第124話 魔法士のローブと特高の制服
「ゆ、悠貴君は悪くないんです! わ、私が魔法かけたんです!」
悠貴の前に飛び出してきた優依が走ってきた勢いそのままに深く頭を下げる。
「若槻優依……。お前、一体何を言ってるんだ?」
武井の言葉にキョトンとする優依。
「な、何って……。眞衣ちゃんが武器を使いこなせるように、私が魔法で特高の人たちを操って色々教えて貰っていたのを……、その、怒りに来たんじゃないんですか……?」
「お前たち……、そんなことしてたのか……。はぁ……。わざわざそんなことをする必要はなかったんだぞ。いいか、ここの訓練施設は東部軍第一師団の直轄だ。手塚参謀は幕僚部の所属だが、第一師団の師団長は手塚参謀の側近、言わばここは手塚参謀の直轄地みたいなものだ。手塚参謀の好意でここでは好きにして良いと……」
言いかけた武井が好雄を睨む。
「……好きにして良いと、手塚参謀から貴様に連絡がいっているはずだが……? 三木好雄……」
睨まれた好雄は青ざめてダッシュでベンチに向かい、置いてあった荷物をひっくり返す。すぐにまたダッシュで戻ってくる好雄。
「あー、ははっ……。たった今確認しました! 手塚教官からのご厚意、大変ありがたく……」
武井……だけではなく悠貴たちからも射抜くような視線を送られる好雄。
「な、何だよ、悠貴たちまで! 武井補佐官! いや、ち、違うんですよ! あの魔法士専用の端末って普段あんまり見なくて……、自分から用事あるときくらいしか見なくて……」
「ほう……。お前はそうやって自分の不注意でせっかくの参謀のご好意を無下にしたというのにそのような態度をとるのだな……」
「も、申し訳ありませんでしたー!!」
土下座する好雄を見ながら悠貴は少し納得がいった。この施設に詰めていた特高の隊員たちが概ね自分たちに親切だったからだ。練習場所や時間も希望通りに選べていたし考えてみれば部屋や食事もやたらと豪華だった。
「……てことは、もしかして、ううん、もしかしなくても……、わざわざ優依さんの魔法とかに頼らなくても……」
「そうだね、眞衣ちゃん。眞衣ちゃんが普通に銃の使い方とかを聞いてもちゃんと教えてくれたってことだね……」
優依と眞衣が土下座をして固まる好雄を冷たく見下ろす。
「何だよー、そういうことかよ。いや、俺もさ、魔法士だからってのを考えても、やたらと待遇良いなーとは思ってたんだけどよ」
俊輔が言った横で莉々が頷く。
「ホント……。あ、でも私は逆に『さすが魔法士!』とか思ってたよ。最初は合宿って聞いてサークルの合宿で使う宿みたいな所、想像してたからさ。で、実際来てみたらこんな凄いトコなんだもんっ」
周囲を見回すようにした莉々を一目見て武井が口を開く。
「まあその個人練習の合宿とやらも今日で終わりということで私がこうして出向いてきた訳だ。さっきも言ったが、お前たちには少し付き合って貰うぞ。直ぐに出発するから用意を始めろ。40分後、ヘリが出る。迎えを寄越すから部屋で……」
続けようとする武井を遮る悠貴。
「ち、ちょっと待ってください!」
「何だ、羽田悠貴。これも繰り返しになるがお前たちに拒否権はない」
「い、いやそうじゃなくて……。俺たちに何の用なんですか? それにどこに……」
あの手塚の副官だ。信じてはいるし、そもそも手塚の命令だという。流石に断れないのは分かっている。それでも、何処に何をしに行くのかも聞かされずに付いては行けない。悠貴は武井をじっと見る。
「それは着いてから教える。と言うよりは今は詳しくは教えられないんだ。こう言っては何だがな、参謀のお考えとはいえ、私は未だにお前たちにそれを見せることに内心反対しているんだ。ご命令だから仕方なく動いている訳で……」
武井の答えは要領を得なかった。重ねて尋ねようとする悠貴だったが武井は悠貴から視線を外す。
「おい、お前」
「えっ、は、はい……!」
いきなり武井に呼ばれた莉々はビクッとして武井を見る。
「桂莉々、お前は連れていけない。魔法士ではないただの一般人だからな。ここでお別れだ。部下に先導させるので速やかに自分の都市圏へ戻れ」
そうとだけ言ってその場を後にしようとする武井を悠貴が引き留める。
「ち、ちょっと待ってください! 何で莉々だけ……」
「言っただろ? 彼女は一般人だ。魔法士のお前たちとは違う。そもそも南関東州の都市圏から出てここへ来ていることすら、魔法士の随伴ということで特別な許可を取った上に守秘義務を課しているから可能になっている。我々がこれから向かう先にある機密はそれ以上だ。だから彼女は連れていけない」
武井が凛と言い放って悠貴は怯みそうになる。服の裾を引っ張られたような気がして振り向く。
「莉々……」
「悠貴……、ありがとね……。でも、その人の言う通り、ほら、私ってばただの一般人だしさ。だから良いよ、気にしないでっ」
気丈そうに言った莉々だったが、自分を掴むその手が微かに震えていることに悠貴は気づく。
武井の方へ振り向く悠貴。
「莉々も連れていって下さい。莉々を連れていかないなら俺も行きません」
「羽田悠貴……。時間がないんだ。お前の我が儘に付き合っている時間はない」
武井が冷たい視線を向けるてくる中、悠貴は続ける。
「ここにいると忘れちゃいそうになりますけど、俺たちは今、都市圏の外にいます。本来ならあり得ないことです。魔法士なら多少のルール破りは目を瞑ってもらえるかもしれませんが、武井補佐官が言ったように莉々は一般人です。魔法士に同行するからと特別の許可をとってここにいます。俺たちがいなくなったらその許可の前提が崩れます。莉々の安全は保証されない。特高の人たちが連れていってくれると言いましたが、そもそも特高の人たちのことを俺は信用できない……。もう一回言います、莉々も連れていって下さい」
悠貴の言葉を武井は表情を変えずに聞いていた。武井が何も言わない中、悠貴の横に並んだ眞衣も口を開く。
「そ、そうですよ! 行くなら皆一緒が良いです! 莉々さんだけ連れていかないなんて仲間外れじゃないですか!」
「眞衣ちゃん……」
莉々に呼ばれて笑顔を返す眞衣。
優依、俊輔も莉々の側に立つ。
「武井補佐官、俺からもお願いします! 流石にここに友達を置いてはいけない……。それに、ほらっ、時間勿体ないっすよー? 急いでるんでしょ??」
着けてはいないのに腕時計を見るようにしてふざけた好雄を武井がひと睨みする。
莉々の周りに集まって動かない悠貴たちに武井は大きく息を吐く。
「本来ならお前たちの意見など斟酌する必要はないんだが……。どうやら説得するのは難しいようだし……、本当にもう時間がないんだ。分かった。桂莉々も連れていこう」
笑顔になった悠貴たち。眞衣が「やったぁ!」と万歳をする。武井は、ただし、と続ける。
「手続きや、その……まあ何と言うか用意も必要だ。桂莉々、私と一緒に来い。桂の荷物はお前たちで施設の入り口まで運んでこい。あと全員忘れずに魔法士のローブを羽織っておけ」
以上、と武井が歩き出す。
「悠貴……」
不安そうにする莉々が悠貴を見上げる。
「大丈夫だよ、莉々。何かあったら絶対俺たちが助けに行くから」
頷いた莉々が武井を追いかけていく。その後ろ姿を見ていた悠貴に優依が声を掛ける。
「ゆ、悠貴君……。莉々ちゃんが心配なのは分かるけど武井補佐官は少なくとも嘘はつかない人だと思うから……。それに、私たちも用意しないと……。あの人すごく時間に厳しい人だから……」
「優依……。そうだな……。よしっ、俺たちも急ごう」
悠貴たちは部屋へ戻り、あわてて荷物をまとめた。莉々の荷物は優依と眞衣がまとめて好雄が運ぶ。
武井に言われたように魔法士のローブを羽織った悠貴たちは部屋の前で迎えを待っていた。
「なあ、好雄……。あの人、俺たちを何処に連れて行こうとしてるんだ? 心当たりとかあるか?」
悠貴に言われた好雄は、うーん、と腕を組む。
「あの女……、というより手塚教官が何を考えてるか……。ダメだ、さっぱりだな。俺たちに見せたいもの……。優依、どう思う?」
「わ、私に聞かれても……。でも、ヘリで……って言うくらいだからここからは離れた所に行くんだろうね……。ねぇ、悠貴君?」
優依が悠貴を見る。悠貴は考え込んでいる様子で優依の声に気付いていない。優依が悠貴のローブの袖を引っ張る。
「あ、ああ、悪い。どうした? 優依」
「悠貴……、やっぱり莉々ちゃんのこと心配?」
「そりゃあそうだろ……」
「ほ、そうだよね……」
続けて優依が言葉を発しようとした時に武井が言っていた迎えが来た。施設でも一番高い建物の屋上、そこにあるヘリポートに悠貴たちは案内された。
「ほんっと……、どこまで見渡しても山と草原しかないですねぇ……」
眞衣がそう言って屋上のフェンスから身を乗り出した。眞衣の横に立った悠貴も同じように景色を見渡す。眞衣が言うように施設の周りは人の存在を感じさせない。遠くに青く山が霞んで見えた。
「都市圏に住んでる俺たちから見たら同じ国とは思えないような光景だな……」
俊輔がそう呟くように言ったとき、悠貴たちの後ろから掛かった声があった。
「人が住まなくなれば街は自然にのまれる。都市圏だって人が住まなくなれば直ぐに同じような光景になるだろう」
悠貴たちが振り向いた先に武井がいた。武井も悠貴たちと同じように屋上から見える景色を目に映している。
「強制移住前にはこの辺りにもそれなりに大きな街があった。国や大企業の研究機関が集まっていてな……」
言った武井がフェンスに両手をついた。そうして景色を眺める武井に悠貴は口を開いた。
「それって始まりの山が現れた頃の話ですよね。20年以上前……。俺たちが生まれるよりも前のことですけど、ここまで見事に何もなくなるんですか?」
「目につく建造物は全て解体されて都市圏建設用の資材に回されたからな。実際には街が自然にのまれたというより、そうやってほとんど更地のようになった所が自然にのまれていった、というのが正確なのだろう」
そう言った武井。これまで無表情な顔しか見たことがなかったが、一瞬寂しそうな顔を見せた。過去に何かあったのだろうかと思った悠貴だったが、直ぐに莉々のことを思い出した。
「あの、莉々は……?」
問われた武井が顎で示す。その先を見る悠貴。
「え……」
悠貴は声にならない声を上げる。辿々(たどたど)しく近づいてくる人の姿は髪の長さからしたら女で、特高の黒い制服を着ていた。
「莉々……!? 何でお前……、そんな格好して……」
好雄がそう口にした以外、誰も何も言えなかった。
悠貴たちは莉々の姿に空いた口が塞がらない。身長は低い方ではない莉々だったが制服の袖が余っている。
「ど、どう? 似合うかな……? なんてね」
クルッと回って、えへへ、と照れてそう言う莉々と恐ろしいイメージしかない特高の制服がミスマッチ過ぎる。莉々に詰め寄る悠貴。
「お前何やってるんだよ!? まさか……、特高なんかに入ったのか!?」
ブンブンと首を横に振る莉々。
「違う違う! わ、私はただあの人に……」
と莉々は武井を見た。
軽く溜め息をつく武井。
「特高なんか……とはご挨拶だな羽田悠貴。いいか、これからお前たちが向かう所は魔法士でも……まして一般の民間人などが立ち入れる場所じゃない。問答無用で処分されても文句は言えん。それを防ぐためにの措置だ。桂……」
武井に目を向けられた莉々はビクッとする。
「いいか、ここからお前は私の部下ということにする。絶対に私から離れるな。そして、何を聞かれてもお前は答えるな。全て私に任せろ。下手なことを口にしたら殺されると思え、いいな?」
「は、はい! 分かりました!」
腕を上げて敬礼する莉々。勢いで被っていた制帽がずれる。
「違う! 特高式の敬礼では腕は上げない!」
武井が莉々の腕を掴んで下げさせる。
「いいか、特務高等警察の敬礼はこうだ。まずは直立で姿勢を正して……、そうだ、それから上半身を敬礼相手の方に傾け……、違う! 顔を下に向けるな! 相手を見ろ!」
武井に言われた通りの姿勢をする莉々。
「ち、ちょっと……これ、せ、背中がつりそうに……」
「それは我慢だ。そんなに深く傾ける必要はない……。ああ、それぐらいだ。よし、もういいぞ」
脱力して座り込む莉々。
「大丈夫か? 莉々……」
「う、うん、悠貴。これくらい平気。悠貴たちのお陰で私もついていけるんだもん」
ガッツポーズをして見せる莉々に悠貴は吹き出す。やはり莉々が特高の制服を着ているのが違和感しかない。それが何だか面白くなってきてしまった。
「みなさんー! 来たみたいですよっ。あれじゃないですか?」
眞衣が指差す先、遠く空に微かに見えたヘリコプターの機影が音とともに徐々にはっきりとしてきた
今話もお読み頂きましてありがとうございます。
次回の更新は10月4日(月)の夜を予定しています。
宜しくお願い致します!




