22 初夜 - はじまりの夜 -
◇ミランジェ・リ・アソシメイア
小さな箱の中で、日の光を浴びてキラキラと輝く指輪を見つめる私の目から、涙が溢れてきた。
あの日は私の二十四歳の誕生日のお祝いを兼ねて優慈と会っていた。誕生日当日は、彼は出張で会えないのだ。
だからあの日、少しだけ期待をしていた。それなのに突然魔法陣が現れて、この世界に連れてこられてしまった。器を持たずに魂だけとなった私。優慈がどうなったのかは、わからなかった。
記憶を取り戻しヴェインも同じだと知った時、もしかしてと思った。ヴェインが優慈だと確信した時には、絶望を味わった。兄妹になってしまっては、今生では一緒にいられないと思ったから。
それが、ヴェインが学園に入学する前に、父から兄妹ではないと知らされて……。嬉しいと思うよりも、戸惑いのほうが強かった。
家族内だけでも本当のことを知らされたのは、本当に良かったと思う。ヴェインは二人だけの時だけでなく、家族と一緒でも私への愛情を隠さなかったから。
昨日、母から聞いたことで、ヴェインが優慈だと確証を得たけど、だからこそヴェインと二人きりになるのが怖かった。
……ずっと、聞きたかった。優慈は私のことをどう思っていたのかを。それに、もし事実を知ったら……私に巻き込まれてこの世界へ来たと知ったら……。
彼に何を言われるのだろうと怖かったのだ。
涙が溢れる目で、優慈のことを見つめる。
「優慈。私もあなたのことを愛しています」
そっと、指輪の入った小箱を持つ優慈の手に、自分の手を重ねた。優慈は小箱から指輪を取り、箱をポケットにしまうと左手の薬指に、指輪をはめてくれた。
「ありがとう」
万感の思いがこもった声で優慈が言い、そっと私を抱きしめてきた。
パチパチパチパチ
みると、いつの間にか神様たちが離れたところに立っていて、拍手をしている。金髪青年神様と意外にも赤い髪の神様が目を潤ませていた。
「本当はもう少し余韻に浸らせてあげたいけど、ごめんね。もう少し話を聞いて欲しいんだ」
黒髪の神様がそう言うと、景色は元の庭園の東屋に戻り、私達の姿もヴェインとミランジェへと戻った。
今度の話はここにいる神様たちのことから始まった。この神様たちは、私が前に行った世界の神様たちだそうでした。もちろん、今回のこの世界の神がやらかしたことの、被害者がいた世界の神様でもあるそうなの。他にも被害を受けた世界があるけど、私達に会うのは私と縁があった神様だけにしたそうでした。
今回のことは至高の方にまで話がいき、前例にはないけど多大な迷惑をかけることになった私とヴェインの、希望を出来うる限り叶えてあげるようにと言われたそうなの。
「ということで、何か希望ってあるかな」
急に言われても何も思いつかない私は、ヴェインのことを見た。ヴェインも少し考えてから言った。
「すぐには思いつかないんですけど」
「まあ、そうだろう。だから、君たちには一年間の猶予を与えるように言われているんだ。ただ悪いのだけど、この世界に関わる事には応えられないんだよ。例えば、『これからも魔法を使えるようにしてください』と、いったものだね。こんな回りくどい計画を立てたのも『別の世界の神が他の世界に干渉できない』という規約と『神が一度決定したことは変更が効かない』という約束があるからだ」
「それならば、ゆっくり考えさせていただきます」
と、ヴェインは答えたけど、すぐに何かに気がついたように私のことを見つめてから、少し頬を赤くしながら、黒髪の神様を見た。
「え~と、その、時間を……戻すことって、出来ませんよね」
「残念ながら、時間を戻すことはできないのだよ」
「そうですか」
気落ちした声で答えたヴェインに、神様が聞いてきた。
「ヴェイン、何か気にかかっていることがあるのだろう。それを話してくれないかい」
ヴェインはしばらく逡巡したあと、私と目を合わせないようにして、ボソボソと言った。
「せっかく……やっと、二人きりになれたのに……明日から移動だから……これからじゃあ、明日に響くだろうし……無理はさせられないし……」
……って、そっちの心配なのー!
私はいろいろあり過ぎて、そんなことは頭から飛んでいたというのに!
そうしたら、金髪の神様がとんでもないことを言いだした。
「あっ! ごめ~ん。言い忘れてた~。あのさあ、実はさっきから時間を止めてたんだよね~」
えっ?
「いや~、普通に神である僕たちと話すだけでも、負担が大きいからさ~。どうしたら負担を減らせるか考えて~、夢の中で話そうってことになったんだよ~。それにね、その前から、君たちの様子を伺うために~、ヴェインくんとミランジェちゃんが二人きりになったところで、時間を止めちゃったんだ」
いいことしたでしょ! という顔で私達のことを見てきた金髪神様。ヴェインもいい笑顔を返しているのだけど……。
「おう! そうだったな。お前ら、今夜が初夜じゃねえか。初めての契りっていうのは大事なもんなんだろ。おい、もう話はいいな? 細かいことはまたにして、二人を戻してやろうぜ」
赤髪の神様がそういうと、ぶわ~と押し出されるような感じがした。
「じゃあ、幸せにの~……」
「仲良くお過ごしください……」
「ほどほどにね~……」
「やれやれ、○○はせっかちだから……ヴェイン、ミランジェ、何かあったら、呼びかけてくれたまえ……」
「じゃあね~、またね~、ヴェインく~ん、ミランジェちゃ~ん……」
神様たちの気配が遠ざかり、はっと意識を取り戻した私は、目をぱちぱちと瞬いた。
「夢?」
「じゃねえ、みたいだぞ」
ヴェインの声が聞こえ、左手が持ち上がった。布団から出た私の左手には指輪がきらめいていた。
「これって……」
「きっと、元の世界の神様からの贈り物だろうな。これくらいじゃ、納得したくねえけど……」
「うん。でも、気にかけてくれていたのよね」
「ああ」
私は上半身を起こすとしげしげと指輪を眺めてから、指から抜き取った。
「おい」
ヴェインも体を起こして私のことを見てきた。私は抜き取った指輪を、サイドテーブルに置くと、ヴェインのほうを向いた。
「宝石がついた指輪で、肌に傷をつけるわけにはいかないでしょ」
「それって……」
「なんかいろいろあり過ぎて、もう、考えることは明日にしたいかな。だから、ね」
ヴェインに笑いかけたら、視界が回った。見下ろすように見つめてくるヴェインの口が動いた。
「愛しているよ、ミラ」
うん、私も と、心の中で返したのだった。




