着いた。着いて直ぐ特高の隊員たちが二手に分かれた。小銃を片手に周囲を警戒する隊員たち。他の数人の隊員は荷物を開いていた。
「ここで少し休んでいきましょう。昼食の用意をさせてあります。皆さん、どうぞ」
言った東絛詩織が部下に命じて悠貴たちに軽食を配らせる。
「おーい! 悠貴、あっちで食おうぜ」
言った俊輔が見た先。干からびた噴水だったがその縁はベンチ代わりにはなりそうだった。
「お前……、元気だな。この光景見て何も思わないのか? こんな所に住んでる人たちがいるなんて……。いや、武井補佐官の言い方だと……ここよりももっと……」
「まあな。俺だってさ、本音を言えば詩織あたりとっちめて、どういうことなのか説明させてえとこなんだけどよ。でも今俺たちに出来ることは、ねえよ」
俊輔の言うことも分かる。詩織は同じ魔法士だし難しいかもしれないが、他の一般隊員をどこかに連れていって魔法を使うなりして脅せば何か聞き出せるかもしれない。しかし……。
(ここであいつらと揉めたら南関東州に戻るどころか、ここの上層に行くのも不可能になる……)
天を仰いだ悠貴に優依が近づく。
「と、取り敢えず貰ったご飯食べよう? 悠貴君。それに……、少し離れた所なら、その、ほら、特高の人たちが抜きで私たちだけで話もできるし」
「優依……、そうだな」
立ち上がる悠貴。
歩き出した悠貴たちが枯れた噴水に向かおうとした時、武井が声を掛けてきた。
「お前たち、あまり遠くには行くなよ。あと桂莉々。お前は私たちから離れるな」
「えっ、何でですか? 私も皆とご飯……」
「自分の今の格好を見ろ。この辺りでも私たちのことを良く思っていない連中は多い。その制服を着て一人で動かない方がいい……」
ああ、と莉々は自分が着ている特高の黒い制服を見る。へへ、と笑った莉々が悠貴たちを見る。
「てことみたいだから悠貴たち行ってきなよ。私は、うーん……、あ、詩織ちゃんとでも食べてるからさ」
「莉々ちゃん……」
「そんな顔しないでよ、優依。確かに今の私は他の人から見たら特高の隊員に見えるだろうし、うん、あんまうろちょろしない方がいいだろうから……」
莉々と離れることは心配だったがそれでも悠貴は頷いた。ここに来るまでにすれ違ったり通りの反対側にいたりした住民たちの特高の隊員たちに向けられた視線。
(あれは……、怖がってるってよりは……憎んでる、そんな感じだったよな。確かに今は莉々は他の隊員たちに混ざっていた方が安全かもしれない……)
莉々に一歩近寄る悠貴。
「悪いな。飯食って皆と話したら直ぐ戻るから。何かあったら呼べよ」
「悠貴……、うん、ありがとね」
莉々をその場にして悠貴たちは俊輔が言った噴水に向けて歩き出した。周辺ではやはり特高の隊員たちが公園の外へ向けて異様に警戒する様子を見せていた。
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