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初恋は……実らない -ある素直過ぎた少年たちの話-

◇カシュ―・ラ・アングローシア


リーン ゴーン


祝福の鐘が鳴り響く。


俺は……いや、私は警護のために教会の中ほどの壁際に控えていた。扉が開き、ハッとするほどの美しさを持った女性が、父親の腕に手を添えて立っていた。優雅に一礼をすると、参列者が見守る中を祭壇へと向けて歩き出した。


祭壇に着き父親から愛しい男性の腕へと、手を移す女性。


その姿にもう届かない相手だと胸が痛んだが、やっと初恋を終わらせることが出来そうだとも思った。



俺の名前はカシュ―・ラ・アングローシア。現国王の第一王子で、元王太子(・・・・)だ。そう、俺……ではなくて、私は自身のあり得ない行動により、次期国王にふさわしくないと判断され、王太子の位を弟に譲ることになったのだ。


式が終わるまでの暇つぶし……ではなくて、私の思い出話に少し付き合ってもらえないだろうか。



私の国、アングローシアの美の基準は、痩せていて薄い体をしていることであった。だけど私にはそれが美しいとは思えなかった。痩せているだけでなく青白い肌をした姿は、不健康に見えたからだ。


そんなある日貴婦人たちが話しているのを耳にした俺は、その貴婦人たちに聞いたのだ。


「貴女がたが言う、太っているという言葉は、相手を貶めるものではないのですか。それにあの方は隣国の大使のご婦人ですよね。お耳に入ったら外交問題になるのでは?」


当時六歳の私は無邪気に聞いたのだ。王子の私が聞いていたことに貴婦人たちは狼狽えたようだけど、一人の貴婦人がにっこりと笑って答えた。


「まあ、カシュー殿下。私共がそのように貶めるようなことを言うわけがございませんわ。太っているというのは誉め言葉でございますのよ」


ホホホッと、笑いながら言われた私は、「そうか」と言ってから、「それならご婦人に直接言えばいいのではないか?」と、再度疑問に思ったことを言った。


「あら、それは駄目ですのよ」

「どうして?」

「私たちを見てくださいまし。あの方より細い私たちが申したら、嫌みと捉えられかねませんわ。なので、本人に聞こえないところで、こっそりと褒めておりましたの」


貴婦人たちの痩せ細った姿に、そういうものかと私は納得をした。


そう、これが、彼女たちが私に見咎められたことを隠蔽するための、巧妙な嘘だと知らないで、私の中では『太っている』は誉め言葉として認識することになったのだった。


それから三年が経ち、王宮で母上主催のお茶会が開かれた。この日はある兄妹が話題をさらっていた。それはラドランシュ公爵家の兄妹のことだった。二人とも体が弱いとかで、今まで数回しかお茶会に現れたことがなかった。噂では父親によく似た兄と、母親によく似た妹としか知らなかった。


実物の二人は……確かにその親に似た色を持っていた。だが、大きな違いがあった。それは両親と違い太っていたことだ。でも、その太り方も肉が垂れ下がるとか、目が肉に埋もれて見えないと言うほどではなく、えーと、ぽっちゃり……とか言ったか? ふくふくとして、触り心地がよさそうに見えたのだ。


それにやはり美麗な両親の血を引いたのか、顔立ちは悪くないように思う。……というか、何? あの笑顔。兄に向けるミランジェ嬢の笑顔に眩しさを感じたのだ。


気がつくと私の側近候補の、騎士団長と宰相と魔術師長の子息たちも、ぼーっとミランジェに見惚れていた。そんな私たちにどこかの令嬢たちが話しかけてきた。ラドランシュ公爵兄妹がお菓子を選んでいたことや太っていることなどを話題としたのだ。


話自体は別段おかしなことは言っていなかったから、肯定するような返事をしたら、いつの間にかそばに来た、叔父の息子のセルジャンに「悪口は言わない方がいい」と言われた。きょとんとセルジャンのことを見たら「ああ、これは陰口か」と、皮肉気な笑いまで浮かべて付け加えていた。令嬢たちは気まずげにしていたが、私はセルジャンに反論をした。


「事実を言うことの何がいけないのだ?」


と。言われたセルジャンは目を丸くして、何も言えなくなっていた。



それから……なぜか、ラドランシュ公爵兄妹に会うことが出来なかった。社交の場に出ていないようだ。それがまさか二人に避けられたからだとは思いもしなかった。


次に私がミランジェ嬢に会えたのは、彼女が十四歳の時。我が国の成人は十六歳だが、デビュタントをするのは十四歳と決まっている。それは十五歳から学園に通うことになるからその前にデビュタントを済ませようということだった。


デビュタントの時のミランジェ嬢は、話題の的になった。可憐な姿に婚約の申し込みが殺到したと聞いている。もちろん、その中には私もいた。なぜか婚約に気乗りしない両親を説き伏せ……というよりも、「自分の力で婚約を勝ち取って見せよ」と言われたのだったな。その言葉に、何度断られようとめげずにアプローチをし続けたのだ。


どうして断られるのかを理解しようとしなかった私は、押して押して押しまくって……兄のヴェインに邪魔をされる日々だった。



そして、私の十七歳の誕生パーティーでやらかしてしまった。私とのファーストダンスを踊り終わったミランジェは、とても可愛らしかった。気がつくと吸い寄せられるように顔を寄せていたのだ。


私は……彼女に平手打ちをくらい、投げ飛ばされ、彼女の足の下に無様に倒れることになった。その後のことはぼんやりとしか覚えていない。衝撃が大きすぎて、ミランジェから言われた言葉が頭の中を回っていた。


父と公爵のやり取りもどこか遠い出来事のように、ぼんやりと聞いていた。広間を出て行く彼女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。


気がつくと家族の応接室にいた。父と母はソファーにぐったりと座り「なんであんなことをした」と聞いてきた。「ミランジェがあまりにも可愛かったから」と、思ったままに答えたら、盛大なため息を吐かれた。


翌日、私の王太子位剥奪と、弟が王太子になったことが公表された。


それからまた数日後、セルジャンが私を訊ねてきた。セルジャンと話をして、あの九歳の時のお茶会の時から彼女に嫌われていたと知った。あの時の会話を二人に聞かれていたというのだ。


「会ったのはあの時だけなのに」


と言ったら。


「お前さ、本当に馬鹿だよな。なんであの後も、二人を貶めるようなことを言い続けたのさ」


と言われたのだ。身に覚えがなくて、セルジャンと話していくうちに、やっとわかった。やはり『太っている』という言葉は悪口であったこと。ラドランシュ公爵兄妹がいないお茶会などで、他の令嬢たちと二人のことを話したときに何度も『太っている』と言っていたこと。二人がダイエットに成功して痩せたことを知らず(知ろうとせず)に、最初に会ったときの印象のまま話していたこと。


それが回り回ってラドランシュ公爵家にも伝わっていたこと。二人がそれを伝え聞いて、私が出席しそうな社交場に顔を出さないようにしていたこと……。


自業自得でしかないし、何も言える言葉はない。無自覚にずっと貶めることを言い続けていたのだ。それも陰口として。これで好意を持ってもらおうだなんて無理な話だろう。


私は自分が単純なことを理解した。私の処置に困りあぐねていた両親に、多少は腕に覚えがあったことから、騎士になることを決めたと伝えた。両親は悲しそうな顔をしながらも、私の決意を受け入れてくれた。


その後の一年間。学園での勉強の後に、騎士団長自らの特訓を受けることになった。これには騎士団長の子息も一緒に参加した。彼も……いや、私の側近候補だった彼らも、あの時のことで周りからの信頼を失った。


宰相の子息も魔術師長の子息も、それぞれ父親から毎日しごかれているという。彼らの未来は明るくない。私……未来の王の側近になるはずだったのに、その王太子は失脚し、次の王太子には学友兼側近候補がちゃんといるからだ。


私達は若さゆえの過ちを犯した。自分たちで気がつく様に見守られていたことに、気がつかずに年月を過ごした。弟たちは私たちのことを反面教師として過ごしているそうだ。弟は私と違って思慮深い。きっと、良い王となるだろう。


私はその、王を守る、一つの盾であろうと思ったのだ。



式が終わり、アソシメイア侯爵邸まで馬車を護衛した。そこで、私達騎士の本日の役目は終わりだ。


馬車を降りたヴェインがミランジェに手を向けて、降りるのを補助した。邸に歩き出そうとしたミランジェと目が合った。足を止めたミランジェにヴェインが顔を寄せる。それから、二人で俺のもとに歩いてきた。


「カシュー王子、私たちの結婚にお祝いをありがとうございました」

「警護までしていただきまして、ありがとうございます」


先に贈っておいたお祝いの品。茶器セットを贈ったのだけど、気に入ってもらえたようだ。


ヴェインは王太子でなくなった私に……いや、あんなことをして周りから白い目で見られている私達に、変わらずに接してくれた。……ちょっと違うか。王太子じゃなくなったら、扱いが雑になった気がする。


こいつは……たぶんいろいろなものを背負い込んでいるのだろう。一見人当たりよく、誰にでも平等に接しているように見える。が、心の中ではふるいにかけて、つき合いをセーブしていたようだ。そんな奴が変わらずに接してくるって、なんだよと思ったりしたのだ。


二人は笑顔で私のことを見ている。最初は謝罪を受け入れてもらえないだろうと思っていたけど、ヴェインに言われたからかミランジェも許してくれた。


本当は今日の結婚式に友人として招いてくれた。私だけでなく騎士団長の子息、宰相の子息、魔術師長の子息も。だが、私達にそんな資格はないと、出席を断った。騎士団長の子息は私と同じに警護を、宰相の息子は結婚式に伴う王都でのあれこれを、魔術師長の子息は魔法での警護及び祝いの祝砲を受け持った。


ヴェインは呆れたように私たちのことを見てきたけど、最後には真面目な顔になり「当日はよろしくお願いします」と言った。


「そろそろ邸の中にお入りください」


そう促したら、なぜかミランジェと顔を見合わせたヴェイン。「うー、あー」と呻った後、私から少し離れた位置にいた騎士団長の子息を手招きした。彼が近寄ってきたら、私と彼の肩に手を回して顔を寄せるようにしてきた。


「休みが取れたら領地(うち)に来いよ。お前らが来んのを待ってるからな。カシューとジェロームだけじゃねえぞ。クロムとフェローもだ。約束だからな。あいつらに言っとけよ」


俺たちを離すと、さっさとミランジェをエスコートして行ってしまったヴェイン。


俺とジェロームが動けないでいたら、先輩騎士に「ほら、戻るぞ」と言われて騎乗した。王宮に戻るまで……周りの景色がかすんでよく見えなかったことだけ、言っておこう。


予定通り50話で終わらせました。

が、やはり私基準の文字数にすると2話分の長さになりました。


王太子たち……無駄にポジティブな理由がお分かりいただけたでしょうか?

そして、意外にもヴェインが嫌っていないようす。


そのことにつきましては、次に登場人物紹介を入れますので、それをお読みください。

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