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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第102話 ゼロ距離

 撤収作業は順調に進み、ひとつのテントを残し残りは全て片付けられた。テントの中に残る物は少なく殺風景になった。悠貴は暖を取りながらその光景を何ともなしに眺めていた。




「小柴さんたち、上手く教官室まで着けたみたいですよー」


 テントに入ってきた眞衣が言って、ちょこんと悠貴の横に座った。


「良かった! じゃああとは私たちが忍び込めればパーフェクトねっ」



 眞衣の言葉に毛布で体を包んで横になっていたゆかりが体を起こす。


「もう、ゆかりさんは寝ててください! はぁ、ゆかりさんのこともありますし、寒いし……、私たちも早く施設に向かいたいですね……」


 目を向けてきた眞衣に頷いた悠貴は取り敢えず安堵した。これで今ここに残っている自分と、ゆかり、聖奈、眞衣以外の研修生は無事に施設に侵入できたことになる。


「私たちは、もうしばらく待たなくちゃなんですね……」


 がっかりするように聖奈は言った。

 悠貴たちは翌朝、まだ陽の登らないような時間に行われる搬入に合わせて忍び込むことになっていた。



「まあな……。でも今は我慢するしかないな」


 そうは言った悠貴だったが、(はや)る気持ちが自分には無いかと言うと嘘になる。早く仲間と合流したいとも思うし、何より自分たちが失敗すれば先行して忍び込んだ研修生たちのこともバレる。早いところ無事成功させたいのが本音だった。



 悠貴たちはただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。暇そうにする眞衣や聖奈の相手をしつつ、ゆかりに治癒魔法をかけたりする悠貴。



 そうして暗くなって侑太郎が持ってきた夕飯は簡素なものだった。


「ええー! これだけですかぁ……」


「ごめんね、まいちゃん……。煮炊きに必要な物とか、もう全部片付けちゃってね……、今日はこれで我慢してね」




 不満そうに言った眞衣に侑太郎は心底申し訳なさそうにする。我慢が限界に来ている眞衣を(なだ)め、落ち着かせ、寝かしつけた。


 暗くなったテントの中、悠貴は横になるゆかりを見た。

 自身の怪我も満足に治りきらないうちに他の負傷者に治癒魔法をかけて回った。その疲れがたたったのか、午後から軽く咳が出て、夕方になると微熱を出した。




「ゆかりさん……、大丈夫ですかね……」


 もう寝たと思った眞衣の声に悠貴はドキッとした。


「取り敢えず薬は飲んでるけど……。ただ、魔獣たちと戦ったときのダメージがまだ残ってるみたいだから……。それなのに皆に治癒魔法かけて……、無理してたからな……」


 もっと自分が治癒魔法が得意だったら、と悠貴は悔しがる。治癒魔法のコツは掴めてきてはいる。それでもゆかりには到底及ばず、結局はゆかりに頼って無理をさせることになってしまった。



「私たち、これから研修施設に戻るんですよね……。でも、それから私たちってどうなるんですか……?」


「どうって?」


「だって私たち……、研修を中断して抜け出しちゃったんですよね? 施設にだって忍び込む訳ですし……、今まで通りに研修続けて……とはいかないんじゃないですか?」


「それは……、まあ……」


 眞衣の言う通りだと悠貴は思った。正しいかどうかは別として大塚とか言う特高の将校を中心に進められている研修から自分たちは抜け出してしまった。


「きっと……、大丈夫だよ。なつがきっと上手いことやってくれるさ。明日も早いんだからもう寝よう」


 心配をかけまいと悠貴は優しく言った。眞衣は口を開きかけたが、コクリと頷き、毛布にくるまって背中を向けた。


 悠貴も寝ようと目を閉じる。


 そう、きっと大丈夫。なつみがちゃんとやってくれる。 そう思って自分を安心させようとする悠貴だったが、それとは別に思い浮かんできたことがあった。





(……俺、何もすることが出来ないんだな……)









 早朝。


 悠貴たち4人は侑太郎に先導され森を進んだ。


 外傷は癒えたが体力が回復しないゆかりに合わせていたので、進みは遅い。一応は1人で歩けるものの、よろけたゆかりを何度か悠貴が支えた。


 ごめんね、と言ったゆかりの顔はまだ赤い。今朝も微熱が続いていた。



 悠貴たちが森を抜け、綺麗に舗装された大きな道に出た時にも空は未だ明けていなかった。



「うぅー、寒いですねぇー……」


 言った聖奈が吐いた息は白い。


「ごめんね、せいなちゃん。一応、予定ではあと10分くらいで運搬用のトラックが来るはずだから」


 侑太郎は申し訳なさそうな顔を聖奈に向けそう言った。


「いや、むしろこっちこそありがとな、ゆたろー。色々と任せちゃって……、俺たち助けて貰ってばかりで……」


 悠貴がそう頭を下げると、侑太郎は恐縮して手を振る。


「いえいえ! 僕はなつみさんに言われた通りに動いているだけですから……。それに魔法士仲間じゃないですか、気にしないで下さい」


 照れるようにして笑った侑太郎は続ける。


「じゃあ今のうちに流れの確認をしておきますね。前にもお伝えした通り、今から来るトラックの後ろの荷台に乗って貰います。食料とか色々と段ボールが積まれていますが、その奥に隠れます。空の段ボールを用意してありますからその中に隠れてください。特高の人たちが中を改めますが、わざわざ奥まで確認することはないと思います。それでも一応の注意はして下さいね」


「うぅ、トラックの中も寒そうですね……。どれくらいで外に出られるんですか?」


 震える眞衣が口を挟む。


「うーん、(ゲート)を抜けて安全なところまで着くのに30分はかからないはず……。寒いし、それに狭いけど、何とか我慢してね」


 肩を落とす眞衣と聖奈。

 ゆかりが笑う。


「ふふ、2人ともあと少しなんだから頑張ろうね」


 頷く眞衣と聖奈。


「それよりもゆかりさん……、ホント体のほうは大丈夫なんですか?」


 心配そうに口にした悠貴にゆかりが返す。


「大丈夫よー。薬だって貰ったし、ゆうき君に魔法もかけてもらってるしね。ほら、この通り!」


 元気さを示そうとするゆかりだったが、よろめいて侑太郎に支えられる。


「ちょ、ちょっとゆかりさん、大丈夫ですか? あと少しの我慢ですよ! 集積場所から僕たちの待機室までは直ぐです、そこまで着ければ休めますから……」


 言った侑太郎にゆかりが笑顔で返す。






「あー! あれ見て下さい!」


 聖奈が上げた声に一同が顔を上げる。

 目をやった先、直線の道路の向こうから微かにヘッドライトの明かりが見えてきた。


 すぐにトラックの姿が目に入ってくる。向こうもこちらの姿を捉えたようで、減速して悠貴たちの側で止まった。




「悪いな待たせちまって!」


 言いながら出てきた大柄な初老の男は侑太郎と言葉を交わしながら後ろの荷台へ向かう。悠貴たちもそれに続いた。



 運転手が解錠して荷台のドアを開ける。


 中を覗き込む悠貴たち。その場にいた全員で段ボールを寄せていく。侑太郎が言っていた通り、奥に空の段ボールが置いてあった。しかし……。


「ええっと、おじさんっ、空の段ボールって3つしかないんですか?」


「あれ……、4つ必要だったかい? すまねぇなぁ、俺は子供2人に大人1人って聞いていたからよ」


 子供に含まれていたことに眞衣はむっとして僅かに頬を膨らませた。



「こっちの2つの段ボールは……、大きさ的にせいなと、まいがそれぞれ入るとして……」


 と悠貴はそこまで言って端にある縦に大きな箱に目をやった。


「まあよ、この大きさならあんちゃんと、そこのじょーちゃん2人でも入れるだろうよ!」


 運転手の男は箱をバンバンと叩きながら笑った。悠貴は改めて箱を見た。確かに自分とゆかりが立って並べば入れなくはない大きさだった。悠貴はチラリとゆかりを見た。


「わ、私は大丈夫だよっ。ゆうき君が、その、嫌じゃなければ……」



 眞衣が何か言いかけたが、先に運転手が声を上げる。


「よし、なら早速入った入った!」


 運転手に促され、聖奈と眞衣がまずそれぞれ小さい段ボールに入る。一応、と侑太郎が2人が入った段ボールを閉めてガムテープで閉じる。


「えっ、これ、結構怖いんですけど!?」


 眞衣がそう言って体を揺らす。段ボールがガタガタと揺れた。


「少しの我慢だから、まいちゃん。さ、次はゆうきさんとゆかりさんですねっ」



 侑太郎は悠貴とゆかりを見た。


 どちらからということもなく悠貴とゆかりは段ボールの中に入る。


「よし、じゃあ閉めますよ!」


 侑太郎はそう言って段ボールを閉じて、同じようにガムテープで閉じた。


「おふたりとも、大丈夫そうですかー?」


「ゆたろー、これ……。寒いし、暗いし……姿勢的にもそんな長くはもたないぞ……」


「そこは僕からは頑張ってくださいとしか……。辛抱してください! 取り敢えず(ゲート)の辺りで声さえ出さなければ、あとはなんとかなると思うので……。それまでは楽にしてて下さいっ。じゃあ出発しますよ!」



 そう侑太郎が言い、暫くすると荷台のドアが閉まる音がして荷台が揺れた。直ぐに道路を進む震動が伝わってきた。




(これ……、結構……、ち、近すぎる……)


 悠貴の顔の直ぐ下にゆかりの顔があった。身体もほぼ隙間無く密着している。暫く無言のままでいたが耐えきれず悠貴は口を開く。



「ゆかりさん、きつくないですか……?」


「あー、うん、大丈夫……」


 素っ気なく返され会話が続かない。仕方なく悠貴は箱の上の方を見た。



「ちょ……、ゆうきさん!? 大丈夫ですか? 今からでも遅くありませんから、私とゆかりさんで代わりましょうか!?」


 眞衣の声が響く。


「まい! 黙ってろって! 大体もうガムテープで閉じちゃっただろ……、このままいくしかないって!」


「で、でもぉ……」





 キィ……。


 荷台から段ボールの中にも伝わっていた振動が止まる。


「着いたみたいだな……。せいな、まい……ここからは絶対に声たてるんじゃないぞ!」


 了解、と聖奈と眞衣が悠貴に返した直後、トラック荷台のドアが開く音がした。


 人の声がしてきた。





「中も寒いな……。それにしても何だってこんな時間に搬入なんだよ……。午前の搬入ならいつもはもっと遅い時間だろうが……」


「いやぁ、すみませんねっ。昨日は夜の搬入が無かったんで、その分色々と足りなくなっちゃって……、それでいつもより早めにさせて貰ったんですよー」


 侑太郎はイラつく男を(なだ)める。その横でもう一人の警備が端末を片手に中を改めている。


「……たくよ、こっちの身にもなってくれよ……。こんな時間に勘弁してくれよ……」


「ですよね……、あ、じゃあ確認作業はこんな所で良いのでは? こっちでは、ちゃんとおふたりが中を全部確認したってことにしておきますから!」


 警備の2人は顔を合わせる。規則では中を全て確認することになっている。意を通じて笑い合う。


「おお、兄ちゃん、話が分かるな……。どうせ他の連中だって馬鹿正直に荷物なんていちいち確認なんてしてないだろうしな……。よし、確認終了……と」


 男は端末のパネルをタッチする。


「ありがとうございますー! いや、ホント朝早くすみませんでした! じゃあ、私たちはこれで……」



 侑太郎がそこまで言った、その時。






 ……ごほ。






 ゆかりは必死に口許を押さえるが一度むせた喉から出てくる咳が止まらない。



「ん、何か聞こえなかったか?」



 荷台から下りかけた男の足が止まる。



「ああ、すみません。ちょっと咳が、ごほごほ」


 侑太郎は口許に手を当てて咳き込むフリをする。


「いや、奥から聞こえたような気が……」


 言った男は振り向いて荷台の奥を見つめる。





 段ボールの中。

 何とか咳を押し止めようと必死になるゆかり。涙目で悠貴を見つめる。


(クソ……、どうする……。ゆかりさんがこのままだと気づかれる……。しょうがない!)



 咄嗟に悠貴は自身の冬用のローブでゆかりの口を塞ぎ、そして、抱き寄せてゆかりの頭を自分の胸元に押し込めた。


「ゆかりさん……少し我慢してください」


 悠貴はゆかりの耳元で囁いて、そのまま固唾をのむ。




 不審に思った警備の男が、荷台の奥へ向かって一歩進む。


「おい、早くしろよ! 何やってるんだよ!」



 外にいた、もう1人の警備の男が怒鳴り声を上げる。


「いや、ちょっと……中から音が……」


「風の音か空耳だろうよ。いいから早く降りろって。へへ、そんなことよりもよ、中で一杯やって冷えた体、温めねぇか?」


「お、そいつはいいな!」


 荷台にいた男が足早にトラックから降りる。


「じゃあ僕たちはさっさと消えますねー!」


 侑太郎は足早に助手席に戻る。直ぐにトラックは静かに動き出し、施設の敷地の中に入る。







 キィ。


 トラックが物資搬入用の建物に入る。トラックが入ってきた搬入口の大きな扉が閉められる。


 それを合図に施設の職員が出てくる。侑太郎も直ぐにトラックから下り、荷台を解錠し、他の職員たちと協力して段ボールを寄せていく。侑太郎は最奥の小さな2つの段ボールを開ける。


「せいなちゃん! まいちゃん! ごめんね、遅くなって……、寒かっただろう、良く我慢したね! 2人を僕たちの部屋に連れていってください!」


 侑太郎は聖奈と眞衣を近くにいた他の施設職員に任せ、横にある大きな段ボールに近づき、乱暴にガムテープを剥がしていく。


「ゆうきさん! ゆかりさん! 大丈夫ですか!? ここまで来れば取り敢えずは……、って何で2人して固まってるんですか? 早く下りてください! 奴らに見つかる前に移動しましょう」

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は1月18日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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