第115話 桐花杯
「桐花杯?」
聞き返してきた悠貴に好雄が頷く。悠貴の横にドンと好雄が座った。
「全国魔法技能選手権大会。通称、桐花杯。全国から集まった、登録してから5年以内の魔法士の連中が戦い合って一番を決めるんだ。毎年行われる訳じゃない。不定期なんだ。だからこそ登録してから5年以内って感じで参加基準も幅があるんだけどな」
「へぇ、そんなのがあるんだな……。でもさ、何で桐花杯なんて呼ばれてるんだ?」
「そ、それはね、優勝者に渡されるクリスタルの優勝杯とか上位入賞者の盾に桐の花が載ってるんだよ、悠貴君。それで……」
答えてくれた優依に、なるほど、と返した悠貴。研修は特高とのこともあって散々だったが、魔法を使っての演習は楽しかったし出来ることが増えていったことには正直興奮した。そう、桐花杯では魔法を使って試合で戦える……。気持ちが高まるのを悠貴は自覚する。
桐花杯に興味を寄せているような悠貴の様子に好雄がニヤリとする。
「乗り気みたいだな、悠貴。……だがな、5年以内の魔法士なら誰でも参加できるって訳じゃねえぞ」
「そ、そうなのか?」
好雄が、だよな、と優依に目をやる。
「う、うん。好雄君の言う通り。桐花杯は本選はトーナメント形式で行われるんだけど、まずは予選を勝ち上がらなきゃいけないんだ。参加者は予選で40人ずつのグループに振り分けられる……。で、そのグループの中で全員で戦い合う。ひとグループから本選のトーナメントに進めるのは生き残った5人。あ、でもそもそも、その予選に参加するにしても条件があってね……」
「条件?」
と優依に聞き返した悠貴に好雄が答える。
「参加するには推薦状が必要なんだ。法務省か内務省の高官の奴のな……」
ため息を混じりに言った好雄が続けて説明した。桐花杯はもともと魔法士の戦闘能力を高めるため、そして、能力の高い魔法士を特務高等警察にスカウトするために内務省が企画して始まった。魔法士の管轄が法務省であるので法務省の高官の推薦状でも条件は満たしていたが、それでも確実とは言えなかった。
「内務省の連中が嫌がらせで法務省の官僚が推薦してきた魔法士をあれこれ理由をつけて参加させないってこともあるみたいだぜ。俺たち魔法士は法務省の管轄だ、法務省の役人に頼めば推薦状ぐらいは直ぐ出してくれるだろうがそれじゃ安心は出来ない。だからな悠貴。絶対に参加したいってんなら内務省……できれば特高の高官も兼ねてる奴からの推薦状が必要だ。そんな人間に……1人だけ心当たりがある。ふぅ。あんまりアイツに借りを作りたくはないんだけど、まあ、背に腹はかえられないからな……」
悠貴は頷いた。好雄が話したような事情がある上、特に自分は研修でのこともあって特高には目をつけられている。手塚からの推薦状は必要だろう。
考える悠貴の横でどこか揚々(ようよう)と桐花杯のことを語る好雄。ふと悠貴にひとつの疑問が浮かんだ。
「好雄、なんかお前楽しそうだな。特高のこと嫌ってたんじゃなかったのか?」
もちろん、と好雄は腰に手をあてて大きく首を縦に振る。
「好かねぇよ、あんな奴ら。でもさ、それはそれ、これはこれ。自分の魔法の力を試せる機会なんてそうそうないんだからよ、悪魔にも魂を売るっつうか……」
目を輝かせる好雄。苦笑した悠貴は目の前に立つ優依を見た。
「お前も参加するのか? 優依」
うーん、と考え込む優依。
「そうだなぁ。私は危ないの嫌だし……、正直2人にも危険なことして欲しくないって気持ちはあるけど……。でもどうしても2人が出るっていうなら放っておけないし……。うん、で、出るよ、私もっ」
優依の言葉に悠貴は考え込む。研修では特務高等警察の裏を見せられた。彼らが関わっている桐花杯に参加するということは特高とも再び関わることになる。しかし……。
(自分の力が……、どこまで通用するのか……、試してみたいよな……)
悠貴の脳裏に研修で見せつけられた2人の魔法士の姿が思い浮かぶ。
バイト先の塾の教え子でもあり、実は魔法士だった新島なつみ。自分たちのグループの教官として現れたなつみは従者のこてつと共に炎の魔法を操っていた。『紅夜の魔女』と呼ばれていたなつみの力は他のグループの教官たちと比べても圧倒的だった。
もう一人。かつては好雄と優依の教官でもあり、今では特高の高官でもある手塚栄一郎。どこか遺恨がありそうななつみがデモンストレーションを持ちかけて対戦したが、そのなつみを手塚は圧倒した。そして研修の最後には、研修生や特高が入り乱れて戦っていた演習場を強大な魔力で一瞬で黙らせた。
その2人に化け物じみた力を見せ付けられた悠貴。しかし、恐ろしいと思う反面、憧れもあった。せっかく自分も魔法の力に目覚めたのだ、いけるところまでいってみたい。
(あの2人が見ている世界に……、俺も少しでも近づいてみたい……)
よし、と勢い良く立ち上がる悠貴。
「俺も出るぞ、好雄!」
「よーし、そうこなきゃ! やってやるぞぉ! 俺が1位、お前が2位。俺たちで今年の桐花杯の話題をかっさらおうぜ!」
と好雄も立ち上がり悠貴と肩を組む。
「わ、私も頑張るよ! でもね、2人とも……、危ないことは無しだからね! 特高とか、他の魔法士の人たちと変な感じになりそうだったら止めるからね……!」
はいはい、と好雄が肩を竦める。
「分かってるって、優依、心配すんなって! まあ、もしあいつらが絡んでくるとすればドンパチやった悠貴だろ、俺たちが守ってやれば大丈夫だって。それに、新人研修みたいに閉鎖された場所って訳でもないし、特高に入ってない魔法士や法務省の目もある。なりふり構わないようなことはしないだろうよ。よしっ。じゃあ俺から手塚教官に俺たち3人の推薦状書いてくれるよう頼んでおくな!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バイト先の塾で授業の用意をする悠貴。久しぶりのバイトだったが桐花杯のことばかり考えてしまう。やあ、と声をかけられて振り向く。
「羽田君、久しぶり。あー、その……、魔法士の研修とやらはどうだったかい?」
バイト先の社員講師が遠慮がちに聞いてきた。以前はどこか圧をもって接してきたが明らかに態度が変わっていた。
研修に行く前もそうだった。3ヶ月バイトを休みたいと伝えたときは露骨に嫌な顔をされたが魔法士の研修だと伝えると応対が一変した。
「まあ、お陰さまで無事に何とか……。長くバイトに穴空けちゃってすみませんでした」
頭を下げた悠貴に社員講師は大袈裟に首を横に振る。
「いやいや! とんでもない! 私たちがこうやって都市圏で安心安全に生活できているのも魔法士のお陰でもあるんだからね。こ、これからも何かあったらいつでも言ってくれ、幾らでも都合をつけるからね!」
はあ、と悠貴はどこか拍子抜けしてしまった。魔法士になったことで少しは丁寧に扱ってもらえるかも……と少なからず期待していたがここまで態度が変わってしまうと何だか逆に申し訳なくなってきてしまう。
あ、と社員講師が思い出したように手を叩く。
「実はね今日から新しく入る生徒がいるんだ。中学生の女の子でね、3年生の……。何でも今月こっちに引っ越してきたばかりらしくてね。実際に授業が始まるのはまだなんだけど見学ということで。忙しいところ申し訳ないんだけど、教室の中の簡単な案内とかお願いしちゃって良いかな……?」
申し訳ないんだけど、という枕詞をこの社員講師の口から聞いたことはなかった悠貴。もしかしたら、いや、もしかしなくても魔法士って肩書きは実は凄い影響力があるのかもしれない。
はい、と頷いた悠貴から何か気づいた社員講師が目を移す。
「羽田君っ、あの子がちょうど今話した生徒だよ、ほら」
社員講師が目線で示した先に制服姿の女の子が1人立っていた。
男がその子に向かって呼び掛ける。
「神楽坂さんー!」
制服のスカートを翻らせて振り向いた……その顔に悠貴が固まる。
「えっ……、は? ま、眞衣……」
魔法士新人研修で知り合った神楽坂眞衣。悠貴の姿を見留めて「あー!」と目を輝かせる。駆け出して悠貴に飛び付く。
「悠貴さんーっ!! 会いたかったですー!!」
「お、お前……、何でここに!?」
声を裏返らせながら眞衣を引き剥がす悠貴。眞衣は首を傾げて唸る。
「えっ、だって私中学生ですよ? しかも中3の受験生。いくら魔法士の資格あるって言っても最低限の勉強はしなきゃじゃないですか? 自慢じゃないんですけど、私……、自分でも驚くほど勉強できないんです! だから来ました! へー、中はこんな風になってるんですねぇ」
キョロキョロと辺りを見回す眞衣。
「そういうことじゃなくて……。ああ、もう何て言ったらいいんだ!」
入り口の側で頭を抱える悠貴。そこに……。
エレベーターのドアが開く。そこから出てきた制服姿の女子が気だるそうな声で挨拶をして入ってきた。
「こんちはー」
声で誰が入ってきたか分かった悠貴。本来なら3ヶ月聞くことがなかったはずの声を研修中ほぼずっと聞いていた。
教官と研修生という間柄で3ヶ月接してきた。何となく気恥ずかしくなった悠貴。入ってきた新島なつみに直ぐには声を掛けられなかった悠貴の横を眞衣が駆け抜けていく。
「教官さんー!」
人懐っこい笑顔で眞衣がなつみに抱きつく。
「えっ……、G3の神楽坂眞衣!? アンタなんでここに!?」
「えー、悠貴さんと同じこと聞くんですね。私も中学生なんで……」
悠貴に言ったのと同じ台詞をなつみにも繰り返す眞衣。唖然とするなつみが悠貴を見る。
「いや、俺もどういうことかサッパリで……」
混乱する悠貴となつみを他所に眞衣のテンションが上がっていく。
「いやぁ、それにしても悠貴さんだけじゃなくて教官さんもいるだなんて私感激です! 勉強だけじゃなくて魔法士としても最高の環境じゃないですかぁ。あ、教官さん、私、悠貴さんと同じ風の属性なんですよ! 知ってましたか? グループが違かったから知らないですよね? だから先に教えておきますっ。教官は確か火の属性ですよね? 本当にスゴいですよね、紅夜の魔女なんて二つ名もあったりして……。それに……、あの従者の可愛いネコちゃんって今日はいないんですか? いつも一緒って訳じゃないんですね。私も魔力を鍛えていけばいつかあんなペットみたいな……きゃっ、いたーい!」
ペラペラと話し続ける眞衣の肩をなつみが掴んで黙らせる。手を引いて空き教室まで連れていった。
「お、おい! なつ!」
後を追う悠貴。なつみと眞衣が入った空き教室に自分も入りドアを閉める。
眞衣を壁際に追い詰めて、壁にドンと手をつくなつみ。
「ちょっと! アンタどういうつもり!? なつの秘密をベラベラと……! 属性のことだけじゃなくて従者のことまで話しちゃって……。第一、私は普段は自分が魔法士だってのは隠して生きてるの! ここではただの天才美少女JKってだけなんだから! キャラだってどっちかっていうと大人しくて目立たないようにしてるんだから……」
怒鳴り散らすなつみ。
あわあわと青ざめる眞衣。
「ま、まあまあなつ! 眞衣だって悪気があった訳じゃないんだからさっ」
とフォローに入る悠貴。
(それに……、どこが大人しくて目立たないように……だよ。むしろ高飛車で悪目立ち、だろ……)
思って苦笑いしながら悠貴は眞衣となつみの間に割って入った。
なつみは大きく溜め息をついて腰に手を当てる。
「とにかく……、そういうことだから神楽坂眞衣……アンタだけじゃなく……、せんせーも宜しくね? 可愛いのは当然として……実は私が勉強だけじゃなくて魔法に関しても新人研修の教官を務められるほどの天才だってことはここでは秘密にしておいてよね!」
悠貴と眞衣が顔を見合せ、揃ってなつみを見る。2人が黙ったままだったので表情を変えるなつみ。
「な、何よ、2人して急に黙っちゃって……。言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ!」
もう一度眞衣と視線を合わせた悠貴が遠慮がちに口を開く。
「あー、その、何だ、なつ、さ……。言いづらいんだけど……」
「なに……?」
「えっとな……、ちょっと、もう……、手遅れかなって……」
そう言って自分の背後に視線を向けた悠貴に怪訝な顔をしたなつみが振り返る。
「あ……」
なつみの視線の先。
教室のガラスドアの向こうには人だかりができていた。
今話もお読み頂きありがとうございます!
次回の更新は7月19日(月)の夜を予定しております。
宜しくお願い致します!




