失くした物を探しに
「ぶっちゃけ、新しいのを買った方が良いと思うよ?」
侠一郎は火澄の刀を預けた質屋へ向かう道すがら提案する。
「俺は刀の専門家じゃないけど、あのレベルだったら黒桜市で武器を取り扱ってる店で四万か五万払えば買えると思うんだがな」
「あなたがどう思うかじゃなくて、私はあれが良いの。あれは両親の形見だから……」
なんだか面倒くさい話になりそうなので、侠一郎は話を変えたくなった。
正直なところ、両親がどうとか言う話は侠一郎はウンザリするほど聞いていた。
両親がいなかったり、両親が揃って海外にいるというパターンは高校一年が終わるまでのクラスメイトの半数以上がそうであり、聞き飽きるくらい色々な家族の事情を聞いていたので今更、火澄の話を聞きたいとも思わない。
「……ねぇ、私の話を聞いていた?」
どうやら考え事をしている内に火澄の話は終わっていたようだ。
面倒な話を聞かなくて済んだと思うのと、ここで感想を聞かれたら困ると思いつつ、侠一郎の火澄の問いに対する答えは――
「俺もお袋がいないから神名さんの気持ちは分かるよ。それと俺が神名さんに悪いことをしてしまったってのもさ」
とりあえず、これだけ言っておけばなんとかなるだろうと思って侠一郎が選択した言葉であったが――
「あら、私は何も話してないんだけど?」
火澄はしてやったりという顔で侠一郎に対して笑みを浮かべる。
「今まで散々言われっぱなしだったけれど、少しはやり返せた気がして爽快な気分」
侠一郎が何か考え事をしているような仕草を見せていたので、これをチャンスと思い、火澄は侠一郎に仕掛けたのだがこれが上手くハマった。
「勘弁しろよ。お袋の話をした俺が一方的に損じゃねぇか」
そう言いながらも、侠一郎は特に気にした様子もない。
口で言うほど深刻なことでもないからだ。
侠一郎にとって、母親は自分が産まれた時にいなくなった存在で実感がない遠い存在であるから、それを話のネタにしたところで何か思う所があるわけでもない。
「ここまで散々言われっぱなしだったんだから、これで帳消しくらいにはなるんじゃないかしら?」
火澄は気に入らない相手に一泡吹かせてやったことで口元に笑みを浮かべている。取るに足らないことではあったが、それでも満足感はあった。
「いやいや、俺は何もダメージを受けてねぇし、まだまだ俺の方が勝ってるぜ?」
侠一郎の実際の感情などは別として、火澄は侠一郎の言葉を負け惜しみだと判断し、鼻で笑って侠一郎の前を歩く。
「こういう下らない話ができるのは幸せね」
前を歩く少女の方から不意に聞こえてきた言葉。どこか虚しさを感じる響きであったが、それを侠一郎は届いていても聞き流す。
かけるべき言葉はいくらでもあるが、自分が言ったところで何にもならないことを侠一郎は理解している。それは今までに関わってきた者たちから学んだことだった。
火澄のように今まで戦い続けてきた人々を侠一郎は何人も知っている。
そして、そんな人々が不意に自分の人生の虚しさに気付き、平凡な生活に微かな憧れを抱く瞬間を何度も見てきた。そして、戦いを捨てて平凡な生活を手に入れ、その日々に失望する姿も。
侠一郎は火澄の人生に対して責任を持てないのだから、軽々しく戦いなどはやめて、普通に暮らせばいいとも言えない。
自分がかけた言葉で火澄が戦いをやめたとして、それによって火澄の人生が失敗したとしても侠一郎にはどうすることもできないからだ。
結果に責任を持てない言葉は軽々しく口にするべきではない。
それが侠一郎の学んだことだった。だから、火澄が戦いに飽き飽きしていたとしても侠一郎は何も言わない。
「私は普通の人生を歩んでいたら、もっと楽しく生きれていたんだろうか?」
「さぁな、普通の人生を歩むのも中々大変だからどうなんだろうな」
はぐらかすように気のない返事をしていた侠一郎は、足を止める。
その場所は侠一郎の家の近く、住宅街の片隅にある一軒の店だった。店先の看板には質屋を示すような「質」の字と、「金木堂」という店名が記されていた。
「ここに預けたんだけども、今も無事かは怪しいんだよな」
侠一郎が肩を竦めていると、侠一郎を無視して火澄が店の中へと入っていく。
少しは自分の様子も気にしてほしいと思いつつ、侠一郎も火澄の後を追って店の中へ入った。
「すみません。刀はありますか?」
火澄は店内を探すということも無く、真っ直ぐに店の奥へと向かう。
奥には艶やかな黒髪を持った妖艶な雰囲気の少女が座っており、火澄は少女に向かって躊躇いもなく話しかけた。
「ウチは只の店番なんで、そういうのは店主さんにおっしゃってくださいまし」
少女はチラリと火澄を見ると、そう言って火澄から視線を外し、手元の文庫本を開いてそちらに視線を移す。
「なんぞ御用がありましたら、またの機会に御越しくださいまし。そん時は出来ればウチがおらん時にお願いします」
客を客とも思わない態度に火澄は怒りを抱く。
何故にこんな対応をされなければならないのかという理不尽からくる怒りだった。
その怒りのせいか、ことを荒立てたくはなかったが、もしもの時の切り札として用意していた言葉を思わず発してしまう。
「この店で盗品を扱っていると聞いたんだけれど? そのことをしかるべき所に訴えてもいいのよ?」
火澄の刀は火澄の許可がなく侠一郎に持ち去られた者なのだから盗品と言っても差支えはない。
質屋などで盗品を売買しているとなると、それは問題になることであり、そんな噂を広められれば経営に影響も出るだろう。つまり、火澄は脅しをかけているというわけだ。
「お嬢さん、そういう物言いはいただけへんなぁ」
少女は開いた文庫本を閉じ、火澄の方に顔を向けると目を細める。
僅かな敵意を感じるが、可憐な見た目の少女から敵意を向けられた所で恐ろしくはない火澄は毅然とした態度で少女を見据えるが、そこに侠一郎が割って入る。
「落ち着けよ。神名さんも七尾先輩も興奮しすぎだって」
侠一郎は火澄よりも先輩と呼んだ少女の方を押しとどめるように声をかける。
すると、侠一郎の姿を確認するなり、少女は発していた敵意を消して柔らかな笑みを浮かべる。
「あらまぁ、黒木君が来てくれるなんて嬉しいわぁ。いつもはウチが店番してる時なんか顔を出してくれへんのに」
「アホかよ。アンタがバイトを始めたのは2,3日前からだろうに、どうやって会うんだっつーの」
少女と侠一郎は顔見知りなのか、遠慮のない口調で会話する。
「それで、今日は黒木君はどないな御用で? また新しい女を連れて、なんぞ楽しい遊びの最中のようやけど?」
「誤解を招く様な言い方はやめろよ。この子は神名火澄さん。困ってる所を助けてやってる最中だ。そんで神名さん、この女は俺と同じ学校の先輩で七尾陽子さん」
侠一郎が少女の名を明かすと、少女は優雅に一礼をする。
先輩と言っていたが、改めて観察すると、見た目は侠一郎よりも幾分か年下のようにも見えるものの纏う雰囲気はとても十代の少女には見えず、艶めかしい色気が漂っていた。
「ご紹介に与りました七尾陽子です。歳の方は内緒ですが、今は高校生をやっとります、以後よろしゅう」
先程まで感じさせていた敵意は霧散し、陽子は穏やかな笑みを浮かべて火澄を見ていた。この状況で挨拶を返さないほど火澄も無礼ではない。
「神名火澄です」
無礼でもないが、礼儀に通じているというわけでもない火澄は、それだけを告げて挨拶を終える。
すると、陽子はそんな火澄がおかしかったのかクスクスと口元を隠して笑うのだった。




