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漆黒鬼甲

 

 ──黒桜市に生きる者は姓に自身のさがを隠す。侠一郎の黒木という姓も例外ではない。


 黒木の黒は既に侠一郎が見せている黒鉄色の腕に由来しているとして、では木とは何を表すのか。『木』は『キ』であり、それによって読みを同じにする『鬼』を隠している。

 つまり、『黒木』とは『黒鬼』であり、実際に黒木の血筋は鬼と呼ばれる人外の血を有する。


 黒い鬼であるから黒鬼であり、黒木となった。その血筋は黒桜市のその元型が生まれる頃から続く、それ故に鬼の血こそ薄まってはいるが、代わりに長い年月を経て黒桜市に住む、あらゆる種族と交わり、その力を高めてきた。そして、その力の片鱗は侠一郎にも正しく受け継がれている。

 『漆黒鬼甲』それが黒木の一族が受け継いできた異能の名であった。


 ダメージがあったというレベルではなかった。男は間違いなく一瞬死んでいた。

 肉体こそ原型はとどめているが、侠一郎の黒腕の一撃を受けた瞬間、男の脳は肉体が感じた衝撃により、死を錯覚し生命活動を停止させていたのだ。

 それでも死なずにいたのは火澄から力を奪い、その力で生命を補っているというそれだけの理由だった。


「どうした、立てよ? ここからが第二ラウンドだぜ」


 手を抜いて戦ったのが第一ラウンド。

 若干だが本気を出して第二ラウンド。

 では、第三ラウンドは? その答えを男が知ることはないだろう。

 男はかろうじて立ち上がる。上昇した再生能力によって外見上は無傷だが、精神的には一度死んでいるのだから、立ち直り切れていない。

 そのことを察しているのかいないのか、侠一郎は不敵な笑みを浮かべる。


「さぁ、楽しくろうぜ。クソ野郎」


 ――耳に届く轟音。

 無意識の中、自分の存在すらはっきりとしなくとも、はっきりと聞こえる音で少女は目を覚ます。

 何が起きたのか、何時からなのか、何故なのか、そんなことを思いつつ神名火澄かみなかすみは、意識を取り戻して身を起こす。

 ……確か、私を殺しておいて助けたという訳の分からない少年――黒木侠一郎が、私の両親の仇に殺されて、その後、気絶させられて……

 そこまで思い出して、火澄はハッと辺りを見回す。現在地はビルの屋上であるが、そんなことに意識を向けるよりも早く、火澄が捉えたのは――


「どうした! もっと根性を見せてみろ!」


 自分の記憶の中では殺されたはずだった少年が仇の男を圧倒している姿だった。

 何故? どうして? どうやって? 脳裏をよぎる疑問はあるが、それを無視して火澄は思う。

 そのまま、その男を殺して欲しいと。


 男は侠一郎から距離を取り、指を鳴らす。

 空間ごと相手を切り裂くはずの刃が飛ぶが、侠一郎はそれを避けようともせず、悠然と男に向かって歩く。

 それで仕留められないはずが無い。そう考える男だが、放ったはずの刃は侠一郎の振るう黒腕に触れるだけで簡単に砕け散る。


「ありえない。そんなことがありえるはずがない」


 狼狽の言葉と共に空間ごと押しつぶす打撃を男が放つが、侠一郎は何事もない様子で一歩も歩みを止めない。


 おかしい。どう考えてもおかしい。

 男の頭の中を混乱が塗りつぶす。自分の放った攻撃は簡単に打ち払ったり、耐えられたりするものではない。この世のルールを書き換えるに等しいもののはずなのに、何故平気で耐えられるのか?


「ありえない? 普通に生きてる人間からすりゃアンタだってあり得ない存在だぜ?」


 侠一郎は言葉と共に動く。

 その踏込みで、ビルの屋上を形成するコンクリートが砕け散り、ただの一歩の移動で激しい風が巻き起こり、男の懐に飛び込んでいる。


「まぁ、俺とアンタを比べれば、アンタは普通・・だし。そんなことを言いたくなっても仕方ないかな。生きている世界が違うっていうのかな」


「私を愚弄するのか!」


 侠一郎の言葉を聞き取った男は怒りを露わにするが、その怒りは瞬時に消し飛ぶ。


「いいや、苦労をねぎらっているのさ。一生懸命頑張ったんだろうけど、普通の人生ご苦労様。まぁ、気にすんなよ。普通とか特別は比較の問題で、俺と比べてアンタは普通だったってだけさ」


 腹に突き刺さった侠一郎の拳により、男は怒りよりも苦痛に耐えることに感情の多くを消費することになり、怒りを抱く余裕がなかった。


「笑えるぜ、クソ野郎。この街の外じゃ、相当に粋がってたんだろうが、ここじゃそのザマだ」


 侠一郎の放ったローキックが男の太腿の骨を砕くが、その傷は即座に治るので、結果的には無傷。さらに言えば侠一郎のこれまで放った攻撃も完全に癒えている。だが、痛みまで消せるわけではない。


「ツケが回ってきたってわけだ。色んな人間を踏みにじってきたことのな」


「踏みにじってきたツケだと?」


 ダメージを回復した男は至近距離にいる侠一郎を自分から遠ざけようと叫びながら蹴りを放つ。


「なんの力もない奴らを踏みにじったところで何の問題がある! 私には力がある、私は価値ある人間であり、その価値ゆえに許される!」


 放たれた蹴りを侠一郎は足を掴んで止める。


「じゃあ、俺がアンタを踏みにじっても許されるし、アンタはそれに文句を言えないよな? だって俺はアンタより強いしな」


 掴まれた足が侠一郎の黒腕によって、小枝を折るよりも容易い様子でへし折り、掴んだ足を振り回して男を地面に叩きつける。


「さて、俺としてはこの街の罪も無い人間の魂を喰って、二度と生き返れない状態にしたアンタをぶっ殺してやりたいとこなんだが――」


 倒れ伏す男を見下しながら言いつつ、その途中で侠一郎は視線を別の方向に向ける。


「――どうする?」


 侠一郎が尋ねたのは目を覚まし、侠一郎が男を圧倒するさまを見ていた火澄だった。

 自分は殺してもいいくらいムカついているが、それよりも怒りが深いのは火澄だろう。

 なにせ、両親を殺され、これまでの人生を仇を追うという目的だけで浪費してきたのだから、結末は火澄が決めるのが筋であろうと侠一郎は思う。


 生かすも殺すも火澄が決めればいい。

 生きて罪を償えと思うならそれでいいし、死んで罰を受けろと思うならそれでもいい。

 今日、初めて会って、一度殺されただけの自分より深い因縁があるだろう火澄が決めたことなら侠一郎はどちらの決断も受け入れる。

 火澄はそんな侠一郎の問いかけの意味を理解し、迷うことなく答えた──



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