第104話 辿り着いた者と助かった者と助からなかった者
侑太郎たちに用意してもらった昼食をとった悠貴、眞衣、ゆかりの3人は仮眠をとった。暗いうちから起きて施設に忍び込んでここへ来るまで緊張の連続だった。腹を満たして眠気に包まれ、卓に突っ伏した3人が目を覚ました頃には日が落ちていた。
「ゆーきさん、ゆーきさん……」
侑太郎に体を揺すられた悠貴が体を起こす。
「あれ……、ゆたろー……俺……」
「お疲れですよね……、すみません。本当はゆっくりと休んで欲しいんですが、まずはなつみさんの部屋へ向かわないと……。ほら、まいちゃんも……」
侑太郎は悠貴の横で寝ていた眞衣を起こし、次いでゆかりにも声を掛けた。
「あれ……ここは……。んん! もしかして私……ゆうきさんに寝顔を見られた!?」
立ち上がって焦る様子の眞衣。
「まいちゃん……、今はそんなこと言ってる場合じゃ……」
「ゆたろーさん! そんなことって何なんですか!? 私にとっては一大事なんです! もしゆうきさんに、こいつ寝顔ブスだなー、なんて思われたら致命傷じゃないですか! 」
喚く眞衣。
「ふふ、大丈夫だよ、まいちゃん。ゆうき君がそんな風に思うわけないでしょ? 逆に、こいつこんなに寝顔も可愛いんだな、とか思ったかもだよ?」
ゆかりの言葉に眞衣が赤くなる。
「ふぇ……、可愛い……。えっと……、どうだったんですか……?」
見つめてくる眞衣にたじろぐ悠貴。
「……、そうだな……。俺も寝てて良く分からなかったけど、可愛かったんじゃないかな、と……。……って、違う違う! ゆたろー、俺たち移動を始めなきゃだろ!?」
言われて慌てて用意を再開する侑太郎。悠貴たちは侑太郎に手渡された施設職員用の魔法士のローブを羽織り、目深にフードを被る。
そして施設の仕事をしている風を装うため、それぞれが段ボールを抱えたり、カートを押したりする。
「こんなもんか……、どうだ、ゆたろー」
「ええ、大丈夫です。どこから見ても僕たちの仲間にしか見えません。さあ、行きましょう。付いて来て下さい。途中で特高の人たちとすれ違うかもしれませんがゆーきさんたちは黙っていてくださいね。何か聞かれても僕たちで上手く対処しますから」
言った侑太郎は横の仲間を見る。頷き合って歩き出す。
侑太郎を先頭に部屋を出る悠貴たち。周囲に人影はなく、足早に1階まで下り、渡り廊下を進んでいく。
悠貴の目が窓から見える中央棟を捉える。
(あそこで普通に過ごしてたんだよな……。演習して、講義受けて、皆で夕飯食べて……。俺の部屋にG1の皆で集まったこともあったな……)
恐ろしく前のことのように悠貴には思えた。そんな日々が戻ってきて欲しいと思う一方で、少なくとも今の時点ではそれは夢物語のようにも思えた。
進む悠貴たちの目に渡り廊下の先が見えてきた。
「さあ……、ここからですよ、問題は。ここまでは特高の人たちは滅多に来ない場所でしたが、ここから先、特にロビーを抜けるまでは普通に特高の人たちが行き来してますからね」
既に渡り廊下の向こうに人影を捉えることの出来る距離まで来ていた。侑太郎が振り向く。
「基本的に特高の人たちが用があるのは地下の詰め所です。詰め所へ向かう専用のエレベーターは僕たちが使うエレベーターとは離れています。ロビーを抜けて上へ向かうエレベーターに乗るまで頑張ってください」
侑太郎の言葉に悠貴、ゆかり、眞衣が頷く。
渡り廊下を抜け、広いロビーに出る悠貴たち。緊張しつつも、どこか懐かしく思えた。2階の食堂で朝食をとって午前の実戦演習へ向かう途中、必ずこの辺りを通った。
そのロビーの向こう、侑太郎が言った通り、特高の隊員が普通に行き来していた。何人かは立ち止まって談笑していた。
その横を通り過ぎ、特高の隊員とすれ違いながら悠貴たちはロビーを進む。
あまりにも急ぎすぎると不自然になってしまう。その辺りを心得ている侑太郎は平静を装って進み、それに合わせて悠貴たちも進む。
立ち止まって話していた特高の隊員と目が合って悠貴はドキリとしたが声を掛けられることはなかった。
ゆかりや眞衣もビクビクしながら進む。大丈夫なのだと自分に言い聞かせようとするが、隊員たちの目が自分たちに集中しているような気がして仕方がない。時間の進みがやたらと遅く感じられた。
中々近づいてくれないエレベーターのホールがようやく大きくなってきて眞衣の表情が緩む。
「な、なんだー……、楽勝じゃないですか。まあ、私は最初から成功するって思ってましたけど! ね、ゆうきさんっ?」
足を早めて悠貴の横に並んだ眞衣。
「しっ……、声が大きいって。まいの言う通りかもだけど、油断すんなって……」
「ゆうきさんは心配性ですねぇ……、大丈夫ですって……、きゃっ……!」
転んだ眞衣。その拍子に段ボールの中身が散らばる。悠貴たちに侑太郎が着せたスタッフ用の魔法士ローブは眞衣には丈が長かった。それに躓いて転んでしまった。
「いったぁい……!」
膝を打った眞衣が声を上げる。
「大丈夫か!?」
眞衣を起こそうとする悠貴の目に入ってくるのは、ロビーの向こうから近づいてくる特高の隊員の姿だった。
ゆかりも駆け寄って散らばった中身を段ボールにいれていく。
「おい、お前……、大丈夫か?」
悠貴たちに近づいてきた特高の隊員は若い男だった。
声をかけられた眞衣だったが顔を上げられない。焦る手が散らばった段ボールの中身を上手く掴めない。余計に焦りが濃くなる。ガタガタと震え始めた。
特高の男が眞衣に近づく。
「何やってるんだ……。ほら……」
男は拾ったものを眞衣に差し出す。眞衣は顔を伏せたまま小声で、ありがとう、とだけ言って立ち上がった。
「ん……、何だ、随分若いな……」
男がローブのフードで隠している眞衣の顔を覗き込む。汗が吹き出す眞衣。何か言わなければとは思うが喉から上がってくる息はひゅうひゅうと空回って声にならない。
「いやー、すみません、ご迷惑かけちゃって! この子、僕の同期の魔法士なんですけど、最近スタッフになったばかりで……」
侑太郎が男と眞衣の間に割って入りながらそう言った。男が何か言おうと口を開く。すかさず侑太郎が続ける。
「まだ中学生なんですよ……、この子、珍しいでしょ? でもまだ幼い上におっちょこちょいで……。いやー、拾って頂いてありがとうございました。さあ、皆さん、教官室の備品を取り換えにいかなきゃですよっ!」
侑太郎はそう言って歩き出す。悠貴は眞衣に声を掛ける。その声にはっとした眞衣が思い出したように悠貴に続いて歩き出し、それにゆかりが続く。
その場から直ぐにでも遠ざかりたい自分を押さえて歩く悠貴たち。
(バレたか……)
悠貴は背中に男の視線が突き刺さるような気がした。横では段ボールを抱えた眞衣が青ざめながら歩いている。
黙ったまま歩く悠貴たち。
ロビーを抜け、教官室がある上層階へ昇るエスカレーターのドアが閉まる。
『はぁーーーー』
全員の溜め息が重なる。
「まい! ホントお前何やってるんだよ!?」
悠貴がフードの上から眞衣の髪をわしゃわしゃとする。
「だ、だってぇ……。このローブ、裾が長すぎなんですもん!」
「それにしたってあんなタイミングでコケることないだろ!」
「うぅ、本当にごめんなさい……。あ、でもドジッ子キャラはそれはそれで可愛くないですか……?」
「お前……、ホント馬鹿過ぎるだろ……」
大きくため息をつく悠貴。
「まあまあ、ゆうきくんっ。みんな無事だったんだから良かったじゃない、ね?」
言ってゆかりが悠貴を宥める。
「そ、そうですよ! 取り敢えず……、ここまで来れば大丈夫だと思いますし。あとはなつみさんの部屋に行くだけですからねっ」
侑太郎の言葉を聞いて悠貴たちは互いに笑みを浮かべ合う。
エレベーターのドアが開く。エレベーターから降りた悠貴たちは一応周囲を警戒する。しかし、侑太郎が言ったように周囲に人影はなかった。耳鳴りがするような静けさが周囲を覆っていた。
廊下を進む悠貴たち。
直ぐになつみの教官室が見えてきた。
コンコンコン……。
先頭を歩いていた侑太郎がなつみの部屋のドアをノックする。応じて中で人の動く気配があった。ドアが少しだけ開き、中から顔を覗かせてきたはG2リーダーの小柴だった。
「おお、小村君かい。無事着いたんだねぇ。羽田君たちも……。何よりだ。さあ、お入りよ……」
悠貴は違和感を覚えた。周囲を警戒してのことかもしれないが、小柴の様子からは自分たちの到着を心から喜んでいるような様子は窺えなかった。
悠貴たちは小柴に促されて部屋へ入る。ゆかりが最後に部屋に入り、ドアを閉めた。
その悠貴たちの目に入った光景。
先に森を出て施設へ向かった仲間たちがそこにいた。なつみの部屋は広い。
俊輔も、宗玄も、真美も……、他の仲間たちのも皆、悠貴たちを見て笑みを浮かべて、そして直ぐに目をそこに落とした。
部屋へ入った悠貴たちは佇む仲間たちの間を進む。
仲間たちの視線の先。倒れた男と女。2人とも酷い傷だった。
その横でなつみと他にもう1人、魔法士が治癒魔法をかけている。
悠貴に気付いたなつみが顔を上げる。無事に着けて良かった、と一瞬薄く笑みを浮かべたなつみだったが、直ぐに表情を険しくして、横になる女に治癒を再開した。
なつみの指示を受けた侑太郎がその場に集まっていた研修生たちに声を掛ける。悠貴たちG1の5人がなつみの部屋に残り、小柴たちG2、真美たちG3は別の教官室へ移動した。
「では……、僕もこれで……。ゆうきさんたちもゆっくり休んでください……」
そう言って部屋を出ていく侑太郎に悠貴は軽く頭を下げる。
残された悠貴たち5人。なつみとなつみの仲間の魔法士。そして、床に寝かされた男と女。
「なつ……」
悠貴が重い口を開く。
まだ女の方に治癒魔法をかけているなつみは少しだけ顔を上げて悠貴を見た。
「少し、待ってて……。私も、気持ちの整理つけて、落ち着いて話したいから……」
言ったなつみは横の魔法士をちらりと見た。魔法士はなつみと同じように倒れた男に治癒魔法をかけ続けながら首を横に振った。
状況が掴めない悠貴たちだったが、首を横に振った動作が意味する所は分かった。
横になった男の方は日付が変わる頃に息を引き取った。
男の遺体は毛布に包まれ、部屋に来た数人のなつみの仲間に運ばれていった。
見送った悠貴たちとなつみ。倒れていたもう一人の女は一命を取り留めたようで、悠貴たちがいる部屋の横、なつみの寝室のベッドに寝かされていた。
ドアが閉められ、部屋は静かになる。少ししてなつみが口を開く。
「ふぅ……。ごめんね、先生たち。待たせちゃって。あ、遅れたけど、無事に着けて良かった。ホント……。それと、もうひとつごめんね。いきなり部屋に入ってくるなり、こんな状況じゃ、ワケわからないわよね……」
なつみは一度、自分の寝室の方を見やった。悠貴たちの方に向き直り、続けた。
「取り敢えず……、状況の説明だけするね。皆、疲れてるだろうし座ろっか。そんなに長くはならない話だけどね。ただ単に、なつたちが間に合わなかったっていうだけの話だから……」
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