※ この世界のトイレ事情・・・の裏側で その4
◇ハロルド・ラ・ラドランシュ
シェイラは私達に見つめられてにっこりと微笑み返して来た。
「お二人とも、そこまで心配なさらなくても大丈夫ですわ。マホガイア公爵もおっしゃっていたではないですか。増やす人数は数名でいいと。それにその推薦されてこられる方々は、うちの警護の者たちも鍛えてくださいますのでしょう。すぐに増員や入れ替えろと言われたわけではないのですわ。もう少しうちの者たちのことを信用してくださいな」
シェイラの言葉にニクソンと顔を見合わせた。そう言われてみれば、使える奴を寄越せと言ったけど、火急速やかにとは言っていなかった。
「それに私もですけど、ヴェインとミランジェは外に出かける予定はあまりありませんのよ。そうですわね、必ず出掛けなくてはならないのは、二十日後に開かれる王家主催のお茶会だけですの。それまでに手配を済ませればいいということですわ」
シェイラの予定を聞かされて、少し顔を赤らめてニクソンと見交わしあった。セドリックの説明不足はいつものことだが、家族の予定を把握していなかったことに、セドリックの言葉が重みを増して心にのしかかってきた。
「嫌ですわ、そんな顔をしないでくださいまし。変化が見えたばかりですのよ。これから良いほうに変えていけばいいではありませんか」
私の心情を言い当てたような言葉にドキリとした。
「ああ、そうですわ。女の浅知恵なのですけど、街道の不備の点検をなさってはいかがでしょうか。荷車の運搬など、これから頻繁になりますのよね。街道が荒れていますと、支障をきたすのではありませんかしら」
私はシェイラの言葉に先ほどから驚かされていた。やはりこれは国を背負って立つ王家と、一公爵家との違いなのか。それとも資質の違いなのかと考えが至り、私は自分の顔色が悪くなったと思う。
「ハロルド様、違いますわよ。私とハロルド様では見ている位置が違いますの。お二人は上からの目線で見ていらっしゃるのでしょう。私は子供たちを第一にと下から見ているのですわ。違う意見を寄せ合ってより良い対策を練ることのほうが重要ではないかしら」
シェイラは微笑みを浮かべて、言い添えるように言ってくれた。今までもこうやって、私が気づかないところを、補ってくれていたのだろう。
そんなことを考えていたら、廊下が騒がしくなった気がした。人の話し声が近づいてきた。そしてノックもなしに執務室のドアが開いた。
「言い忘れた。ハロルド、これからの方針だけどな、用足し用の木枠をさっさと完成させるぞ。それをまず各国に売り出す。それと共に陶器職人に便座なるものを作らせる。あとは、もう一度商業組合と話し合わないとならないだろうな。先ほどは木の手配のことしか言わなかったからね。ドレスを変えるのならば、製糸から布、縫製まで関わってくるだろう。もうコチュリヌイ国のドレスのことなどを覚えているものは少ないはずだ。それに北の国だったコチュリヌイより布地を薄くして作るのだろう。全然違ったものになるのではないか」
部屋に入ってきた途端にまくしたてるように、セドリックは話し出した。ニクソンは呆気にとられ過ぎて、口を大きく開けていることにも気がついていないようだった。私は額に手を当てながら言った。
「セドリック、お前はいい加減にしろ」
「ん? なにが」
「ちゃんと説明してからいけよ。ニクソンが困るだろう」
「そこはハロルドが解って、説明してくれるだろう。あと、ラドランシュ公爵夫人が補足してくれると思ったんだ」
私だけでなくシェイラのフォローまであてにしていたことを、堂々と悪びれずに言うセドリックを、諦めの境地で見つめたら、きょとんとした顔で見つめ返された。
「フフッ、わたくしにまで過分な期待をありがとうございます」
淑やかに頭を下げて微笑むシェイラ。だけど、その笑顔がどことなく……。
シェイラの視線が私へと向いた。まるで私の考えたことを見透かしたようなその笑顔に、汗が噴き出してきた。
「あら。どうかなさいましたの、旦那様」
「い、いや、別に」
シェイラが普段使わない『旦那様』という言葉に、体が震えそうになるのを懸命に堪えた。セドリックは面白そうに私のことを見てきたが、私はそのことに何も言えない。……というよりも、言う気力がなくなってしまったのだ。
とにかく、何とか気を取り直した私は、セドリックが部屋を出て行く前に、今後の方針などを確認して、セドリックとニクソンを屋敷から追い出したのだった。
夜、一日のあれこれを終え、寝室へと入った。珍しくシェイラはまだ部屋の中にいなかった。ベッドに腰かけて……深々とため息を吐き出してしまった。
本当に今日はなんという日だったのだろう。
ヴェインが行動を起こさなければ、社交界の常識なるものも気がつかないまま、この先ずっと過ごしていたのだとしたら、怖ろしいことになっていたことだろう。なんといっても、シェイラとミランジェは、あの髪色で目立っているからな。あわよくばという考えを持つ輩は掃いて捨てるほどいるだろうし。そう思うと、シェイラが社交を制限していたのは、重畳だったとしか思えない。
……いや、まさか。シェイラが社交を制限していたのは、私に現状を気づいてもらいたかった……のだとしたら。
実は一向に気がつく気配がない私に、愛想をつかしている……とか?
どうしよう。いま、シェイラがここにいないのも、もう私と一緒に居たくなくて、これからは別室で寝るという決意の表れだとしたら……。
私は悶々と考え続けていた。なので、シェイラが部屋に入ってきたことも気がつかなかった。
「どうなさったの、あなた。頭を抱え込んだりして」
不思議そうにそばに寄ってきたシェイラは、私の顔色の悪さに体調を崩したと思い、侍従や侍女にあれこれ指示をだしながら看病をしようした。それを見て……杞憂なのだなと思った。さすがにそんな情けないことを考えて顔色を悪くしていたなんて言えないので、おとなしくベッドに横になり、シェイラに看病をされた、私だった。
悩めるパパでした(笑)




