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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第109話 ほのかなりし月影の……【中編】

「取りあえず一旦退いてくれたみたいね……」


 そう言って両手を(かざ)して(シールド)越しに前方を見据える真美と同じ方を悠貴は見る。

 演習場にいた特高の部隊はあらかた蹴散らした。倒れたまま動けない隊員もいれば、這いつくばるようにして逃げていく隊員の姿もあった。




「ん……?」



 フッ、と悠貴たち以外の側の盾が消える。ほぼ同時になつみが悠貴たちの方へ近づいてきた。



「先生ー!」


「なつ! 盾、消しちゃって良かったのか?」



 自分たちは盾をどうしたものかと迷うような様子の真美や眞衣を一瞥してなつみが答える。


「ずっと魔力を使いっぱなしって訳にもいかないもの。あ、盾はもういいからちょっと休んじゃいましょうっ」


 頷いた真美や眞衣が盾を消す。


「魔装も解いちゃって。施設を出てからも長いから。少しでも魔力は温存しておかなきゃね」



 なつみの指示で、警戒にあたる数人を除いて魔装を解いた研修生たち。目の前の驚異を退け、安堵の表情を浮かべ合う。




「ふう……、なつたちの大勝利。まあ当然の結果なんだけどね。でも……」


 言ったなつみの言葉の先を宗玄が続ける。


「うむ、そうじゃな。これはあくまで緒戦……。長い戦いになりそうじゃな。教官殿の言う通り、魔力は相当節約して戦わんとな……」


 やれやれというような顔をした宗玄の近くにいた眞衣が、えっ、と声を上げる。


「こ、これで終わりじゃないんですか……? それでめでたしめでたし、じゃないんですか!?」


 あたふたとする眞衣を見て俊輔は大きくため息をつく。


「めでたいのはお前の頭だろうが。やつらはその気になりゃ万って単位で部隊を動かせるんだぞ。それに、個人が装備する武器はそこそこ揃えてきたみてぇだが、どうも本気だして俺たちを潰しにきてるとは思えねぇな……」


 頷いたなつみが、そうね、と言って続ける。


「それはしゅん君の言う通り。油断してか、私たちの強さを見誤ったかは分からないけど……。でもこれはラッキーよ」


 なつみの言葉に聖奈が「ラッキー?」と不思議そうにする。


「ええ。確かにこれで終わりって訳にはいかないだろうけど、少なくとも増援が来るまでにはまだ時間がかかるはずよ。今のうちに森へ……」




 なつみの言葉が途切れ、どうした、と怪訝(けげん)そうにする悠貴。


 なつみが叫ぶ。



「皆! 伏せて!」


 咄嗟(とっさ)に悠貴はなつみがしたのと同じように空を見上げる。



(あれは!?)


 風の力を(まと)った衝撃波がすぐそこまで迫っていた。悠貴は(シールド)を張ろうと両手を(かざ)す。



(グッ……、間に合わない!)



 他の研修生たちも対処が遅れる。

 逃げ惑うようにする研修生たちの前になつみが立つ。



「はぁっ!」



 なつみが巨大な(シールド)を張って研修生たちを覆う。放たれた衝撃波が盾にぶつかり、爆音と共に姿を消す。



 銃口を向けられるのも、実際に弾丸を放たれるのも初めてだった研修生たちだったが、繰り返される特高の攻撃に徐々に対処できるようになってきていた。そうやって銃撃には慣れてきた研修生たちだったが、たった今目にした異質の攻撃には驚きを隠せない。


「今のは……、魔法……」


 真美がこぼしたのとほぼ同時に特高が敗走した方向から魔法士のローブを(まと)った人影が姿を現した。



「流石……。これが高校生で教官に選ばれた者の力ですか……」



 そう口にした男に悠貴は見覚えがあった。そして、横にいた真美がその名を口にする。


「廣田さん……」



 その真美の姿を見留めて声をあげたのは廣田の後ろから出てきた新本だった。


「な、なんだお前たち……! 生きていたのか!?」



 廣田、新本。その後ろには三條陽菜乃、榊梨子の姿が見えた。そうして(そろ)って現れたG(グループ)4に真美たちG3の面々の表情が変わる。


「新本……、お前……」


 言った憲一を一瞥(いちべつ)した新本が鼻を鳴らす。


「目上の人間にお前とは……。口の聞き方がなっていないな、小僧。まあいい、どうせ、私の魔法でまた火達磨になるんだからな!」


 そう言って笑う新本の後ろに1人の少女の姿があった。





「梨子!」


 親友の姿が目に入った眞衣が駆け出す。雪山で別れてからずっと心配していた。自分たちを裏切ったG4は許せないが、梨子はそうではないと信じている。


(私たちが逃げ出した時……、梨子は私の名前を叫び続けてくれていたもん……)


 ここにいるということは避難場所(シェルター)に無事着けたのだろう。親友との再会に笑む眞衣の顔に涙が混じる。




 ……その眞衣の駆ける先。

 水の魔法が放たれる。足を止める眞衣。

 明らかに自身を狙って魔法を放った親友。


 眞衣の顔が凍りつく。


「り、梨子……?」



 眞衣に水の魔法を放った梨子は手を翳したまま動かない。そして(せき)を切ったように眞衣へ向けて叫び声を上げる。



「何で私たちを裏切ったの!? 眞衣ちゃん!」



 目の前の親友が口にした言葉の意味が分からない……。後ずさる眞衣。


「え……、梨子……。な、何を言ってるの……?」


 戸惑いを隠せない眞衣に向ける梨子の顔には怒りと憎しみが(あらわ)になっている。身体を震わせる梨子に眞衣が駆け寄ろうとするが……。




「何をって……。言葉のままよ、眞衣ちゃん」


 言った三條陽菜乃が梨子の横に並ぶ。そしてそのまま眞衣の問いに対する答えを続ける。


「眞衣ちゃんたちG3の人たちは私たちが気づいたヒントをもとに向かっていた避難場所(シェルター)を貴女たちは横から奪おうとした。私たちは『一緒に行こう。食べ物も分け合おう』って、そう言ったのに……」



 そんな陽菜乃の言葉を耳にした真美。心の奥底から冷えていく感じがする。得たいの知れない冷え冷えとした何かが身体に広がっていった。震えが止まらない真美が叫ぶ。



「な、何を言ってるの!? まるっきり逆じゃない!? あなたたちが私たちを殺そうとしたんでしょ!」



 激昂する真美に陽菜乃は、それはそうかもしれないわね、と平然と返した。

 真美は立ち尽くすことしかできなかった。陽菜乃の言葉は支離滅裂にしか思えない。



「あなたたちにとってはそれが真実なのでしょうね。でも、それは私たちの真実とは違う……。私たちはヒントに気づき避難場所(シェルター)へ向かっていた。助けようとした貴女たちに裏切られた。それが私たちにとっての真実よ。真実は1つだけとは限らない。覚えておいた方がいいわよ」


 にこりと笑んだ陽菜乃。



 真美の肩に手をのせるなつみ。


「あの女の言うことをまともに聞いちゃダメ。何を言っても聞いても無駄なんだから……」



 なつみの姿に陽菜乃がポンと嬉しそうに両手を合わせる。


「新島なつみ。紅夜の魔女。私、あまり直接戦闘は得意じゃないのだけれど、今ここで貴女程の序列(オーダー)の魔法士にまともに相対できるのは私くらい……。ふぅ、本気を出して誰かと戦うなんて何年ぶりかしら……」


 陽菜乃が魔装する。

 あ、と思い出したような声を出す。


「大丈夫……。特高の人たちは手出ししないわ。したくても出来ない。貴女たちのせいで動ける人は少ないし、まともに動けても気持ちがついてこないもの。暫くは使いものにならないわ。大塚局長も大変ねぇ……。ご自慢の部隊をコテンパンに()されたんですもの……」


 ため息混じりに大塚への同情を口にする陽菜乃になつみが笑う。


「ふんっ。なつたちを侮っていた大塚が悪いのよ。自業自得だわ」




 言ったなつみは魔装をして陽菜乃を警戒しつつ、後ろに下がって悠貴たちに並ぶ。



「数的にはなつたちが有利なんだけど、なつはあの女の相手をしなきゃいけない。先生たちで残りの研修生たちを迎え撃って少しずつ森へ後退して」


「あぁ、なんでだよ? 数はこっちが上なんだから一気に仕掛けてケリつけりゃあいいんじゃねぇのかよ?」


 今にも新本たちへ向けて駆け出していきそうな様子の俊輔をなつみが止める。


「しゅん君、大局を見て。確かにここだけのことを考えればそうなんだけど、時間が経てば向こうには増援があるのよ? そうなる前になつたちはここから逃げなきゃいけないの」



 でも、と言い掛けた俊輔。悠貴が(さえぎ)る。


「なつの言う通りだ。奴らの攻撃を適当にあしらいながら森に入ろう」


 悠貴の言葉に不承不承の俊輔を含め、周囲の研修生たちが頷く。


「なつも直ぐに追い付くわ。陰険な女でホントしつこいんだけど、なつ天才だからそこは安心してっ。それに、なつがいなかったら森へ入れてもその後どうしたらいいか分からないでしょ? 何があってもちゃんと合流するわ」





 新本を先頭にG4の研修生たちが迫ってくる。


「君たちぃ、もう相談は終わったのかね? だが、それは無駄と言うものだよ。三條君、始めてもいいのかね?」


「ええ、もちろんです、新本さん。新本さんの力を存分に発揮してください」


 陽菜乃の言葉に新元がいきりたつ。


「無論だ! よし、私が指揮をとる! やつらを殲滅するぞ!」



 新本の声に反応してG4の研修生たちが魔装する。





「あの女は任せて! 先生たちも気を付けて!」


 駆け出したなつみに三條陽菜乃も応じる。研修生たちから少し離れて2人は戦闘を開始する。



 幾つもの火球を放つなつみ。

 陽菜乃は自身の四方に(シールド)を配置してそれを防ぐ。


「初手から派手ねぇ……。でも、あの猫のお友達は呼ばないのかしら? それとも1人でも余裕で勝てると……。舐められたものね……」



 陽菜乃が話す間にもなつみは攻撃の手を緩めない。放たれるの火球の数が増していく。


「貴女こそ本気を出さなくていいの!? 防戦一方じゃない。なつの魔力が切れるのを待つ作戦かもしれないけど、その前に黒こげになるんじゃない!?」



 無数の火球。

 僅かに体勢を崩した陽菜乃。なつみはその隙を見逃さず、巨大な炎の塊を撃ち込む。それが陽菜乃の盾を砕く。直撃した陽菜乃が炎に包まれる。


 首を横に振るなつみ。


「ふん。本当にこれくらい簡単にやられてくれれば楽なのに……」



 なつみは向きを変えて誰もいない方に目をやる。


「バレバレなのよ……。ホント陰険。貴女のやり口は分かってるわ! 分身で目眩ましをして自分は幻に紛れて隠れるなんて……、そこね!」



 なつみが軽く火球を撃つ。

 何もないように見える空間で火球は何かにぶつかり霧散した。


 ふふ、と陽菜乃の笑い声がした辺りの景色が(ゆが)み、陽菜乃が姿を現す。


「あら、素敵……。こんなに直ぐに見破るなんて……。私の得意技のひとつ、幻影の空隙。貴女みたいな攻撃一辺倒の単純な魔法士には凄く効果的なのよ。それにね、陰険だなんて言うけれど……、幻に幻を重ねていくと、限りなく実体的になるのよ……、こんな風にね!」



 なつみの四方に陽菜乃()()が次々に現れる。


「幻を重ねて実体的にする……、そうやって本体である私と同じ濃度にした私を作れるのはせいぜい5人位まで。でも……、いくら貴女でも同時に私5人を相手にするのは少し厳しいんじゃないのかしら?」


「冗談……。なつ1人が貴女10人分よ。ハンデにもならないわね!」


 なつみが自分を囲む陽菜乃たちと交戦を始める。






「す、凄い……、あの2人の戦い……」


 ゆかりの言葉に悠貴が頷く。俊輔と戦ったときも、自分たちを眷属から助けてくれたときも本気ではなかったことがよく分かる。しかし……。


(あの三條陽菜乃って人……、なつと互角にやりあってる……。なつも知ってるみたいだし何者なんだ……)





 前方から新本の声が掛かる。新本たちも悠貴たちと同じようになつみと陽菜乃の戦いに目を奪われていたが改めて悠貴たちを向いた。



「ふん。場数を踏めば私だってあれくらい……。さあ、お前たちにもその踏み台になってもらうぞ!」




 構えた悠貴に並ぶ影があった。


「真美……」


 声を掛けてきた悠貴に真美は目線だけで応じた。


「悠貴君……。G4の人たちとは私たちに戦わせて……。憲ちゃんや佑佳にしたこと……、絶対に許せない……。柄じゃないけど、しっかりお返しはさせてもらわないと……」


 真美に続く声があった。


「わ、私もです! 悠貴さん! それに、あのG4にいる梨子って子は私の友達なんです……。何か様子が変なんですけど……、少し混乱してるだけで……、私が絶対に説得しますから任せてください!」



 悠貴が目をやった眞衣の後ろの佑佳、琥太郎、憲一が頷く。



「分かった。でも無理はするなよ? 俺たちG1の5人でしっかりと援護するから……」


 悠貴は振り向く。


「小柴さんたちは森への退路を確保してください! 特高の奴らや向こうの研修生が森へ回り込もうとしたら阻止をお願いします!」


「ああ、任せな! よし、お前ら行くよ!」



 演習場と森の境目へ向けて小柴たちG2の4人とG5の生き残りの川越瑞希が駆けていった。



 それを見送った真美たちG3の5人。

 悠貴たちに背後を託して新本たちG4の4人と向かい合う。


 G3の5人、G4の4人。

 双方が放った魔法がそのちょうど中間でぶつかり合った。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は3月12日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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