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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第四章 クロイキリの行方
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第125話 北関東州都市圏

 悠貴たちが桐花杯へ向けて訓練していた施設から飛び立ったヘリコプターは草原と幾つかの低い山を越えて特務高等警察の基地に降りた。


 基地の中をスタスタと進んでいく武井。

 たまにチラリと振り向いては悠貴たちがついてこられているか確認はするが声を掛けることはなかった。



「なぁ、好雄……」


 悠貴は横を歩く好雄に小声で話し掛けた。


「好雄は武井補佐官のこと、よく知ってるのか?」


「なんだ、悠貴、ああいう女がタイプなのか?」


(ちげ)えよ。何言ってるんだ……。あの人のこと、どこまで信用していいのかなって……」


 状況が状況だっただけに何も言わずについてきてしまった。都市圏(エリア)の外にいるというだけでも不安なのに今はこうして特高の基地に連れてこられている。おまけにこれからの行き先も知らされていない。悠貴は先を行く武井の後ろ姿に目をやった。



「ま、用心するに越したことはねぇけどさ、あれでも手塚教官の副官だ。深い話はしたことねぇし、怒らせたら死ぬほど怖いけど……、俺たちに危害を加えるようなことはないと思う」


「そうか……」


 悠貴がそう呟いたときに先を行く武井が足を止めた。話し声が届いてしまったかと悠貴と好雄はドキッとした。



「何だ、お前たちその顔は。着いたぞ」



 着いた先は格納庫だった。武装された列車が止まっていて線路が草原へと続いていた。



「えっ、線路!? こんな所に!?」


 莉々が声を上げて、残りの悠貴たちもまた驚いた。都市圏同士を繋ぐのは高速鉄道と高速道路が併設された『大幹線』だけなはずだ。



「民間に開放されているのは大幹線の線路だけたからな。この線路は存在しないことになっている。……とは言え、一般人が都市圏(エリア)を出てこんな所まで来ることもないだろうが。それでも機密事項だ。絶対に人には漏らすなよ」


 きつい視線で悠貴たちにそう言った武井が装甲列車に乗り込んでいった。悠貴たちは自分たちも続くべきか一瞬迷った。しかし……。



「お前たちも乗るんだ! 時間がない、急げ!」


 近くにいた特高の隊員にイラついた声で言われた悠貴たちは列車に駆け込む。最後に眞衣が列車に入ったところでドアは閉まり、列車はゆっくりと動き出した。



 装甲列車はひたすら草原を進んでいく。



 気づけば昼が過ぎていた。簡単な昼食が出され、それを平らげたあたりで好雄が口を開いた。



「で、武井補佐官、俺たちは一体どこへ向かっているんです? ピクニックってわけでもないでしょうし……」



 言った好雄が窓の外に目をやる。やはり、どこまでも、何もない原が続いていた。

 好雄の斜め向かいの席に座っていた武井は一瞬迷うように窓の外を見たが直ぐに向き直す。



「第5都市圏(エリア)だ」



 第5、と繰り返した好雄。



「あ、あの、第5都市圏ってどこの都市圏ですか……?」


 遠慮がちに周囲に尋ねる眞衣。ため息をついた武井が目に入ったが悠貴は無理もないと思った。普段、どこどこ州の都市圏、と言って区別することが多い上に、自分たちが住んでいる州以外の州や都市圏が会話に上がってくることは滅多にない。



「北関東州の都市圏だよ、眞衣。それにしても武井補佐官、何で俺たち、そんな所に……」


 言った悠貴が武井に目を向ける。

 武井は顔を上げたまま目を(つむ)る。


「手塚参謀がお前たちに見せたいものがあると言っただろう、羽田悠貴。今はそれ以上のことは言えん」



 それっきり黙る武井。(しばら)くすると席を立っていなくなってしまった。



 武井が出ていったドアが閉まり切ったのを確かめた好雄が肩を(すく)める。


「第5都市圏だとよ……。北関東州ねぇ。俺は前に一度、魔法士の仕事で行ったことがある。けどさ、確かに綺麗で大きな街だけど……取り立てて何かあるって訳でも……」


「でもでも……、手塚教官がわざわざ『私たちに見せたいものが』って言う位なんですしきっと何か秘密があるんですよ! よっしーさんっ、何か覚えてないんですか!?」


「だよなぁ……。えっと、確か一昨年の今頃の時期に来て……、第一層の駅に着いて……、メチャクチャ可愛い魔法士の女の子がいたから声を掛けたんだけどガン無視されて……。それから隔壁を抜けて二層に出て……」


 眞衣に言われて好雄は頭を(ひね)る。



 その様子を見ながら悠貴は自分の知る限りの第5都市圏についての情報を思い出そうとした。


 北関東州。旧群馬、栃木、茨城が統合され、北関東州としてまとめられ、住民は全て旧宇都宮市を中核として造られた第5都市圏(エリア)に移住させられている。膨大な人口を抱え都市圏とその外の境界がぼやけている南関東州とは違い、他の地方の州の都市圏のように整備された街に全人口が収まっているはずだ。



 そんなことを考えていた悠貴だったが優依の視線に気が付いた。


「ん、どうした? 優依」


「あ、ごめんね。えと……、悠貴君……もだし、眞衣ちゃんも俊輔君もだけど、都市圏(エリア)の外にいるのに落ち着いてるなぁって」


 えへへ、と頬を掻く優依。


「あ、何だ、優依。俺たちのこと馬鹿にしてるのか? 」


「ち、違うよ! 俊輔君! そうじゃなくて……、ほら、普通、都市圏(エリア)の外には出られないのはもちろんだし、都市圏(エリア)間を(また)いだ移動も厳しく制限されてるでしょ? 私とか好雄君は魔法士だからたまに他の都市圏(エリア)に行くことがあるけど、皆はそうじゃないのに何かいつもと変わらないなって……」


「だからそれが俺たちを馬鹿にしてるって言ってるんだろうが! はぁ。そりゃ俺だって都市圏(エリア)の外に出るのは初めて……、あ、新人研修は確かに微妙に南関東州の外だったけどあそこら辺は特別区だったからな。都市圏(エリア)の外って言っても俺たちが過ごした魔法士の演習施設……あそこだって都市圏(エリア)の中と変わらねぇだろ? 施設の外だって普通に平野があって山があって……。別に都市圏(エリア)の中だ、外だなんて気にすることじゃねぇだろうよ。何だって国にしても特高の連中にしてもあんなに都市圏(エリア)の内だ、外だ、なんてのを気にしてるんだ?」



 確かに、と悠貴は頷いた。

 都市圏(エリア)の外はどこまでいっても自然しかない。しかし、自分たちがさっきまでいた演習施設には魔法士や特高の隊員、施設で働いている人たち……と人の姿も多かったので、少なくともあそこに居る間はここが都市圏(エリア)の外だということを意識することは少なかった。



「ですよねぇ……。都市圏(エリア)が違うと通信も出来ないですし……。はぁ、せっかく新人研修で仲良くなった人たちともあれっきしです……」


 下を向いて残念がる眞衣に悠貴も頷く。俊輔や眞衣はたまたま同じ南関東州に住んでいたからこうして会えているが、同じグループだったゆかり、宗玄、聖菜とは研修以来全く連絡をとっていない。



 そこまで思って悠貴が、あっ、と思い出す。


「莉々って他の州の出身だったよな? 確か北東北州……」


 と、目を向けてきた悠貴に莉々が頷く。

 特務高等警察の黒い制服に身を包む莉々がまだ慣れない。尋ねた悠貴が複雑そうな顔をしていることに莉々が気づく。


「何、ジロジロ見てるのよ。ハッ、悠貴……、まさかこういうコスプレが趣味とか…」


「違う違う!! 何言ってるんだよ……。何て言うか、莉々がそんな恰好してるのがまだ、な……」


「私だって人生で特高の制服着る機会があるだなんて思わなかったわよ。えと、そうじゃなくて……、そうそう、私、北東北州の出身よ。第2都市圏(エリア)ね」


「よく大学進学なんて理由で都市圏(エリア)越えてこっちに出てこられたな……。普通、他の都市圏(エリア)に行くときってわざわざ国に特別な申請して許可を貰わないといけないのに……」


「大学進学()()()()()よ、悠貴。そういう機会でもなきゃ他の都市圏なんて……。しかも、私たちの都市圏(エリア)からこっちに来られるのなんて、自分で言うのも変だけど、ホント一握りなんだからね!」


「大袈裟だなぁ。一握り、だなんて。どれくらいの人数なんだよ?」


「高3で受けさせられる共通テスト。その総合スコアの上位3%ってとこね。それをクリアした生徒だけが他の都市圏(エリア)にある大学に進めるの。まあ、結局は色々と許可とかもとらなきゃいけないんだけどね」


「す、すげぇ……。莉々さん……、頭良いんすね……」


 目を丸くする俊輔。


 やはり都市圏同士を行き来するのは相当大変なんだと悠貴たちは顔を見合わせる。


「私、悠貴さんたちのいる所までって実は結構簡単に引っ越せたんです。南関東州は州の全体が都市圏(エリア)みたくなってて普段あんまり意識しないですけど、そっかぁ……、他の州では私たちが普通って思ってることもそうじゃなかったりするんですね……」



 眞衣の言葉に悠貴たちが神妙そうな面持ちをした時、列車はトンネルに入った。



「そろそろ着きそうだな……」


 悠貴は当然そうに言った好雄の言葉の意味が分からなかった。


「何で分かるんだ?」


「ん? だってこんだけ長いトンネルに入ったってことは……、ああ、そうか。大体どこの州でも都市圏(エリア)に入る前にはえらく長いトンネルがあるんだよ」


「へぇ……。でもさ、それって何でなんだ? 別にどこの都市圏(エリア)の手前でもでかい山が続いてるって……訳でもないだろ?」


「そんなん俺も知らねぇよ。でもさ、他の州に行くときはいつもこんな感じなんだ。で、30分もしてトンネルを抜けると都市圏(エリア)の中心、つまり第一層にある駅に到着するって訳だな。だから俺たちももう直ぐ……」




 好雄がそこまて言った時、列車が急停止した。


「キャーー!!」


 眞衣が叫んで悠貴にしがみつくのと同時に車内は赤い非常灯の明かりだけになった。


「いてて……。何だよ! どうした!?」


 身体を椅子に打ち付けた痛みに耐えながら好雄が立ち上がって周囲を見回す。同じ車両には悠貴たちしかいない。


 悠貴も立ち上がって反対側の窓から外を見てみたが暗くて何も見えない。


「悠貴……」


 近寄ってきた莉々が不安そうに見上げてきた。




『異常を検知したため緊急停止しました。保安要員は至急C級警戒行動を……』



 無機質で抑揚のないアナウンスが響いた。

今話もお読み頂きましてありがとうございます。


次回の更新は10月11日(月)の夜を予定しています。


宜しくお願い致します!

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