第116話 序列(オーダー)
「ホント最低最悪……」
言ったなつみがストローで大きな音を立ててアイスティーを吸う。
眞衣が捲し立てた声とキレたなつみの声。なつみがひた隠してきた自分が魔法士であるという秘密が一瞬でバレた。
なつみに手を引かれた悠貴と眞衣。
3人で逃げるようにして外に出て、普段悠貴が勉強する時に使っているカフェに入った。
「うぅ……、私のせいですよね……」
泣きそうで消え入りそうな声でそう言った眞衣が制服のスカートの裾をぎゅっと掴む。
なつみは溜め息をつく。
「もういいわよ。こう言っちゃなんだけど、どうせいつかはバレるとは思っていたし……」
カフェの2階。広いガラス窓からは店の前の通りが見渡せる。近くには悠貴が通う大学があり、新学期が始まったばかりということもあり人通りは多い。
「そ、それにしても悠貴さん……、バイト中だったんですよね? 出てきちゃって大丈夫だったんですか……?」
眞衣の台詞に悠貴が、あっ、と乾いた声を出す。
「心配ないわよ。なつの魔法士のIDカードを見せながら外に出てきたのよ? 後でとやかく言おうものならその人が職務執行妨害で捕まっちゃうわよ」
空き教室での騒ぎを聞き付けて集まってきた人だかり。収集がつかなくなった。なつみが魔法士のIDカードを出して黙らせて人垣を割って外へ出た。
「分かってはいたけど、『魔法士』の威力は絶大だな」
「せんせーも自覚しておきなさいよ。このカードたった1枚で色んなこと出来ちゃうんだから……。使い方、間違えないようにね」
それまで手にしていたカードを制服のジャケットに仕舞うなつみ。
(それにしても……、この2人と一緒だと……何だか研修中に戻ったみたいだな……)
なつみは自分たちのグループの教官だったし、眞衣は真美がリーダーだったG3にいた同期の魔法士だ。2人とも制服姿なのを除けば研修中の光景そのままだった。
魔法士のことを考えていた悠貴が、あ、と思い出したような声を出して続ける。
「そう言えばなつ、お前桐花杯って知ってるか? なんか魔法士同士が戦う大会があるって大学の魔法士の友達から聞いたんだけど……」
桐花杯という言葉になつみがピクッと反応する。ストローを口に咥えたまま悠貴をちらりと見る。
「桐花杯ねぇ……。まあ、うん……、知ってるわよ……」
なつみにして歯切れの悪い返しにどこか釈然としない悠貴。まだストローを咥えたままのなつみはアイスティーをブクブクと鳴らせながら窓の外を見ている。
「な、何ですか? その、とーかはいって?」
悠貴となつみを見比べた眞衣が恐る恐る尋ねる。悠貴は好雄と優依から聞いたことをそのまま説明した。
「……へぇ、そんなのがあるんですね! うーん、悠貴さんは出るんですか?」
聞かれた悠貴は眞衣に即答する。
「そのつもりだよ。腕試しって感じでな……。あ、なつも出てみないか? お前の実力なら間違いなく優勝だろっ」
笑ってなつみを見た悠貴だったが、なつみは外を見たままだった。ガラスに映るなつみの表情からは何も読み取れない。
「桐花杯は登録してから5年以内の魔法士だけが出れる大会でしょ? なつ、もう5年経っちゃってるから……。まあ、せんせーが出たいってんなら止めはしないわ、頑張ってね。でも……、もう少しちゃんと話を聞いた方がいいかもしれないわね。大体、桐花杯……、どこで行われるか知ってる?」
そう言えば好雄からは予選や本選のことは聞いていたが肝心の場所は聞いていなかった。首を横に振る悠貴。
「なつもせんせーも眞衣も……、この間の研修でお世話になりまくった特務高等警察……。臨海地区にあるアイツらの本部。その地下大空間。そこが桐花杯の開催場所よ」
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大学キャンパスの庭園。
「ぬ……。それは俺も知らなかったな……」
なつみからも桐花杯の話を聞いた翌日。悠貴はなつみに言われたように桐花杯の話をもっと詳しく聞こうと好雄と優依に会っていた。
「まあでも考えてみれば当然か……。内務省や特高の連中が絡んでるんだ。それに、桐花杯自体は一応一般には秘密の大会なんだ。参加したことのある魔法士ならいざ知らず、俺や優依みたいなぺーぺーは情報の仕入れ先が少ないんだよ。てか……、その実は魔法士だったっていうお前の塾の教え子……、まだ高校生なんだろ? 何者だ、そいつ……。俺たちより詳しい情報を持ってるなんて……。名前は?」
聞かれた悠貴は一瞬戸惑う。普通の女子高生として普段は過ごしていたいというなつみの気持ちのことを考えるとどこまで話していいか分からなかった。
(まあ2人共魔法士な訳だし大丈夫だよな……。あ、もしかしたら知り合いかもしれないし……)
「2人とも知ってるかどうか分からないんだけど……、新島なつみって……」
なつみの名前を聞いた好雄が盛大にむせる。頬張っていた昼食のサンドイッチが口から出かける。水でそれを飲み込んだ好雄が声を上げる。
「新島なつみだと! 悠貴、お前、新島なつみと知り合いだったのかよ! 何で早く教えてくれないんだよ!?」
物凄い剣幕で悠貴の肩を掴む好雄。
「いや、俺だってなつが魔法使えるって知ったのは研修でだったんだって! てかお前、ゆたろー経由で俺たちの研修のことは知ってたはずだろ! なんでなつのことだけ情報が抜けてるんだよ!」
「いや、ゆたろーからの連絡方法は限られててさ。ただ『悠貴さんたちのグループの教官』としか……。あとは手塚教官のこととか事件のこととか……」
まだ落ち着かない様子の好雄。
「なあ、好雄、なつってその……有名なのか?」
「有名もなにも……、新島なつみは序列8位だぞ……」
聞きなれない言葉に悠貴が「序列?」と聞き返すとこれには優依が答えた。
「序列っていうのはね、簡単に言うと魔法士の強さのランキングみたいなものなんだ。全国で魔法士に登録しているのが凡そ2万人……。戦闘能力や戦歴、潜在能力なんかを基準にして順位付けするのが序列……」
「へぇ……。研修中、そんな話は聞かなかったな。で、2人はその序列ってのは何位くらいなんだ?」
悠貴の問いに好雄と優依が顔を見合わせて微妙な表情になる。好雄が頭をかきながら答える。
「あー、うん、俺たちはな……、その、分からないんだ」
好雄の言葉に優依も、えへへ、と恥ずかしそうに笑う。
「分からない? どういうことだ……?」
好雄が荷物を漁って1枚のカードを取り出し悠貴に見せる。
「魔法士のIDカード。悠貴はまだ貰ってないだろうけど。で、見て分かる通りカードには顔写真、氏名、魔法士になった年……と、まあここまでは全員同じなんだけど……、それに加えて序列の順位が100位以上の奴のカードにはそいつの順位が記載される。システム的には一応全員が順位をつけられるんだけど、実際には序列ってのは100位以上を指す言葉だ、101位以下の奴が自分の順位を知ることはない。100位以上に入ったらある日突然新しいIDカードが発行されるらしいぜ、自分の順位入りの。まあ、その逆もあるみたいだけどな……」
せっかくなんだから自分の順位を知ってみたかった。肩を落とす悠貴。
「そうガッカリすんなって! あ、可能性は低いだろうけど、もし悠貴が序列入りしたらIDカードを他の奴に見せたり、自分の序列順位をむやみに言ったりするのは止めたほうがいいぞ?」
「えっ、何でだ?」
「俺なんかは全然拘りがないんだけど、魔法士の中にはこの序列にやたらと拘ってる奴らがいるんだ。実はな、序列は公表されてないんだ。だから誰が序列入りしてて、誰が序列の何位でってのは普通は分からないんだ」
「え、でもなつは……」
「新島なつみは特別だ。新島なつみは自分が参加した新人研修で、その時の研修責任者の序列の8位の魔法士を病院送りにして再起不能にした。一体何があったか、詳しい話は知らねぇ。でも、それで新島なつみは新人にも関わらず2万人以上の魔法士をごぼう抜きして序列8位におさまった。さすがにこの話は伝説さ。彼女が使った魔法で夜が紅く染まったってよ。それでついた二つ名が紅夜の魔女。だから普通は噂でしか聞かないような誰が序列何位だ、なんて話も新島なつみだけは名前も序列も知れ渡っている。もう何年も前の話なのに未だに序列に拘ってる連中からは恨まれてるみたいだぜ」
悠貴は研修で見たなつみの姿を思い浮かべた。従者もいるなつみの強さは尋常じゃなかった。しかし……。
「それでもいきなり8位ってのはやりすぎなんじゃないか? そりゃ納得いかない連中も出てくるんじゃ……」
「それがそうでもないんだ。確かに当初は相当反発が大きかったみたいだぜ。なんせ女子中学生の新人がいきなり8位だからな。でも、文句を言ってた連中の大半を新島なつみは黙らせた……。どうやってか、悠貴、分かるか?」
少し考えてみて悠貴は首を横に振る。
「新島なつみが魔法士になった、ちょうどその年に開かれた桐花杯。そこで新島なつみは準優勝した」
驚く悠貴。
昨日会って眞衣と共に話したときにはそんな話は全然聞かなかった。むしろ桐花杯について色々と聞いてみたが何も教えてはくれなかった。
「それで魔法士界隈の新島なつみに対する評価は一変した。おまけにあのルックスだろ? 今では『新島なつみNETWORK』なるファンクラブまで存在している……」
「そ、それはスゴいな……。まあ、確かにあの見た目に魔法の才能まであれば、そりゃ人気も出るか……」
悠貴の言葉に優依が遠慮がちに視線を向けてくる。
「ゆ、悠貴君て……、その、と、年下の女の子の方が好きなのかな……?」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
「そ、そうなんだ……」
悠貴たちは桐花杯について話し合ったが好雄や優依が知る情報は限定的なものだった。対策や戦略を練ろうにもどうにもならない。
「あぁ、クソぉ……、情報が足りねぇ! 特高……からは無理だろうから、せめて内務省に家族とかがいて繋がりがあって、それでいて信用できる魔法士でもいねぇかなぁ!」
芝生に寝転がった好雄。
「あっ……」
悠貴には1人、そんな人物に心当たりがあった。
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