第101話 出発
なつみが口にした、施設に戻れる方法がある、の言葉にテントの中がざわつく。何人かの研修生が身を乗り出す。
「忍び込めるのか……? あんだけ高い塀に囲まれてて……、警備も厳重で……」
俊輔の声に周りの研修生たちも頷く。
「確かにね、それは俊君の言う通り。全く関係ない外部の人間が忍び込もうとするなら、ね」
言ったなつみが侑太郎に目を向ける。
「あ、はい。なつさんが言う通りですが、ぼくたちはその逆で……、凄く関係がある内部の人間、ですからね。内部の事情を知っていて、中からの手引きがあるなら忍び込むことは実はそんなに難しくはないんです。具体的な話になりますが、施設には1日に何度か物資の搬入があるんです。それを隠れ蓑にすれば施設の中に入れます」
頷いたなつみが続く。
「そう……、ただし、全員で一気に、ってわけにはいかないのよ。門のところで警備に当たっている特高の連中が簡単に荷物をチェックするから……。でもね、大体の場合、荷台の奥の方まではチェックするなんてこと、あいつらはわざわざしない。それを利用するわ。でも、万が一ってこともあるから、奥の方に隠れるだけじゃなくて、箱の中に入って、ね。だから、1回の運搬で忍び込めるのは最大でも4人から5人って所かしら」
なつみの説明が終わったところで真美が口を開く。
「なるほど……。あ、でも、施設の中に無事に入れたとしてもその後は……、私たちはどうすれば……」
「そこは上手くやるわ。いったん荷物の集積所から侑太郎たちスタッフの部屋に向かって……、そこからなつたち教官室のある階に。あそこなら特高の連中も手出しできないからね」
施設へ忍び込むこと自体への不安を口にする声もあったが、いずれにしてもいつまでもここには居られない。最後にはその場の全員が納得し、直ぐに行動に移すこととなった。
「よし……。じゃあ作戦をもう一度確認するわよ。まず、まだ行方がつかめていないグループの捜索。これはなつの知り合いの魔法士の人たちに頼むわ。それと同時進行で、侑太郎たちが運搬の係の人たちと協力して研修生のみんなを忍び込ませる。なつは施設の中からの指示を出すから……、せんせー、こっちの方のまとめ役、お願いできる?」
なつみがそう言って悠貴を見る。
「俺、でいいのか?」
「適任でしょ。G1のリーダーやってて、他のグループのリーダーたちとも知り合いでしょ? ここまでだってせんせーが皆のこと引っ張ってきたんだし……、いいわよね?」
「……了解。必ず……、全員で施設で落ち合おう」
皆が動き出す。なつみは単独、先行して施設へ向かった。残された悠貴たちは施設に忍び込むための打ち合わせを始めた。同時に侑太郎の仲間が撤収作業を開始した。
「……、じゃあ運搬車両がここの近くまで来たときに侑太郎に連絡が来るんだな?」
確認する悠貴に侑太郎が頷く。
「午前に1回、午後に1回、ほぼ毎回決まった時間に物資の搬入がされます。夜にも搬入がありますが時間が決まっていません。でも、むしろこちらの予定に合わせて動けるので夜は好都合かもしれません」
侑太郎の説明に頷く一同。
小柴が口を開く。
「さて、じゃああとは人選だね。研修生たちをどう分けていくか……。特に、まだあまり十分に動けない人たちは上手く分散させないといけないね……」
そこまで言って小柴は並べられたベッドの方を見た。ゆかりや佑佳はまだ回復の途中で、G2にも負傷者がいた。
「ぎりぎりまで治癒を尽くして、動けそうな人から動かしていくしかないですね」
小柴の視線の先を見た悠貴がそう応じた。同じように真美も治癒魔法を受けている佑佳を見ながら口を開く。
「そうね……。出来ることからやっていきましょう。全員が無事に施設に入り込めるように……」
更に詳細を詰める悠貴たち。治癒魔法が得意な研修生を出来るだけ後ろの方にし、少しでも負傷者の回復にあたる。同時に回復の具合を見ながら負傷者の中で動けそうな者を侵入する組に入れていく。
「ふぅー。流石に緊張してきましたね……。僕たちはいつも通り荷物を運ぶ……、てだけなんですが、その荷物ってのが皆さん方ですからね」
「へへ、侑太郎には文字通り俺たちがお荷物だってのか?」
と、俊輔が侑太郎にふざけた声を上げる。辺りからは笑いが漏れた。
ふと、悠貴は今の自分たちの状況が本当に悲しくなった。本当なら施設の中でこうやって笑い合って研修を受けていたはず。それが今では……。感傷的になってはいけないと、悠貴は軽く頭を振る。
「よし、作戦は決まった。今夜の搬入で第一陣が行く。真美、俊輔、憲一の3人。真美、気を付けてな?」
「ありがとう、悠貴君。絶対に成功させて皆のこと、中で待ってるから」
言った真美に頷いた悠貴が悠貴が立ち上がる。それを合図に周囲は慌ただしく動き始めた。
撤収作業自体は侑太郎を中心に進めていたので、悠貴たち研修生は施設内部の侵入経路の確認をする。
研修施設に滞在して1ヶ月が過ぎていたが、研修生たちが日々使い、見知っていた場所は限られている。侵入経路には研修生たちには馴染みの薄い場所も多く含まれていた。悠貴たちは侑太郎に渡された施設の構内図を何度も見返した。
手の空いた研修生はゆかりたち負傷者の治療にも当たった。
山の稜線に日が沈んだ辺りで侑太郎に連絡が入った。2時間後、ここから森を抜けた山道を搬入車が通る、と。
侑太郎が連絡を受けた1時間後。夜陰に乗じて真美たち第一陣が行動を開始した。
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真美たちを見送る悠貴たち。
真美、俊輔、憲一、帯同する職員2人は直ぐに森の闇の向こうに消えていった。
「真美さんたち……、大丈夫かな……」
悠貴はそう口にした横の眞衣を見た。真美は眞衣たちG3のリーダー。ここまで引っ張ってきてくれた真美を頼りにする気持ちは大きいだろう。不安がる眞衣に悠貴は、
「真美なら大丈夫。俺なんかより全然しっかりしてるからさ。それよりも、今は構内図をちゃんと頭に入れたり、眞衣は自分のことしっかり考えなきゃな」
と、優しく言った。
「悠貴さんがそう言うなら大丈夫ですね! はいっ、もう一度チェックしてきますね!」
と眞衣は悠貴に笑顔を返してテントの中に入っていった。
悠貴はもう一度、真美たちが向かって行った先に視線を向け、無事で、と祈ってテントへ戻った。
テントに戻った悠貴は自分の身体が相当冷えていたことに気づいた。両腕で身体を擦る。
「はい、悠貴君」
と、悠貴は暖かいスープを渡された。
かじかんだ両手をカップから伝わる熱が優しく包んでいく。スープを口にする。喉を下っていく温かさが心地好い。
悠貴は顔を上げる。
そうして自身にスープを手渡してくれた人物を瞳に映し、驚いた声を上げる。
「え……、ゆ、ゆかりさん!?」
「え、あ、はい……、ゆかりですけど……」
「それは知ってます……。そうじゃなくて、寝てなくて大丈夫なんですか!?」
天井から吊るされたランタンでテント内は照らされているが十分な明るさではない。それでも目の前のゆかりの顔色は万全とは言えないように見える。
「もう大丈夫だよっ。皆だって頑張ってるんだもん、私ばかり休んでるわけにはいかないわ」
ゆかりはそう言って悠貴から離れ、撤収作業に当たっている施設の職員を手伝う。
心配そうにゆかりを見詰める悠貴の横に小柴が並ぶ。
「羽田君の所のあのお嬢さん。治癒魔法がホント上手くてね……。あたしたちのグループの怪我人のためにも頑張ってくれてね……。本当、ありがたいよ」
小柴の言葉に悠貴は山小屋の夜のゆかりとの会話を思い出す。どこか、寂しそうに自分を普通だと語るゆかりの横顔。
(ゆかりさん……、ゆかりさんは自分のこと、普通って言ってましたけど、全然、普通なんかじゃないですよ)
思った悠貴は拳を握った。
──絶対に、全員助けてみせる。
翌朝。
真美たち3人が無事施設に侵入し、教官室に辿り着いたことが伝わる。
歓喜の声を上げる研修生たち。先陣の成功に鼓舞され、午後の搬入で侵入を試みる研修生たちにも気合いが入る。ゆかりの治癒魔法のお陰で一人で歩くことが出きるまで回復した佑佳、それに琥太郎、小柴たちG2の1人が加わり、第二陣として案内役の職員と施設へ向かっていった。
小柴たちG2の負傷者の治癒に当たっていた悠貴。未だに加減は分からないが、取り敢えず負傷者は穏やかに寝ている。
「悪いね……、手を煩わせて」
悠貴は振り向く。声の主は小柴だった。
「いえ、全然ですよ。こっちにしたってゆかりさんのことでは助けて貰ってますし……」
「まあ、こういう時はお互い様ってね……。どれ、そろそろ代わるよ」
と、小柴は悠貴を立たせ、悠貴が座っていた椅子に腰掛け、男に治癒魔法をかけはじめた。うっすらと目を開けた男が口を開く。
「済まねぇ、女将さん……。こんな体たらく晒しちまって……」
気にするな、と小柴が返す。男は微笑んで目を閉じる。直ぐに寝息たて始めた。小柴は片手を翳して魔法をかけながら、もう片方の手で布団をかけ直してやった。
悠貴は男の台詞の中で気になった言葉を小柴に聞いた。
「小柴さん、女将さんて……?」
「ああ、前も言った通りね、普段は宿を切り盛りしててね、とんでもないおんぼろ宿だけどさ。それで、うちのグループの連中はあたしのことをそう呼んでいるのさ」
へえ、と悠貴は返した。G1の他の4人とは過ごす時間も長かったので、普段の学校のこと、仕事のことなんかを互いに話していたが、他のグループのこととなると、顔と名前が一致しても、出身や仕事、学校のことは知らなかった。
「小柴さん、出身は?」
小柴は寝ている男の様子を窺い、そして、回復魔法を翳す手を下げ、悠貴の方に向き直った。
「北東北州さ。第2都市圏だよ」
悠貴は、北東北、と小柴の言葉をそのまま繰り返した。確か莉々の出身地がそうだったように思う。
「羽田君は南関東だったっけね……、他の州には行ったことがあるかい?」
修学旅行で一度だけ。そう答えると小柴は複雑そうな顔を浮かべた。
そして、
「そうかい。じゃあ……、街は、綺麗だったろうね。大きなビルに華やかな街並み。あちこちで機械が動いてて驚いたんじゃないかい?」
と言って小柴は笑った。
小柴の言う通りだった。
中学の修学旅行。地方に行くのだということで、のどかな田園風景を思い浮かべていた。実際、街の外れにはそういった田園風景が溢れていた。
しかし、悠貴の記憶に残るのは、中心部の精緻な街だった。ビルが立ち並び、空中ディスプレイが至るところに映り、夜でも眩しかった。
街は気味が悪い程に綺麗だった。清掃ロボットが常に稼働していた。
案内のガイドが言っていた。
始まりの山の出現で混乱する社会を収束させるため、各州では人口が都市圏に集められ、街は急速に整っていった、と。一方、首都圏は人口が多すぎて未だに地方ほどには都市圏化が進んでいない。
そういった事情もあり、都市開発は地方の方が進んでいる。最先端の技術を使った街並みは地方のほうに圧倒的に多く見られた。
過去の記憶を思い出し、頷く悠貴。
「いつか、また、どこかの州の都市圏を訪ねておくれ。難しいかもしれないけど、出来る限り外を見るんだ。本当の外を。そうすれば、この国が今、どこへ、向かっているか……、少しは見えるかもしれないねぇ」
複雑そうな顔で言った小柴に、どういうことか、と悠貴が訪ねようとした時、侑太郎が入ってきた。
「あ、小柴さん、ここにいたんですね。そろそろ準備を。宗玄さんたちはもう準備できていますから」
あいよ、と小柴は立ち上がる。
「じゃあ先に行ってるよ、羽田君。あんたたちもしっかりね」
小柴は目の前で寝ていた男を揺すって起こし、肩を貸して立ち上がらせる。侑太郎も男を支え、そろってテントの外へ出ていった。
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