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1-6【北の大都会 3:~列の順番~】



「おや、おはようさん、昨日は眠れたかい?」


 宿屋のおじさんが、気さくに話しかけてきた。


「ふあぁ・・・ぁあ、あんまり・・・」


 眠い目をこすりながらモニカが答える。

 

「ありゃりゃ、そりゃ気の毒に・・・」


 ここはピスキアの手前、パルム地区の宿屋だ。

 そしてここがピスキアまでの旅において最後の中継点になる。

 街の姿はもう、遠くに見えるので今日中にたどり着けるのは間違いない。


「モニカちゃんは市内に行きたいんだっけ?」

「うん、とりあえずは」


 ちなみにこのおじさんがモニカの名前を知っているのは、宿の台帳にモニカの名前を書いたからだ。


「それじゃあ、急いだ方がいい」

「なんで?」


「北の方でちょっとした騒ぎがあってな、ピスキアの司祭が殺されかけたんで、市内に入るときに検問があるらしい」


 司祭が殺されかけたって・・、それってやっぱりミリエスでの一件だよなぁ・・・。

 こんな所にまで影響が出るとは。


「あの坂の向こうで、でっかい円盤に聞かれたあれは?」

「ああ、”門番ゴーレム”か、あれは行政区の審査であって、市の検問じゃない」


 なんという縦割り行政。

 どうやら市と行政区は別物らしい。

 

「じゃあ、もう出発した方がいいね」

「そういうことになるな、ほれ、これを持って行くといい」


 そう言っておじさんが謎の包を渡してくる。


「今日の朝食も代金に含んでるんでな、行きしなに食べるといい」

「ありがとう」

「なに、礼はいらない、そのかわり”帰り”に利用してくれ」


 どうやら俺達が行き掛けの人間だと察知して、プロモーションをかけてきたようだ。


「分かった、考えとく」


 そしてそれに対するモニカの答えは、理想的な肯定的保留。

 いわゆる、”行けたら行く”というやつだ。


 だがその答えにもおじさんは動じない。

 まあ、サービスの良い宿なのは間違いないだろうし。

 普通に考えたら帰りに宿の有力候補だろう。


 帰りがあればだが・・・


※※※※※※※



「ふぅうんん!・・・」


 ピスキアへ向かう道すがら、モニカが全力で伸びをする。


『随分と眠そうだな』


 昨日あまり眠れなかったというのもあるが、どうも様子がおかしい。

 ひょっとするとピスキアが見えてきた事で、気が抜けて旅の疲れが噴き出し始めているのかもな。

 なんてったって、もう一ヶ月半近く旅をしていることになる。

 

 ミリエスで数日滞在したが、色々あったのであれは休んだうちには入らないだろう。


 試しにモニカの各種パラメータを出発時のログと比較してみる。

 するとその結果は予想以上に惨憺たるものだった。


「気にしないで・・・そのうち目が覚めるから」

『それは分かってるが、モニカ・・・』


「ん、なに?」

『ピスキアでの用事が一段落したら、次にどう動くにしろ、一旦ピスキアで休息を取ろう』


「どうしたの急に? 大丈夫だよ」


『いや、モニカの体調を見ている立場から言わせてもらうと、出発時と比べて全ての数値がかなり悪いんだ』

「・・・そんなに?」

『いくつか例を挙げると、下半身の筋肉の疲労が平均して50%を超えている、それと背骨にも無視できないダメージが入っているな、だがそれよりも問題なのがいくつかの臓器が機能不全を起こし始めてることだ』


「つまり?」


『このままだと、じきにストレスでブッ倒れるし、倒れなくても成長に悪影響が出るだろう』


 どうやら、過度な筋力強化と身体強化に物を言わせて強行軍を行っていた皺寄せが、そこかしこに見られ始めているのだ。

 回復系のスキルの乱用も良くないと思われる。

 俺達が使えるのは、傷の治りを早めたり、疲労を素早く回復するためのものだ。


 だが、それで回復できない要素などが回復に取り残され、それが原因と思われる疲労が慢性的に発生しているのが確認できた。


 モニカの体を管理する者として、もうそろそろ今回の”旅”に一旦区切りをつけなくてはならない。

 それに、この旅の目的を考えると、おそらくすぐに家へ引き返す可能性は低いだろうし。


 モニカには言わないが、休養での回復量次第では、俺の判断でフロウでベッドに縛り付けてでも休養の延長を行う覚悟を決める。


「ふん、ふん、ふん・・・んん~・・、ようやく目が覚めてきたかな」


 そして、そんな俺の決定など知る由もないモニカは鼻歌交じりに呑気に腕を回しているのだった。



※※※※※※※※



 ピスキアの街に近づいていくにつれ、その全体像がはっきりと見えてきた。

 現在俺達が歩く道の左右に続く2つの山脈は街の手前で途切れており。

 それとは別の山脈が俺達から見て街の反対側に広がっている。


 そして地図によると、この3つの山脈と、ピスキアの目の前に広がる”デナル湖”という大きな湖が交差する場所を中心に街が広がっているようだ。


 だが街の大きさがかなりのもので、昼頃には街の端には辿り着けそうなのだが、俺達が用がある街の中心部につく頃には夕方になってしまいそうだった。


 これではいざピスキアでゴーレム技術者やスキル調律師を探そうとしても、街の内部を右往左往するだけで数日取られてしまう。

 願わくば、中心部ですぐに見つかりますように・・・



 いつの間にか谷間の平原といった先程までの雰囲気が消えうせ、もう既に街の外れの木っ端な集落が周囲にポツポツと見え始める、人の手が入った農地の景色に変わっていた。


 既に街の影響圏の中に入ったと見て間違いないだろう。


 その今までとは違った雰囲気の景色をモニカが興味深そうに見回していた。

 

 そして面白いことに周囲に広がる農地の中に時折、謎の機械の姿を見かけるのだ。

 ここから見ただけではハッキリとは言えないが、どうも農業用の機械のようである。


 それもかなり大きい。


 まるで家のようなサイズの物もある。

 あれもゴーレム機械なのだろうか?


 だとするなら、地球における蒸気機関や内燃機関のように産業革命のようなものを、この世界ではゴーレムが起こしていることになる。


 いや、ひょっとするなら今がまさにその産業革命の真っ最中なのかもしれない。


 これまでの旅で他の村にはまだこういった機械類は見られなかったし、ここ数十年で大きく世界を取り巻く状況が変わり始めていることを示唆する話をいくつも聞いた。


 ひょっとすると国の名前が変わったのも関連しているかもしれない。


 そんなわけで、まだ郊外であるにも拘らず初めて見る景色にモニカがそこかしこに目移りをしていた。


『モニカ、足元を見ろ』

「え? って、うわ!? ロン、ありがとう・・・・あぶなかったぁ」


 と、このように危うく目の前にある、異様に量のある糞の山に突っ込むほどだった。


 それにしても、農地の中には結構普通な感じに機械があるのに、道の状況は悪い。


 それも、これまでで最悪と言っても良かった。

 全体的にデコボコしていて、しかも窪みの底の方は泥のようにベッチャリとしている。


 おそらく通行量の問題だろう。


 先程から結構な頻度で馬車や旅人、果ては巡回中と思われる兵士の一団など、様々な者たちとすれ違っていた。

 

 ちなみにこの世界の馬車を引く馬は普通の馬ではない。

 品種が何なのかまでは分からないが、顔がロメオのようなパンテシアのみたいに、体の割に顔が小さくそれでいて鼻が発達しているのだ。


 おそらく魔力を餌にしているのだろう。


 だとするなら、あの巨大な糞の山を作った者の正体が気になる。

 パンテシアの亜種ではおそらく糞の量も少ない。


 更に道なりに進んでいくと、徐々にモニカの感情がネガティブな方向に振れだした。


『どうしたモニカ? なにか不満でもあるのか?』

「いない・・・」

『いないって何がだ?』


「昨日空飛んでた、でっかい竜」


 どうやら、本当に都会人は格好いいドラゴンを飼っていると思っていたようだ。

 そしてそうではないと知って、落胆したらしい。


『そりゃなぁ・・・』


 いくら都会人とはいえ、あんな巨大なドラゴンを飼おうと思えば、大概の家は食費で破産する。

 あわれ勝手なところで勝手な期待をかけられ、勝手に落胆された都会人よ。



 そして、そんなこんなで歩いていると、ちょうど昼前に視線の先に人の列が見えてきた。

 一体なんだろうか?


 どうやら、馬車や多くの荷物を担いだ者たちが列に並んでいるようだ。


 そして、列の先には小さな門と低い壁が見える。

 あの高さの壁ならば、モニカならジャンプすれば飛び越えられるのではないだろうか?


 まあロメオは無理だろうが。


 どうやらこれが噂の、”市”の検問らしい。

 行政区の”入国審査”が巨大ゴーレムを使った凄まじいものだったのに、こちらは兵士が一人ひとりアナログな手段で確認している。


 この落差は一体何なのだろうか?


 そして、その市内に入る列の最後尾で、兵士の一人が案内をしていた。


「街に入りたい方は、右の列に並んでください!、通行証、住民票をお持ちの方は左へ!」


 部分的にプレートを使った鎧を身に纏う兵士は、その出で立ちとは裏腹に随分と腰の低い態度で列を振り分けている。


「はい、そこのお嬢ちゃん、市内に用かい?」

「は、はい」


 その兵士に突然話しかけられ、モニカが若干緊張する。

 ミリエスの祭りで少しましになったが、それでもまだまだ知らない人が大勢いる場所では緊張するようだ。


「行政区の住民かい? それとも通行証持ってる?」

「も、持っていません」


「じゃあ、右の列に並んで! はい、次の人!」


 そしてその兵士の指示どうり、右側に沢山人が並んでいる列の最後尾にトコトコと歩いていく。


 それにしてもかなりの人数だ。

 みんな、ピスキア市内に用があるのだろうか?

 よく見れば、少し先に”2時間待ち”の立て看板。


 ここで注意しなければならないのが、この2時間を額面どおり”2時間”と受け取ってはいけない。


 ラウラから貰った教科書に乗っていたのだが、この世界でも最近ではきっちりとした基準に則った”時間”が設定されているようなのだ。

 そしてその基準は何かというと、なんと魔法陣の回転だ。


 実はこの世界の魔方陣は太陽の動きに正確に連動しているらしく、自分で回転速度を設定しない限り、半日で10周・・つまり1日で20周する。


 これを時計にしようということらしい。


 魔法がある世界ならではなのだろうが、とにかく魔法陣一回転で1”時間”となる。

 特徴としては”分”も”秒”も存在しない。

 その代わり小数点以下の”時間”を使っているようだ。

 30分は0.5時間、といった具合だ。


 つまりここでいう2時間とは、この世界の一日の長さの差も勘案すると2時間半程度となるのだ。

 まあ、あんまり変わらないのだが、慣れるまでは一瞬戸惑いそうだな。

 

 ただ気になるのが、魔法陣が出せる人間は恐ろしく正確な時計を持てる反面、一般人はまだまだ無縁の単位だろう。

使用頻度は圧倒的に少ないのでそこまで問題はないが。


 

 俺がそんなことを考えていると突然、後ろから男が割り込んできた。


「え? ちょっと!」

「あああん!!?」


 モニカの指摘に男が顔しかめて凄む。

 どうやら小娘と侮って割り込んだようだ。


「・・・あっ・・・」


 そして実際に、モニカはその男に威圧されてしまう。

 こんな弱そうな男よりも、家の周囲にいた普通サイズのサイカリウスのほうがよっぽど怖いだろうに不思議だ。

 どうも、モニカは知らない人が相手だとビビるきらいがある。

 特にこの列は、長時間待たされているので皆しかめっ面で空気が悪い。

 必然的に耐性のないモニカはさらに萎縮してしまっていた。


 魔獣は全然平気なのになぁ・・・


 きっと草葉の陰で巨大サイカリウス達やグルドが、世の不条理に涙を零していることだろう。


 そして、そんな様子を見た男は、それが当然とばかりにその場に居座る。


 ただ、モニカは不思議なことに物凄く恐がっているが、俺自身は別になんとも思わない。

 この男の行く末が大体予想できるからだ。


「おい、そのこのあんた! 列の割り込みは禁止だ!」


 すぐに、列を振り分けていた兵士が男を注意しにやって来た。

 そりゃそうだ眼の前で割り込んだんだもん。


「ああん! 俺がいつ割り込んだって言うんだ!?」 

「俺も見ていたぞ、たしかにこの男がそこの嬢ちゃんのところに割り込んだ!」


 俺達の前に並んでいた商人のような男がさらに証言を追加する。


 そして、被害者の俺達そっちのけで、割り込んだ、割り込んでないの怒鳴り合いが始まった。

 だが、どうにも割り込んだ男の分が悪い。

 どうやら結構な数の人間が見ていたようで、あっという間に追い詰められてしまったのだ。


「お前、列を乱しやがって!! 何考えてんだこの盗人め!!」

「ふざけんじゃねえぞ、この割り込み魔!!」


 どうやら、ガラの悪いところで列に割り込むと、こんなことになるらしい。

 俺達も以後気をつけなければ。


 そして、それでもゴネる割り込み魔に、いよいよ大トリのお出ましだ。


「おい、兄ちゃん、順番守れよ・・・」


 突然、(・・)から静かに声が掛けられた。

「ひっ!?」

 

 その威容(・・・)に割り込み魔が軽く悲鳴を上げる。

 あと、ついでとばかりにウチのモニカもそれに釣られて小さく悲鳴を上げた。


 その男は結構前の方に並んでいる傭兵のような連中の一人だ。

 傭兵連中は総じて皆筋肉の固まりのような姿をしているが、その中でもこの男は際立って普通ではない。

 なんと身長が3m近くあるのだ。

 まるで巨人である。


「兵隊さん、こいつ摘み出していいですか?」


 そして軽いノリで割り込み魔に向かって指を指す。


「あ、ああ・・・」

「ちょ!?、おい!、はなせ!!」


 さすがの兵士もこの身長に驚いたようで、割り込み魔が軽く抱えられるのを黙って見守るしかできなかった。


 そして抱え上げられた割り込み魔はそのまま、道なりに少し進んだところでポイと捨てられ、


「一番後ろに並んでろ!」


 の一喝に、その場で固まってしまった。


 そして放り投げた大男はそのまま悠然と列の元いた場所へと戻り始める。

 その姿のなんと凛々しいことか。


『俺はああいう、ビッグな男になりたいね』

「・・・・・」

『もちろん身長のことじゃないぞ、心根の事だ』


 そしてさらに凛々しいことに、モニカの横を通過するときにさり気なく


「お嬢ちゃん、気をつけな」


 と一言だけ残していく。


 突然のことの連続で、何もできないまま事態を見送ることしかできなかったモニカは、大男が列に戻ったあとになってようやく騒ぎが終息したことに気づいたのか、口を開いた。


「あ、ありゃが・・・と・・・ました」


 そして緊張していたモニカはその言葉を思いっきり噛んでしまったのだった。




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