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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第四章 クロイキリの行方
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第114話 中洲の小屋

 久しぶりに大学の講義に出た悠貴のスマホに莉々から『良かったらお昼一緒にどう?』と連絡があったのは2限が終わりに差し掛かった頃だった。



 魔法士の研修から戻ってきたら直ぐに連絡をとって莉々と会おうと思っていた悠貴だったが何となく躊躇(ため)われて気がつくと数日が過ぎていた。行くと伝えると、じゃあ昼休みに庭園で、と直ぐに返信があった。




 講義が終わるチャイムが響く。


「羽田君ー!」


 同じ授業を受けていた同級生数人に悠貴は囲まれる。ここ数日のいつもの光景だった。


「悪い! ちょっと約束あるから!」


 悠貴の言葉に周囲からは『えぇ!』と残念がる声が上がる。更に笑顔で詫びて悠貴は教室を出る。



 急いで教室を出たこともあってまだ購買は空いていた。適当に昼を見繕(みつくろ)って莉々と約束した庭園に向かう。



 悠貴たちの学部棟から庭園は少し離れている。大学のシンボルの時計塔の奥にある庭園は広い。


 その広い庭園の入口に莉々はポツンと独りで立っていた。



「よっ。待たせたか?」


「うんうん、私も今来たところ。ごめんね、急に呼び出しちゃって……」



 悠貴と莉々は庭園に入る。昼時の庭園に人は(まば)らだった。わざわざキャンパスの外れにある庭園に貴重な昼休みの時間を使ってまで来る学生は少ない。


 悠貴と莉々は庭園の池の中洲にある柱と屋根ばかりの小屋のベンチに並んで腰かけた。



「ふぅ。こうやって2人で話すのって久しぶりだね……。いつ以来だろ……。たぶん、去年、学年合宿の打ち上げに行って、その後悠貴の家の近くを歩いて話したのが最後、かな。魔法士の研修に行く時に私が駅まで見送りに行った時はよっしーと優依もいたし」



 悠貴の脳裏にそのときのことが思い出される。家の近くの公園で自分から話そうと思った魔法のことを莉々から先に言われ驚いた。


「そんななるのか……。てか、なんだ、その……、久しぶり。元気してたか?」


 呆気にとられた莉々が吹き出す。


「なに、急に改まっちゃって……て、私もか……。うん、元気してたよ。春合宿でも琴音と組んで優勝したしね!」


「好雄から聞いたよ。全国レベルの先輩たち倒しての1位だろ、やっぱすごいな、莉々って」


「うんうん、悠貴には敵わないよ」


 言った莉々が悠貴の顔を覗き込む。そうやってジッと見つめてくる莉々の視線に耐えきれなくなった悠貴が顔を背ける。


「何だよ……」


「ふふっ。悠貴、魔法士の研修行って……、何て言うか……、強くなったみたいだね。私、分かるもん」


「お前……、ホント何なんだよ。人が隠してたのに魔法使えるって分かったり、今も……」


「うーん……。それ言われると答えに困っちゃうんだよね……。私も何でなのか分からないから……」


 でも、と言った莉々は遠い目をして続ける。


「……分かるんだよ。魔法が使える人。その人がどんな魔法を使えるのか。凄く漠然としていて、何となくなんだけど……、分かるんだ……」


 それでいて莉々は魔法が使えない。悠貴はそれが不思議でならなかった。


「いつからなんだ?」


 腕を組んだ莉々が、うーん、と(うな)って首を(かし)げる。


「覚えてないなぁ。物心ついた頃にはもうそうだったから……」



 そうか、と悠貴が返し2人は黙る。少し続いた沈黙を破って悠貴は手袋のことを口にした。


「莉々が見送りのときにくれた、手袋……。ありがとな」


「あー、あれね、うん……。ご、ごめんね、下手くそで。大きさも大体の想像で作っちゃったし……。まあ、初めてだったんだし、それにしては上出来だったでしょ? また作る機会あったらもっとちゃんとしたの作るから……」


 悠貴は大きく首を横に振る。


「それはそれで嬉しいけど、あの手袋ぴったりだったし、あと……、何て言うか、研修の思い出の一部みたいになってるからさ、大事に使わせて貰うよ……」


 悠貴の言葉に、そっか、とはにかむ莉々。


「そ、それはそうと……、魔法士の研修はどうだったの?」


「それは……」


 続きを口にしかけた悠貴だったが思い止まった。どこまで話していいのか分からなかった。悠貴の様子に莉々が、あっ、と言って続ける。


「ごめんね! 私いつもの調子で気軽に聞いちゃったけど……、そうだよね、話しちゃマズイことだもんね……。あ、でもさ……」


「ん……?」


「あ、えと、何かさ……、悠貴が魔法士になって研修受けて、その研修で何か事件が起こって……、それを悠貴が解決したって話ならもう結構噂になってるよ?」


「はぁっ!?」


 悠貴は驚いたと同時に納得がいった。大学に戻ってきてから友人知人に話し掛けられてはやたらと「研修どうだった?」と聞かれ、そこから更に質問攻めを受けた。


(興味本位の割りにはやけに突っ込んで聞いてくるとは思ってたけどそういうことか……。でも何でそんな噂が……。俺は研修のことは好雄と優依以外には話してないし……。魔法士になるってことなら隠してないし普通に話したけど……)



 大学の休学やバイトを長期間休むということで、その説明で魔法士になることには触れた。その瞬間は大体の相手は興味を示したが、それでも根掘り葉掘り聞いてくることは稀だった。




「悠貴……?」


 莉々の声に考え込んでいた悠貴はハッと顔を上げる。


「あ、悪い! 何で研修で起こったことバレてるんだろうってさ……」


「ああ……。何かね、私と悠貴、同じサークルだし結構一緒にいること多いから、その、仲が良いって思われてるみたいで。それで私も最近良く悠貴のこと聞かれるんだ」


「聞かれるって……、どんな?」


「研修のこと。研修で人が死ぬような事件があって……、それを解決したのが悠貴だって。で、何か知らないかって私に……」


 莉々の言葉に悠貴は(うな)る。守秘義務の点からもマズイが自分から話したわけではない。それよりも噂の出所が気になる……。



「あ、あのさ……、悠貴。私で良かったら話聞くよ? もちろん私なんかじゃ何の助けにもならないだろうけど秘密は絶対に守るし、悠貴にもそうやって何でも相談したり話したり出来る相手が必要でしょ? 」



 悠貴の心が(かし)いだ。魔法士仲間でもある好雄と優依は勿論だったが、魔法士じゃない相談相手が正直欲しかった。それに精神的な距離で言えば莉々が大学の人間関係で一番近い。



「実はさ……」



 言いかけた悠貴だったが、ふと自分がいる中洲へ続く小さな橋を渡ってくる人影に気がついた。進みに合わせて木の板が(きし)む。



 心地よい空気。青い空。

 春の光景にどこかそぐわないようで、それでいて馴染んでいる黒いワンピースの女は服と同じく黒い日傘をさしている。




「こんにちは、悠貴君」



 ゆっくりとした足取りで悠貴と莉々の目の前まで来た嵯峨有紗はそう言って薄く微笑んだ。



「こんにちは、有紗先輩」



 挨拶を返した悠貴は有紗が以前会ったとき、今日と同じように白い肩を少しだけ出した黒い服を着ていたのを思い出した。



 チラリと莉々を見た有紗が一度目を閉じる。



「研修、お疲れ様。悠貴君。そして、おめでとう。これで君も私と同じ魔法士ね。これから宜しく」


「先輩……、何で……」


「何で知ってるのか……という質問なら愚問よ。魔法士は狭い業界だもの。それに……、私が魔法士で色んな情報を知れる立場にあるってことをさっ引いても君の場合、魔法士になったってだけの話じゃないからね。今、この大学……あ、もっと言うと魔法士界隈でも一番の有名人よ、君は……」



 有紗の言葉に悠貴は横の莉々を見て大きく溜め息をついた。やはり研修でのことは噂になっているみたいだ。しかもそれは学内の話では(とど)まらない……。



「で、有紗先輩もその噂を聞きつけてここまで俺のこと追って来たんですか?」


 まさか、と笑った有紗は首を横に振る。


「そんなに暇じゃないわよ、私は。それに私だって魔法士の端くれなんだから、研修で何があったかは……、そうね……、大体知っている。……まあ『俺のこと追って』って部分はあっているけれどもね」


 そう言って有紗は一歩近づいて悠貴の顔を覗き込む。


 あまりにもじっと見詰められて悠貴は赤くなって顔を背ける。



「ちょ、ちょっと! 2人とも近くないですか!?」


 2人の間に莉々が割って入った。少しキョトンとした様子の有紗が悠貴を見る。


「悠貴君、この子は? あ……、もしかして君の彼女とか?」



 悠貴が答える前に莉々が答える。


「ち、違いますよ! 私は、その、サークルの友達です! 学部も一緒で……」


 と早口で自分と悠貴の関係について(まく)し立てる莉々に有紗は吹き出す。


「ははっ。何をそんなに必死になってるの? 大丈夫、私はただ魔法士の仲間になった悠貴君に挨拶をしに来ただけなのだから……」



 改めて悠貴に向かい合う有紗。


「せっかくの2人の時間を邪魔しちゃったみたいね、ごめんなさい。私はこれで失礼するわ。なに、どうせ直ぐにまた会うことになるから……。またね、悠貴君」



 立ち去ろうとした有紗が足を止める。悠貴の直ぐそばまで来て耳元に口を近づける。


「君の風は凄く良い……」



 (ささ)くように言って有紗はその場を後にした。悠貴は遠ざかる有紗の姿を目で追った。掴み所のない人だ。どこか人を寄せ付けない雰囲気があるのに、ふとした時に急に肉薄してくる。





「いってぇ!」


 有紗の後ろ姿を目に映していた悠貴の肩を叩いた莉々が立ち上がる。



「いつまで見てるの! なぁに、悠貴ってああいう(ひと)がタイプなのっ? まあ確かに凄く綺麗なひとだったけど!」


 荷物を持ち上げる莉々。


「お、おい、莉々。あの人はただの大学の先輩だって! 魔法士の嵯峨有紗先輩。学園祭の魔法士の対抗戦の時に知り合って……」


「ふんっ。別に言い訳なんてしなくてもいいし、する必要もないでしょ! 私、次の授業あるからもう行くね!」


「あ、莉々! け、研修でのこと……」


 悠貴が呼び止める間も無く莉々はスタスタと橋を渡っていく。



 莉々が進む先。好雄と優依が並んでやって来た。


「お、莉々じゃんっ。あっちにいるのは悠貴だな。何だよー、お前らふたりっきりで……」


 からかう好雄をキッと目で黙らせた莉々が叫ぶ。


「うるさい! そんなんじゃないって言ってるでしょ!」


 苛立(いらだ)った声を好雄に投げつけて莉々は歩く速度を上げて去っていく。



 立ち止まって固まる好雄。



「な、なあ……、優依……。俺、そんな酷いこと言ったのかな……」


 肩を落とす好雄。

 優依にフォローされてとぼとぼと悠貴のいる小屋まで進む。


「よお、悠貴……。あのさ、なんか莉々、やたらと機嫌悪くないか……? 俺、親の(かたき)を見るような目で(にら)まれたんだが……」



 好雄に問われた悠貴は、さぁ、とだけ返して目を伏せた。自分だって訳が分からない。



「ま、まあ、莉々ちゃんだって時間経てば気分も……って、そんなこと話しに来たんじゃないよ! 好雄君!」



 優依が落ち込む好雄を突っつく。


「あ、あぁ……、そうだったな。コホン。悠貴……」


 消沈した好雄が顔を引き締めて悠貴に向き合う。好雄は続けた。


「ついに今年、開かれるな……、あれが……」



 感慨深そうにする好雄。横の優依も神妙な面持ちをしている。


「そうか……。あれが……ついにか……。で、あれって何だ?」


 キョトンとした好雄と優依が顔を見合わせる。


「ん……、あれ、優依、お前から話してたんじゃなかったのか?」


「うんうん。えと、あの、好雄君から話してくれてたんだとばっかり……」


 好雄と優依がため息をつき合う。訳が分からない悠貴。何のことだと2人を見比べる。


 ニヤリと笑う好雄。



「桐花杯だよ、桐花杯! 4年ぶりだぞ!」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は7月12日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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