1-5【辺境のお祭り 5:~聖王の行進~】
さて、もう間もなく俺達の出番がやって来る。
その雰囲気を感じ取ったのか、モニカがそわそわし始めた。
『大丈夫か?』
「うーん、なんかゴワゴワする・・・」
『なんだそっちか』
「なんかこの服へん・・・」
どうやらほぼ初めて着る完全に布でできた服の感触に違和感があるらしい。
まあこれは祭りの衣装なんで普通の服とも違うが。
どうやらその微妙にチクチクする感触が気に入らないようだ。
『仕方ない、服の下にフロウでも流し込むか』
「お願い・・」
モニカが近くにあった自分の荷物の山からフロウをつかみ取り、すかさず俺がそれを服の下に薄くまとう。
衣装と肌の間にフロウの層が出来上がった。
さながらフロウ製の全身タイツといったところか?
意識して表面を加工したので意外にも通気性はそれなりである。
「ふう、おさまったロンありがとう」
『ついでに、これなら襲われても平気だな』
「サイクの噛みつきにも耐えられそうだね」
『ただ、俺はなかなかに大変だ』
フロウ製の全身タイツなどと言ってはいるが、もちろんサイカリウスの牙をも防ぐフロウが柔らかいはずもなく、俺がわざわざモニカの動きに合わせて違和感のないように変形させているのだ。
これが結構大変で全身の現在の形を素早く反映させなければいいけないので、地味ながら忙しい。
まあFMISは優秀なのですぐに慣れてきて意識の外側に押しやられるのだろうが・・・
というか明らかに処理層が仕事持っていってるよな・・・
こういう単純な作業は何度かやっていると、こうして下のレベルが俺にお伺いを立てずに勝手にやり始めるのだ。
俺は意思決定だけやっていろということらしい。
『優秀な部下を持ったもんだな・・・』
「どうしたの急に?」
※※※※※※※※
着替えを済ませた俺達は村の広場の一つの横にある建物にやって来ていた。
いよいよ次のパレードが始まるようだ。
出演者たちが並び始め、その間を女性軍団が最後のチェックをして回っている。
目の前には広場に続く大きな扉があり、その隙間から広場に集まる人達が今か今かと、俺達の登場を待ちわびる姿が見えた。
俺達は他の出演者ともども有無を言わさずに聖王役のすぐ後ろに並ばせられ、女性陣の一人に衣装の結び目まで厳しくチェックが入る。
途中、見慣れぬフロウ製の全身タイツを不審がられたが、色が黒かったこともあってか見逃された。
他の演者を見てみると、色が違うだけで衣装は基本的には同じ構成だ。
おそらく聖王の衣装に準じているのだと思われる。
皆何やら裾に特殊な文字の書かれたフード付きのローブを身にまとっている。
だが演者の構成は本当にバラエティー豊かで、完全なお年寄りからモニカのような子供まで様々だ。
ただ最低年齢は流石にモニカのようだ。
他は緑の従者役の女の子が若いが、それでもモニカよりもだいぶ背が高い。
最高年齢は白の従者役の老人。
こうしてみると纏っている雰囲気から、それなりに地位にある人間であることがわかる。
おそらくこの村か周囲の村の有力者だろう。
今まで黒の従者役をやっていたのがこの村の村長だったことからして、ひょっとすると本物の魔方陣を作れる演者が確保できなかった役にはこうして村の有力者を充てがうのかもしれない。
だが村長の態度を見る限り、それは既得権益というよりかは役者を用意できなかった責任を取るためのように感じる。
実際白の従者役の老人が村長に向ける羨ましそうな眼差しにもそれは現れていた。
「大丈夫ですか? 緊張していませんか?」
不意に俺達に声がかけられる。
見れば、聖王役の老人が俺たちに話しかけてきたようだった。
聖王役の老人は、白の従者役の人と違ってかなり余裕があるようだ。
まあ別に魔法陣を展開する必要が無いわけだしな。
だがそれとは別になんとなく浮世離れした雰囲気がある。
ひょっとすると宗教関係者か何かかな?
その立ち振る舞いも王様というよりかは、牧師といったほうが近いかもしれない。
「だ、大丈夫です・・・」
モニカがそう答えてはみるが、緊張は隠せていない。
むしろ周囲の緊張が伝わってきて、若干震えだしてきたくらいだ。
「はは、緊張するなといっても無理な相談ですよね、実際私も緊張で吐きそうだ」
老人はそういっておどけてみせる。
だがその姿はとても緊張しているようには見えない。
「・・・本当に緊張してるの?」
モニカが怪訝な顔をして尋ね返す。
「ええ、もちろん人々の感情を浴びるというのは何度経験しても慣れるものではありません、たとえそれが良い感情であっても」
「なんで?」
「その重みを知ってるからですよ、私はこれでも普段はピスキアの教会で司祭をやっています」
どうやらこの老人は本当に司祭だったようだ。
「ピスキア? 本当に?」
モニカがその単語に反応する。
「ええ、といっても町外れにある小さな教会の所属ですけどね」
「ピスキアってどんなところなの?」
「どんなところ・・・うーん、まあそれなりの都会ですね、それ以外はやっぱり温泉ですかね」
「温泉?」
「ええ、暖かいお湯が地面から湧き出してきているんです」
「地面から!?」
「ええ、そのお湯に浸かるととても体が温まって、心も安らかになる、素晴らしい神の恵みですよ、一度いってみるといい」
「うん、このお祭りが終わったらピスキアに行く!」
「おや? 緊張は取れたようですね、良かった」
「あ!」
どうやらこの司祭と話すことで緊張がほぐれたようだ。
やはり司祭というものは普段からこういう事には慣れているのだろうか?
それともこの人が人の緊張を取ることが得意なのか?
そういえば、先程から随分と柔らかい気分に包まれているな・・・・
いや、これは違う。
『モニカ、その人、相当に魔力が強いぞ』
「え?」
「どうしました?」
俺の話した内容にモニカが驚いて、聖王役の司祭がさらにそれに反応する。
「・・・魔力が強いって?」
俺だけに聞こえる声でモニカが問う。
『このじいさんから魔力が飛び出してきて、俺達を覆っているんだ、緊張が取れたのはそれのせいだと思う』
俺がそう言うとモニカがハッとしたように司祭を見つめる。
「あら分かりましたか、さすがにそれだけ魔力が多いと敏感ですね、これも司祭を長年やってて染み付いた技能です、害はないので安心してください」
俺は少し慎重に漂っている魔力を分析してみる。
なるほど、たしかに害はないようだ。
『おそらく周囲の緊張した空気を、穏やかな性質の魔力で遮断しているだけだと思う、本当に厚意でやってくれているようだ』
「ありがとうございます」
俺の分析を聞いたモニカも、司祭に悪意がないと判断したようで、その厚意に素直に感謝を述べた。
「なに、お礼をいわれるようなことではないですよ、むしろお礼を言いたいのはこちらなのです、何しろ白と黒はやってくれる人が少ない代わりに、とても重要度が高いですからね」
「そうなの?」
「ええそうですよ、おや、時間のようです」
司祭が視線を前の方に向ける。
そこには進行役の女性がしきりに周りの様子を窺いながら、矢継ぎ早にそこらに指示を飛ばしていた。
いよいよ聖王の行進が始まるようだ。
目の前の扉の向こうから広場の熱気が伝わってくる。
「最終準備お願いします!」
その掛け声と同時に、白の従者役の人が頭に魔法陣のレプリカを取り付け、他の従者役たちが魔法陣の展開する。
『いくぞモニカ』
「シルクルム!」
モニカが呪文を唱えると目の前に真っ黒な魔法陣が展開される。
あとはそれを魔力溜まりを動かす要領で頭の上まで持っていった。
「すごいね君!」
横から声がかかる。
声をかけてきたのは緑の従者役の少し年上の女の子。
「わたしも、一応”ルミオラ”に通ってるけど、そこまで魔力操作をスムーズにできる人は初めて見た、ひょっとして君”アクリラ”の生徒?」
堰を切ったようにその女の子が質問を連続させる。
”本物”の緑の従者役を務められるだけあって、魔法陣はちゃんと緑色、髪の色は白だが目に緑が入っていて、そちらの傾向が出たようだ。
「いや・・・どこの生徒でもない・・・」
「うそ、そんなに魔力もあって魔力制御がうまいのに!?」
周りをよく見てみれば、魔法陣を頭の上に動かすのに結構苦労しているようだ。
赤の従者なんて最初から動かす気がない。
「人のいないところにいたから・・・・そういうの知らなくて・・・」
ちょっと恥ずかし気にモニカがそう答える。
「じゃあ、これからどっか受けるの?」
その女の子が何気なくそう聞いてきた。
その問いにモニカが固まる。
「みなさん!!行進はじめます!!!」
突然、進行役の女性の声が部屋の中に響き渡る。
「あ、いけない・・・またあとでね」
そう言って緑の従者役の女の子が列に戻る。
そして再び部屋の中に緊張感が戻ってきた。
扉の向こうの群衆の声が嫌に大きく聞こえる。
「では、行ってください!」
掛け声とともに扉が開け放たれる。
その瞬間、ものすごい歓声が俺たちを包み込んだ。
少しの間その声の波を浴びたあと、先頭に立つ白の従者役の老人が歩きだした。
続いて聖王役と他の従者役がその後を追う。
殿に位置する俺達黒の従者役は最後に出発する。
だがモニカの足が震えて動かない。
パラメータを見ると極度に緊張していることが分かった。
これはいけない。
『さあ、行くぞ』
俺ができるだけ静かな口調でモニカに声をかける。
「・・・・うん」
するとモニカが静かにうなずき、なんとか足を前に出す。
かなり危なっかしい足取りだが一度動けば問題はないだろう。
それに俺が全身を覆っているフロウの動きに介入し、モニカの体の動きを補正する。
自然な範囲に収めているので、モニカは自分で動いていると錯覚しているだろう。
「・・・・ありがとう、これでちゃんと歩ける」
と、思ったがどうやらモニカにはバレていたらしい、そりゃ着ているものが勝手に動きを補正してきたらわかるか。
『とりあえず前だけ向いて歩こう、それだけの役だ』
「うん」
なんとか遅れずに広場に出ると、俺達を囲むように大量の人だかりが目に入ってくる。
いや、結構小さな村の祭りなのでそんなに人数はいないはずなのだが、こうしてその群衆に注目される立場になってみると、ものすごい量に見えてくるから不思議だ。
正直なところやっぱり失敗したかな。
俺がこんなに緊張しているのだから、モニカの緊張はこの比ではないだろう。
だが、俺の心配をよそに、体の緊張は急速に緩まっていく。
『モニカ、大丈夫なのか?』
「・・・うーん、ちょっと慣れた?」
モニカ恐ろしい子、あれだけ緊張していたのにもう既にこの環境に順応してしまったのか!?
たぶん緊張が一周してどうでも良くなったんだと思うが。
だが、そのおかげで周りを見回す余裕が出てきた。
ここは先程俺達が眺めた村の中央の広場ではなく少し南に位置する広場だ。
若干小振りながら、それでも人口密度は先程の広場と変わらないだろう。
どうやら結構な割合で同じ人が見に来ているようだ。
「聖王さまああ!!」
「従者様がああ!!」
「おい見ろよ、今回の黒の従者は本物だぞ!?」
「本当だ!ちっちゃいけど本物だ!」
「ちっちゃいじゅうしゃさまああ!!」
少し余裕が出てきたおかげか、周囲の声が聞えるようになってきた。
そして想像以上に俺たちに関する声が多い。
やはり数年ぶりに黒の従者役が本物の魔法陣を掲げるというのは大きな出来事らしかった。
だからといって何かするわけでもなく、ただひたすらに歩いているだけなので、どんどん残りの距離はなくなっていく。
今回の行進コースの目標である広場の向かいにある建物が見えてきた。
あそこに入れば今回は終了だ。
こうしてみると呆気ない行進だな。
聖王一行がゴールの建物に近づくと門のような扉が開き、祭りのスタッフの姿が目に入ってきた。
ああ、もう終わるのか・・・
出る時はあれだけ緊張したのに、もう名残惜しくなっているから不思議だ。
「もう終わるんだ・・・」
どうやらモニカも同じことを考えていたようだ。
次々に出演者が扉をくぐり建物の中へ入っていく。
最後にモニカが建物の中に入ると、それを合図に扉が閉められた。
モニカが後ろを振り向くと、広場の喧騒が扉の間から僅かの間だけ見えた。
「ふう・・・」
その瞬間全身から力が抜ける。
フロウで支えなければその場にへたり込みそうなレベルだ。
周りを見ればモニカほどではないが、皆同じように緊張が解けてしゃがみこんだりしていた。
こうして俺達が参加した最初の聖王の行進はあっという間に終わった。
これが後4日続くのか・・・・・・




