第127話 地下水道
「国の……姿……?」
眞衣が武井の言葉をそのまま口にして聞き返す。眞衣の問いには答えず、自分に集中する視線を振り切るように武井は歩き出した。
顔を見合わせる悠貴たち。お互い訳が分からなかったが取り敢えずついていくしかない。荷物を持ち上げて歩き出した武井についていく。
大人二人がやっと並べるくらいの細い地下道へ入っていった武井に悠貴たちも続く。
武井を先頭にして歩く悠貴たち。トンネルから入った細い道は真っ直ぐと続いていた。所々小さな非常灯があって薄く足元を照らす。
「キャァー!! い、今、足元を何か通ってった!」
叫んで悠貴に抱き着いてきた莉々。
「ちょっ! 莉々さん! ずる……、じゃなくて……」
眞衣が莉々と同じように悠貴にしがみつく。
「き、きゃー。私も足元を何かしらかの生き物が……、キャァーーーーッ!!」
眞衣が飛び上がる。
その声に耳を押さえる悠貴。
「う、うるせぇ……。何だよ、眞衣、どうした?」
飛び上がって着地してそのまま踞る眞衣が涙目で悠貴を見上げる。
「な、何かが……、か、肩とか背中の辺りで蠢く感じがして……。ゆ、悠貴さん! 変なのいないですよね!?」
「あ、ああ。見た感じ何も……」
二人がそんなやりとりをしているところに圧し殺した笑い声が混ざる。
「く、くく……。眞衣さ、怖がりすぎだろっ。何だよ、あの叫び声。ちょっと俺が指でコショコショってやっただけだろ。耳を劈くってのはこういうときに使うんだろうな……、くくっ……」
「よ、好雄さん! ……ッ!!」
パァーン、と眞衣が好雄の頬をひっぱたく音が響く。
「お、おおぉ……。い、痛え……。ちょっとふざけただけだろう……」
「フンッ……。よ、好雄さんが悪いんです!」
頬を押さえながらトボトボと歩く好雄に悠貴は盛大にため息をついたが直後、耳に入ってきた微かな音に反応する。
「ん……、水の音……?」
悠貴が反射的にそう口にして、少し歩いたところで一行は歩いてきた細い地下道を抜けた。
悠貴たちはそれまで歩いてきた細い道よりも大きな地下水道に出た。手摺から下を見る悠貴。僅かな水の流れがあった。
コツン、と聞こえてきた足音に悠貴は顔を上げる。近くにいた優依や俊輔が咄嗟に足音がしてきた方を向いて構える。
魔装した俊輔が足音のした方に威嚇する声を向ける。
「誰だ……? 止まれよ。止まらねぇとコイツを……」
言いながら掌に火の球を浮かべた俊輔。
「止めろ。そいつを消せ。敵じゃない」
「でもよ、補佐官……」
「いいから、早くしろ」
武井に言われ渋々ながら俊輔は火の球を消して魔装を解く。
悠貴は目を凝らす。近づいてくる足音は複数だった。暗闇の向こうから姿を現した特高の制服を着た数人がこちらへ向かってくる。
先頭を歩いているのは少女で特高の制服の上に魔法士のローブを羽織っていた。
少女は悠貴の手前で止まり、悠貴に意味ありげな視線を送った。その視線を外した少女が改めて姿勢を正して武井に身体を向ける。
「武井補佐官でありますか!? 東部軍第二師団特務隊所属、東絛詩織、お迎えに上がりました!」
ビシッと少女が特高式の敬礼をすると後ろもそれに倣った。武井が軽く右手を上げる。
「出迎えご苦労、東絛。今回は急な頼みにも関わらず、そしてまた隠密ゆえ苦労もかけるだろうが、道案内を引き受けてもらえて感謝する」
武井の言葉に東絛詩織は表情を変えずに答える。
「何を仰られます、武井補佐官。私の上官である第二師団の牛久師団長は元は手塚参謀の部下。手塚参謀のお話はいつも伺っております! 特にかつての国のま……」
「東絛、すまないが時間があまりない。視察は日没までには終わらせたい。早速第五層まで……」
あ、と気付いたように恐縮する東絛詩織。
「こ、これは失礼しました。おい、お前たち!」
と、東絛は控えていた特高の隊員たちの方を振り向く。
「はっ! 皆様、こちらへ……」
特高の隊員たちが悠貴たちを先導しようと移動を開始し、武井がそれに続く。戸惑いながらも悠貴たちもそれに続いた。
「おい、悠貴……」
悠貴の横に並んできた俊輔が小声で声を掛けた。
「いよいよ本格的に変な雰囲気になってきてねぇか……。このまま大人しくついていって大丈夫か……?」
俊輔の言葉に悠貴は先を行く武井の後ろ姿を見た。武井は周囲の隊員たちと特に言葉を交わすことなく先へ向かっている。
「大丈夫だ、安心しろ」
急に背後から声を掛けられてビクッとした悠貴と俊輔が振り返る。さっき武井に挨拶をして東絛詩織と名乗った魔法士の特高隊員の少女が立っていた。肩にかかったセミロングの髪はストレート。小柄だがやけに鋭い眼光をしていた。
「あー、お前さっきの……」
言った俊輔を少女がキッと睨む。
「『お前』、じゃない。東絛詩織だ」
「おう、宜しくな、詩織っ。俺は山縣俊輔。俊輔でいいぜ。んで、こっちが羽田悠貴。俺たちも魔法士なんだ」
握手でも、と俊輔は手を伸ばしたが、その俊輔の手をはね除ける詩織。
「い、いきなり下の名前で呼ぶなんて失礼な奴だな! それに……私は特務隊の所属だぞ! 確かに魔法士の割には自分の小隊を持っているって訳じゃないが、それでもお前たちより立場は上だぞ、わ、分かったか!?」
「ん、何だよ、うるせぇチビだな……」
「んな!! チ、チビ……。山縣俊輔……。失礼を通り越して無礼にも程が……」
「無礼とか言われてもなぁ……。大体お前、俺より年下なんじゃねぇか?」
「わ、私はこれでも17……」
「……てことは高2だろ? じゃあタメじゃねぇか。いよいよそんなタメの女に無礼とか言われたくねぇなぁ……」
「くっ……。ま、まあそれはいい。ふう……。とにかくだ、繰り返すが安心してついてきてくれていいぞ。一応今回はお前たちは客人だからな……、一応」
言った東絛詩織が悠貴の方を向く。からかってきた俊輔とのやりとりをしていた時と顔付きが変わる。
「羽田悠貴……。冬の新人研修では大層な活躍だったらしいじゃないか」
含みのある言い方なのは明らかだった。
「いや、俺は……」
そう悠貴が返しかけたが、詩織はその先を聞くことなく歩き始める。悠貴と俊輔は顔を見合せ、詩織についていく。
詩織が背中越しに話す。
「別に私はお前だけをただ責めている訳じゃない……。どちらかというとお前たちに蹴散らされた部隊の連中の方に苛ついてるんだ。負けた方が悪いんだからな。適者生存。最良の人間が生き残っていくのは自然の摂理だ。そもそもそれが特高の思想の1つでもある。ただ……」
少しだけ振り向いた東絛詩織が続ける。敵意を隠さない視線が悠貴に向けられる。
「ただ、それとお前が……お前たちが私たち特務高等警察に……私と考えを同じくする同志たちに牙を突き立てたこととは別だ。お前は私の仲間を傷つけた。その事実に変わりはない」
言った詩織は再び前を向いて歩みを速める。
悠貴は詩織の前に回り込んだ。
「待ってくれ!」
目の前に立った悠貴を冷たく見据える詩織。
「確かに新人研修の時は俺はお前の仲間と戦った……、でもそれは仕方なかったんだ! 特高は俺たち研修生に……」
「どんな理由、どんな事情があったとしても事実は事実だ。羽田悠貴、お前は私たちの敵だ。安心しろ、今回は武井補佐官の目もある。おまけに今回の視察は手塚参謀直々のご命令だ。お前にも、お前の仲間たちにも手は出さない……」
言った東絛詩織は悠貴を残して先へ進んでいった。呼び止めようとした悠貴だったが何と言えば良いのか分からず伸ばしかけた手を引っ込めた。
「何だよ、アイツ……。事情を知ってるんなら俺たちが悪くないってことぐれぇ分かるだろうよ……。悠貴、気にすんなっ」
「俊輔……。ああ……」
悠貴は東絛志織の背中を見る。
新人研修では同期の仲間たちを守るために特務高等警察と戦った。それは今でも正しかったと思うし後悔もしていない。それでも……。
(あんな風に俺たちのことを思ってる奴もいるんだな……)
詩織が引き連れてきた特高隊員たちを先頭に地下水道を進む悠貴たち。電子ロックがかかった分厚い扉を幾つか通り過ぎて、そしてまた同じような扉が悠貴たちの目の前に現れた。
「何だよ、また扉かよ……。ったくよ、こんな御大層な扉何重にも構えて面倒なことこの上ねぇな……」
悪態をつく俊輔を横目にした東絛詩織が扉の前に進み出て、制服から鍵を取り出す。
「ここは電子錠じゃなくてアナログなんだな」
茶化すように言った好雄を一瞥する詩織。
「ここが最後の扉だ。外から見ればここが最初の扉……。この扉の鍵穴を見た奴が外へ逃げ出そう、若しくは上層へ忍び込もうとすれば鍵を奪おうとするだろう。だが……、ここ以外の他の扉は全て生体認証の電子錠だ。決められた人間の静脈、虹彩、指紋……と様々な部位が登録されていて、しかも定期的に入れ替えられる……。この鍵は絶対に必要だが、それと同時に目眩ましでもある」
悠貴は聞きながら思う。なぜそれほどまで厳重にしなければならないのか。
東絛詩織は鍵穴に鍵を差し込んで回す。ガチャリ、と音がして、そして東絛詩織は悠貴の方を振り向いた。
「羽田悠貴……。お前たちは何でこんな所に連れてこられたんだ?」
唐突に尋ねられた悠貴は武井に言われた言葉をそのまま口にした。
「この国の……姿……を見せたいって手塚教官から……」
「そうか……」
とだけ口にした東絛詩織が扉のハンドルを持つ手に力を込める。
「見ろ。これがこの国の姿だ」
扉がギギッと、重々しく、開いていく。
今話もお読み頂きありがとうございます!
次回の更新ですが、今週は月末週でなかなか執筆関連に時間がとれそうにありませんので11月8日(月)の夜としたいと思います。
2週間空いてしまいますがどうぞ宜しくお願い致します!




