遠慮したい来客
「そんじゃあ、帰るか」
侠一郎は店を出るなり、外で待っていた火澄に対して言う。
火澄は侠一郎の言葉に渋々と頷いた。侠一郎に頼りたくはなかったものの、ホテルを引き払ってしまった以上、行く当てもないのだから仕方ないと自分を納得させる。
「その前に何かメシ食ってかね?」
火澄が素直な態度なので、侠一郎は好機と思い自分の要望を受け入れさせようと思ったのだが──
「これを見て、良くそんなことを言えるものね」
言われて火澄を見ると、火澄はホテルから持ってきた大荷物を引きずっていた。
「ご飯を食べるにしても、まずは荷物を置いてから。それと私はジャンクフードは食べないから」
正確には食べたことが無いから、二の足を踏んでいるだけなのだが、それを口にするのはなんとなく恥ずかしいことのような気がしたので、火澄は食べないと言った。
「マジか、まぁいいや。じゃあ、さっさと家に帰っかな」
侠一郎は肩を落として、自宅への道を歩き出し、その後ろを火澄が大荷物を引きずって追いかける。
そして数分後――特に何事もなく侠一郎の家に到着する。
「改めて見ると大きい家ね」
門の前に立った火澄が感心したように言う。
なんとなく中を歩いて外に出た時は気づかなかったが、外から見ればそのまま映画のセットにも使えそうな武家屋敷といった佇まいであることが良くわかった。
「それなりに歴史がある家だからな。このくらいは大きくなるって」
門をくぐると、母屋が見えるが、奥に別の大きな建物が見えた。
「あっちは道場な。門弟を取っていたことはないけど、自分の鍛錬の為に何百年か前の当主が建てたんだとよ」
しれっと歴史の重みを感じさせる言葉を言いながら、侠一郎は玄関に入り足を止める。
「随分とお金持ちみたいね。……どうかしたの?」
お金を持っているなら、お金に対してうるさく言わなくても良いだろうにという意味を込めた火澄の言葉だったが、侠一郎は反応することも無く、靴を脱いで家に上がるということすらせず玄関に立ち尽くしていた。
「お金持ちのせいか、よく空き巣が入るんだよ」
侠一郎が肩を竦めると同時に、突然家の奥から何かが飛来する。
「なにが――!?」
火澄が驚愕の声を上げると同時に飛来してきた何かが侠一郎に直撃し、侠一郎の体が玄関から弾き出される。
「誰だ!」
火澄は侠一郎を追って自分も玄関から飛び出すと声を上げる。
問いかけはしたものの、相手の素性は分かっている。
なぜなら侠一郎に直撃した物の正体は練気弾という、火澄の敵が使う技であるからだ。
「誰だとは随分な物言いだな、小娘」
声と共にゆっくりと玄関から外へと姿を現すのは2mを優に超す屈強な体躯の男だった。
「お前は――」
その男は火澄の知った顔であった。
黒桜市に来るまでに何度も戦い、そして決着がつけられなかった相手。火澄の敵である組織の幹部の男。
良く知っている相手だ。だが、違和感もある。最後に戦ってから半年も経っていないというのに男から感じる力は以前とは比べ物にならない。一体どうやって、そんな力を得たのか、火澄には想像もつかなかった。
「久しぶりだな、小娘。もっとも、それほど時は経っていないが」
「貴様、どうしてここが!」
「どうしてだと? 貴様が我々を追うように、我々も貴様を追っているのだぞ。むしろ隠れられると思える方がおかしいというものだ」
男は全身に力を漲らせ、火澄を見据える。
「見るが良い、この街に来て我々の力は増した。もはや貴様を警戒する必要もないほどに」
男から溢れる気配に火澄は自身も気づかぬうちに後ずさる。
無意識に力の差を理解したからだ。しかし、それでも火澄は退くことはしない。
「それがどうした。私は貴様らを根絶やしにするだけだ。貴様らがどれだけ強くなろうがそんなことは関係ない」
火澄は素手で構えを取る。火澄の用いる術は刀があってこそ最大の力を発揮するが、刀が無いからと言って泣き言を口にすることなど火澄は出来ない。出来るのは、ただ戦うことだけだ。
「刀も無しに我に挑むとは愚かとしか言いようがない。だが、その蛮勇に免じて一息に殺してやろう」
そう言って男は、振りかぶり巨大な拳を火澄に向かって振り下ろす。
力の差は歴然、一息に殺すと言ったのも決して大口を叩いたわけではなく、男の拳は一撃で火澄を殺すに充分な威力。だが――
この場にいるもう一人に対してはどうだろうか?
振り下ろされた拳は火澄に当たる軌道を描いていたはずだった。
だが、その拳は火澄に当たることなく砕け散り、鮮血を辺りにまき散らしていた。
何が起きたのか、それは火澄にも、自分の拳を砕かれた男にも分からない。
分かるのは、平然と火澄と男の間に立つ黒木侠一郎だけである。
「何者だ小僧。いや、何をした、小僧!」
肘から先を失った男は激痛に顔を歪め、膝を付いた。
その視線は自分の腕を砕いた相手に向かっている。確かに攻撃を加えたはずだが、それでも平然と立っていることが男には理解できなかった。
しかし、そんな男の困惑など知らないし興味ない侠一郎は何でもないことの様に言う。
「普通に立ち上がって、走って、アンタの前に立って、アンタの拳を殴り砕いた。それだけだし、それ以上の何かがあってもアンタと話をしてやる気はねぇよ」
そう言って侠一郎はゆっくりと男に近づく。
男の方は混乱の極致だった。
全力ではないにしても、並の人間なら即死、それなりに腕の立つ人間でもしばらくは動けない程度の力を込めた気弾を放ったはずだと、男は思い返す。
もっとも、それは男が今まで生きてきた世界の人間相手の常識であり、それが侠一郎という男の生きてきた世界とは違う世界の相手に必ずしも通じるという道理は無いのだが、男にはそんなことは知る由も無い。
そのためか、男は今の状況が純粋な実力差から来るものではなく、侠一郎が何らかのトリックを用いたことによるものだと判断する。
『小細工を使わせず、真正面から戦えば自分が負けるはずはない』
黒桜市に着いてから、何人もの人間の魂を喰らい、力を増したことが男の目を曇らせていた。
男はゆっくりと近づく侠一郎に対し、いきなり立ち上がり襲い掛かる。
右腕は失ったが左腕は無事であり、自分が無事な左腕を振るえば、目の前の小僧など容易く叩き潰せる。そう考えての行動だったが――
「笑えねぇくらいセンスがねぇよ」
そんな侠一郎の呟きが届くと同時に、侠一郎の拳が男の腹を貫いた。
男の左腕はまだ振り上げられてすらいない。
攻撃の意図を持って立ち上がった、その瞬間に侠一郎は男の反応速度を越えて攻撃を食らわせていたのだった。
「……な……ぜ……」
「なぜって? 何が聞きたいか知らねぇけど、アンタがクソみたいに雑魚だってことぐらいしか俺には言えることはねぇよ」
言いながら侠一郎は男の腹に貫いた拳を更に奥へと進め、男の内臓を突き破りながら、背骨を掴むと、それを簡単に握りつぶす。
すると、下半身の感覚がなくなったのか男は崩れ落ちるように膝をつく。
「絶望しろよ、ゴミ野郎。それが相応しい死に様だ」
侠一郎は吐き捨てるような言葉と共に、膝をついた男の頭に向かって狙いすました蹴りを叩き込む。
直撃を受けた男の頭が胴体から千切れて吹っ飛んでいき、男はその一撃で命を奪われたのだった。




