第119話 桐花杯特訓合宿Ⅲ
進むにつれて車窓に映る景色から街が少しずつ消えていった。大きな川にかかる鉄橋を越える度に緑が多くなっていく。
集合した駅を早朝に出発した悠貴たちだったが気づけば昼に差し掛かろうとしていた。
悠貴たちが乗る車両。悠貴たち以外には数人しか乗客はいなかった。電車はそのまま南関東州の都市圏の北東最果ての駅に着く。
パネルにも終点と表示され、他の乗客たちが降りていく姿を目にした悠貴も降りようと荷物を持ち上げた。
「おっと、悠貴。まだ目的地には着いてないぞ?」
「え、だって……」
「まあ見てろって」
言われた悠貴は座り直して様子を窺う。都市圏最果ての駅にしてはやたらと大きかったが、驚くほど人が少なかったし静かだった。
複数の足音が聞こえてきて悠貴は顔を上げる。特務高等警察の黒い制服を着た男たちが車内に入ってきた。
悠貴はその姿にビクッとした。新人研修では彼らの仲間と戦闘になった。魔装すれば彼らが構える小銃の弾は弾けるし魔法が使える自分の方が強いと分かっていても、あの黒い制服はやはり怖い。
特高の隊員は悠貴たちの姿を見留め、銃口を向けながら近づいてきた。
「君たちは?」
その威嚇するような声に莉々は悠貴の陰に隠れた。
「あ、僕たち魔法士なんすよ。これからこの先の演習場で訓練をしに行くところで……」
言いながら好雄は特高の隊員に魔法士のIDカードを見せた。優依も同じようにしたので、悠貴も急いでカードを取り出した。
悠貴のカードを見た特高の隊員は後ろの莉々に目を移した。
それを見た好雄が莉々を小突く。
「莉々、あの画面見せな」
「あの……って? ああ……」
何かに気づいた莉々はスマホを取り出して操作し、出した画面を目の前に立つ特高の隊員に示した。
その画面と莉々の顔を見比べる男。画面には法務省から魔法士に帯同することについて認証を受けていることが顔写真付きで写し出されていた。
それを見た特高の隊員は納得したようで、後ろの仲間たちの方に振り向き頷いた。それを合図に特高の隊員たちが車両から降りていく。
『この電車は一時的に都市圏外に出ます。許可なく都市圏外へ出ることは法律で禁止されており、違反した場合は……』
アナウンスが流れ終るのを待って好雄が口を開く。
「……ってことだ。俺たちが向かうのはこの終点の、その先の駅だ」
動き出す電車。悠貴たちが乗ってきたのとは違う線路に入っていき、速度を上げていく。
「ここから先は一般人は進めない。都市圏の外に出るのは簡単じゃないんだ。俺たち魔法士でさえ中々許可は下りない。今回は行き先が行き先だからすんなりいったけどな」
好雄の言葉に優依が頷く。
「特に南関東州は他の州の都市圏みたいに隔壁で内と外にはっきり分かれてる訳じゃないから……。特高とか国の人たちもかなり神経質になってるんだよね……」
優依の言葉で悠貴は納得した。最果ての駅。駅と言うよりは基地のように見えた。戦車や装甲車が並んでいたし、外を行き交う特高の隊員たちは完全武装していた。
「てことは、さしずめ彼処が都市圏との境目の監視所ってわけだな……」
言った悠貴は外を見る。人工の建造物はひとつも見当たらない。どこまでも草原が続いていて、遠くに山が霞んで見えた。
「普段はあんまり意識しないだろうけどよ、これ見ると改めて俺たちも他の州みたいに、あくまで都市圏の中で生きてるんだって実感させられるな」
そう言った好雄も外に目を向けた。
「都市圏の外ってこういう風になってるんだね……」
呟くように言った莉々に悠貴が笑う。
「お前、北東北州の都市圏から来たんだろ? こっち来るときに目にしたんじゃないのか?」
「都市圏から他の州へ向かう電車って窓が閉められちゃうんだよね。だから都市圏の外ってどうなってるか知らなかったんだよね……」
ちょうどその時、莉々が言ったように車窓の外のシャッターが自動的に閉まり始めた。移り変わる景色が無くなり、車内は急に殺風景で無機質になった。
「あ……」
声を漏らした莉々が悠貴にスマホの画面を見せた。
「そうか……、都市圏から出ると、スマホ使えなくなっちゃうんだな」
何となく重苦しい雰囲気になった車内。悠貴たちの口数も少なくなり、好雄は横になって寝始めた。
暫くして電車が速度を落とし始める。最果ての駅と同じく基地のようになっている駅に着いた悠貴たち。駅を出た所に横付けされた自動走行車に乗り込む。
道路は広く新しいものだったが、周辺はどこまでもただの草原だった。少し進むと小高い丘が見えてくる。丘の頂上へ向かう坂を上りきった所で目的の演習用施設が目に入ってきた。
「新人研修の施設も立派だったけど……、ここも大概だな……」
呆れたように声を出した悠貴。魔法士の演習の為の施設だと俊輔から聞かされていたが、イメージしていたよりもはるかに立派だった。先月まで参加していた新人研修の施設と同じようなものを想像していたが、あの伊豆高原の建物よりも少なくとも外観は豪華だった。
車から降り立つ悠貴たち。
悠貴の横に立つ莉々も身体を伸ばして建物を見上げる。
「ホント……お城みたい……。ええと、今更なんだけど、私来ちゃって良かったのかな?」
「ホント今更だな……。大体、何でわざわざ国の認証受けてまでついてきたんだよ?」
悠貴にそう言われた莉々は少しムッとする。
「だ、だって……。確かに私は魔法なんて使えないけど、去年の学年合宿とか、あと悠貴からも色々聞いちゃってるんだし……、放ってなんておけないじゃない!」
詰め寄って見上げてくる莉々に悠貴がたじろぐ。
「分かった分かった! わ、悪かったよ。ほら、じゃあ行くぞっ。俺の同期の俊輔って奴がもう演習場で待ってるはずだからさ」
悠貴に言われ好雄、優依、莉々が荷物を持ち上げて建物の中に入る。建物の中も外観同様に豪奢だった。
演習場へ向かう前に自分たちの部屋に入った悠貴たち。
「凄い凄い凄いっ! 見て見て、悠貴!」
部屋に入るなりはしゃぐ莉々。部屋の窓は大きく遠くまで景色が見渡せた。細切れになった雲が流れていく青空の下、どこ迄も山々が続いている。
「都市圏の外って……、本当に何もないんだね……。建物とか道とか……」
感心したようにそう口にした優依。改めて悠貴もその光景に目を移す。
莉々の言った通り春から初夏に移ろうとしている山々は美しかった。
そして、優依の言った通り人工物が全く見当たらなかった。自然は自然そのものだった。美しかったが、どこか怖いように悠貴には思えた。
「優依、何言ってんだよ。今までずっとそう習ってきただろう、都市圏の外には住めないって。実際、魔法士なってから数える位だけど都市圏の外に出ることもあったけど、どこもこんな風に人の匂いはしなかっただろ?」
「よ、好雄君。それは……、そうだけど……」
もう一度優依は窓の外に目をやった。
「あ、その悠貴の同期だって言う魔法士の奴が待ってるんだろ? 待たせちゃ悪いしそろそろ行こうぜ」
そう好雄に促された悠貴たちは部屋を後にして演習場へ向かう。
演習場はいくつかのエリアに細かく分かれていた。悠貴たちが通り過ぎた演習場は魔法士たちが訓練に励んでいた。
「凄いねっ。なんかスポーツ施設みたい……」
驚く莉々。
演習場では一対一で対戦している魔法士たちもいれば、集団で戦っている魔法士たちもいた。中には一人で黙々と魔法を打ち続けている魔法士もいた。
「まあ、南関東州では一番大きな演習場だからな……。俺も一回だけ手塚教官に連れてきてもらったけど、ここホント人気だから中々予約とれないんだぞ。すぐに予約できたってことは、お前の同期の俊輔……だっけか? なんかコネでもあんのか?」
目を向けてきた好雄に悠貴が答える。
「あー、確か親父さんが内務省の官僚だって言ってたな……」
「通りで……。それなら簡単だな。俺たちが予約してる演習場ってどこなんだ?」
「確か……Aー8って俊輔から来てたんだけど……」
悠貴が言ったところでちょうど周辺の案内板が見えてきた。
「ええーと、Aー8、Aー8……。あ、ここじゃない?」
莉々が指差したところに確かに「Aー8」と表示されていた。頷く悠貴。
「ああ、間違いなさそうだな、行くぞ」
悠貴たちは案内板にあった通りに道を進む。並ぶ演習場の奥に「Aー8」があった。その演習場が見えてきた時に好雄が口を開いた。
「ん? へぇ。その俊輔って奴……、真面目な奴なんだな。独りでもう練習始めてるみたいじゃんかよ」
悠貴たちがいる辺りからでもAー8の演習場の中で火の魔法が放たれているのが見えた。演習場を覆う半透明の障壁に火の魔法がぶつかって散り散りになる。
「へぇ、俊輔君は火の魔法が使えるんだね。んん……? でも……、あれって独りで練習しているって言うよりは……」
優依が首を傾げた。
悠貴も同じように違和感を覚えた。放たれた火が途中でかき消されているように見える。
悠貴も優依に続けて不思議そうな声を出した。
「あれ……、誰かと、戦ってる……?」
更に演習場に近づくと山縣俊輔の姿が見えてきた。やはり誰かと戦っているようだったが魔法士のローブのフードを被っていて相手は誰なのか、悠貴には分からなかった。
悠貴たちの姿を見留めた俊輔が動きを止める。戦っていた相手にも手を上げて合図を送る。その相手も動きを止めた。
悠貴たちがAー8の演習場の近くまで来ると、演習場を覆っていた半透明の障壁が消えた。
俊輔が悠貴たちに駆け寄る。
「ようっ、悠貴!」
金髪にピアス姿の俊輔。
優依が悠貴の陰に隠れる。
「ははっ。優依、大丈夫。コイツ、見た目ほど悪い奴じゃないから。だろ?」
「へっ。2か月ぶりだってのにいきなりご挨拶だな」
言って笑った俊輔。
2か月ぶりに再会した俊輔と軽く挨拶を交わし、悠貴は気になっていたことを聞いた。
「それにしても俊輔、お前誰と戦ってたんだよ?」
悠貴の言葉に意外そうな顔をする俊輔。
「ああ? 何言ってんだよ? お前が誘ったんだろ?」
言った俊輔が演習場の奥を見る。俊輔と対戦していた魔法士。ローブのフードを目深く被っていたのでやはり顔は見えなかった。
悠貴に視線を向けられた魔法士が突然全力で駆け出す。スピードを落とさずそのまま悠貴に抱き着いた。
「悠貴さんっ!!」
押し倒される悠貴。
「いってぇ……。ちょ……、誰だよ!」
「あ、フード被ったままでしたねっ。すみません!」
悠貴を押し倒した相手は被っていたローブのフードを脱ぐ。自分に覆い被さる相手の顔を見て声を上げる悠貴。
「ま……、眞衣!! お前、何でここに!?」
声を上げた悠貴を他所に眞衣は、フフン、と胸をはる。
「悠貴さんある所に神楽坂眞衣あり、ですからっ。と、それはまあ冗談なんですが……。私が塾で桐花杯の特訓のこと聞いて、『私も行きたい』ってあんなに言っても全然聞いてくれなかったじゃないですか! だから、勝手に来ちゃいましたっ」
てへ、と笑顔になる眞衣。
空いた口が塞がらない悠貴の傍らで俊輔が笑う。
「何だよー、お前さくっとウソつくのな。いきなり『悠貴さんからぜひ眞衣も来てくれって頼まれたので』って連絡きたから普通に信じてたぜ」
眞衣をどかせて立ち上がる悠貴。
「いや、待て待て! 眞衣! お前本当に良いのかよ!? こんなところまで勝手に来て! 親だって心配するだろ!」
「えー、何言ってるんですか、悠貴さん。魔法士に登録すれば成年擬制で私だって立派な大人ですよ? 行きたいところには自由に行きますよ。あ、それと、私も桐花杯に出ますからねっ」
「はぁっ! ち、ちょっと待てよ! 危ないから止めろって俺、何回も言ったよな!?」
「ええ、何回も言われましたよ? だったら尚更悠貴さんをそんな危ない大会に一人で参加させられる訳ないじゃないですか?」
絶句する悠貴。横の俊輔が腹を抱えて笑う。
「いやー、さすが悠貴! 相変わらずだなっ。コイツ、研修中からずっとお前のこと追いかけ回してるもんな! 研修と言えば、ゆかりさんとは施設に忍び込むときに隠れてた箱の中でイチャイチャしてたんだろ? ゆかりさん、『悠貴君に抱き締められて口押さえられちゃった……』って赤くなって言ってたけど、顔はニヤけてたから満更でもねえぞ、あれ。そう言えば聖奈も眞衣みたいにお前のことずっと追いかけてたし……、あとはG3の真実にもしょっちゅう『悠貴君どこ?』って聞かれて正直うんざりしてたんだよ。ホントお前、いつも女に追っかけられてるんだな。いや、モテる男は辛いな!」
言って悠貴の肩を叩いた俊輔は「さ、取り敢えず演習場入ってくれ」と悠貴たちを促した。
新人研修中にあったことを捲し立てられた悠貴は立ち尽くす。
(俊輔……、何でお前そんな誤解を招くような言い方を!? いや、確かに間違ってはいないんだが……)
「悠貴……」
「悠貴君……」
背後から同時にかかった声に悠貴はビクンと反応した。静かに振り向く悠貴。莉々と優依が普段は見せないような形相を向けてきていた。
「いや、あの……、違うんだ……」
続く言葉がでてこない悠貴。
莉々と優依の声が重なる。
『何の研修してきたの?』
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次回の更新は8月23日(月)の夜を予定しています。
少し先になりますがどうぞ宜しくお願い致します!




