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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第111話 国の理(ことわり)

 演習場は戦闘であちこちが(えぐ)られていた。雪と土が混ざり歩きにくい。


 それら戦闘でできた大小の穴を避けながら手塚は進む。普段と何も変わらない様子の手塚。悠貴は怖かった。



(あのカオスだった戦場を……、あの人は一瞬で黙らせた……)



 好雄や優依の話にも出てきた。サークルの合宿では森で自分を助けてもくれた。そして直接自分の目で見たなつみとの戦い。手塚の強さは知っているつもりだったが……。


 淡々と歩を進める手塚。いつもと変わらないその姿がかえって恐ろしい。


 身震いした悠貴の視界に手塚が呼び出した獣の姿が入る。



(なつと戦った時のやつだ……)



 見上げる悠貴。手塚に挑み、こてつと挟み撃ちにして勝利を掴みかけたなつみをこの獣が一瞬で黙らせた。



 演習場を囲む四体の獣は微動だにせず威容を(さら)している。研修生たち、大塚が率いていた特高の隊員たちの誰もが人目を(はばか)るようにしてちらりと見上げている。



 悠貴は思わず口にする。


「なつの従者とはレベルが違うな……」


「はぁっ! せんせー、何にも知らないのね……。あれはね……」


 悠貴の言葉にムッとしたなつみが言いかけたところで声が掛けられた。


「ああ、そうか、ゆーき君はまだ知らないんだね。あれは従者とは少し違う……。魔獣術で一時的に生み出された魔法の産物。従者のように意思はない。術者の意識のみによって動かされる、術者の意識にのみ従う、ただそれだけの存在……。なつみが持っているように従者の方が勝手に動いてくれる分、使い勝手が良い……」


 気付けば手塚は間近な所まで来ていた。


「魔獣術……ですか……」


 口にした悠貴だったが何のことを言っているのか分からない。悠貴は改めて天に向かって立つ獣を見上げる。


 そんな悠貴を見て手塚はふっと笑い、四体の獣はスッと空に溶けるようにして消えていった。



「もう消しちゃうんですか? 次に対戦するときのためにもっと観察しておきたったんですけどね……。ふぅ。お帰りなさいませ、きょーかん。お早いお戻りでしたね。でも、もっとお早かったら、なつたちがこんな風にボロボロになることもなかったかと思うんですけどね……」


 なつみは髪をクルクルとしながら横目で手塚を見る。手塚の横にいた副官の武井が苛立つ。


「新島なつみ……。お前、またそうやって参謀に無礼な言葉を……。我々がどれだけ……」


「武井。良いんだ。でもなつみもそう言ってくれるな。私たちだって遊んでいた訳じゃない。これが限界だった。だから、なつみがいてくれて本当に良かった。なつみのお陰で被害は最低限で済んだ……」


 そっぽ向くなつみに苦笑した手塚は、さて、と悠貴の方を向く。


「ゆーき君、無事で何より……」


 はい、と答えた悠貴だったが手塚から視線を外し、演習場を見回す。


 手塚が演習場に姿を現すまで戦闘は激しいものとなっていた。無傷な者はなく、誰もが対峙する相手との戦いに死力を尽くしていた。幸運にも命を落とした者はいなかったが重傷者は多かった。


 今も(うめ)き声を上げている特高の隊員が担架に乗せられて運ばれていった。



 手塚が率いてきた特高の部隊には魔法士も混じっていた。負傷者を1ヶ所に集めて治癒魔法をかけている。特高の医療チームと共に応急処置にあたる。



「救護班に魔法士がいるといないとでは雲泥の差だね。助からない命が助かることも少なくない……」


 悠貴が見ていた先に目をやった手塚はそう言って後ろに控えていた武井に一言二言何かを伝えた。武井がさらにその後ろにいた部下に耳打ちすると部下は足早にその場を離れていった。



「あ、あの、手塚……教官……」



 悠貴は手塚のことを何と呼んだら良いのか以前から迷っていた。なつみや好雄、優依は直接手塚から教えを受けていたので今だに教官と呼んでいる風だったが自分はそうではない。特高の隊員や他の研修生は参謀と役職で呼ぶ向きがあったがどうもしっくりこない。



 教官、と呼ばれた手塚はすまなそうな顔を悠貴に向けた。



「悠貴君……、君や他の研修生たちには悪いことをした……。私が……」



 手塚が話を続けようとしていたところに大塚たちが駆けつけてきた。



 悠貴や手塚の近くまで来た大塚と下士官は一様に手塚に向かって特務高等警察式の立礼をした。


「手塚参謀! 遠征からの御帰還、心底よりお喜び申し上げます! この度の四国州での……」



 大塚は高らかに手塚への祝辞を述べる。一方で(にじ)み出る焦りを隠しきれない。


 四国州で起こった争乱の規模をあえて過小に手塚には伝えていた。更に、現地に駐屯していた気脈を通じる特高の将校たちに少しでも手塚を足止めするよう根回しをしてあった。

 そうであったから手塚が争乱を鎮圧してここへ戻ってくるまでに少なくとも6週間はかかると大塚は見積もっていた。



 大塚の早口の祝辞が途切れたところで間髪いれずに手塚の半歩後ろに控えていた武井が割って入った。


「大塚局長……。貴殿もお役目ご苦労様です。ところで……、これは一体どうしたことですか? 参謀がお命じになった研修内容、研修生たちの扱いとは(いささ)(おもむき)(こと)にするように見受けられるのですが……」



 武井からの視線を受け止めきれずに大塚が、それは……、と下を向く。


 大塚の額から大きな汗が伝う。言い訳が思い浮かばない。


 自分が予想した通りのタイミングで手塚が帰還したのであれば、それまでには自分が仕組んだ一連の研修は終わっているはずだった。生き残る者は生き残る。そうでない者はそうでなく。しかし、それはあくまで研修の結果でしかない。何を言われても、研修の結果ただそうなっただけだ、もう終わったことだ、と突っぱねることもできた。



 手塚の副官が投げ掛けてきた言葉は、言葉自体は丁寧だったが明らかに自分を責めている。命令に背いて勝手に何をしているのだ、と。



「あの……、それは……、その……、つまり……」



 大塚は釈明のため考えを巡らせるが空転するばかりだった。


「大塚局長……」


 手塚に名前を呼ばれた大塚は体を大きく震わせた。


「私がいない間、責任者の任、本当にご苦労。良くやってくれたね。君の執務姿勢は上層部の方々にしかと伝えておくよ」



 手塚本人からの叱責があると思って構えていた大塚は、意外な言葉を掛けられ、「はっ……」と頓狂な声を出した。



 手塚の言葉に何か言いたげな顔をした武井は軽く溜め息をついて目を閉じる。そして、改めて大塚に凛とした声を発する。


「貴殿には我々が鎮圧した四国州の事後処理の任が下ります。直ぐに正式な通達があるでしょう。貴殿におかれては早々に部隊をまとめて現地に向かわれることをお勧めします」



 武井の言葉に目を見開く大塚。手塚も武井の顔を何度か見比べたが、直ぐに顔を引き締め姿勢を正す。


「しかと承りました! 即刻四国州へ赴き、参謀が果たされましたお役目をしかと引き継がせて頂きます!」



 立礼をした大塚は(きびす)を返し、足早にその場を去る。大塚の部下もそれに続いた。



 演習場の土や雪に足を取られながら進む大塚が唇を噛む。


(後片付けなど……、現地駐在の部隊にでも任せれば良いだろう……。中央から誰かを派遣するにしてももっと下の連中の仕事だ……。なぜこの私がわざわざ……)



 悔しさを(にじ)ませる大塚だったが、助かった、とも思った。自分が画策したことは明らかに手塚からの命令には背いていた。階級が数段上の手塚の不興をかえば降格どころか処分すらされかねない。(さと)い手塚のことだ、自分たちの計略は見破っていたのだろう、だからこそ早々に乱をおさめて戻ってきたのだ。地方の争乱の残務処理ごときをすることはプライドに障るが、それを考えれば安いかもしれない。


 そう自分を納得させた大塚は薄く笑む。



(残念だが今回はここまでだ……。しかし……、絶対に諦めないぞ……。必ずや魔法士──自然への背理(アゲンスト)は1人残らずこの地上から永遠に消えてもらう……)







 遠ざかっていく大塚たちの後ろ姿を見ていた悠貴。それまで我慢していた怒りが押さえきれなくなった。


「手塚教官! いいんですか!? あの人たちを行かせて……! 何も言わなくていいんですか!?」



 悠貴が張り上げた声に大塚やそれに従う下士官が一瞬だけ振り向いたが、やはり足早に去っていった。



「悠貴君……」


 熱くなる悠貴を心配するように、ゆかりが悠貴の肩に手を置く。その手をどかす悠貴。



「教官……、あいつら……、俺たち、研修生たちに何をしたか……、知ってるんですか……!? あいつら……」



 悠貴の言葉を(さえぎ)った手塚は軽く首を横に振る。


「悠貴君……。彼らがしたことは当不当はさておき正当な執務だ。それは彼らが正式に私の代理として任命されたからだ。正式な責任者である彼らが行おうとした研修は……あくまで国による公式なものだよ」



 目を見開く悠貴。

 怒りに震えが止まらない。確かに手塚の言っていることは正論だ。しかし……。


「じゃあ……、あいつらは何しても許されるって言うんですか!? 何の罰も受けずに!」



 後ろ手を組む手塚は表情を変えない。


 肩で息をする悠貴の後ろで真美が嗚咽を漏らす。


「そ、そんな……。私たち……、G(グループ)4の人たちに裏切られて……、死ぬ思いで雪山を進んで……。G5は全滅……、G7だって瑞希以外は……。そうやって……、人が……、人が死んでるんですよ!? それをあの大塚って人たちが仕組んだんなら、あの人たちは私たちを殺そうとしたってことになるんじゃないんですか!?」


 叫ぶように言った真美が手塚に詰め寄る。それに色めき立つ琥太郎、眞衣、憲一、佑佳が続く。



「お前ら! いい加減にしろ! 参謀は……」


 割って入ろうとする武井を止める手塚。


「いいんだ、武井……。君たちの気持ちは分かる……。しかし、大塚局長たちがしたことは国がしたこと。国がしたことが正しいか、正しくないかを気持ちで図ってはいけない。それが国の(ことわり)だ」



 手塚は真美の肩に手を置いて軽く頭を下げる。



 国の理、と呟いて(うつむ)く真美。


(そんな……訳の分からない言葉ひとつで彼らは許されてしまうの……)


 怒りで頭がどうにかしてしまいそうだった。本当ならG4を倒し、黒幕の大塚たちにも鉄槌を下したかった。しかし、手塚の登場で戦闘は停止させられた。大人しく引き下がったのは手塚が大塚やG4の研修生たちを処罰してくれると思っていたからだ。




 目の前の手塚から聞かされた言葉はそれとは正反対のものだった。



 真美はゆっくりと顔を上げた。


「そうですか……。分かりました。手塚参謀は何もしてくれないんですね。絶対に……、絶対に間違っているあの人たちを参謀がそのままにするって言うんなら……、私たちがあの人たちを罰します!」



 魔装した真美が大塚たちの後を追おうと駆け出す。G3の他の4人がそれに続く。



「よし、悠貴! 俺たちも行くぞ!」


 魔装した俊輔が駆け出す。

 小柴たちG2の研修生の何人かもそれに続こうとする。



 悠貴も駆け出そうとする。

 手塚の言うことも分からなくはない。そう、あくまで研修の一環なのだ。それにとやかく言う権利は自分たちにはない。

 しかし、どう考えても大塚やG4の研修生たちがしたことは正しいとは思えない。彼らを許すことは絶対に出来ない。国の理とやらがそれを正さないなら自分で何とかするしかない。



 駆け出した悠貴は魔装して速度を上げる。







(あま)墜つる風』




 身体が急に重くなった悠貴。足が前に進まない。そうこうしている内に靴底が地面にめり込んでいく。立っていることすら出来なくなり膝をつく。


(な、何が起こってるんだ……)


 悠貴は何とか顔を上げ、前方を見る。先に駆け出した真美や俊輔たちも地に伏している。


 悠貴は身体が動かなくなった原因が上空からの凄まじい風圧のせいだと気づいた。だとすればこの場でこんなことを出来る人間を悠貴は1人しか知らなかった。



「て、手塚……教官……」



 全力で魔装して立ち上がり振り向く悠貴。


 手塚は片手を天に(かざ)したまま口を開く。


「君たちは研修を終えて正式に魔法士となる。それはすなわち国の一部になるということだ。だとすれば、国の(ことわり)というものを知らなければならない……。感情だけで動いてはいけないんだ……、人は……」



 手塚はその場にいる全員を見回し、続ける。



「以後、実戦演習時以外の魔法の使用を固く禁ずる。魔法を用いないような私闘についても同様とする……。以上」



 言った手塚は後ろに控えた副官の武井に、後を頼む、とだけ告げてその場を離れていった。



 手塚が放った風の魔法の圧力がふっと消え、悠貴たちは立ち上がる。



 自分たちは何も出来ない、何も出来なかった、と真美たちは泣き崩れる。手塚の圧倒的な力の前に、やり場のない怒りをどうすればいいのか分からず、ただ泣いた。




 悠貴は真美たちを見て、そして手塚の遠ざかる後ろ姿を見た。



(手塚教官……。どうして……、どうしてなんですか……)

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は3月29日(月)の夜を予定しております。


次回が第三章の最終話となります。

悠貴の研修編がいよいよ終わります。



改めて活動報告などで四章のスタートなどについてお伝えしたいと思っております。


宜しくお願い致します!



お楽しみ頂けましたらブクマや評価などぜひお願い致します!励みになります!

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