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1-6【北の大都会 5:~本屋~】



 街の内部に入って先ず目につくのは、その人の多さだ。


 門をくぐってからわずか10分ほど歩いただけで、これまでモニカが生涯で見てきた人間の量よりも多い人間とすれ違った。


 そしてもう一つ目につくのは建物の大きさだ。

 

 村などでメインとなっていた木製の家の姿は、殆どどこにも見当たらず、石造りの家がどこまでも広がっていた。

 しかもその多くは2階建てだ。




「わあぁ・・・」


 その中の、なんでもないような建物を見ながらモニカが感嘆の声を上げる。

 

 見ればそれは三階建ての建物で、一階が店舗のようになっており、野菜や果物などがそこで売られていた。


『あれが、なんかすごいのか?』


 俺にはただのその辺の建物にしか見えないが。


「3つも重なってるよ!」


 ああ、なるほど、たしかに周囲の建物は2階建てが多く3階建てのこの建物はこの辺じゃ一回り大きいな。


『でも2階建てに驚いてからそんなに時間経ってないぞ、もし4階建てが出てきたらまた驚くのか?』

「4階建てがあるの!?」


 モニカが”マジで!?”って感じの表情をした。

 どうやら本当に彼女の中の常識が現在進行形で塗り替えられている真っ最中のようだ。

 だが彼女もよくよく思い返してほしいものだ。


 自分が住んでいた真っ黒な卵型のあの家・・・

 あっちのほうがこの三階建ての建物よりよっぽど大きいぞ。


 今後もこの調子で、少しずつ驚かれたんではいつまでたっても街の中心部に着かないし、こちらも付き合ってらない。


 仕方ない。


『モニカいったん進行方向を向け』

「うん? ほい」


 モニカが道に沿ってまっすぐに姿勢を正す。


『そのまま、顔だけ少し左を向け』

「うん」

『何が見える?』

「でっかい建物?」


 モニカの視線の先にはピスキア中心部にそびえる、大きな建物の姿が目に入ってきた。


 どれも石造りではあるが、高さが100mを超えており、一番高い教会の尖塔と思われる構造物に至っては200mは確実にある。

 あれを見ればそのへんの木っ端な建物など眼中になくなるだろう。


 という俺の期待は意外にも無反応なモニカによって裏切られる。


『あれは驚かないのか?』

「たぶん、近づけば驚くと思うよ?」

『・・・・・』


 なるほど、この距離では実感がわかぬということか・・・・



 結局4階建ての建物が初めて見えた時も、モニカはこれまでと変わらず感嘆の声を上げることになる。


 そして、その驚きは中心部に近づくにつれどんどんとその頻度を増していった。


 ちょっと広めのアーケードに出たときなんか、視線が右へ左へ、上へ下へと激しく動き回り、


「うわあ・・・うわあ!・・あれ見て!」


 ちょっとした見慣れない物を見つけては、そのたびに驚きの声を上げるようになっていたのだ。


 完全に都会に出てきた田舎者丸出しの行動だが、そんなことを思う俺もモニカの凄まじい勢いと感情の波に飲み込まれて、だんだん嬉しくなってきていて、今ではまともに答える余裕がなくなってきていた。


カアン、カラン、カラン・・・・


「アリド、カマラン経由、カラ行! 出発するよ!」


 何やらベルのようなものが鳴り響き、続いて男の声でバスか何かの出発のようなアナウンスが聞こえてきた。


 見ればアーケードの端の方に、文字通りバスのような大きさの馬車が止まっていた。

 駅馬車というやつか?


 どうやらベルの音はあれの出発の合図らしい。


 その馬車は、大きさが馬車というよりも完全なバスに近く、見た目にしても初期の路面電車を想起させる形をしている。

 窓から見える内部は木製の内装で、二人がけの椅子が左右に並ぶ”クロスシート”の座席配置だ。

 そこに様々な格好をした、多くの人たちが座っている。


 どうやら、本当に公共交通機関的な役割になっている感じだ。


 そして当然のように、モニカはその光景を食い入るように見つめている。


 馬車を引いているのはロメオの1.5倍はありそうな大きな馬・・・というよりは足の長い牛? が4頭。


 その馬たちが特になんの合図もないのに、ゆっくりと馬車を引き始めた。


カラン、カラン・・・・


 馬車がベルの音を鳴らしながら、アーケードの中を人をかき分けて進んでいく。


 周囲の通行人も馬車が近寄ると、まるでいつもそうしているという風に慣れた感じで、道の脇にさっと移動する。

 そしてしばらくアーケードを俺達のいる方に向かって徐行してきて、最後に俺達の目の前で角を曲がり、そのまま隣の道へと消えていった。


 隣の道はアーケードになっているこっちよりも道幅が広く、明らかに車道と歩道を区別していた。

 どうやらあちらがメインストリートのようだ。


 ◇


 ピスキアのメインストリートに出ると、交通量が目に見えて増えた。


 車道を馬車が猛スピードで走り抜け、歩道を沢山の人間が往来している。

 そのどちらも模様違いの石畳で舗装されており、気のせいか車道側の石畳は歩道側よりも緻密にカットされた石が敷かれていた。

 これならば馬車の振動を最小限にできるのだろう。


 そして俺達はロメオを引き連れているので、車道の端を歩く。

 右側通行らしいので右端だ。


 この世界でも牛や馬は軽車両扱いなのかは不明だが、この巨体で歩道側に突っ込む勇気はなかった。

 だがそのせいで、モニカがちらちらと歩道を気にしている。

 どうやら、自分だけ車道を歩いているのを歩道の人間から変な目で見られていないか心配のようだ。

 もっとも周りよく見れば、他にも同様に牛や馬を連れて車道側を歩いている人間が居るので、実はそれほど皆気にしていないのだが。


 興奮していた先程までと少し異なり、モニカが静かになっていた。



 だがそれもある店を見つけるまでだ。


「あ!? ねえロン!」


 突然、モニカが大きな声を上げる。

 

『んん? どうした?』


 見れば視線がある一点に集中している。

 それは、メインストリートにある店のショーウィンドウの中に鎮座する”物体”だ。


 手に持てるサイズの長方形、皮の板で紙の束を挟んだ構造、その片側だけを固定して開くことが出来るようになっている。

 世間一般でいうところの”本”がそこに置かれていた。


「本だよ! 本!」


 モニカがロメオをものすごい力で引っ張りながら、その店の前へ駆けていく。

 そしてその店の前にたどり着くと。


「うわぁあ・・・・」


 今日一番の感嘆の声が漏れた。

 その本をもっと近くで見ようと、背伸びして顔を窓に近づける。


 そこは本当に本の専門店のようだ。

 ショーウィンドウには内容は不明だが、3冊の大きな無地の本が誇らしげに展示されていた。

 さらに窓から店内を見てみれば、沢山の本が本棚に置かれているのが見える。 


 これまでどの村にも本を取り扱っている店はなく、というよりこの旅で新たに見かけた本はラウラにもらった教科書くらいなので、いざこうして本のお店を目の前にすると、ちょっと信じられないものを見た気分になる。


 そしてモニカが何の躊躇いもなく、本屋の扉を開け中へ入った。


「・・・・? ・・・いらっしゃい」


 店の端に椅子に座り込んで、本を読んでいる店主と思われる壮年の男性がやる気のなさそうな声で挨拶してきた。


 店の中には他に人の姿はなく、ただひたすら壁に本棚が並んでいるだけの空間が広がっていた。


「・・・ほー・・・」


 本棚には見たこともないジャンルの本もたくさん置かれている。

 分厚いの薄いの、赤いのや青いの・・・・

 だが基本的には背表紙は革製なんだな。


 なんとなーく、お高い雰囲気が漂っていた。


「・・・高そうだね・・・」

『ああそうだな』


 ここ数週間でようやく馴染んできたモニカの経済感覚でも、この店の商品が”高そう”ということは分かるようだ。

 そもそも本は地球でも昔は庶民には無縁の高級品だったと聞く。


 今まで出会ってきた人たちが本を持っていなかったことから分かるように、この世界では未だ一般人には馴染みの薄い文化であることは容易に想像できた。


「こ、この本って、いくらぐらいします?」


 モニカが試しに子供向けと思われる本を指差し、店主に値段を問う。


「うん? ああ・・・その辺の棚はだいたい300セリスくらいだよ」


 うわ、たか!?


 この本屋の中でも一番安っぽそうなのが並ぶ棚から選んだのに、10万円近くするだと!?

 その値段を聞いたモニカが額に冷や汗を浮かべながら、手に取りかけていた本からそっと手を離す。


 この薄っぺらいの一冊で現在の俺達の全財産に匹敵するとは、やはりこの世界の本はまだまだ庶民が買うものではなさそうだ。


「それにその本は、嬢ちゃんにはまだ早いよ・・・」

「・・・・?」


「それは大人向け(・・・・)の棚だ」


 どうやら別の意味で”薄い本”だったらしい。

 モニカはそれがどういう意味かは理解できなかったようだが、そこに居てはいけない空気は察したらしい。

 すこし恥ずかしそうにその棚を後にし、出口へと向かう。


 どうやら今は来るべきではなかったと判断したようだ。


 だが店の扉の前で、モニカの足が止まる。


 出入り口付近の本棚の一番上に視線が釘付けになっていた。


 そこには肩幅ほどの分厚さの巨大な本が置かれており、タイトルが書かれた金属のプレートがはめ込まれた鉄板の様な頑丈な表紙によってその形が保たれていた。

 

 そしてその本のタイトルは、


 ”マルクスの冒険”


 モニカが、それを読むことを自分の夢のように語った、まさにその本だった。



 こんなところにあったのか・・・


 モニカの表情を語るならば、そういう表現になるだろう。

 だが、どれだけ見つめてもそれに手を伸ばそうとはしない。



”5万セリスより応相談”

 本の横に置かれた紙にかかれている、そのあまりにも法外な値段の無言の圧力を前に、流石のモニカも触れることはできなかったのだ。 


 少しの間、名残惜しそうにその本を眺めた後、意を決したモニカは店を後にする。


 

 俺は暫くの間無言で街を歩くモニカに対して、どう声を掛けていいのかわからなかった。


『もう少し、見てないでよかったのか?』


 でてきたのはそんな言葉。


「うん、今はそれよりも重要な事がある」


 モニカの感情は思っていたよりもなんともないようだった。


「それに見てても、読めるわけじゃないし」


 どうやら、彼女としては今はそれで納得しているようだ。


『しかし、5万セリスは取り過ぎだよな・・・』


 俺の推定通貨換算表によると、もはやあれ一冊で高級車が買えるレベルの値段だ。


「わたしはそんなに高いと思わなかったよ?」

『ん? そうなのか?』


「もちろん今は全然足らないけれど、”グルド”を10匹も倒せば十分に買えるんでしょ?」

『・・・・・』


 モニカの目は”マジ”だった。

 本気であのクラスの魔獣を10匹倒す算段を始めているのが伝わってくる。

 

 それにしてもあの本の値段を見て魔獣を何匹狩ればいいかなんて・・・・

 俺はモニカのその謎の金銭感覚に苦笑いするしかなかった。



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