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劇場型転生:元ヤン男性、ホラー映画のヒロインになる  作者: 依馬 亜連
第1章

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29/100

29:熱情のヤンキー殺法

 反応を見る限り、周囲の参加者に黒い影は視えていないようだが。

 それでも、人ならざる者が近くにいることを、本能が察して警戒するのか。

 奴らの進行方向から皆、示し合わせたかのように遠ざかっていく。

 あっという間にヘザーとクライヴは、異形たちに囲まれていた。


 劇中に現れたのは五体程度だったが、その二・三倍はいそうである。


「これは、一体……」

 ただでさえ陰気なクライヴの表情が青ざめ、死体一歩手前の有様である。このままではまた、生まれたてのヤギあるいはシカになってしまう。ヒツジかもしれないけれど。


「へぇ。こりゃまた、ずいぶんと来やがったな」

 対するヘザーの藤色の瞳には、ギラギラとした闘志あるいは殺意が灯っていた。

 そっとクライヴの首に腕を回し、耳元に顔を寄せる。

 艶やかな唇が、彼へささやく。

「せっかくだ。踊りながら、連中にヤキ入れてやろうぜ」

「えっ?」

 かすかに目を見開いたクライヴと、ヘザーの瞳がかち合った時。


 今まで踊っていたワルツから曲調が一転、情熱的でテンポの早いタンゴに変わった。

 重ねたままのもう片方の手を、ヘザーが一度ギュッと強く握る。

「アンタのリードで、連中に近付いてくれよ。オレが蹴散らしてやるからさ」

「いやっ、ちょっ、それは――、おいヘザー!」

 彼の裏返った声を置いてけぼりにして、ヘザーが大きくステップを踏んだ。


 彼女はクライヴを半ば強引に振り回しながら、周囲を取り囲む黒い影に肉薄。

 そして好戦的かつ扇情的な身のこなしで、容赦なくぶちのめしていく。


 高いヒールをものともせず、優美にターンしながら裏拳で。

 クライヴの体に足を絡ませつつ、蹴り飛ばし。

 そして彼に支えられながら、腕を伸ばして大きくのけぞる仕草と同時に目潰し。目があるのか分からなかったが、相手は消滅したのでよしとしよう。

 もちろんヒールで、踏みにじる技も忘れない。


 彼女の踊りは全くもって、令嬢の規格から大きく逸脱していた。

 いや、逸脱以前に令嬢という枠にそもそも入る気すらなさそうだ。


 しかし色香も魅力も力強さも、全てを開けっぴろげに魅せつける彼女に、周囲は呆気に取られながらもますます魅了された。


 最初は彼女の奔放さで後手に回っていたクライヴも、徐々にリズムに乗り始め、ついには軽やかなステップで上手くヘザーを誘導するようになった。

 そうする内に彼の表情がほぐれる。軽々とヘザーをリフトして、回し蹴りをサポートした。


 ヘザーにかすり傷すら負わせられず、どんどん消滅していく影たち。

 一方、連中を倒せば倒すほど輝く笑顔になる彼女と目が合い、クライヴはとうとう破顔した。

「はははっ! 君は本当に、無茶苦茶だな」

「なっ、急に、なんだよ……」

「すまない」

 言葉では謝りつつも、笑顔に甘さが混じる。


「俺が長年怯えていた連中を、君が軽々と消し去っていくのが、ついおかしくてな」

 同時に二人の踊りも、ますます息が合い、そして熱を帯びた。


 クライヴの満面爽やか笑顔を至近距離で見つめ、踊りで火照っていたヘザーは脳内も沸騰。クラクラと、酩酊(めいてい)するような夢心地になる。

 夢心地状態でも、もちろん敵への攻撃には容赦も隙もない。


 そうして最後の一体に肘打ちすると同時に、曲が終わった。

 黒い影が一掃されたダンスホールに響き渡るのは、割れんばかりの拍手と歓声だった。


 まだ跳ねるような呼吸のまま、ヘザーとクライヴは見つめ合う。いつもは深く陰鬱な彼の瞳も、今は夏の森のようにキラキラしている。

 ――と、踊りの余韻で、整えていたはずの彼の前髪が崩れていた。ヘザーがくすりと笑って、その髪をそっと持ち上げる。


 額に触れる、彼女の指の感触に目を細めたクライヴが、顔を近づけた。

 ヘザーも無意識に目を薄く閉じ、彼を待つ姿勢に入る……ギリギリ寸前で、なんとか我に返った。

「まっ、前髪ぐらい、てめぇで上げろよな!」

「いてっ」

 思わず彼の眉間に手刀を打ち込み、慌てて距離を取る。


 顔面への痛打で、クライヴも思い切り衆人環視(しゅうじんかんし)の場であることを思い出したらしい。なんともばつが悪そうに、視線を斜め下に落とす。今さら過ぎないか。

「……すまない。本当にすまない、どうかしていた」

「おお、いや、オレもなんか、のぼせてたし、うん……」


 先ほどまでは悪意百パーセントだった周囲の視線が、妙に生暖かい――どころか超優しい気がするのだが。

 頼む、頼むから気のせいであってくれ。自意識過剰であってくれ。


 彼らをにらむ気概なんてごっそり失われていたヘザーは、とぼとぼと、ダンスホールの窓側に設けられたバルコニーへと足を向けた。


「オレ、汗かいたからちょっと、外で涼んで来る」

 そこはかとなくしょんぼりする華奢な背中に、一瞬躊躇しつつも、クライヴは声を掛けた。

「あ、ああ、分かった。飲み物を取って来るから、そこで待っていてくれ」

「おおー」

 ここで無視するのも申し訳ないと思い、背中を向けたままではあるが、右こぶしを上げて返事をする。


 しかし顔は見れなかった。

 先ほど初めて知った、彼の甘やかな笑顔がまだ、脳裏に焼き付いていた。

 今、下手にクライヴを見ようものなら、何か口走ってしまいそうで怖い。


 たとえば「素敵」や「カッコいい」など。

 言ってしまったら最後、ヘザーはその場で日本男児らしく割腹(かっぷく)なるエクストリーム自殺をするより他ないだろう。


 いや、現在の肉体はイギリス女児(という年齢でもないが、便宜上女児とする)なので、もっとイギリスらしい死に方を考えるべきだろうか。

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