逆襲開始
攫われた火澄に関して、その居場所は分かっているので侠一郎の歩みに迷いは無い。
火澄に発信機をつけたわけではないが、火澄の安全と侠一郎が立て替えた治療費の踏み倒しを防ぐために、火澄の位置を感じ取れるような術を、火澄を治療した医者に掛けてもらっているので火澄の居場所は分かる。
侠一郎は掛けられた術の作用による直感を頼りにバイクを走らせる。
それなりの金をかけて手に入れた中型二輪のエンジン音が夜の街に鳴り響く。
住宅地だったはずの周囲の景色は既に繁華街のビルが立ち並ぶ街並みに移り変わっていた。
時刻は深夜零時、遅い時間ではあるが、それでも繁華街が静まり返ることはない。それが普段通りであるのだが、今日は違った。
普段は喧騒とそれを生じさせる人通りに溢れている深夜の繁華街は静まり返り、人の気配が全く無い。
侠一郎はこの状況に関して、人払いの結界のようなものが張られ、周囲に人を近づけないようにしているのだと察する。そうでなければ、この人気の無さはあり得ない。
もっとも侠一郎の知る限りでは、人払いの結界などは簡単に無効化できるような者は黒桜市にはいくらでもいるので殆ど意味は無い。
ただ、分かっていても関わり合いにならないようにするという大人の対応ができる者が多いというだけだ。
その点で言うと侠一郎は大人でもないので無視するようなことはしないし、そもそも関係があるのだから人払いの結界程度で止まることは無く、侠一郎は目的地までバイクを走らせる。
その最中、道路の中央に立ち、侠一郎の行く手を遮るように待ち構える人影を見つけた。
「待っていたわ」
声と口調と姿から、女性であるということが分かる。だが、それがどうしたというのか。侠一郎はバイクを加速させる。
視界には女が何かの術を放ったのが見えるが、侠一郎はそんなことは関係なくスピードを上げる。
何かが飛んでくる気配があったが、避けるまでもなく、それは侠一郎の背後へと通り過ぎて行った。侠一郎が思った以上に加速したため、女の狙いがずれたのだろう。
侠一郎は攻撃を受けているのを理解していたが、減速するつもりなどは毛頭なく、道路の中央に立つ女に向かって更にバイクを加速させる。
自分に向かってくるバイクの姿を認識した女は攻撃の手を止め、防御の構えを取る。避けるつもりは無く、真っ向から受け止めるつもりのようだ。
「邪魔」
侠一郎は女が防御の態勢を取ったのを見るなり、バイクに急ブレーキをかけながらハンドルを操り、車体と自分の体の側面を晒しながら女の方へと突っ込んだ。
何を――?
女が思考しようとした瞬間、侠一郎が車体にかけていた右脚を女の方へと伸ばす。
それによってバイクに乗ったまま、蹴りの体勢が出来上がり、バイクが女に突っ込む勢いのまま、侠一郎の脚が叩き込まれた。
「あ」
女が声を発したのか、それとも単に女の体から音が鳴っただけなのか判断がつかない。
なぜなら、侠一郎の脚が当たった瞬間に、その衝撃によって女の体が爆散したからだ。防御の体勢を取っていても、そんなことは関係なかった。
この結果に関して、侠一郎が特別に何かをしたわけではない。ただ単に力の差がありすぎ、それが順当に結果に反映されただけだった。
これが食事を取っていない状態であったなら、もう少し苦労はしたかもしれないが、今は食事で多少だが腹が膨れ、完全ではないものの力が満ちている状態であるので、何も問題はなかった。
「誰だか知らねぇけど、道路の真ん中に立つなよ」
侠一郎は粉々になった女の方を一瞥もせずに吐き捨てるように言うと、再びバイクを加速させ、目的地に急ぐ。
ほどなくして、侠一郎は目的地のビルの前に辿り着いた。
外観はそれなりに大きなビルであるが、侠一郎の聞いたことのない会社のビルであった。
ここが、火澄を攫った男にとってどんな意味があるのか、侠一郎には想像できなかったが、想像する必要もなかった。
侠一郎のやるべきことは男の目的に思いをはせることではなく、火澄を助けることなのだから。
「なるほどねぇ、お兄さんが――」
ビルへ入ろうとする侠一郎の前に十歳くらいの少年が立っていた。
侠一郎は少年が口を開くと同時に一瞬で距離を詰め、言葉を発したと同時にその頭を掴み、言葉を終える前に掴んだ頭を石畳の床に叩きつけて、命の方を先に終わらせる。
「ガキと話す気分じゃねぇんだ」
俺もガキだけどな。と思いつつ、侠一郎は大きくひび割れた床と、その中心にある頭部が消し飛んだ死体に背を向け、ビルの中へと入っていった。
「王道としては屋上だが……」
深夜であるのに警備の人間もおらず、戸締りもしていないビルの中を歩きながら、侠一郎は独り言を呟きながら、上層に感じる気配に向かって進む。
途中、社員用に置いてあった自動販売機で飲み物を買う。
コーラが置いていなかったので、とりあえず炭酸飲料なら何でも良いかと思って買った飲み物を一気に飲み干し、気分と疲労を回復する。
燃費は悪いが、口に入るものなら何でも燃料に変えることはできる。
食べ物の方がトータルで見るとエネルギーへの変換量自体は良いが、飲み物の方が即効性が高いため、今のような状況では食べるより飲む方が良い。
気力を回復した侠一郎はビルの上階へ向かうためのルートを考える。とはいっても、それなりに階層がありそうなのでエレベーターの一択しかない。それ以外は面倒だし、少し疲れる。
ビルの中に人の気配はないが、問題なく動くエレベーターに侠一郎は乗り込み、上の階を目指す。
こういう場合、エレベーターに乗っていると何か起きるのが定番だが、その定番もなく、侠一郎が乗ったエレベーターは何の邪魔が入ることもなく、ビルの最上階に辿り着く。
この階より上は屋上しかなく、侠一郎が感じられる火澄の気配は更に上の方にある。となれば向かうべきは屋上である。そう結論を出し、侠一郎が動き出そうとした、その時――
「ひどいことをするなぁ」
ビルの入り口で聞こえた少年の声がして、侠一郎が声の方を確認すると、そこには侠一郎が仕留めたと思った少年が立っていた。
「はぁ……」
侠一郎はため息をつくと、再び一瞬で距離を詰め、今度は殴りつける。
たったの一発で、少年の体は殴られた衝撃により爆散し、ビルの通路に鮮血が飛び散る。
「無駄だよ」
またもや少年の声がするが侠一郎は無視して歩き出す。
歩き出した侠一郎の背後では飛び散った肉片が集まり、少年の体が再生を始めていた。
無論、それを把握していない侠一郎でもない。だが、相手をする必要性も感じていなかった。
「鬱陶しいんだけど?」
侠一郎はスマホを取り出し、アプリケーションを起動する。金銭で購入した魔法をスマホを介して使用可能になるアプリ。侠一郎はその中から千円で買った不死者殺しの魔法を発動する。
千円で買える程度の魔法であるから、大した性能はない。そもそも、死なない相手を倒すという目的で作られた不死者殺しの魔法自体が大概の場合、性能不足のせいで殆ど役に立たない。とはいえ、今の相手を始末するには十分。
発動した魔法は体を再生中の少年の上に超速乾性のコンクリートとなって降り注ぎ、再生中の体を覆い閉じ込めると同時に完全に乾いて固くなる。
侠一郎ならば、こういう状態になった時でも問題なく復活できるが、少年には無理なようで、侠一郎の耳に声が届くことは二度と無かった。




