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1-7【調律師を訪ねて 4:~農業地帯~】


 朝、目が覚めると・・・・

 

「何故か、床で寝ていた・・・・」

『反省文はそれだけか?』


 俺がやや高圧的にモニカを責める。

 痛いのだ、主に背中と腰が・・・


「何があったの?」

『記録に残ってるお前の感情を要約すると、”わーいこのベッドやわらかいなー、でもやわらかすぎて寝にくいぞー? そうだ、床で寝てみよー、おおいいかんじだぞ、ロンが何か言ってるけどねむいなー、グー” ってところか?』


 俺が少々皮肉交じりに、モニカの当時の感情を要約する。


 流石、高級温泉地の宿だけあって安宿でもそれなりに高いのだが、中身は意外と値段相応だったのだ。

 なので部屋もそれなりに広く、調度品も高級感がある。

 そして当然のようにベッドはフカフカで、これがいけなかった。


 もともと人里に降りてくるまではカッチコチの氷や地面の上で寝ていた上、人里に降りてからも安宿の硬い寝床が主流だったのだ。

 そんな人間が突然、横になった瞬間、人の形にへこむくらい柔らかいベッドに横になったところで、最初は良いなと思っても全然寝れないのだ。

 そこまでは分かる。


 だがその後、俺の制止も聞かず、まっ平らな床にゴロンと滑り落ちてグーグー寝始めたのがいけなかった。

 そもそも氷や地面の上でだって少し窪んでいたりする様な、寝やすい形状の所を自然と選んで寝ているのだ。

 それをどこにも窪みなどない真っ平らな板の上で寝ればどうなるか、その答えがこの痛みだ。


「・・・・ロン怒ってる?」


 モニカが恐る恐るといった感じに聞いてきた。


『ちょっとな』


 


「あたたた・・・」


 腰をさすりながら、モニカが痛みに呻く。

 立っているときはそれ程でもなかったが、ロメオの背中で揺られるとその微細な振動が腰に直撃してきた。

 心配したのかロメオも首を曲げてこちらの様子を窺ってきた。

 だが鳴かないところを見るに実はそれほど心配はしていないのだろう。


『じゃあ、昨日の続きだ、どこまで読んだか覚えてるか?』

「37ページ、魔力の第一変質の概要の途中」


『よし、ちゃんと覚えてるな? 波長を長くすれば?』

「冷たくなる!」


 そんなわけで俺達は宿で朝食を取ったあと、ロメオの背中で再び魔法の勉強を始めたのだった。


 しばらくまだ明けきっていない朝の帳の中を、ロメオの足音とモニカの小さな声だけが音を発していた。

 昨日夜見たときは多くの人がどんちゃん騒ぎしていたが、朝はかなり静かだ。


 朝風呂目当てと思われる浴衣姿の人間とすれ違うが、その殆どは老人だった。

 その光景を見て俺は、平和だなぁという感想を持つ。

 人里から少し山に入ればすぐに凶暴な狼などの猛獣が襲ってくるというのに、防御が行き届いているのだろうか、皆の様子はすこぶる平穏だった。


 そのまま街道沿いに進んでいくと、すぐに建物の姿が見えなくなった。

 もともと地区の端の宿を取ったせいもあるがやはり街と比べると圧倒的に小さいのだろう。


 そのまま視界の両側を崖に挟まれる形で道は進んでいく。

 これは明らかに人工的に作られた切り通しだな、きっとこの先の農業地帯への道として整備されたのだろう。


 モニカがしばし本を読む手を止めて、その光景に見入っている。

 ここまで巨大に自然が人の手によって侵食されるところを初めて見たせいもあってか、モニカの中に畏怖に近い感情が巡っていた。


 それにしてもこんな巨大な崖があると、本当にこの先に開けた土地などあるのかと疑いたくなる。


 まあ地図によればそれも次の角を曲がれば見えてくるらしいが。

 そしてその地図通り角を曲がった途端、視界が急激に開けた。

 山に挟まれた谷といった印象だった道の先に、急に巨大な平地が現れたのだ。


『地図を見て分かってはいたが、さすがにこの落差には驚くな』


 見渡す限り平地が広がり、その平地いっぱいに農地も広がっている。

 それこそ山の際まで広がっているので、突然世界が変わったかのような印象だ。

 

「あれはゴーレム?」


 モニカが農地の中をゆっくりと進む巨大な機械たちの姿を捉える。


『ここからだとはっきりとは見えないが、たぶんそうだろうな、それにしても随分とカラフルだな』


 遠くに見える巨大な機械たちは、まるで自己主張するかのように色とりどりに染め上げられていた。


 農地の中に進んでいくと、ここが雪国であることを忘れそうになる。

 道に雪が積もったりしているものの、農地の中で栽培されている野菜には雪はかかっていない。

 そして周囲にある農地はどれもかなり巨大で、畑というよりもアメリカなどの巨大な農場を思い起こさせた。


 そして収穫したものを運ぶためか周囲の道の幅も非常に広いものになっていた。

 今、俺達の横には背の高い植物が生い茂っていて、平地なのにもかかわらず周囲の見通しはかなり悪い。 

 そして見通しが悪いせいで自分の位置がうまく掴めなくて、少し不安な感情がモニカから漂ってきた。


『大丈夫だって、俺がいるから迷うことはないよ』


 俺がそう言ってモニカを安心させる。

 だが、本に目を戻した後もなかなか不安な気持ちは取れなかった。

 それはおそらく、周囲にうごめく巨大ゴーレム機械達が発する振動が伝わってくるせいかも知れない。


 そんな時、最初の十字路にたどり着いた。

 そして十字路の一角に聞いていたとおり杭が刺さっている。


「14?」

『14だな、まあ、そもそも52番の杭だって52番目に打ってある物じゃないって地図で見てわかってはいたが、のっけから数字の意図が読めないな』


 少なくとも52がここから7つ先の十字路なので順番ではないのはたしかだ。

 だが進んでみるとその数字の配列は俺の予想以上に出鱈目だった。


 まず14・・・次に来たのが62で以降3、91、44、123、7と続く、

 法則性のような物は見られないので、ひょっとすると交差点ができた順番とかかもしれない。

 そしてついにお目当ての52と書かれた杭が目に入った。


『ようやくついたな・・・・』


 7つ先の交差点と書くと近いような気もするが、農場の一辺が恐ろしく長いのでかなりの時間を要してしまった。


「ながーい!」


 モニカが不満げに軽く叫ぶ。

 どうやら今朝方痛めた腰がまだ痛むようでロメオの背に長時間揺られたことで痛みが悪化したようだった。

 まあその苦痛と引き換えに、俺が教科書の内容から作った小テストに合格できるようになるくらいには理解が進んだ。

 もうそろそろ起動条件を満たすスキルが出てもおかしくないと思うのだが・・

 だが無情にも新たに起動したスキルはなかった・・・あれ?

 なぜか思考同調のレベルが2に上がってるぞ・・・

 ログを見ると今日の午前中に上がったことになっているので、ついさっき上がったはずだが、これまで全く使ってこなかったのに、なんで上がるんだ?


「どうしたのロン?」

『あ、いやなんでもない』


 見なかったことにしておこう・・・


 でも”あれ”から一度も使ったことがないので、明らかに使用以外の条件で上がったことになるよな。

 なんとなくだがもしかすると【思考同調】に最初からレベルが割り振られていた理由と関連があるかもしれない。



 52番の交差点を左に曲がると、少し先に巨大なゴーレム機械が止まっているところが見えた。

 足元ではその巨体と比較すると小人にしか見えない人間が、数人ゴーレム機械の足元に集まって何かをしていた。


「・・・・おぉ・・・」


 モニカが巨大ゴーレム機械の圧倒的な姿に感嘆の声を上げる。

 そしてその姿は近づくにつれて、どんどんと威圧感を増していた。

 

 背の高さはおよそ10mと少し、コルディアーノと比べるとほぼ同じか少し低いが、こいつは6足歩行の横に長い姿をしている。

 全体的な巨大さは比較にならないだろう。


 全体としては雪山の中で見かけた巨大アントラムと同じくらいの大きさだが、造形が複雑なせいかこっちのほうが巨大に見えた。


「おはようさん」


 よく日に焼けたおじさんが何か袋を手にしながらこちらに気さくに挨拶してきた。

 どうやら何かの袋詰の最中のようだ。

 ゴーレム機械の腹から伸びたチューブのようなものを使って、袋の中に何かを入れていた。

 見た感じ穀物だろうか?


 ゴーレム機械の様子はモニカが細部まで興味深そうに見てくれるおかげで、どういう構造かよくわかった。

 足は農地を傷つけないためだろうか、全体の大きさの割に非常に細く、まるで針で体を支えているようだった。

 

 だがその他の部品はそれほど複雑でない代わりに、かなり分厚く頑丈に作られている。

 おそらくメンテナンスコストを下げるためにそうしているのだろう。

 これならば制御用のゴーレムが無事である限り修理は容易だし、かなり頑丈なので内部の制御用ゴーレムが壊れる心配なさそうだ。

 それと色がカラフルな理由は威圧感を与えないためだろうということもなんとなく伝わってくる。

 このゴーレム機械はつや消しの赤に塗られており、近くで見ない限り大きさの割に威圧感は少ないような気がする。


 ちょっとクーディのボディを思い出す色合いだな。

 ただ真下から見上げる形になると、威圧感は凄いが・・・・






『よし、そこから左に曲がれるな』

「この先ってことは・・・・・あれ?」


 モニカの視線が畑の中にポツリと佇む小さな家の姿を捉えた。

 

『あれだな、地図でもちょうどあそこがゴールになっている』


 そこは昨見た地図のゴール地点とも一致していた。 

 そしてその家からちょうど誰かが出てきた。


『家から誰か出てきたな』

「あれがカミルさん?」

『いや、それにしちゃ若くみえるぞ、結構歳取った人って話だし、ひょっとすると昨日言ってた先客かもしれないぞ』

「ってことは、あの人が”エリート”?」

『だけど、あんまりエリートな奴には見えないな』


 どちらかといえばオタクっぽい、ただしむちゃくちゃ行動的なオタクだろうが。


 道を曲がると当然ながらその男の姿が真正面に見えた。

 どうやら向こうもこちらを見ているようだ。

 まあ、このひたすら農地ばっかりな景色の中で興味を引くようなものは他に無いし仕方ないか。


 段々と近づいてくるにつれ、その男の姿がはっきり見え始める。

 赤い髪の毛は本当に血をぶちまけたみたいに真っ赤で、その髪であまり目立たないが目がしっかりと緑色に光っている。

 そしてその緑はラウラのものよりもはっきりとした色を放っていた。

 その目の色合いは色の純度という意味ではモニカの目や、先日宿屋の食堂で見かけた青い少女に匹敵しそうなほどだった。


 それに服装もちょっと特殊だ。

 もともと知っている文化と違うので、今まで見かけた人間の服はそれぞれが結構特殊だったりするのだが、この男の格好はその中でもかなり特殊だと思う。

 全身によくわからない地味なアクセサリーみたいなのをたくさんつけている。

 遠目ではよくわからないが、近づくにつれそれらが発する謎の威圧感が気になった。

 そしてその中でも一層目立つのが胸元の金バッジ、書いてある内容からしてあれが”エリートバッジ”とやらなのだろう。

 見た目はあまり強そうじゃないけど、きっと本気出したら強いんだろうな。


 そしてすれ違いざまにお互いの姿をまじまじと見つめ、何事もなくそのまま通り過ぎる。


 俺は充分にその男から離れたことを確認するとモニカに男の感想を問うた。


『あいつが噂の”エリート”様か・・・どう思った?』

「・・・・・・普通?」


 モニカが率直に感想を述べる。


『ただ、モニカの普通って、足さばきとか重心移動とかが狩人レベルとしてどうかとかだろ? あの人どう見てもバリバリの魔法使いだから、それで普通ってすごくないか?』

「・・・・そうかな・・?」


『冒険者協会とか酒場で見かけた連中のことをそれで大したことないって判断してたじゃねーか、あいつら殆どが俺達よりキャリアが上の本職だぞ?』


「・・・・うーん、そう言われればそうなのかなー、わたしとそんなに変わらない気もするけどな―」

『おい、それ魔法知識込みで考えたらむちゃくちゃ、出来るやつじゃないか!?』


 モニカの普通の基準の高さに愕然とする。


「あとそれと、ちょっとかっこいい?」

『格好いい? あれが?』

「かっこよくない?」


 少なくともかっこよくはないと思うが・・・

 という言葉はなんとなく心の中に飲み込んだ。


「きゅるる!」


 俺がモニカの美的感覚に驚いていると、ロメオが俺達の会話を遮るように声を上げた。

 目の前にはいつの間にか目的地の家の姿が迫っていて、どうやら目的地についたらしい。


『まあ、あの人についてはもう良いだろう、別に用があるわけでもないし』

「そうだね・・・・よっと」


 軽く声を上げながらロメオの背中から飛び降り、手に持っていた本を閉じてロメオが背負っている荷物入れの中にしまう。


 そして黒く塗られた木で出来た家へと向き直った。

 遠くから見ると本当に小さな家に見えたものだが、こうして近くで見ると結構大きい。

 窓の配置からして2階建て、雪を避けるために切り立った高い屋根をしているため、家の真中部分は屋根裏部屋があるかもしれない。


 モニカが玄関口に残る雪を軽く足で掻き分けて、玄関ポーチの小階段を上る。


 そして扉の目の前で、動きが止まってしまった。


『どうした? 止まってるぞ?』

「・・・ねえロン・・・スキル調整って・・・」


『またそれか、仕方ないな』

「うわ!?」


 またいつぞやみたいに入口の前でどうしようかと、二の足を踏んでいるのを俺が無理やりフロウをいじって動かして、扉をノックした。


コンコン


「あ・・・」


 モニカの不安をよそに運命の扉はノックされてしまった。


『だいたい、前回でどんな事するかおおよそ分かってるはずだろ?』

「でも・・・結局何もしなかったでしょ? 痛いかもしれない・・」


ガチャッ!!


 ノックしてから思ったよりも早く扉が開かれた。

 中で動いた気配が殆どなかったので、1階に降りてきていたのか・・・・ってそういえばさっきすれ違った男がついさっきまで居たんだった。


 

 中から出てきたのは、目付きの悪い白髪の年老いた男性だった。

 聞いてはいたが、どことなく神経質そうな雰囲気があり、その空気にモニカの体が一気に強張る。

 ここ数日で人と接する事にだいぶ慣れたが、それでもこういう相手はまだまだ緊張するようだ。

 ちなみに俺も緊張している。


「あ・・・あの・・カミルさん・・・・ですか?」


 だがそれでもモニカは成長しているようで、ちゃんと挨拶の言葉を言い切った。


「・・・・」


 だがそのモニカの問いかけに、カミルと思われる老人は何も答えず、ただひたすらに、目を見開いてモニカの顔を見つめているだけだった。

 


夏は気温より湿度の方がダメージでかいですね

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