1-6【北の大都会 11:~14階~】
『さて、アルヴィン商会の予定は昼だがそれでまでどうする?』
「他にやることって? ゴーレム技術者探し以外に何かある?」
『スキル調律師を探す』
「それ、やらないといけない?」
モニカから心配の感情が感じられる。
『前にも言ったろ、絶対にどっかの段階で専門家に見てもらったほうが良いって』
「うーん、じゃあとりあえずその2つだね」
これでとりあえず今日の行動の目的は決まったな。
ただ目的ははっきりしても場所はわからないので、とりあえず宿屋の受付に鍵を渡す時に、ついでに聞いてみることにした。
「ゴーレム技術者・・・・とスキル調律師の居るところって知ってる?」
「なんだ、お前さんスキル持ちかい?」
受付の男がちょっと驚いた声を発した。
スキル持ちって、やはり珍しいのか?
「うん」
すると受付の男が少し顎を掻きながら、何かを思案する。
「ゴーレム技術者はしらねえが、スキルの調整とかなら冒険者協会の方でやってたはずだよ、受付で聞いてみな」
「分かった行ってみる」
「気をつけていきなよ!」
受付の声を背に、俺達は宿の外に飛び出した。
※※
『それじゃ、スキル調律師の方から行くか?』
「近くだしね」
この宿の利点としては、やはり冒険者協会のすぐ隣りにあることと、それに付随する施設が多いことだろう。
ちょっと、その辺をぶらつくだけならロメオを宿屋に預けたままでも問題ないし、ロメオも空気中の魔力濃度が濃いこの地区の宿屋においておけば餌に困らない。
とにかく冒険者協会に行くまでに必要な時間が2分もかからないのであっという間に着いてしまうのだが・・・・
着いてしまうのだが、モニカが協会の入口の前で二の足を踏んでいた。
入り口の控えめながらもしっかりとした装飾の扉をじっと見ながら動き出せないでいた。
『どうした、入んないのか?』
「うーん・・・・ねえロン、行かないと駄目?」
『言っただろ、最悪命にかかわることなんだ、知らないでは済まされないぞ』
「うーん、それは分かってるんだけど・・・・」
『どうしたんだ? お前らしくもない』
「ねえ・・・スキル調整って・・・・痛くない?」
モニカが少し恥ずかしそうにそんなことを言ったせいで、俺は思わず心の中で吹き出しそうになる。
『っぷ、なんだモニカ、そんなことが恐いのか!』
そしてそのまま俺は珍しく弱気なモニカの様子がおかしくて、モニカに聞こえない方の声で大声で笑い転げた。
「・・・うう・・笑わないでよ・・・恐いんだから・・・」
おや、俺の感情も微妙にモニカに漏れているんだったか、笑ったことを察知されたようだ。
『ああ、悪い悪い、だがそんなに恐いものなのか?』
「じゃあ、スキル調整って、具体的に何するの?」
少し拗ねたモニカが顔を膨らませながらそんなことを聞いてきた。
『そりゃあ・・・スキル調整っていうくらいだから・・・・その・・・・』
あれ? 具体的にどんなことをするのか思いつかないぞ・・・・
「じゃあ、切ったり刺したりとかするかもしれないよね?」
『それは流石にないと思うぞ・・・刺したりはあるかもしれんが・・・』
「え!?」
モニカの表情が驚愕に染まる。
『基本的に魔水晶を弄るだけだとは思うが・・・・そのために何か刺すのはありうるな・・・・』
俺の回答を聞いたモニカが完全に固まってしまった。
「まだ・・・行かなくてもいいよね・・・別に変な所ないし・・・・」
『いいや、ダメだ、ソニア婆さんも言ってただろう? ”それを判断するのはあんたじゃないよ”って』
「うーーーーーん、でもーーーー」
扉の前で、モニカが少し駄々をこねるように唸る。
『しかたない子だな・・・ほら、いくぞ!』
「うわぁっ!?」
俺がモニカの服の下に着せているフロウを直接動かして、一思いに入り口の中にモニカを放り込んだ。
「うう・・・」
中に入ると、視界には昨日も見た銀行のような冒険者協会の内装が広がっていたが、そこから受ける印象は昨日とは大違いのようで、モニカがその様子に身を縮こませる。
『痛くても我慢するしかないさ、何も出来ないけど、俺も一緒に我慢するしさ』
「・・・うん」
そのまま少しの間縮こまってはいたが、それでも中に入ってしまったことでどうやら覚悟を決めたらしく、少し硬い足取りながらも受付へと歩きはじめる。
すると俺達が近づいて来た事を確認した受付がこちらに向き直った。
「本日はどのような御用で?」
「ええっと・・・す、スキル調整に・・・来ました」
「おや、スキル調整に! ではその右手のが魔水晶ですね」
受付の目線がモニカの右手に一瞬向かう。
「では、こちらに名前を書いて、14階に行ってください」
そう言って受付のカウンターの棚から一枚の紙を取り出して、こちらへ差し出してきた。
「あちらに書くスペースがあるのでどうぞ、あ! 字は書けるかな?」
「は、はい、ありがとうございました・・・」
モニカが軽くお礼を言ってその紙を受取り、そのまま端の方の机へ向かう。
机にはペンとインク壺が備え付けられていた。
渡された紙の一番上の部分には、ここに名前を書けとばかりに一本線が引いてある。
その下は全て完全な空白で、おそらくは実際にスキル調整の際に調律師がメモ書きにでも使うのだろう。
それに名前を書くだけなので、他の用途にも使えるしな。
少し気になるのがこの線が手書きなのだが、ひょっとしてこの奥でひたすら線を引くだけの仕事が発生してたりするのか?
『ペンの使い方はわかるか?』
「ええと・・・このインク壺に、ペンを付けるんだよね・・・」
『俺もこういう種類のペンは使ったことはないからな・・・ところで書き方は分かるのか?』
「うん、父さんに教えてもらった」
『その時はどういうペンを使ってたんだ?』
「なんか、何も付けなくても色がついて、半日くらいで消えるやつ」
それはまた随分と便利なのか使いにくいのかわからないものをお持ちで・・・
『それで、そのペンはどうしたんだ?』
「たぶん、持ってきてるとは思うけど・・・・」
モニカが腰につけている鞄の中をゴソゴソと弄る。
「そう、これこれ・・・」
そう言って取り出したのはペンというよりかは消しゴムのような形の四角い物体だった。
『使えるのか?』
「しばらくは使えてたんだけどね、書けなくなっちゃった」
『それは残念だな』
「なんで?」
『いや、それは使えたら、それで書けば名前が残らなくて良いなと思ったんだけど』
「そううまくは、いかないと思うけどなぁ」
『やっぱりそうか』
まあ、他にも本人確認を行うことはあるだろうし、おそらく冒険者協会の登録証を求められる事になるだろう。
そうなれば、書類の名前を消したところで意味は無いか。
結局俺達は、備え付けのペンで ”モニカ・シリバ” と書き込んだ。
モニカと書けばいいのにわざわざシリバの名前まで付けるとは、モニカ自身は案外この名前が気に入っているのかもしれないな。
書いている時の感情も、満更でもない感じだったし。
そしてその名前が書かれた紙を片手に、俺達は上の階に行く手段を探す。
すると受付の人が協会の正面玄関の方を手で指し示してくれた。
見るとそこに階段らしきものがある。
モニカは受付の人に軽く頭を下げて、階段の方へトコトコと歩いていった。
『さて・・・』
「どうしたの?」
目の前には果てしなく続くと思われる螺旋階段・・・・
14階だっけ?
『いや、これを14階まで登るのかと思うと・・・・』
「・・・・?」
まあ、筋力強化の前では14階程度の階段など無いに等しいのだが、これ普通の人間には厳しすぎないか?
きっと14階の踊り場で軽く膝をつくモニカも似たようなことを考えたに違いない。
ちなみに膝をついているのは別に疲れたからではない。
「うう・・・目が回りそう・・・」
途中からめんどくさくなって、一気に走り抜ける形で駆け上がったためにこんな状態になっていたのだ。
高速でぐるぐると回る羽目になり、少々気持ち悪い・・・・
『・・・・にしても、やっぱりこれを登るのは面倒じゃないか? 重たいものとかもあるだろうし、こう魔力を使った・・・・』
何かエレベーター的なものはないのだろうか?
そんなことを考えながら、モニカの視界をよくよく観察してみると・・・・
『モニカ、ちょっと階段横の所に書いてある、その看板のところに行ってくれないか・・・』
「・・・え? これ?」
そこには謎の看板と、謎のドア、そのドアノブには謎の赤い魔力を帯びた宝石が嵌っていた。
そしてその看板には・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
”デソール” をお使いの方へ。
ドアノブの魔水晶に触れた後、ドアの上のランプが点灯してから中にお入りください。
※建物内の魔力で動いているので魔力は必要ありません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『なあ、モニカ、このドアノブの魔水晶に触ってみてくれないか?』
「うん」
モニカが一体なんだろうか? という感じで、ドアノブにそっと触れてみる。
すると、モニカが触った瞬間ドアノブの魔水晶が赤く光りだし、どこからともなく何かが動くような気配を感じた。
そしてその気配はやがて音になり、その音も段々と大きくなってくる。
どうやら、下から近づいているようだ。
その音がまさに目の前の扉の向こうで止まり、扉の上のランプが光る。
そして、モニカがそっとドアノブを回し扉を開けた。
扉の向こうは小さな空間になっていた。
『何階へお越しですか?』
「ひっ!?」
モニカがその空間に脚を一歩踏み入れると、どこからともなく女性の声が部屋の中に響き渡った。
この声には覚えがある。
ピスキアの行政区に入ったときに現れた、円盤型の巨大ゴーレムが発したのと同じ声だ。
それに相変わらず音量調整を間違ったみたいな大音量で、俺まで思わず心臓が止まるかと思ってしまった。
「え、えーと・・・・この階でいいです・・・・」
まるでイタズラをしたのがバレた子供のように、モニカがそう言って恐る恐る部屋から出る。
『では、またのご利用をお待ちしております』
モニカが完全に部屋から出ると、謎の声がそう言って扉がパタリと閉められた。
そして、また音を立てて下の方へと気配が移動していくのを感じる。
これはあれだな、もう”デソール”をそのままエレベータに変換しちゃってもいいかな。
「なんだったの?」
『おそらくあれで昇り降り出来るようになってるんだろう、便利なもんだな』
やはり、高層化には上下の移動手段の発達が欠かせないということだけは、はっきりとわかった。
あれなしでは高層階への移動はキツイだろう。
『たぶん、宿にもおんなじものが有ると思うぜ、帰ったら探してみよう』
「ええ・・・近づきたくないなぁ・・・・」
モニカは突然いないはずの人間に声を掛けられるということに苦手意識を持ってしまったようだ。
さて、そんなことをして時間を無駄にしてしまったが、本題を忘れたわけではない。
俺達は、スキル調律師の居る部屋を探して、14階を色々ぶらつき歩いていた。
あたりには、アルコールの臭いや、謎のお香を炊いたかのような不思議な香りが充満している。
どうやら14階は特殊な診療スペースの集合のようになっているらしく、特に魔力関連の健康問題に関しての施設が多いと感じた。
その中でも、魔力暴走系の診察室は皆一様に疲れたような顔をした母親が赤ん坊を抱えて列をなしていた。
よく見れば赤ん坊も何かに苦しむように苦悶の表情を浮かべている。
おそらくこの赤ん坊たちが”呪い子”なのだろう。
なるほど、呪い子は母親の悩みというのはこういうことか。
モニカも赤ん坊の頃、このような場所に並んで制御用の魔水晶を得たのだろうか?
こうして間近でその実態を見てみると、なんともいえない痛ましい感情が胸に湧いてくる。
本当はこんな所にいたくはないのだが、目的の場所がこの向こうに有るので仕方なく俺達はその中を俺達は進んでいくことになった。
『あれがそうかな?』
「すきる・・・ちょうせい・・・そうみたいだね」
廊下の突き当りの所に掲げられている看板をモニカが読み上げる。
どうやらここでスキル調整ができるらしい。
『さて、鬼が出るか蛇が出るか』
正直な話、今でもモニカのスキルを他人に知られて良いものかどうか迷っている。
おそらく高確率で俺の存在も知られるだろう。
そうなった時にどういう対応になるのか、予想がつかない。
願わくばそこまで大騒ぎにならなければ良いのだが・・・
まあ、今更そんなことを言っても仕方がない。
たとえ、どんな事になろうが放置するわけにはいかないのだ。
「・・・入るよ」
意を決したモニカが、その扉のノブを握りしめ、そのまま扉を開けた。
本格的に暑くなってきたせいで、冷房のある部屋から出たくなくなってきました・・・・




