第105話 生き残った少女
なつみの言葉に部屋が静まり返る。
なつみの言葉を耳にした全員が、その言葉の先……、実際に何があったのか知りたくもあったが知らないままでもいたい気もした。
静寂を割って悠貴が口を開く。
「なつ……、間に合わなかったって……、その、どういう……」
良い淀む悠貴になつみは俯きながら返す。
「どうって……、そのまま言葉の通りよ。なつたちはね、先生たちみたいに放り出された研修生を探していたの。運良く先生たちは襲われているところを助けてあげられたけど……、あの人たち……G5とG7は助けられなかった……。G6とG8は行方不明……。なつの仲間がまだ探してくれているけど」
まだ探している、と言う割になつみの顔からは希望は見てとれない。察した悠貴はそれ以上何も言えなかった。
突如、俊輔がなつみに掴みかかる。
「間に合わなかった……、で済む話かよ!? そいつらだって俺たちの同期の仲間なんだ! なつ、お前そいつらを見捨てて戻ってきたのかよ!?」
俊輔の言葉に顔を上げたなつみが目を見開く。ローブを掴む俊輔の手を振り払って睨み付ける。
「見捨てて……て何よ!? 私だって皆……、全員……、1人残らず助けたいって思ってるわよ! でもしょうがないじゃない! なつは天才だけど万能じゃない。出来ることの方が多いけど出来ないことだってあるの! そんなに言うならしゅん君が行けば良かったでしょ! 出来るの!? 出来ないでしょ!? 自分に出来ないことをなつが出来ないからって……、そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
今度はなつみが俊輔に掴みかかる。息が荒い2人。そのまま動かない。
2人の間に入る悠貴。なつみの手に触れて俊輔から引き剥がす。
「2人とも、落ち着けって……。しゅんすけ、俺だって同期の人たちのこと考えると気持ちが分からない訳じゃない。……けど、なつは、なつが出来る範囲で全力でやってくれてるんだ。俺たちだって助けてもらった……。そのなつに対してもう少し言い方ってのがあるんじゃないか?」
俊輔は、分かってる、とだけ呟くように返し、ソファーに乱暴に座った。その横に宗玄が座り俊輔に話しかける。
それを見やった悠貴。改めてなつみに向かって話しかける。
「なつ……、ありがとな。俺たちのことも、他の研修生たちのことも……。なつがいなかったら間違えなく俺たちだってやられてた。感謝しかない」
言った悠貴はなつみに向かって頭を下げる。
なつみは悠貴を一瞥して、涙ぐむ目を擦る。そして口を開く。
「ふぅ……。もういいわよ。なつも同じ魔法士なんだし、しゅん君の気持ちだって分かるもん。なつがしゅん君の立場だったら同じことしただろうし……。せんせ、フォローありがとね」
気丈にそう返したなつみ。ソファーの向こうから背中越しに俊輔の声が聞こえる。
「俺だってなつには感謝してるぜ! 悪かったな、熱くなっちまってよ!」
俊輔の言葉を聞いて苦笑する悠貴。
「それにしても……、G5とG7……、一体何があったんだ? 俺たちみたいに影の獣……どこかの魔法士の眷属に襲われたのか?」
「分からない……。そうかもしれない……。ただ、私たちが2つのグループを発見したときの様子は……、そうね……、同士討ちみたいだった……」
同士討ち……と呟く悠貴。
なつみは自分が見た光景を悠貴たちに語った。
なつみと仲間の魔法士は幾つかのグループに別れて雪山を捜索した。仲間から、研修生と思われる一団を発見したとの連絡を受け取ったなつみは急行した。
「G5とG7がいたのは先生たちがいた山小屋があった山からもっと奥の方……。山間の開けた所を流れる川のほとり……」
そこでなつみが目にしたのは明らかに戦いの跡だった。抉られた地面、なぎ倒された木々……、そして、そこかしこが燻っていた。その煙をなつみの仲間が見つけ、なつみに連絡が入った。
「川のほとりには……、研修生たちが血まみれで倒れていたわ。パッと見でそのうちの何人かはもう死んでるって分かった……。あの、寝室で寝てる子と、さっき死んじゃった男の人だけがまだ息があったの。その場所のすぐ近くに先生たちがいたのと同じような山小屋……の残骸があったわ。焼け落ちて原形はなかったから、山小屋ってのはたぶん、だけどね」
なつみはそこまて語って目を閉じた。悠貴たちも何も言わなかったので部屋は静けさに包まれた。
ちょうどそのときだった。
寝室の方から音が聞こえた。
「あ、さっきの子、気がついたのかしら……。ちょっと見てくるね」
言ったなつみが足早に寝室へ向かう。
「あ、私も行きます!」
とゆかりが続いた。
悠貴も様子を見ようと部屋の入り口辺りまで来る。部屋の中からは少女の啜り泣く声が聞こえた。
覗き見る悠貴。
ベッドの上でなつみがベッドに寝かされていた少女を抱き締めていた。
横のゆかりがその少女に治癒魔法をかける。悠貴と目が合ったゆかりは首を横に振る。悠貴は頷いて寝室から離れた。
「……ったくよ……、ホントどうなってやがるんだ、これ……」
苛つく俊輔。声が荒い。
「ふむ……。やはり8つのグループの全てがワシらのように雪山に放り出されていたようじゃな。ワシらやG2は自力で、G3はワシらが助け、そのG3から避難場所を奪って生き延びたのがG4……。考えてみればそうじゃな、そのどれもが何とか危機を脱した訳で……、当然乗り越えられなかったグループも出てくるじゃろうて……」
言った宗玄は悲しそうに俯く。それに……、と続けた。
「ワシらの山小屋を襲ってきた眷属……。ワシら研修生をどうにかしようという魔法士がいることは確かじゃ……」
言った宗玄に悠貴が頷く。山小屋で見た映像から今回の事に特高が絡んでいることは確かだった。そして、宗玄の言う通りそれに加担している魔法士がいる……。
悠貴はどこか魔法士に仲間意識を持っていた。類い希ない力に覚醒した人間。その魔法士が自分たちを殺そうとした。同期の研修生たちはなつみの言葉通りだとしたら殺し合いを演じた。
打ち沈んだ悠貴は床に座り込んだ。
なつみが助け、気が付いた少女は泣き、時に良く分からないことを叫び、落ち着き……。それを何度か繰り返し、やっと眠りについた。なつみやゆかりが交代で付き添って少女の介抱をした。
更に1日が経って、少女はなつみに伴われて寝室から出てきた。
「はい、ここにどうぞ」
辺りの様子を窺うようにしていた少女だったが、椅子を引いたなつみに頷いて座る。
悠貴は少女の顔は知っていたが話したことはなかった。そもそもグループが違うと話す機会は限られていた。なつみが座った少女の肩に手を置く。
「G7の川越瑞希ちゃん。私と同じ高2。同い年なんだし、みーちゃんでいいよね? 」
戸惑う瑞希。目が虚ろだった。それでもなつみをチラリと見た瑞希はなつみに頷き返す。
まだ精神的に落ち着かない瑞希のためになつみと悠貴、ゆかり以外は席を外した。
なつみは座った瑞希の前に進んでしゃがみ、目線の高さを合わせる。
「みーちゃん、この人見覚えある? 同じ研修生だから見たことあるとは思うんだけど……、グループが違うとあんまり絡むことないから分からないかっ。でもね、この人は大丈夫っ。私のせんせーだから……、ってこの言い方だと説明しなきゃ意味不明だよね。まあ、とにかくこの人はなつがちゃんと信用できる人。ゆかりさんもだけど、2人も雪山に放り出されたの……、みーちゃんたちみたいにね……。それで、なつが見つけて何とかここまで来て生き延びたの。だからみーちゃんの気持ちも状況も分かってる……。ね?」
なつみが悠貴を見る。悠貴はなつみの横に進んで瑞希に語り掛ける。
「ああ、もちろん。あ、俺、G1の羽田悠貴。身体の方はもう大丈夫? ゆかりさんが治癒魔法かけてたから傷はもう大丈夫だとは思うけど……」
小さく、はい、と頷いた瑞希。
なつみは不満そうに口を開く。
「ちょっとー、せんせ。何で、ゆかりさんが、なのよー。なつだって交代でみーちゃんに治癒魔法かけてたんですけどぉ? それじゃあなつが治癒魔法下手みたいに聞こえるじゃない……。確かに攻撃魔法よりはへたっぴかもしれないけど、それでも普通よりは全然レベル高いわよ、なつは何事にも天才なんだから。体、もう何ともないよね?」
言ったなつみは瑞希に笑い掛ける。瑞希はさっきよりも少しだけ大きく、はい、と頷いた。なつみは瑞希の手を握る。
「みーちゃん……、ホント大変だったね……、でも、もう大丈夫。みーちゃんのことはなつが……、うんうん、この2人も含めて皆で絶対に守るから。絶対に。だから安心をして? それでね、思い出すのも辛いかもしれないし、話したくなかったら無理をしなくていいんだけど……、何があったのか……聞かせてくれない?」
一度ビクッとした瑞希は下を向く。瑞希は戸惑いながら視線を泳がせる。
なつみも悠貴もゆかりも何も言わず、ただ静かに瑞希の言葉を待つ。
少しして、瑞希がなつみの手を強く握った。そうして3人の様子を窺うように顔を上げた瑞希は小さな声で話し始めた。
「私たち……、雪山の、洞窟で気が付いたの……。そこに熊みたいな、黒い獣が襲ってきて……。グループの皆で倒したら、粉みたいになって消えて……」
眷属ね、と言ったなつみに悠貴とゆかりが頷く。
「そうしたら……、地図が残されてて……。地図には印があって……、避難場所って……。そこへ行けば助かるって……。皆でそこに向かったの。その印の場所には山小屋があった。これで助かったって皆で喜んでた……。そしたら、そこにG5の人たちがやってきて……」
悠貴は自分たちのことを思い出した。真美たちG3も同じように自分たちの山小屋に辿り着いた。
「それで……、争いになっちゃったの?」
尋ねたなつみに瑞希は首を横に振った。
「違うんです……。私たち、協力……し、て……、仲良くやってた……はずだったのに……」
震える瑞希。嗚咽が漏れる。
なつみは瑞希を抱き締める。少しして落ち着いた瑞希は続けた。
「すみません……。私たち……、本当に上手くやってたんです……。10人で協力して……。ある日、山小屋が、何か変な、犬……狼みたいなのに囲まれて……。でも、普通の動物じゃなかったです……目と大きな牙が紅く光ってて……」
悠貴は自分たちが影の獣たち──魔法士の眷属に襲われた時のことを思い出す。退けても退けても繰り出される新手。悠貴は頭を振って記憶をかき消そうとする。
「私たち必死に戦って……、全部倒したと思ったら次の日にはまたやってきて……。それをまた倒して……。それで、……何度目かは忘れたんですけど……、いつもと同じようにそいつらが襲ってきた時……、山小屋の外で戦っていた私たちを……、黒い……霧みたいなのが包んで……」
瑞希は語った。
黒い霧に包まれた後。
2つのグループの研修生たちの様子が急変した。共に戦っていた研修生たちは、襲いかかってくる眷属たちにするのと同じように仲間であるはずの他の研修生にも攻撃を始めるようになった。気付けば眷属は全部倒していたが、それからも研修生たちは殺し合いを続けた。そして……、また1人また1人と倒れていった。
「わ、私も……覚えてるんです……。私、この手で……他の人たちを……。やりたくてやったんじゃないんです……、ほ、本当です! 信じてください!」
瑞希は懇願するようになつみに掴みかかる。優しく瑞希を宥めるなつみ。
「もちろんっ。みーちゃん、そんなことする子じゃないもん……。分かってる、ちゃんと分かってるから安心して……」
なつみが優しく瑞希を椅子に座り直させる。
「でも……、本人はそう思ってないのに……、他の人を攻撃しちゃうなんて……」
言ったゆかりは両手で自分の体を抱き締めた。
「意識はあるんです……。でも、何だか頭の中にも黒い霧みたいなのがかかってて……。そこで頭に直接誰かが話し掛けてきて……。『コロセコロセ。メノマエニイルノハミンナテキダ』って……。本当はそんなことしたくない、絶対にしたくないのに、自分の中にもう1人自分がいるような感じになって……、それで私……他の研修生の皆さんを……」
両手で顔を覆う瑞希。
「ありがとう、みーちゃん……。話してくれて……。ふぅ、今日はここまでね。話も見えてきたし、もうみーちゃんは休んだ方がいいわね、立てる?」
なつみは瑞希を寝室へ連れていった。
震える瑞希の小さな背中が悠貴の目に入ってきた。瑞希たちもどこかの魔法士が放った眷属に襲われた。その後の状況は瑞希の話からだけでは上手く掴めなかったが、少なくとも自分たちと同じ魔法士が絡んでいることは間違いなかった。
(何でだよ……。同じ、仲間だろ……。何でそんなことするんだよ。人が……、人が死んでるんだぞ……。こんなの……、こんなの絶対に間違ってる……。研修の一環とか、そんなのは関係ない……)
悠貴は拳を強く、強く握った。
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