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敗れる

 

 侠一郎の拳が火澄の両親の仇を打ちぬいた。


「悪い。なんか言ったか?」


 訊ねながらも侠一郎の攻撃は止まらない。

 顔面を打ち抜いた左拳を即座に引き戻し、抉り込むように男の脇腹に拳を叩き込む。そして続けざまに、左足のローキックを太腿に二度三度と連続して当てていく。

 それらの攻撃によって、男の態勢が僅かに揺らいだ所に侠一郎の狙いすました右のハイキックが男の頭に目掛けて放たれる。


「――片腕がなくとも問題ないとは驚いた――と、言おうとしたのだがな」


 だが、侠一郎の放った蹴りは空を切り、いつの間に移動したのか男は侠一郎の背後に立っていた。

 男は背中を向けている侠一郎に手を向け、指を弾き鳴らす。

 フィンガースナップというこの動作を能力発動時の動作にするものは多い。

 それゆえに侠一郎は、その動作が発する音に即座に反応する術を学んでおり、今この時も侠一郎は音に反応して咄嗟に横に跳んだ。


「なるほど、これは手強いな」


 男は躱した侠一郎の方に向けて、もう一度手を向けて指を鳴らす。

 だが、侠一郎はそれを軽く身を反らして躱す。その動きから男は侠一郎には自分の攻撃が見えていることを確信するのだった。


「手強い程度で済むかよ、へっぽこ野郎」


 侠一郎は男に向かって前進を始める。

 男の方は近づいてくる侠一郎に向かって指を鳴らして攻撃をするが、侠一郎はその都度、体と前進する歩みを揺らす。

 侠一郎の動きはそれだけだが、侠一郎は傷を負うこともなく平然と進み、男に近づく。


「タネも仕掛けも読み切ってんぜ」


 侠一郎は男が仕掛けた攻撃を容易く掻い潜ると、男へと悠然と近づき、その顎先を左拳のアッパーカットでかちあげる。


「空間操作だろ? アンタの能力は」


 自分の一撃を受けて、膝をつく相手を体勢的にも心理的にも見下しながら、侠一郎は言葉を続ける。


「俺の腕を斬り飛ばしたのも、消えて背後を取るのも空間を操ってやってるんだろ。似たような能力を持った奴らをぶちのめしてきたから何となく分かるぜ」


 もっとも一言で空間操作と言っても色々と種類があり、その分類や特徴などを侠一郎も詳しく理解しているわけではないが、一つだけはっきりと言えることがあった。


「アンタの能力って、俺とタイマンを張るには向いてねぇよ」


 侠一郎の見立てでは、男の能力は接近戦に対応しきれるだけのポテンシャルは無い。

 その理由には、発動対象を定める時に手を相手に向け、その上で目視し、指を鳴らすという発動動作の煩雑さがある。


 一見すると困難ではないように思えるが、ある程度以上の速さで動く相手にこの三つの条件を満たすのは難しい。

 手の向きが相手の動きに追い付かなければ、その時点で駄目。

 さらに動いている相手を目で捉えられなければ駄目。

 その上で先の二つの条件を満たした上で指を鳴らさなければいけない。


 指を鳴らす間に相手から向けた手や視線が外れたら発動不能なのだから、そのタネが割れていればいくらでも回避できる。その上、攻撃の軌道は手の向く方向へ直線的に進むのだから、さらに容易い。


「これは、なかなか……」


「余裕ぶっこくなよ、クソ野郎」


 膝をついた相手へ侠一郎は顔面を狙った前蹴りを放つ。だが、その攻撃は空を切った。

 男が空間転移を行ったのを即座に察した侠一郎は、足元の小石を男が現れるだろう場所へと蹴り飛ばした。

 かなりの勢いで飛んだ小石は直後に、何もない空間から突然姿を現した男の額に直撃し、男の額を割って血を流させる。


「臭いでバレバレだぜ」


 実際に男が臭うわけではない。

 だが、嗅覚とは別の部分が男の臭いを感じさせ、その居場所を侠一郎に気づかせた。

 その臭いとは男が喰った魂の臭いである。


「これは思った以上に厳しいな」


「厳しい? この状況の難易度が難しいハード超難しいベリーハード程度だと思ってんのかよ。俺に言わせりゃ、地獄ヘル不可能インポッシブルだぜ?」


 男は額から流れる血を拭い。

 余裕綽々といった様子の侠一郎を見る。

 傷の深さでは片腕を失っている侠一郎の方が上のはずだが、そんなハンデは物ともしないほどに強さに男は内心では舌を巻いていた。

 体術に関しては誰にも負けないというほどの自信は無いものの、それでも並みの相手には後れは取らないという自負があった男だが、侠一郎の前には手も足も出ない。

 何か特別な技術を使っているわけではないことは分かるが、それでも防げないというのはどういうことなのか、そのことが男には全く理解できなかった。

 ただ一つ、男に理解できるのはこのまま戦ったところで、目の前の少年に勝つことはできないということだけだ。


「確かに君の言うとおりだ。今の状況は私にとっては地獄であるし、解決は不可能なのかもしれない。だが、こうすればどうだろうか?」


 そう言って男は手を侠一郎から別の方向に向ける。


「えっ?」


 男の手が向いた方向は今の今まで、呆然と戦いの成り行きを見ていた火澄だった。

 戦闘能力的に戦いに割って入ることが難しかった火澄は、侠一郎に突き飛ばされた時から、その場に立ち尽くしていた。

 男の攻撃がどんなものか理解している侠一郎に対し、火澄の方は全く理解していない。

 当然、攻撃を避けられるはずもなく、直撃は確実だ。

 そのことを即座に理解した侠一郎は火澄の方へと走り出す。


「少しは逃げるくらいしてくれよ」


 これが二回目以降の死亡または完全に生き返っている状態ならば、侠一郎は放っておいた。

 しかし、そうではない以上、侠一郎は火澄を助けるしかなかった。

 一回目の死亡の上に完全に生き返っていない今の火澄が死ぬと、火澄という人間を構成する中心要素の魂核に傷が生じる可能性がある。

 魂核の傷は基本的には修復可能だが万が一のこともあり、その場合に限って火澄は二度と蘇らない。


 侠一郎は万が一の場合のリスクを考え、火澄を助けに向かう。

 それが男の策略の内だったとしても、その程度のことで歩みを止めたりはしない。


「君は随分と英雄的ヒロイックなんだな。そこの神名の娘とは大違いだ」


「そういうアンタは小悪党だな。小者くせぇやり口が見た目とは大違いだ」


 二人に対して、一瞬遅れて状況を理解した火澄が動き出す。

 とにかく足を止めている状態が危険だと判断したのか火澄が、その場から後ろに跳ぶ。だが――


「そこは私の攻撃範囲内だ」


 男は火澄に向けていた手の位置を僅かに修正し、再び火澄に照準を合わせる。

 そして同時に今まで使っていなかった左手を火澄に近づこうとする侠一郎へと向ける。

 片手で発動できるなら、両手で発動すれば二倍の威力または二倍の攻撃範囲かと思えるが、侠一郎は男が両手で構えているのをハッタリだと看破する。

 そもそも、対象を集中して目視しなければ発動しないのだから、両手を使っても二つの個所を同時に攻撃できるわけがない。

 目標を定めての集中が必要な以上、狙えるのは一点だ。


「くっ……」


 状況が分かった火澄が回避のために動き出そうとするのが侠一郎の目に映る。

 もっとも、そんな風に見えるのは侠一郎の思考回路の傾向から生じたものであり、合理的な判断をすればそうするだろうという侠一郎の早合点によるものだった。

 そして実際の所、火澄は逃げ出そうとはしていなかった。侠一郎の予想に反し、火澄は逃げるよりも侠一郎の方へと動き出す。


「馬鹿野郎、こっちに来んな!」


 火澄の動きを見て侠一郎は火澄が自分を守ろうとして行動を起こしているのだと理解し、その心意気は立派だと思った。

 しかし、現状において、それは悪手であり、その点は罵ってやりたかった。

 状況が分からずに立ち止まっているなら、侠一郎が火澄のもとに向かってを抱え上げるなりして、攻撃を回避すればいい。

 もし別の方向に逃げる場合でも、男の集中を乱せるので攻撃の命中精度は下がり、回避できる確率が上がる。

 しかし、火澄が自分の意思で向かってきて勝手な行動をされるのは良くない。

 何をされるか分からない状況では侠一郎も火澄の行動をカバーしきることは不可能だ。

 侠一郎と火澄が同じ位置にいると二人は同時に男の視界に入るわけで、二人を同時に狙うことも可能かもしれないということが更に状況を悪くしていた。


 どうする――?


 侠一郎は思考しようとするが、それよりも速く火澄は侠一郎の前に立っていた。

 こういう時だけ速いというのはどういうことかとも思うが、本質が正義の側に立つ人間というのは、何かを守る時の方が力を発揮するのだから仕方ないと、侠一郎は諦めて男の方に一瞬だけ視線を向け、狙いを判断しようとするが、その瞬間に男の指が鳴った。


「足手まといには困るな」


 そういう奴がいなきゃ戦う理由が少なくなるだろうがと、男の言葉に心の中で反論しつつ、侠一郎は火澄を蹴り飛ばす。

 多分だが、あの男に火澄を積極的に殺そうという意思は無いというのが侠一郎の判断だった。その証拠に絶対に殺さなければいけないなら、自分とは戦わずになりふり構わず火澄を殺しているはずだというのが侠一郎の考えであった。


 もっとも、火澄に当たる可能性があるのにも関わらず、攻撃を放ってきたことを考えれば、死んでも非常に困るということはなさそうだが、それでも急いで殺すということは無いだろうという希望的観測を侠一郎は抱き、火澄を男の攻撃から逃がした。


 とりあえず、生きてさえいれば何とかなる。

 ――そう、生きてさえいれば何とかなるのだ。例え、自分がこの場で死んだとしても。


「終わりだ」


 終わりを告げる男の言葉。

 それが意識を失う直前に侠一郎が聞いた最後の言葉であり、その言葉が侠一郎に届いたのと同時に侠一郎の首が宙を舞う。

 放たれた男の攻撃が侠一郎に首を切り裂き、その命を奪ったのだ。


「なんともあっけない幕切れだ」


 男は深く息を吐くと、火澄を見る。

 先程、少年が身を賭して守った存在は少年が蹴り飛ばした衝撃で意識を失い、地面に横たわっていた。

 今ここで殺すことは容易い。だが、それでは勿体ない。

 そんな判断のもとで男は横たわる火澄に近づくと、その体を抱え上げる。


「君が何をしたかったかは分からないが、全ては無駄だったな」


 男は自分が殺した少年に視線を向け、それだけ言い残すと火澄を抱え上げたまま、その場を立ち去る

 そうして、その場に残ったのは侠一郎の亡骸だけとなったのだった──



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