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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第107話 檻の中の卵たち

 深夜。


 悠貴たちが押し込められているなつみの部屋の前。教官室がある階の明かりは落とされ、月明かりが入り込むばかりの廊下は薄暗い。



 見張りに立つ特高隊員2人は自分たちの不遇にぶつくさと愚痴を(こぼ)していた。


「……しかしまあ、ホント捨て駒ってのは俺たちみたいな奴のこと言うんだろうな。こうやって完全武装していても中の連中が本気だしたらイチコロだからな」


 横の隊員も、違いない、と笑う。


「研修生って言っても魔法は使えるんだしな。それに教官役の魔法士までいる……。お偉いさんたちはいい気なもんさ。こうやって俺たちみたいな末端に見張らせて、いざという時には自分たちはいつでも逃げ出せるんだからな。上に行くほど楽になる。上に行くほど責任は現場に押し付ける……。はぁ……、俺も早く三等補より上の高官になりたいもんだ」


「はっはっは、そうだな。でもよ、そいつは余程の幸運に恵まれない限り無理だな……。所詮はコネだよ、コネ。上に行ける奴なんてのは最初から決まってるんだよ」



 そうやって自分たちの境遇を2人して笑い合った直後。ピカッと辺りが光り、2人はドサッと倒れた。




 ドアから顔と手だけを覗かせてていた聖奈がそろりと外へ出て、倒れた2人を指でつついた。


「み、みなさん……、大丈夫そうです!」


 聖奈の声を合図に悠貴たちが辺りを警戒しながら出てくる。


「せ、せいな……。殺しちゃったのか?」


 聖奈が首をぶんぶんと振る。


「ま、まさか! 教官に言われた通りかなり手加減してますから……。気を失っているだけ……なはずです……。たぶん……」


 言って聖奈が目をやった廊下の先。廊下に詰めていた特高隊員たちは全員倒れていた。真美や悠貴がひとりひとり本当に気を失っていて動かないか確かめていく。



「よし……、大丈夫そうね……」


 真美の言葉に俊輔が笑う。


「おっかねぇ小学生だな……。さすがは天声の姫……。お前はなつみたいに自分の力をひけらかすような傲慢な女にだけはなるなよ」


 言った俊輔が聖奈の頭をわしゃわしゃと撫でる。戸惑う聖奈の横でなつみがため息をついた。


「ホントしゅん君て余計なことしか言わないのよね……。せいなちゃん、ムカついたことがあったらしゅん君もあいつらみたいにしちゃっていいからね」


 なつみが倒れた特高の隊員たちに目を向ける。




「なつ……、そんなことより……」


 悠貴に言われ、分かってる、と返すなつみ。真美に目配せをした。



「じゃあ……、打合せ通り横の部屋の研修生たちに話してきます」


「頼んだわよ。まあここまで一緒に来たんだから、今更ここに残るなんて言わないとは思うけど……」


 頷いた真美が横の部屋へ向かい、ドアを開けて中へ入る。



 横の部屋に閉じ込められている研修生たちとは逃げ出すことについて相談できていない。真美の説得にどれだけ時間がかかるかは読めなかった。どちらにしても外へ向けて移動する為の動線は確保しておきたい。俊輔、宗玄、ゆかり、眞衣が階段やエレベーターの方へ警戒も兼ねて向かう。



 悠貴がなつみに目を移す。


「ゆたろーたちは大丈夫かな……」


「分からない……。何とかしてあげたいのは山々だけど、私たちは今やらなきゃ確実に殺される。今ならまだこうやって皆で動けるけど、あいつらに先に動かれて、ひとりひとり呼び出されて……ってなかったらもう助からない。ゆたろーたちにはゆたろーたちの知恵があるでしょうから、今は自分たちのことだけ考えましょう」



 素直に頷くことは出来なかった悠貴だがなつみの言っていることは正しい。今、自分たちが失敗したら何にもならない。


「分かった……。でも、俺たちが無事外へ出られたら、何とかしてゆたろーたちとも連絡をとって……」


「もちろんよ。外へ出られたら色んな方面に助けを求めることも出来るし、何より手塚教官が戻ってきてくれさえすれば一気に形勢は逆転できる……」


 悠貴が今度は頷いたところで真美が出てきた。


「まみ! どうだった!?」


 悠貴の問いに真美が答える前に中にいた研修生たちが姿を見せる。真美の後ろにいた小柴が不敵に笑う。


「どうだったも何も、あたしたちも同じこと考えていたからね。あと30分も遅かったらあたしたちが羽田くんたちの部屋に迎えに行ってただろうさ」




 研修生たちは頷き合って、そしてなつみを見る。


「建物を出て演習場を抜けて一気に森に入るわ……。皆、続いて!」


 月明かりが差し込む廊下を研修生たちが動き始める。



 俊輔と眞衣が押さえていた階段を一気に駆け下りた悠貴たち。中央棟を出たところで暗がりに身を隠して周囲の様子を窺う。見回りの特高隊員をやり過ごし、演習場がある方へと走る。なつみと共に悠貴たちG(グループ)1の5人が先頭を走り、小柴たちG2の4人、真美たちG3の5人、そして、G5唯一の生き残りの川越瑞希が続く。




 演習場が見えてきた辺りで悠貴が先を行くなつみに話し掛けた。


「なあ、なつ……。ここから抜け出すなら(ゲート)の方へ向かうんじゃないのか?」


「せんせー……、しゅん君の馬鹿が移っちゃったの? それだと捕まりに行くようなものでしょ?」


 なつみと悠貴のやりとりを聞いていたゆかりが不安そうな声を上げる。


「で、でも……、他の場所は塀に囲まれてて外へは出られないんじゃ……」


「そうよ……。ここの施設ってホントやんなっちゃうくらい厚くて高い塀に囲まれている……。数ヵ所を除いてね……」


 なつみが何を言っているのか分からない悠貴たち。一様に不思議しそうな視線なつみに向ける。


「そっか……、知らなくて当然よね。本当は完全にオフレコの話なんだけどね……、この研修施設、無理をすれば何ヵ所か逃げ出せるようになっている所があるの。あえて研修生が逃げ出せるようにね」




「ああ? 何だってわざわざそんなことするんだよ?」


 尋ねてきた俊輔になつみが振り向く。


「何って……、狩りよ」



 なつみの言葉が後に続く研修生たちの耳に入る。誰もが凍り付いて口を(つむ)ぐ中、辛うじて悠貴が尋ねた。


「その……、なつ……。狩りっていうのは……」



「言葉のままよ。この研修ではね、メンタルの弱そうな人に目をつけて、意識的にその人を追い詰めるの、徹底的にね。そうやって逃げ出すように仕向ける。そして、実際に逃げ出したその人を……狩る。研修の一貫としてね。研修からの離脱は下手をすれば死罪。逃げる方は命が懸かってるからまさに真剣。死ぬ気で向かってくる人の相手をするんだもの、これ以上の実戦の演習はないわよね」



 悠貴はゾクッとした。

 それでもなつみの話を聞いた悠貴は、やはり、という思いも持った。好雄が語った自身の新人研修。その研修で命を落とした1人の男。その好雄の話を聞いていた悠貴はところどころで強烈な違和感を感じていたがなつみの話で納得がいった。男は逃げたのではなく、逃げさせられたのだ。



「でもね……、それでもやっぱり今回の研修は何かおかしいのよ……。魔法士は特高にとって脅威でもあるけど、同時に自分たちに協力する魔法士は喉から手が出るほど欲しい戦力なの。今回の研修のやり方……、雪山に放り出させてお互いに戦い合わせて……。下手をすれば全滅よ。そんなムダ遣いみたいなこと、計算高いあいつらがするのかしら……」



 悠貴にはなつみが口にした特高の事情や意図のことはよく分からなかった。しかし、少なくとも今回の研修のことを仕組んだ人間たちが自分や自分たちの命を何とも思っていないことだけは分かった。




 一団の先頭を走るなつみに悠貴は並ぶ。


「なつさ……。俺、やっぱこんなの納得できない……。せっかく魔法の力に目覚めて……、全国から夢とか希望とか持って集まって……、そんな人たちがどんな理由でかは知らないけど……、いや、どんな理由があってもこんな風に死んでいくのが我慢できない……。もう誰にも死んで欲しくないし、誰かがこんな研修をそれでもまだ続けるってのなら……、俺はそいつらをぶっ倒したい」


 悠貴を一瞥したなつみ。走る先を見据える。


「言うじゃない……。ま、なつも全く同意見なんだけどね。ホント我慢の限界……。手塚教官には色々と自重するよう言われてるんだけど……。取り敢えず今は外に出て態勢を整えなきゃ。せんせ、さっさと演習場を抜けて森に入りましょう!」




 先頭を駆ける悠貴となつみ。施設の中央棟を出て駆け続け、実戦演習が行われていた演習場に差し掛かっていた。


 森に入れば身を隠せる。研修生たちの顔に安堵が浮かぶ。





 その時。




『なつ!』


 こてつの声が頭で響いたなつみ。その声に咄嗟になつみは周辺の気配を探る。すぐになつみは叫んだ。


「皆! 止まって!」



 なつみの声が演習場に響く。駆けていた研修生たちが演習場の真ん中で足を止める。眞衣は急に止まれず、前にいた真美の背中に突っ込む。


「はぁはぁ……。い、いったぁい……。何ですか、なつみさん、急に大きな声だして……。見つかっちゃいますよ……!」




 眞衣の言葉になつみはひきつった笑みを浮かべる。


「見つかっちゃう……か。まいちゃん……、周りを良く見て……」


 眞衣がキョロキョロと辺りを窺うようにしたので、周りの研修生たちも何事かと周囲を見回す。




 演習場が昼になる。

 普段、夜間についているライトに加えてサーチライトが演習場に集中して当てられる。



 眩しさに研修生たちは目を覆う。



 悠貴も腕で目を覆う。

 その悠貴の耳に雪を踏みしめて近づいてくる足音が伝ってくる。


 明かりに目が慣れて足音のする方を見る悠貴。1人の特高隊員が近づいてくる。



 近づいてきた男の姿を見留めたなつみが低い声でその名を口にした。


「大塚……」




 立ち止まった大塚が冷えた笑みを浮かべる。


「おや、研修生の皆さん方……。こんな深夜にお散歩ですかな?」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は2月22日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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