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始業式の朝

 火澄と出会い、火澄の因縁を清算することに付き合ってから数日。

 春休みが終わりを迎えた侠一郎は新学期の朝を迎えていた。


 学生だから暇だというわけではない。

 多くの大人が学生の頃は良かったというが、実際に自身が学生であった頃は常に不満を口にしつつ、忙しいなどと言っていたし、仮に大人が学生に戻ったとしても大人であった頃の経験や苦労などは忘れて学生の感覚で忙しいやら大変やら不平不満を口にするだろう。


 結局のところ、苦労はその立場にある者にしか分からないし、その立場で不平不満を口にする。だから、黒木侠一郎という少年が「だるい、面倒くさい、ウザい」などと口にしても暖かい目で見てやる必要があるのではないだろうか?


「クソだるい」


 そう言って、黒木侠一郎は高校の制服を着て家を出る。

 黒のブレザーにワイシャツ、黒のスラックスという黒以外の色は許さないというこだわりが感じられる制服を着るのも二年目。


 この日は黒木侠一郎の高校二年生としての最初の登校だった。

 深夜までゲームをしたり映画を観たりで若干寝不足ではあるが休むわけにはいかない。なぜなら今日はクラス分けの発表日であり、始業式でもある。


 普段は誰が同じクラスになっても良いとは言っているが、それは見栄や格好つけから言っているだけであり、なるべくなら、仲の良い友人たちと同じクラスになりたいと思っている。

 人間を平気で殴り殺せる身体能力とメンタリティを持つ者でもそれは同じである。

 逆に嫌いな奴とは一緒のクラスになりたくないと思うのも当然である。

 もっとも、そんなふうに侠一郎が思う相手は一人しかいないが、その相手ともしも同じクラスになれば、最悪だ。


 そんなことを考えながら侠一郎は通学路を歩く。

 自転車は壊れている。

 バスは混むので乗りたくない。

 学校にバイク通学の許可を申請していないのでバイクは使えない。

 なので、徒歩での通学だ。途中で路面電車に乗り、学校の最寄り駅まで行って学校まで歩く。


 このルートでの通学を一年間続けているので迷うようなことはない。

 通学の途中で友人と合流することもいつも通りだ。

 侠一郎は学校の最寄り駅で少し待つ。すると、ほどなくして一人の少年が侠一郎に近づいていく。

 その姿を認識すると侠一郎は軽く手を挙げて挨拶する。


「よう」

「ああ、おはよう」


 それだけ言葉を交わして二人は並んで歩き出す。

 並んで歩く少年の名は比呂勇人ひろゆうと


 侠一郎とは小学校の頃からの友人である。

 金髪をワックスで緩く立たせ、制服を着崩した姿はチャラいという以外の言葉が思いつかない格好であるが、金髪碧眼の白色人種の少年がすると妙にサマになっていた。


「春休み何やってた?」


「基本は家の手伝い。キョウちゃんは?」


「ゲームやって、映画見て、道場に通って、体を鍛えて、女の子を助けて、悪党をぶち殺してた」


「マジかぁ。俺なんか家の手伝いと親父に修行させられたくらいしか、春休みの思い出ないんだよなぁ」


 二人はたいして内容のない話をしながら歩いていた。

 普段は良く二人で遊び歩いているのだが、春休みは勇人の方に色々と用があったため、久しぶりに顔を合わせて話す機会だったので話のネタは尽きない。


「やっぱさ、女の子を助けるって良いよな。悪党を倒すのは興味ないけど」


「俺は女の子を助けるっていう方に興味がないんだけどな」


「だよなぁ、キョウちゃんはなんだっけ? いつも言ってるアレ」


「付き合うより、どつき合う方が楽しい」


 そう言いながら拳を突き出し、侠一郎はパンチの姿勢を取る。

 それを見て隣を歩く勇人はウンザリした表情を浮かべながら、侠一郎の言葉を否定する。


「絶対、女の子と付き合う方が楽しいって」


「楽しいって言っても、何をして楽しむわけ? 俺はそれが良く分からんのだけど」


 否定の言葉に対して首を傾げる侠一郎に対し、勇人も首を傾げつつ自分の考えを述べる。


「それは俺にも分かんないけど、実際付き合ってみたら楽しいことがあるんじゃないの?」


「お前、そんな確証の無い情報で良く俺の考えを否定できるな」


「確証無くても、どつき合うのが楽しいとか無いから。それが楽しいってマゾじゃん」


 この野郎、徹底的に否定しやがるな。

 一回ケツに蹴りいれてやろうか。

 と思いながら侠一郎は自分より幾分背の低い勇人の横顔を見ながら歩く。すると、勇人は何かに気づいた様子で指を差す。


「あれ見ると、すごい楽しそうじゃん」


 その言葉を受けて侠一郎は指の向く先を見る。その先にいたのは自分たちと同じ制服を着た男女のグループがいた。

 ただし、男女のグループと言ってもその男女比は男一人に対して女子五人という極めて偏ったものであり、俗に言うハーレムというものであると男同士で歩く二人は理解する。

 そのグループが賑やかに登校しているさまを眺めながら、侠一郎は首を傾げて勇人に尋ねる。


「あれって楽しいか?」


「少なくとも俺たちに対してはマウント取れるよ」


「そういうのを楽しいと思えねぇんだけど俺は」


 それに関しては自分も同じ意見だったので勇人は否定しない。

 よくよく考えると、男一人に女の子がいっぱいというのは憧れるが不健全な気がするので、ああいうのは見習わないようにしようと勇人は思う。

 羨ましいが──極めて羨ましいのだが、それでも、ああいうのは良くない。

 良くないものを考えるのは精神的に良くないので話を変えたいと勇人は思い、侠一郎に尋ねる。


「ところで、女の子を助けたって言ってたけど、どんな子?」


「どんな子って言われても良く分からん。クソ弱かったのは覚えてるけど」


「強さを聞きたいわけじゃないんだけど」


 じゃあ、何を聞きたいんだよ。

 勝手に名前を言うのってどうなわけ? プライバシーとかはいいわけ? 

 ビルの屋上で別れてからどうなったか知らんし興味も無いから、色々聞かれても分からない。

 侠一郎からすれば、それしか言いようがないのだから質問されても困る。


「ほら、色々あるじゃん。可愛かったとかおっぱいデカかったとか、ロリだったとか」


 ロリってなんだよ。

 そもそも見た目を知りたいのかよと侠一郎はウンザリする。

 最近になって色気づいてきたのか勇人の口から出るのは女がどうしたという話題が多い。かくいう自分もそういうことが気になって仕方ない時もあるので、あまり否定的なことが言えない侠一郎は素直に質問に答える。


「普通に美人だった。胸に関しては憶えてないが、ロリじゃねぇよ」


「マジか。可愛いってどんな感じ? 俺らの知ってる奴で誰に似てる?」


 無茶苦茶喰いついてくるが、話していると侠一郎もなんだか楽しくなってくる。


「一年四組にいた、月原って奴に似てる」


「マジ? うわぁ、月原さんかぁ。やべぇ、すげぇ見たい。つーか、それなら俺が代わりに助けたかったなぁ」


 思った以上に反応が良いことに侠一郎は若干の困惑を覚える。

 月原というのは二人と同じ学校の女子である。

 黒のロングヘア―にキリッとした顔立ちのスラっとした体形の美少女であったと侠一郎は記憶している。

 ただ、美少女と言っても同級生には同じレベルの容姿はいくらでもいるので、そんなに特筆すべき相手じゃないように侠一郎は思うので勇人の反応は理解しがたい。それ以上に――


「なんかすげぇ評価高い感じだけど、あんなエグい下着の女のどこが良いわけ?」


 侠一郎は自分の記憶の中にあるショッキングな場面を思い浮かべていた。

 対する勇人は侠一郎に対し、目を見開いて詰め寄る。


「は? 何おまえ、何言ってんの?」


「何って偶然パンツを見た時のことを言ってるんだけど? こうスカートが偶然にめくれて、パンツが偶然、目に入った」


「ちげーよ! そうじゃねぇよ! 月原さんのパンツがエグいって話だよ! 月原さんのパンツは清楚な白に決まってんだろ」


「そんなんじゃねぇよ、紐だし、紫だし、透けてるしで、女子高生が普通に履くパンツじゃなかったぞ」


 女子高生が普通に履くパンツという物を理解しているわけではないが、きっと普通の女子は履かないパンツであると侠一郎は断言する。

 そして、そんなパンツを履く理由に関しても侠一郎は女性のことを何も知らないが断言する。


「アレは絶対に男の趣味だぜ。彼氏が履いてくれって、お願いしたんだよ」


「絶対にない! 月原さんに限ってそんなことは無い!」


 月原という少女のことを勇人はどれほど知っているのか、侠一郎の言葉を強く否定する。

 しかし、否定はしているものの、勇人は月原という少女と言葉を交わしたことは無い。

 ただ、なんとなく好みのタイプだなぁとチラチラと見ていただけである。

 ちなみに、それによって月原という少女からは勇人は気味悪がられているのだが、そのことなど勇人は知る由もなかった。


「いや、お前な。俺、このあいだ月原がデートしてるのを見てっから言ってんだけど」


「この間っていつだよ?」


「春休み中。お前が親と修行している間、街中で見かけた」


「はぁ? 絶対に見間違いだから。つーか、兄弟とかに決まってるって――」


 いや、それは無いと侠一郎は思う。

 なにせ、男の方は勇人も知っている上、兄弟と手を繋いでホテルには入るということはしないだろう。


「男の方はカメだぞ」


「……は?」


 去年、同じクラスだった亀川――通称カメが月原の相手である。

 亀川はずんぐりむっくりとした丸っこい体型の持ち主で背も月原より低いが顔は愛嬌があるし、人柄もよいので侠一郎も勇人も友人付き合いがあった。


「待て。待って、マジで待って?」


「待つ理由が思いつかねぇんだけど」


「俺の気持ちの整理の時間! それをくれって言ってんの!」


 そう言って、勇人は頭を抱えてしゃがみ込む。

 その場に置いていくわけにもいかないので、侠一郎は勇人が動き出すまで待つことにする。

 侠一郎たちと同じ制服を着た少年少女たちが何事かと思い二人に近づくが、黒木侠一郎と比呂勇人であることを知ると、関わり合いを避けるようにそそくさとその場を立ち去り、学校へと向かっていく。


「……よし、気持ちの整理がついた。二人が上手くいくことを祈ろう」


 勇人は気持ちの整理がついたのか、爽やかな笑顔を浮かべて侠一郎に言う。

 これ以上ないくらい、よろしくやってるけどな。

 そう思ったものの、ホテルのくだりを伝えることはあまりに酷だと思い、侠一郎は黙ってうなずく。


「はぁ、彼女欲しいなぁ」


「彼女かぁ」


 そんなことを言いながら、二人は再び通学路を歩きだす。

 道端で騒いでいたせいで、制服の少年少女たちの視線が二人に向けられる。

 その中には、さきほど侠一郎たちが話題にしていた男女比が歪な六人のグループもいて、彼らは侠一郎たちを見ながらコソコソと何やら話している。


「なんか見られてるな」


「喧嘩を売ってんだろ? 買ってやるか?」


「なんで、そんな話になるんだよ」


 ウンザリした様子の勇人は口元に笑みを浮かべる侠一郎を見て、続けてこちらを見ているグループに呼びかける。


「何か用があるならこっちに来てくれよ」


 すると、男一人に女五人の歪な男女比のグループは二人から目をそらして足早に学校に向かう。

 そしてその様子を見て、侠一郎は肩を竦め、勇人に尋ねる。


「何分くらいで倒せたと思う?」


「五分くらいかな」


「もっと短いだろ。二対六だぜ?」


「俺も頭数に入ってんの?」


 勘弁してくれと表情に出す勇人に対し、当然という表情を浮かべる侠一郎。

 とはいえ、この話題はこれで終わりとなる。なぜなら――


「――あ、やばい。遅刻しそう」


 不意に侠一郎がそんなことを言いだしたからだ。

 しかし、遅刻しそうと言ったが、周囲には他の生徒が大勢おり、誰も急いではいない。

 遅刻すると言い出した侠一郎自身、時計を見てもいない。

 その代わりに通学路の脇にあるビルに挟まれた薄暗い路地に侠一郎の視線は向けられていた。


「それはまずいなぁ。近道でもしようか」


 勇人はそう言いながら、侠一郎が視線を向けていた路地に向かって、侠一郎と並んで何気ない様子で歩き出す。

 そして二人は周囲の人の流れから外れ、薄暗い路地の奥へと入っていった。



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