第126話 この国の姿
「なんだ! 何があったってんだよ!?」
立ち上がった俊輔がドアへ向かおうとする。
「あ、危ないよ俊輔君! こ、こういう時は大人しく……」
と、優依が俊輔を引き留めようとしたとき、ドアが開いた。ドアの外に立っていた武井は周囲の様子を窺うようにしながら悠貴たちの方へ近づいてきた。
「武井補佐官! 何があったんですか!? いきなり止ま……」
悠貴の言葉を武井が遮る。
「荷物を持って黙って私についてこい! 質問は後だ……、時間がない!」
剣幕は凄かったが何故か武井は声を抑えているようだった。今もしきりに周囲の様子を気にしている。戸惑う悠貴。
(どうする……。俺は未だこの人を100パーセント信用している訳じゃない……)
そこまで思っていた悠貴に、ドスン、と何かが投げつけられた。
悠貴は目を凝らす。見てみると自分の荷物だった。非常灯ばかりがうす赤く照らす中、好雄と優依が皆の荷物を下ろしてそれぞれに渡している。
「悠貴! 気持ちは分かるけど今は武井補佐官を信じるしかない!」
そう言ってきた好雄に悠貴はそれでも迷いが残った。
「悠貴君、武井補佐官は手塚教官の副官……。今回のことだって教官に言われて動いてるみたいだし……」
「優依……、分かった」
優依に手塚の名前を出されて悠貴は気持ちを決めた。立ち上がって荷物を持ち上げる悠貴。
「よし、行こう!!」
悠貴の声に頷く残りの5人。
悠貴を先頭に進む。警報は鳴り響いているが不自然な程、周囲には人の姿がなかった。たまに聞こえてくる特高の隊員の声は離れた所からのものだった。
非常灯の赤い光ばかりに照らされたデッキの先。何故か装甲列車の分厚いドアが開いている。外はトンネルの中で装甲列車の中よりも一層暗い。
武井は躊躇することなく外に飛び降りた。
「早く来い! 飛べない高さじゃない!」
先頭にいた悠貴は外に顔を出して下を見る。乗り込んだ時の記憶では列車は確か1メートル程度の高さだったはず……。
「先に行くぞ! 俊輔ー、続け!」
言った好雄が飛び降りる。微力だが好雄は魔装をしていてストンと着地する。魔装した好雄の身体から発せられるオーラが周囲を薄く照らす。
「へっ、そんな明かりじゃ周りが良く見えねぇだろっ。よし、俺が炎で……」
「止めろ! 目立つようなことはするな! 早く飛び降りろ!」
「お、おう……。分かった……」
武井に凄まれた俊輔も好雄と同じように僅かな力で魔装して列車の外に降り立つ。
「ゆ、悠貴ぃ……」
呼ばれて振り返る悠貴。後ろにいた莉々が不安そうにローブを掴んできた。
(俺たちは魔装すれば着地して転んだぐらいでは何てこともないけど莉々は……)
「莉々! しっかり掴まってろよ!」
「えっ、悠貴! キャッ……」
魔装した悠貴は莉々を抱えて列車から飛び降りる。風の魔法の力も使ってフワリと着地して莉々を下ろす。
「あ、ありがと……」
小声でそう言ってきた莉々を一歩下がらせた悠貴は列車を見上げる。
(よし、残りは優依と眞衣。2人とも魔法を使えるし大丈夫……、ん?)
非常灯の薄い明かりに照される優依の顔は凍っている。暗さに目が慣れてきた悠貴。良く見ると優依は一歩も動けずに震えている。
「えと……、優依さん……?」
「ゆ、悠貴君……! わ、私、ちょっと高い所は……」
そう言えば、と悠貴は思い出す。学年合宿の係4人で打ち上げに遊びに行った時、湾岸ドームのガラス張りの床に凍り付く優依。その姿が今の優依に重なる。
(確かにあの時はビル何階分って高さだったけど……、こんくらいでもダメなのか……)
先頭車両の辺りで動きがあったようだ。特高の隊員たちの声が聞こえる。
「羽田悠貴! 急げ、何をしている!?」
トンネルの暗がりに潜み込んだ武井が苛ついた声を悠貴に投げる。その横から同じように暗がりに隠れる好雄と俊輔、そして莉々が顔を覗かせる。
「優依! 詳しくは分からないけどホント時間ないみたいだ! 高いつっても1メートルもない! 大丈夫だから!」
「で、でも……」
「いいから! 絶対俺が受け止めてやるから! 飛べ!」
「ゆ、悠貴君……、分かった……。ふぅ……えいっ!」
宙に飛び出た優依。落ちてきた優依を悠貴が受け止める。
「ほらな、全然平気だろっ」
「う、うん……。ありがとね悠貴君。でも……、あ、あの……」
「ん、どうした? 優依」
「あのね……、その、もう大丈夫だから……」
受け止めた優依をそのまま抱き締める形になっていたことに気付く悠貴。腕の中の優依の体温が伝わってくる。
「あ……。わ、悪い……!」
「う、ううん……! こ、こちらこそ……。あ、じゃあ私、皆の所に……」
小声で俯きながら言った優依は好雄たちが隠れる暗がりへ小走りで向かう。
その優依の背中を見ていた悠貴の上から声が掛かる。
「悠貴さんー! 実はですね、私も高いところがですね……。だからぜひ私も前のお二人みたいに抱き抱えて、もしくは受け止めてそのまま抱き締め……」
手を振りながらピョンピョンと跳ねる眞衣。
ザッ。
眞衣を見上げる悠貴の横に武井が並ぶ。
「何をしている……。神楽坂眞衣。お前……、風使いだろ。落下するスピードも着地の衝撃も風の魔法でも魔装でもどうとでもなるだろう……。急げ!」
「あ……、そうですね……。はーい……」
武井の言葉に一気に消沈した眞衣が荷物を抱えて飛び降りてストンと着地する。
「武井補佐官!」
列車から特高の隊員が顔を出してきた。
「ご苦労。ここまでは上手くいっているな……。他の連中には気付かれてはいないな?」
「無論です! トンネルのロックの方も時間通り……、いえ、2分早まります! お急ぎください!」
「そうか、分かった。後のことを頼む」
「ハッ!」
その隊員がそう言って身体を一歩引いたとき、装甲列車のドアがゆっくりと閉まった。
武井が暗がりに身を隠す悠貴たちに声を掛ける。
「ただでさえ時間がないんだが更に予定が早まった……急ぐぞ。私に続け! この灯りが目印だ!」
取り出した小型のライトの淡い光を悠貴たちに示した武井が足早に歩き始める。
その武井に続く悠貴たちの耳に装甲列車が動き出した音が聞こえてくる。どんどんと音は遠ざかっていき、そして何も聞こえなくなった。
静まり返るトンネルに悠貴たちの足音だけが響く。武井の持つ灯りが周辺だけを薄く薄く照らす。
さらに進んだ辺りで先頭を歩いていた武井が急に足を止めた。灯りで壁面を照らす。探っていると頑丈そうな扉が浮かび上がってきた。
「862ゲート……、よし、これだな。羽田悠貴! 三木好雄!」
武井に呼ばれた悠貴と好雄が進み出る。
「何すか、その扉……?」
好雄の問いには答えず、腕の時計に目をやる武井。
「3、2、1……。よし、今だ、羽田悠貴、三木好雄! 魔装して思い切りこの扉を押せ!」
「えっ……、あ、は、はい!」
悠貴が魔装したのに好雄も続き、二人で扉を押す。
扉が響かせたギギッという重く音が周囲で木霊していく。
「うぇ……、中も真っ暗ですね……」
中を覗いてそう言った眞衣を掴んで扉の向こうに放り込んだ武井が声を上げる。
「全員中へ! あと10秒でロックがかかる!」
その声に反応する悠貴たち。
荷物を抱えて次々に扉の中に駆け込む。最後に俊輔が滑り込んだところで武井が叫ぶ。
「閉めろ! 急げ!」
言われて急いで悠貴と好雄が扉を閉める。
直後、ピピッと電子音がした。同時に周辺の幾つかの電灯が点いて、少なくとも壁に手を付きながらであれば歩ける位の明るさになった。
軽く息を吐く武井。
「よし……。どうやら間に合ったようだな。取り敢えず第一段階はクリア。まだまだ安心は出来ないがこれからは時間的に急ぐ必要はない……。少し休め」
緊急停止した装甲列車から意味も分からずに降ろされ、暗いトンネルを歩かされた悠貴たちは武井からの、休め、の言葉に息をつく。
「それにしても武井補佐官……、一体何なんですか……。俺たち北関東州の都市圏に向かってるはずなんじゃ……」
手で顔を扇ぎながら尋ねる好雄。汗を拭いながら悠貴も武井を見る。
武井は悠貴たちを見返す。
そして、自分の腰のベルトに手を伸ばしながら悠貴たちに近づく。
「そのことだ。手塚参謀からのご命令とはいえ、私は未だに思うところがある……。そこで、だ」
言った武井が拳銃を抜き銃口を悠貴に向ける。
「な、何のつもりですか!?」
「羽田悠貴。質問は受け付けない。ただ改めて確認させて貰う。お前たち全員に、だ。いいか、お前たちがこれから見て、そして、知ることについては……、一切口外するな」
静まり返る周囲。
武井に対峙する悠貴。
「俺たちが魔装したらそんな物で脅しても意味がないって、それくらいは分かりますよね? 武井補佐官が引き金を弾くのと俺が魔装するのと、どちらが早いか勝負してみますか……?」
実際にどっちが早いかなんて分からない。それでも今はそうやってハッタリを利かせるしかない。冷や汗をかきながら構える悠貴に武井が笑う。
「その通りだ、羽田悠貴。魔装した魔法士相手にこんなオモチャでは全く意味がない……。だがな、こうするとどうだろう……」
武井が視線を悠貴に向けたまま、銃口の向きを莉々に変える。
「莉々!!」
拳銃を向けられた莉々が震えながら悠貴を見る。
「ゆ、悠貴……」
踏み出そうとする悠貴を武井が声で制す。
「動くな! 羽田悠貴もだが、私に気付かれないように魔装して虚をつこうとしているお前もだ、山縣俊輔……。魔装を解け」
銃口は莉々に向けたまま、回り込もうとしていた俊輔に視線だけ移す武井。
「クソッ、バレたか……」
武井に言われた通り魔装を解除する俊輔。
誰1人動かなくなったのを確認して武井が続ける。
「勘違いしないでもらいたいのだが、私は別にお前たちと争いたい訳じゃない……。繰り返しになるが、私はただここで約束をしてほしいだけだ。これから先のことは絶対に口外しないと……」
微動だにせず莉々に銃口を向ける武井を睨む悠貴。武井の目を見る。
(この人の目……。どうやら嘘はないみたいだ……)
フッと身体の力を抜く悠貴。
「分かりました……。皆もそれでいいな?」
言った悠貴が見回す。
残りの五人全員が静かに頷く。
その様子を見た武井が拳銃をしまった。ホッとした莉々が腰が抜けてしゃがみこむ。
「莉々ちゃん!」
駆け寄った優依を見上げた莉々が笑顔を作る。
「あはは……、だ、大丈夫大丈夫っ……」
優依と好雄に抱えられて立ち上がる莉々。莉々に手を貸しながら好雄が口を開く。
「それにしても武井補佐官……。こんなことまでして、俺たちに手塚教官が見せたいものって何なんですか……?」
好雄の言葉に、皆の視線が武井に集まる。北関東州の都市圏に向かうとは言われたが何を見せられるのかは聞かされていない。誰もが一番それを知りたかった。
好雄を見返した武井が一言だけ口にした。
「この国の姿だ」
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次回の更新は10月18日(月)の夜を予定しています。
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