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火澄のラスボス

 自分を狙ってきた敵をいとも簡単に倒した侠一郎を見て火澄は呟く。


「強い……」


 侠一郎の戦いを近くで見ていた火澄はそんな感想を抱くしかできない。

 強いことは理解していたつもりだったが、まさかここまで圧倒的だとは思わなかったからだ。

 どういう理由かは分からないがいつの間にか自分を遥かに上回る力を得た相手を苦も無く倒せた以上、自分よりも侠一郎の方が強いと火澄は認めざるをえなかった。


「この程度で強いって言われても嬉しくもなんともないけどな」


 軽く息を吐いた侠一郎は、つい先ほど人を殺したというのに何事もなかったかのように火澄の漏らした言葉に反応する。


「俺より強い奴なんて、ここには幾らでもいるぜ」


 冗談でしょう?

 侠一郎の言葉を信じられない火澄はそんな言葉を口にしようとするが、その言葉は侠一郎のもとに届くことは無く、火澄は出かかった言葉と同時に息を呑んだ。

 その理由は――


「例えば私のようにか?」


 火澄の代わりに侠一郎の言葉に応える声がする。

 その声の主はいつの間にか現れたのか、侠一郎の背後に立っていた。

 侠一郎はゆっくりと声の方へ振り返る。

 そこにいたのは白いスーツを着こなした、いかにもな青年実業家といった風貌の美男子だった。


「まいったな。親玉か」


 侠一郎は確信は無いものの、なんとなくそう判断して口にする。

 そんな侠一郎に対して、現れた男は自身の髪を後ろへと撫で付けながら、わざとらしく驚いた表情を作って見せる。


「ほう、随分と察しが良いな」


「まぁ、あんたみたいな人は良く見てるからな」


「なるほど、やはり只者ではなかったか。流石は私の部下の四天王を二人も撃破しているだけはある」


 男の言葉に侠一郎は思わず吹き出しそうになる。

 今時、真面目くさった顔で四天王は無いだろうと笑ってやりたかったが、高校の先輩にも四天王やら何やらの称号をつけるのが大好きな人がいるが、同時にその人を思い出し、他人のセンスをとやかく言うのは無粋だと、笑いそうになる気持ちをこらえる。


「四天王? ああ、あの雑魚とそこの首なしの雑魚のことか」


 侠一郎は一応、相手のノリに合わせてやることにした。話に乗ってやらずに問答無用でぶち殺す奴もいるが、侠一郎はその辺りは気を遣う程度の分別はあった。


「どうやら、何も知らないようだな。何も知らずとも、それほどの強さを持っていることは興味深いが――」


 男は言葉を区切り、侠一郎の背後に目をやる。


「今は君の相手をしている時ではないか」


 そう言いながら、男は侠一郎から離れるように軽くステップを踏み、それを追うように侠一郎の横を一筋の影が駆け抜ける。


「遂に! 遂に見つけたぞ! 父様と母様の仇!」


 侠一郎の横を駆け抜けながら、激昂して男を追うのは神名火澄かみなかすみ

 その表情には殺意が漲り、素手である自身の現状など鑑みず、必殺の意志を露わにしていた。


「ああ、神名の娘か。なんという偶然だろう。我々を害する存在を探し、その住処を訪れてみれば、我々の仇敵と出くわすとはな。これは不幸か、それとも――」


「私にとっては幸運よ! 私から全てを奪った相手を殺せるのだから!」


 叫びながら火澄が殴りかかるのを見て侠一郎は思う。

 無理だ――と。


 俗な例えとして、ゲームで言うなら、火澄はまだゲームのメインシナリオの途中でありレベル上げもアイテムや装備も進行段階相応。

 対して仇の男の方はメインシナリオをクリアした後のやりこみ段階のアイテムや装備といった感じだ

 よっぽどのことがない限り、その戦力差は覆らないが、相手の様子から見て火澄によっぽどのことが起きることはないと侠一郎は確信する。


「君が来るのが遅かったのか。それとも私に挑むのが早すぎたのか。どちらにしても、最早、私に勝つ術はない」


 火澄の拳を容易く躱しながら男は言う。


「この街で私は更なる力を得た。今更、どのような手を尽くそうとも君では私は殺せんよ」


「黙れ! 勝てると言うのは、私の全力を受け切ってからにしろ!」


 さて、どうしたものかと侠一郎は成り行きを見守っている。

 もっとも、侠一郎のすることは決まっているのだが、それでも本人に遺恨がある以上は、可能な限り頑張らせてやるのが筋だと侠一郎は考えていた。


火巫奈かみなの名を継ぐ者が命じる――浄魔の火よ、奔れ!』


 火澄は距離を取り、詠唱を行う。

 すると、火澄の構えた掌から清らかな気配の火が生じて、仇の男へと襲い掛かる。


『界を結ぶ者が命じる――万象万界、その結びを解け』


 対する男の詠唱。

 その言葉と共に男は指を弾き鳴らし、その直後に火澄の放った火は切り裂かれて霧散し、それを見届ける前に侠一郎が動く。


「それは良くないな」


 呟きと共に侠一郎は火澄の前に立つ。

 火澄は術式を放った直後の僅かな硬直の最中にあり、足が止まっていた。

 そんな火澄を守るように侠一郎は立ちはだかり、右手を突き出し――


「痛ってぇ……」


 苦悶の声を漏らすと共に突き出していた右腕が宙を舞う。


「なんとまぁ」


「どうして」


 右腕を失った侠一郎の耳に二人の声が聞こえるが、それは別に重要なことではない。

 そもそも、この出来事自体が侠一郎にとっては取るに足らないことなのだが、それもまぁいい。

 とにかく、いま侠一郎が思うことは自分がひたすらにうっかりしていたということだけだった。


「後ろの荷物がいなければそんなことにはならなかっただろうに」


「そりゃあ、そうかもな」


 侠一郎は肘から先を失った右腕を軽く振る。傷口からの出血は既に止まりつつあった。


「とはいえ、弱い奴は守ってやらなきゃならんし、それ以上に神名さんは今死ぬと結構ヤバいからな。色々と考えると俺が体を張るのが最適解なんだよな」


 言いながら侠一郎は左腕を男に向ける。

 その動きの意図は言葉にしなくとも何となくわかり、男は侠一郎の意志を確認する。


「その状態で私と戦うつもりか?」


 男の言葉に真っ先に反応したのは侠一郎の後ろで今まで呆然としていた火澄だった。


「待って、駄目よ」


 そうは言われても困るというのが侠一郎の心の内である。

 自分が止めても、向こうは止まらないだろうし、そうなった時に火澄が戦うのだろうか?戦ったところで火澄が勝てる見込みはないのだから、戦わせるわけにもいかない。

 侠一郎の本音としては余計な口を挟むくらいなら、もう少し強くなってくれと言いたかった。


「あなたは関係ないのだから。私が戦う」


 それをさせないために俺が前に立ってやっているのだろうに、と侠一郎が言う暇もなく、火澄は侠一郎を押しのけて男へと向かっていこうとする。


「いや、どう考えても無理だから」


 自分を押しのけようとする火澄を逆に抑え、侠一郎は火澄を前へ出させないようにする。腕を失っていても侠一郎の方が遥かに腕力や体力で勝るのだから、火澄が侠一郎をどかすことができるはずもなかった。しかし、それでも火澄は侠一郎の代わりに戦おうと前へ出ようとする。


「痴話喧嘩を見物する趣味はないのだが」


 男が呆れたように言葉を発すると、それに反応した侠一郎は火澄を突き飛ばす。

 その直後、火澄がいた空間を何かが通り過ぎたのを侠一郎は感じ取った。


「ちょっと――」


 火澄が何かを言いかけるも、それを侠一郎は最後まで待つことなく、男に向かって突進する。右腕は肘から先が無いが、そんな負傷を感じさせない速度だった。


「なるほど、片腕がなくと――」


 男の言葉を侠一郎の左拳が遮る。

 瞬時に距離を詰めた侠一郎の左拳が男の顔面を捉えて、打ち抜いたのだった。


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