1-6【北の大都会 13:~次の行き先~】
「”軍位”くらいになると条約とかでうるさいからね、こんな北の街だと扱いに困って”もみ消そう”ってなっても不思議じゃない」
魔水晶につけた器具を慎重に外しながら、なんでもないようにそんなことを言うティモ。
あのぅ・・・
『それは本当なんでしょうか?』
「本当?」
モニカが顔に冷や汗を浮かべて聞くと、ティモが笑い声を上げた。
「あっははは!!! もちろん噂だよ、でも恐いんなら、別の人を紹介しようか」
そう言ってティモが棚から地図を取り出して机の上に広げる。
見ればそれはピスキア行政区全体を描いた地図のようだった。
それにしても、そんな恐い噂を教えないでほしい。
ティモからすれば冗談なのだろうが、俺達からすれば冗談では済まされない話なのだ。
「ここにカラ地区って有るのが見えるかい?」
「うん・・・」
「そのさらに東の・・・ここ」
ティモが地図の上に指差したのはどうやら農業地帯のど真ん中のようだった。
何々農場といった地名がそこかしこに書き込まれている。
「ここに、カミルさんっていう今は引退したスキル調律師が住んでてね、その人なら間違いなく診れると思うよ」
「大丈夫なの?」
モニカがそこに行って大丈夫なのかという意味と、そこでちゃんと診てもらえるのかという意味を込めて聞いた。
「ああ、以前何度かここで手に余った人を診てもらったことも有るし、実績のある人だからね、”ウルスラ計画”って知ってるかい? そこで副主任も務めたほどの人だから、それこそ本当に王位スキルだったとしてもちゃんと調整してくれると思うよ」
「へえ・・・」
ウルスラ計画っていうと、たしか、生まれた王女に発現した”王位スキル”を制御するために国中のスキル調律師がかき集められたんだっけか。
つまり正真正銘の国のお墨付きの付いた本物の”王位スキル”を最前線で扱った人間ということになる。
それが”俺”のような存在と、どの程度同じといえるのか分からないが、少なくとも今聞いた話だけでは診てもらう上でそのカミルさん以上の人材は近くにはいなさそうなのは間違いなさそうだ。
問題は・・・・
モニカがどうしようかと悩むような顔になると、それを見たティモが、
「大丈夫、大丈夫、もう隠居した人だし、秘密は守ってくれる人だよ」
そしてティモが顔をズイッと寄せてくる。
「ここだけの話、記録に残せない人なんかも診てもらったこともあるんだ・・・」
そう言ってにっこりと笑った。
この人は一体どこまでが本気なんだろうか?
ふと、俺の中にティモが俺の正体に気がついているのではないかという疑念がよぎった。
モニカもそう思ったようで、ティモの目をじっと見つめていた。
そしてそのティモはというと、モニカの視線など気にする様子もなく、どこからか別の紙を取り出して何かを書き込み、ついでに先程まで書き込んでいた紙と一緒に封筒に入れてこちらに差し出した。
「一応、僕の名前で紹介状書いたから持っていくといいよ、まあ、診てくれるかはカミルさんの気分次第だろうけど、場所はカラ地区の地区役場に行けばここで聞くよりも詳しく教えてもらえると思うよ」
「ありがとう・・・」
モニカがそう言って封筒を受け取った。
「いや、せっかく来てもらったのに何も出来なくて申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
ティモが肩をすくめながら軽く謝ってきた。
「そうでもないよ、魔水晶の緩み、直してくれた」
「あ、そうだ、もうちょっと丁寧に扱わないといけないよ、それだけは注意してね、でもそれ以外は何もできなかったから診察料はいらないよ、じゃあ今日はこれまで」
そしてこれで終了とばかりにティモがパンと軽く手を叩いてから出口を指し示した。
モニカも受け取った封筒をバッグに入れると椅子から立ち上がり、ティモに促されるように扉へと向かう。
だが去り際になってモニカがティモを振り返り軽く手を振った。
「さようなら」
「お大事に」
ガチャリ・・・バタン・・・
「はあぁぁ・・・・」
診察室を出たところの廊下でモニカが胸のうちに溜まっていた息を一気に吐き出した。
『しかし、見事にタライ回しにあってしまったな・・・』
「ここに行くの?」
モニカが封筒の入ったバッグを軽く揺する。
『ここまで来たらもう行くしか無いだろう、幸いにも俺達の脚なら2日もあれば行って帰ってこられる距離だし・・・』
「でも、王位スキルってバレたら・・・」
『たぶんあれはティモの冗談だ・・・・・けど、はっきりするまでは少なくとも警備隊の方に診てもらいに行くのは恐すぎるな』
流石に消されてしまってはかなわない。
『ただカミルさんの方も、信用できるかといわれれば、なんとも言えない部分が大きい』
「じゃあどうすればいいと思う?」
『どちらを取るにしてもリスクは覚悟しなければならないだろう、そして重要なのは俺達にスキル調整をしないという選択肢はないし、魔水晶の経年劣化に気づかなかったことから分かるように、俺達が思っているよりも早めに診てもらう必要があるかもしれないということだ』
「うーん、じゃあどうするの?」
『ティモの勧め通りカミルさんの方へ行こう、警備隊の方は紹介もないし、リスクはあるし、今は街にいないしで他に選択肢がない、それに最悪の場合でも個人が相手だったら逃げるのも楽だ』
「それじゃ、明日にでも行こうか」
『大丈夫か? 旅の疲れが出てないか?』
「大丈夫だよ、ロンに言われて宿に泊まるようになったおかげで何時でも絶好調!」
そう言ってモニカが腕を曲げて力こぶを作る。
だが俺はモニカの体調が少なくとも絶好調などではないことを知っていた。
『分かった、だがアルヴィン商会から帰ったら早めに寝ろよ』
「分かってるよ」
本当にわかってるのかな?
診察所を後にするモニカを眺めながら、俺は一抹の不安を感じていた。
※※※※※※※※※※※※※
モニカ達が去った後の診察室でティモが静かに書類に何かを書き込んでいた。
専門用語がズラリと並び、なんの物か分からない数字が所狭しと書き込まれたそれは、見る人が見れば、スキルの制御回路の図面であることが分かるだろう。
「どうです?」
「あの子に言った通り、ここじゃなんとも言えませんね、あまりにも複雑すぎる、この機構を見てくださいよ」
急にどこからか声を掛けられたにも関わらずそれを気にする様子もなく、ティモがその紙を眺めながら舌を巻いた。
そしてティモが横に向かって話しかけたのに、そこには誰の姿もない。
それどころか、どれだけ見回しても部屋の中にはティモ以外の姿は見えなかった。
「・・・これで精一杯ですかね・・・」
そして、しばらく図面の各部を精査するように眺めてから諦めたように手作りの図面を横に置いた。
「ありがとうございます、これであとはカミルさんの反応次第か・・・」
「司祭様の小間使いって、こんな事までするんですか?」
そう言いながらティモが設計の図の名前の欄に書かれている”モニカ・シリバ”という箇所を破り取る。
これで、この図面が誰のスキルのものかは分からなくなったはずだ。
そもそも未完成だし内容も内容なので、専門家が見てもティモの妄想の落書きにしか見えないだろう。
「ありがとうございます、ではこれはもらっておきますね」
謎の声がそう言ってどこからともなく棚の影から手だけが机の上に、ニュウっと伸び、その図面をつかむとまたも闇の中へと消えていく。
「しかし、そのスキル制御の複雑さ・・・噂に聞く”ウルスラ”そっくりだ・・・・あの子が王位スキルと何度か言ってましたが、まさか本当にそうじゃないでしょうね?」
ティモが目が鋭く闇を射抜いた。
「・・・っフフ、そんなわけないじゃないですか、クラスでいえば”将位”とか、その程度のものですよ」
ティモが睨みつける闇の中からそんな返答が返ってきた。
どうやらティモに対してはシラを切り通す気らしい。
まあ、それ以上追求することは出来ないが・・・
それにしても北部全体で数名、この国全体で見ても100人くらいしかいない将位スキルを、その程度とは・・・
「まあ、私も生活が有るのでそういう事にしておきますが、あまり人を巻き込まないでくださいね」
「それは難しいですね、私もあの子についてはまだ測りかねている部分が多すぎる」
「そもそも誰の作品なんですか? あの子は」
ティモが疲れたように目をこすりながら根本的な疑問をぶつけた。
ティモの知る限り、近年あれ程の巨大なスキルを纏めたという話は聞いたことが無い。
「ティモさんは何か感じませんでしたか? 誰かの纏め方に似ているとか」
「似ているも何も、全く初めて見る規模ですからね・・・・そもそも、何かを感じるとかそういう次元じゃないですよ」
ティモがお手上げだとばかりに両手を上げた。
これで少しは難しさが伝わってくれればいいが。
「そうですか、では何か分かったら”礼拝”の時にでも教えてください」
「でも、そちらが何か分かっても、私には教えてくれないんでしょ?」
ティモが皮肉気味に返すと、闇の向こうで返答に困っている気配がこちらに伝わってきた。
軽い冗談のつもりだったのだが、この分だとどうやら本当に教えてくれる事はなさそうだ。
「では、私はこれで・・・・」
その言葉を残し部屋の中から気配が消える。
どうやら返答に困ったのか、へそを曲げたのかそのまま帰ってしまったらしい。
「まだ、いませんよね?」
気配が無くなった程度では実際にいなくなったのか判断がつかないため、とりあえず闇に向かって声を掛けてみる。
だが返答はない。
大方、司祭の所に戻ったか・・・・もしかすると今頃小さな女の子の後ろを追いかけ回しているかもしれない。
「まったく・・・派閥争いに一般人を巻き込まないでほしいものだ」
誰もいなくなった事を確認してから、そんな言葉を吐き捨てた。
「そうそう、その派閥争いについて1つ忠告しておきます」
「!?」
もう居なくなったと気の抜けたところに突然声をかけられ、ティモが飛び上がりそうになるほど驚いてしまう。
どうやらまだ居なくなっていなかったようだ・・・
「趣味が悪いですよローマンさん」
驚かされたせめてもの仕返しとばかりに、秘密にしているであろう相手の名前を呼ぶが、相手も驚かしたことは自覚しているようで、別に気にしている様子はない。
「アオハ公爵の息の掛かった調査官が嗅ぎ回っているので、くれぐれも私との繋がりを察知されませんように」
どうやら本題は、本当にただの忠告のようだった。
「それは、気をつけておきますよ・・・・」
なのでそう返す他ない。
「それと、今回のことについてもくれぐれもご内密に・・・」
「そんなことはしませんよ、ただの女の子がやって来て何もせずに帰った、それ以上は知りません」
「結構、それでは今度こそお暇しますね」
再び影の向こうの気配が消えてなくなる。
ティモはまたも帰ったフリをされないかと暫くの間ずっと構えていたが、その後、影の主が戻ってくることはなかった。




