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「──殺して」


 当然の答え。

 生かしておく必要もない。

 どうせ、生かしておいたところで改心することも無いだろうと侠一郎も思う。

 これまでの来歴を知っているわけではないが、躊躇いもなく人の魂を喰う人間だ。

 生かしておいても、また人を喰い物にするだけだろう。


「了解」


 許可を受けた侠一郎の口元が歪み、殺意に満ちた笑みを浮かべる。

 火澄の気持ちとしては自分の力で殺してやりたいだろうに、それを自分に頼むのは自身の力不足を理解しているからだろうと侠一郎は推測する。

 そのことの悔しさを何となくではあるが分かる侠一郎は火澄のために、なるべく惨たらしく目の前の男を殺すことを心に決める。


「ふざけるな! 私の生死を貴様らが決めるだと? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 怒りと共に男は指を鳴らす。

 空間ごと相手を切断する不可視の刃が放たれ、侠一郎に迫るが、侠一郎は避けるそぶりも見せずに、放たれた刃に関心を払わずに男へ向かって真っすぐ進む。


「そういや言い忘れたことがあったんだよな」


 何故、何もしない? 

 自分の攻撃を防ぐ様子も無い侠一郎に男の方が疑問を抱く中、侠一郎が口を開く。

 それと同時に、男の放った不可視の刃が侠一郎に触れ――


漆黒鬼甲これを出してる間は、俺にそういう攻撃は効かねぇよ」


 ――それだけで刃が砕けた。

 防ぐ様子も無かった。男の放った攻撃は侠一郎にとっては空気が肌に触れるのと大差がなく、何の効果も示さなかった。そのことに呆然とする男に侠一郎は言う。


「アンタってテレビゲームとかやる人?」


 急な話題に男はついていけない。侠一郎は無視して続ける。


「よくRPGとかで、即死系の攻撃が効かないボスとかいるじゃん? スゲー簡単に言うと、俺がそういう感じ。漆黒鬼甲を出してる間は俺の耐性はゲームのラスボス並みなんだよ。なのでまぁ、なんか良く分かんない特殊な効果の一撃で相手を仕留めるみたいなのは全部無効で、アンタの攻撃も無効の適用範囲内な感じ」


 侠一郎の言葉を完全に理解できたわけではないが、男は自分の血の気が引いていくのが分かった。

 攻撃が通じないという、それだけは理解できたからだ。

 だが、もしかしたらという希望もある。なんらかの打開策があるのではと、そう男が思った直後――


「一応、言っておくけど俺を倒すには純粋にダメージを与えてHPをゼロにするしかないぜ。ゲーム的に言ったらの話だけどさ。割合ダメージとか状態異常とか即死とか、その他もろもろ変な効果での勝利は無し。物理攻撃とか魔法攻撃をひたすら当ててHPを削らんと倒せない」


 ゲームに詳しくない男は侠一郎の言葉を理解できずに、一瞬考えこむ。

 その瞬間に侠一郎は間合いを詰め、男の顔面を殴りつけて膝をつかせる。


「まぁ、単純に言えば、ガチンコ勝負じゃなきゃ、俺に傷一つ付けることはできないってことだ」


 膝をつく男を見下す侠一郎。ここからが男の絶望の始まりであった──


 侠一郎は漆黒鬼甲を発動した後の自分の固さをそれなりには理解している。

 黒腕の強度までは把握していないものの、漆黒鬼甲発動時の自分の生身部分の固さは戦車砲の直撃を受けても余裕。溶鉱炉に落ちても問題なしといった具合にとりあえずの頑丈さは把握している。

 なので、自分に効く攻撃とそうでない攻撃の判断は簡単にできる。

 そうして判断した結果、目の前の男の攻撃は――


「避ける必要もねぇな」


 男が攻撃のための術を発動させるような動作をするが、無視して侠一郎は無造作にローキックを放つ。

 漆黒鬼甲の発動と同時に強化された筋力から放たれる蹴りは、触れただけで男の脚を千切り飛ばし、男は無様に屋上を転がる。


 こんなはずではなかった。

 そう思いながら男は指を鳴らし、不可視の刃が侠一郎の足を狙って放たれる。

 胴体と腕は狙ったとしても無駄と悟ったが故の判断だったのだろうが、それも無意味である。

 放たれた刃は侠一郎のズボンを切り裂くが、ズボンの切り口から黒鉄色に変わった皮膚が切り口から見えるだけだった。


「四肢って言わなかったか? 腕だけじゃなくて足もなんだよ」


 言いながら侠一郎は倒れている男を蹴り飛ばす。だが、その威力は同じ黒鉄色の腕とは比べ物にならないほど弱い。


「本気で蹴ると靴とかズボンが破けるから手を抜いてるんだ」


 そう言いつつ侠一郎は靴を脱ぎ、ズボンの裾を膝までまくり上げると、つま先から膝まで黒鉄色の脚が露わになる。


「これで俺もアンタも色々と気にしなくて済むよな。アンタも攻撃が効きそうな場所は無いって分かったことだし、逆転の目は無いと思って人生の後悔を始めるといい」


 ふざけるな――失った足が生えて、再び立ち上がった男は声を上げようとするが、声が出ない。声が出るより先に侠一郎の拳が男の顔の下半分を吹き飛ばしていた。


「そんじゃまぁ、叩き潰していくか」


 侠一郎の黒脚が男の膝を踏み砕く。当然、男はその場に跪くほかない。

 咄嗟に侠一郎を遠ざけようと伸びた手が掴まれ、小枝のように簡単に折り畳まれる。

 逃げようと空間跳躍を試みるが、その意図を読まれ、鳩尾につま先が突き刺さり、衝撃が背骨まで砕く。

 男が怯えた目を向けるが、侠一郎は無視して動けない男を抱え上げると屋上に叩きつける。

 その衝撃が男の全身の骨に亀裂を生じさせる。


 もはや男は倒れた姿勢のまま動けない。

 だが、侠一郎はそれでも攻撃の手を緩めることなく、男を黒脚で何度も踏みつける。ただし、頭は外して。


 再生は間に合わない。

 それよりも早く侠一郎の足が男の体を踏み砕く。

 ほどなくして、男の体の大部分が比喩ではなく挽肉に変わった。それを確認し、侠一郎は一息つく。


 その間にグズグズに崩れた男の体が少しずつ元に戻っていくが、その再生は途中で止まり、男は立ち上がることこそできたものの、それ以上動くことができない。

 なぜだ――そう言おうとした口も動かない。


「もう限界ってことじゃねぇかな。所詮は借り物の力を使っているだけなんだから、借りている相手の力が尽きれば、どうにもならねぇだろ」


 侠一郎は視界の端に移る倒れ伏した火澄の姿を見ながら言う。

 結局のところ、火澄の力で生きながらえているだけだ。

 火澄のどういう力でそれだけの生命力を得ているかは分からないし、興味もない。

 知ったところで別に何があるわけでもないだろうと侠一郎は思う。


 とりあえず、目の前の男はガス欠で自分の体を治す余力は無いということだけ分かっている。侠一郎にとってはそれだけで充分だった。


「アンタはこれで終わりだ」


 侠一郎は拳を大きく振りかぶる。

 死ぬ――男は確信を抱いた。どういうわけか体が治らないのだから、耐えられるはずもない。

 それを理解した男はこれだけは伝え、これだけは訊ねたかった。


「私の名は――」そして「貴様の名は――」


 最後であるならば自分の名を刻んでほしい。

 そして、自分の名も自分を倒した相手には覚えてもらいたいという願いだった。

 だが、蓄積したダメージにより、男は口すら動かすことができず、その願いは叶えられることはない。


 もっとも、口が動き、願いを伝えたところで、侠一郎は無視するだろう。

 自分の都合で見ず知らずに人間の生を奪うような輩に尊厳のある死や最後の満足などを与えることなど侠一郎は望まない。野良犬のように無様に野垂れ死ぬのがお似合いだと、侠一郎は思う。


 どこの馬の骨ともしれないガキに、どこの誰かも知られることなく、自分たちが無価値と蔑ろにしてきた人々と同じようにゴミのように殺される。

 自分たちが特別であると思い込み、罪悪感も無しに人々の魂を喰ってきたような奴らには、自分たちが虐げてきた人々と同じ末路をたどることは最大の屈辱であろうと侠一郎は信じて拳を振る。


「ゴミのように死ね」


 お前の人生は無価値だ。無価値な人生を歩んできたお前という存在自体も価値が無い。

 価値が無いものは消えても問題が無いだろう。お前だって、そう思って人の命や魂を奪ってきた。 

 であるならば、自分だけは許されるなんてことは無いと分かっているはずだ。

 だから、お前も死ね。それが正しい答えだ。


 断罪の意思を乗せた拳が男に突き刺さる。

 そして――その衝撃が男の上半身を吹き飛ばし、血煙に変えて男を絶命させる。


 再生することは無い。

 そんな力は残っていない、故に男はこの瞬間をもって完全に死んだのだった。

 その名前は誰も知らない。誰にも名を知られることなく、男は通りすがりの少年に殴り殺されて死んだ。それが男の末路であった。


 ――終わった。火澄は男の死を理解する。あっけないと言えば、あまりにあっけない結末。

 ずっと追ってきた仇があっさりと殺された。それもどこの馬の骨とも知れない少年に代わりに倒してもらった。

 自分で殺すべきだったとも、代わりに殺してもらって助かったとも、様々な思いが頭の中を駆け巡るが、一つだけは確かなことがある。


「良かった……」


 思わず口に出た「良かった」という言葉それだけが火澄の中にある確かな思いだった。

 何が良かったかは火澄自身も判断ができず、それに加えてどういうわけか涙が溢れてくる。そのことが火澄を更に困惑させる。


「自分のこれまでの人生に決着がついたんだから、当然といえば当然だよな」


 要するにクリアしてエンディングを迎えたということだ。

 そんなことを思いながら、侠一郎は火澄の姿を眺めながらスマホを弄る。

 魂喰者アホを何匹か殺したから、後始末をよろしくという連絡をするためにスマホを使っていたのだが、時間も時間のためすぐに返信は来ない。連絡が来るまでの時間潰しついでに侠一郎は火澄を眺める。


「エンディングを迎えたんだから泣きたくなるのは分かるぜ。まぁ、自分の力じゃなく他の誰か力で見せてもらったエンディングに価値があるのかは意見が分かれるところだけど」


 結構な数の知り合いが火澄と同じような形で自分の因縁に決着をつけているのを侠一郎は知っているし、侠一郎自身も代わりに決着をつけてやったことは一度や二度では済まない。


 その結果、良い方向に行った者もいれば悪い方向に行った者もいるので、代わりに因縁に決着をつける――倒すべき敵や解決すべき問題を代わりに処理することが正しいかどうかは分からない。


 ただ、侠一郎はハッキリとこれだけは言えるということがある。

 黒桜市ここで楽しく日々を過ごすなら、過去の因縁は早々に片付けるべきだと。

 良い方向に行った者も悪い方向に行った者でも侠一郎が知る限りでは、それなり以上に楽しく生きている。

 それを知っているからこそ、侠一郎はどんな形であれ因縁は早くに片付けるべきだと思うし、その手伝いは重要だと思う。


 因縁など残しておいたところで良いことなどは無い。

 今後の人生を考える必要があるならば、なおさら早く始末しておくに越したことはない。

 できれば、十代のうちが望ましいだろう。

 二十代の半ばを過ぎて復讐を終えたとしても、その後の人生を真っ当に生きられるか疑問である。


 学歴は? 職歴は? これまでの人生で一番頑張ったと言えることは?

 学生時代の話を聞かれて何と答える? 履歴書に書けるようなことがそもそもあるか? 

 青春時代を振り返っても思い出が血生臭いことばかりで人格は歪まないか? 自分の人生に後悔はないのか?

 十代のうちならば取り返しは余裕でつく、二十代でも大丈夫かもしれないが難易度は上がるのだから、早いうちにケリをつけて自分の人生を生きるべきだ。


 ――とはいえ、侠一郎に他人の人生について口を出す権利は無い。

 それは侠一郎自身も分かっている。だから、後のことは自分で考えればいい。そう思って侠一郎は火澄に背を向ける。


 時間は蘇生させてから二十四時間経っている。

 それにより、火澄の蘇生は完了し、侠一郎が火澄から離れても問題は無くなった。

 ただし、蘇生料金の踏み倒しを避けるために黒桜市からは出られないが。

 だが、そういう諸々の事柄に関しても、さっき連絡した|黒桜市(この街)の警察やその他の機関が火澄に説明してくれるから問題は無いだろうと侠一郎は思う。


 ──である以上、自分がやるべきことはないし、してやれることもない。

 なので、火澄の前から自分が消えても問題は無い。むしろ、自分がいることで火澄に何か影響を与えてしまうこと考えれば、立ち去るべきだ。

 侠一郎はそう判断し、火澄の前から立ち去ることを決めたのだった。


 ――もっとも、それは建前で、実際には屋上から地上を見下ろせばパトカーが集まってきており、このままだと事情聴取やら何やら面倒が生じそうなのでさっさと帰りたいだけである。

 倒すべき相手は倒したのだから、これ以上の面倒は遠慮したい。


「待って――」


 背を向けて歩き出す侠一郎の姿を捉えたのか、火澄が声をかけるが、待ってやるわけにはいかない。


 侠一郎は火澄の声に応えることはなく、ビルの屋上から飛び降りた。

 それを見た火澄は慌てて、屋上の端へと走る。あれだけ強くともビルの屋上から飛び降りれば無事では済まない。そう思い、地上をのぞき込むが屋上からは侠一郎の姿は確認できない。


 そうして屋上に残されたのは神名火澄と名前も知らない両親の仇の死体――それと黒木侠一郎が脱ぎ捨てたスニーカーだけであった。


 その後ほどなくして神名火澄は警察に保護され、これにて火澄自身の物語は結末を迎える。


 両親の仇は死に、火澄の人生に自由が訪れたという一応は大団円。

 それが彼女自身の力によってもたらされたものではないことは彼女自身が理解している。

 ただし、それが良いか悪いかは誰にも分からない。ただ、その結果の是非は今後の火澄の人生によって決まる。そのことは火澄も分かっていた。


 だからこそ思う。

 もう一度、侠一郎に会わなければいけないと。

 そして言うべきことを言わなければ、自分の人生は始められないと――




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