第103話 近くて遠い
周囲を警戒しつつ悠貴たちは侑太郎に先導され建物の中を進み、施設職員用の待機スペースへ入った。
「ふぅ……。取り敢えず、ここは安心して大丈夫ですよ。皆さんお疲れ様でした」
最後に部屋に入った侑太郎が悠貴たちを労う。
悠貴たちは侑太郎に促され、部屋の真ん中にあるテーブルに座った。出された飲み物にひとつ口をつけ、悠貴は侑太郎に尋ねる。
「第一段階は成功……ってことで良さそうだな。ゆたろー、次は?」
「まあまあ、ゆうきさん、焦らないでください。本番はこれからですよ。この建物には特高の人たちはほとんどいませんが、これから向かう中央施設はそうはいきません」
侑太郎は悠貴の質問に答えながら窓の外に見える建物に顔を向けた。
「なつさんたちの教官室がある階は魔法士と法務省に遠慮して特高の人たちもよほどのことがない限り入ってきませんが、……問題は教官室のある階に行き着くまでです」
悠貴も侑太郎と同じようにして窓の外を眺めた。雪山に放り出される前まではあんなに頻繁に出入りしていた建物が近くて遠い。
「昼間だと人目につきやすいもんね……。じゃあ……、夜までは何もせずにここで待機するってこと?」
ゆかりに聞かれた侑太郎は、いえいえ、と首を横に振って答える。
「せいなちゃんには先になつみさんの教官室に向かってもらいます。せいなちゃんなら、ほら、入るでしょう?」
言った侑太郎が目をやった先には備品収集用ののワゴンがあった。
「僕たちは教官たちの部屋の備品の交換もしていますからね」
「なるほどな……。でも俺たちだって無理をすれば入れるんじゃないか?」
悠貴はゆかりや眞衣を見ながら言った。
「確かにそうなんですが……、ゆうきさんたちには僕たち施設スタッフと同じ格好をして移動してもらいます。せいなちゃんはともかく……、皆さんをワゴンで運ぶのは流石に少し重いので……」
「わ、私とせいなちゃんだったらそんなに変わらないと思いますよ!? 重いって何ですか!?」
ムッとして声を上げた眞衣。慌てた侑太郎がフォローにはしる。
「あ、ち、違う違う! そういう意味じゃなくて……。まいちゃんならスタッフとして紛れられるくらいの背丈かなって……」
「ふんっ。もう遅いですよ。いいですよ、全然気にしてませんから! ゆたろーさんって優しいんですけど、たまーに失言がありますよね」
顔を背けた眞衣に侑太郎は項垂れる。悠貴とゆかりはそのやりとりにクスリと笑う。
「よし、じゃあゆたろーが言う通り、せいなには先に行って貰おう。せいなもそれでいいか?」
悠貴に言われた聖奈は少し不安そうな顔をしたが直ぐに力強く頷いた。
「あ、はい、私はそれで大丈夫です。あのワゴンの中に隠れてれば良いだけなんですよね?」
眞衣への申し開きを中断した侑太郎が、もちろん、と答える。
早速、聖奈がワゴンの中に入り込む。本来はシーツや枕カバーを入れる場所に潜り込んで顔だけ外に出した。
「どう、せいなちゃん、狭くない?」
ゆかりに尋ねられた聖奈は体をモゾモゾと動かす。
「大丈夫そうです! 意外と広くて……、うん、横にもなれそうです」
ワゴンの中で横になった聖奈に侑太郎が毛布を重ねていく。
「こんなもんですかね……。せいなちゃん苦しくない?」
はーい、と毛布の下から聖奈の声がした。
「よし……、じゃあ、せいなちゃんのこと、宜しくお願いしますね」
侑太郎は仲間の職員に聖奈が潜り込んだワゴンを託した。ガラガラという音が遠ざかっていく。
聖奈を見送った所で侑太郎が、さて、と口を開いた。
「僕たちは夜の準備を始めましょう。まずは……、はい、どうぞ」
言った侑太郎が悠貴、ゆかり、眞衣に手渡したのは、教官の補助など施設のスタッフとしても働く魔法士に支給されたローブだった。
「はいっ……て、これ羽織るくらいで誤魔化せるのか?」
袖を通しながら悠貴は不安を口にした。時間を選んで移動したとしても特高の隊員に全く遭遇せずに教官室がある階まで行くのは難しい。すれ違ったときにこのローブだけで目を眩ませることが出来るとは思えない。
「確実……とは言いませんが、大丈夫だと思います。そもそも、あの人たちが僕たち魔法士に声を掛けてくるってのが珍しいんですよ」
侑太郎は続けた。特高は研修それ自体や魔法士一人一人への興味は薄く、隊員も研修生それぞれの顔を知っているわけではない、と。
「さすがにせいなちゃん位の有名人だと目にもつきますが……。こうやってフードを目深く被れば安心ですよ」
と、侑太郎は自分のローブのフードを被って見せた。
「それに……特高の人たちって魔法士のことを嫌ってる……、というのもあるんですが、もっと言うと恐れてる……、怖がってるんですよ」
侑太郎の言葉に悠貴は驚いた。むしろ、あの黒い制服に身を包んで拳銃を所持し、その上、帯刀している特高の隊員の方が余程怖いと思った。その特高が自分たち魔法士を恐れているという。
不思議そうな表情を浮かべて話を聞いていた悠貴に侑太郎はクスリと笑った。
「ゆうきさんは魔法が使えるようになってから日が浅くて自覚がないかもしれませんが……、魔法を使える……、このこと自体が凄い戦力なんですよ」
侑太郎の言った通り悠貴にはその自覚はなかった。人には出来ないことが自分には少し出来る。その程度の意識しかなかった。
「基本的に特高は魔法士とは事を構えたがらないんですよ、あまりにも損害が大きくなりますからね。詳しくは僕も知りませんけど、もし戦うことになったら、魔法士1人に小隊……時には中隊が出ることもあるそうですよ。だから嫌ってはいても表立っては友好的にしてるんです」
侑太郎が口にした小隊や中隊というのがどのような規模なのかは悠貴には分からなかったが、とにかく特高が自分たちに魔法士を色んな意味で特別視していることは分かった。
「そうなんですねぇ……、じゃあ私やゆかりさんのことも怖がったりしてるんですか?」
横で2人のやりとりを聞いていた眞衣が割って入ってきた。もちろん、と返した侑太郎が続ける。
「魔法士なら性別年齢関係なく特高の人たちは一目置くよ。あ、ゆかりさんの場合、治癒魔法が得意ですから特高に入れば重宝されますよ、衛生兵的な感じで」
侑太郎に言われたゆかりは両手と首を振って拒否する気持ちを表した。
「えぇ、わ、私……、無理無理……! 普通の人たちばっかりの職場ですら萎縮してるのに……、あんな人たちに囲まれてたら寿命が縮み過ぎてマイナスになっちゃうよ……」
言って青ざめるゆかり。
「はははっ、大丈夫ですよ。勧誘は結構あるかと思いますが、本人が首を縦に振らなければ、あの人たちは無理強いはしませんよっ。さあ、夜までゆっくり休みましょう、朝早くて疲れましたよね。もうすぐ昼ですし、簡単な食事を用意するので少し待っていて下さい」
今話もお読み頂き本当にありがとうございます!
次回の更新は1月25日(月)の夜を予定しています。
宜しくお願い致します!
1月16日で拙作の公開から1年が経ちました。
まだまだ力不足で、勉強させて頂きながら試行錯誤でやっています。
これからも少しでもお読み頂いた方にお楽しみ頂けるよう頑張って参ります。
後程、1周年と言うことで活動報告のほうも更新致しますので宜しければそちらも御覧ください!




