1-5【辺境のお祭り 2:~ミリエスの村~】
ピスキアに続く道に入ってから3日ほど経った頃、視界の端に大きな村の姿が見えてきた。
「あれがミリエス?」
『ああ、この地図が合っているならな』
モニカが地図と町の姿を交互に見比べる。
この地図によるとあそこに見えるミリエスは、この道の中で地図上に描いてある最北の人里だ。
ではこれまでのこの道は何だったんだという話だが、まあ道といっても他よりちょっと凹んでいるだけの適当なものなので、あまり使われることはないのだろう。
あくまで、ここより北に住んでいる人のためということだ。
この村も川沿いに存在するのだが、シリバ村の傍に流れていた川とは別の川なのであの川を辿ったところでここには着かない。
あと、川沿いということで川魚が名物と書いてある書籍があるな。
「さかな?」
『水の中を泳いでいる生き物だ、それが名物とはちょっと楽しみだな』
「今日はこれ食べなくてもよさそうだね」
モニカがそう言って懐から干し肉を取り出し口に放り込むと、口の中に干し肉の独特の味が広がった。
モニカはこの味が気に入らないとしょっちゅう愚痴をこぼす。
『そう言う割には結構頻繁に食ってるじゃないか』
「他に食べるものないから」
実はここに来るまで狩りに成功したのは一度だけ、草原の中で雪に隠れていたウサギのような生き物を仕留めただけだ。
今は食料に余裕もあるし、目的地までの距離もはっきりしているので特に手持ちの消費を気にする必要がないため先を急いだ結果だが、その代償としてあまり美味ではない保存食を食べ続ける羽目になった。
最初の日に何げなく味見したときなんて酷かった。
塩漬けの食料があんなに辛いとは思いもしなかったのだ。
そうそう、それを溶かす水の確保も大変になってきた。
極寒の世界ではその辺の氷を適当に砕いてあっためれば水が確保できたのだが、この辺だと雪に覆われているのだがどうにも汚い気がする。
少なくともモニカが納得する品質の雪は減ってきているのだ。
シリバ村でもらった物品の中に水のタンクがあるので、あの村で補給しておきたいな。
「魚ってどんな味?」
『うーん、川魚だからな・・・・肉とはだいぶ毛色が違うと思う』
「でも魚のお肉なんだよね?」
『まあ、こればっかりは食べてみないとわからないだろうな』
「それは楽しみ、これも使ってみたいし」
モニカが懐から銀色のコインを取り出した。
少々歪んだ銀色の半円に様々な模様と”1セリス”という文字が打ち出されている。
その繊細な金属加工に魅入られたようで、最初これを見つけたときモニカは半日近くずっとこのコインを眺めていた。
これはシリバの村の人がこっそりモニカに持たせた62セリスの内の一枚だ。
今度シリバ村によることがあれば、お礼をせねばならない。
100セリスもあれば1週間宿に泊まれるということで、価値としては1セリスで数百円といったところかな?
ちなみに補助通貨と思われる銅貨も混じっているのだが、こちらは10とだけ書かれたコインがいっぱいあるだけだ。
足すと全部で170になるがこれが1.7セリスなのかはまだはっきりとはしない。
まあ使ってみればはっきりするだろう。
幸いすぐに使うだろうし。
本当に小さかったシリバと異なり、ミリエスの村は川沿いに数kmにわたって集落が点在するそれなりに大きな村だ。
それだけにシリバよりも遥かに活気があるようだ。
いや、少々活気が多すぎるな。
まるで祭囃子の様な音楽がトコトコと小気味のいい音を立てて響いてきた。
『これはひょっとしたら祭りをやってるかもしれないな』
「お祭り!?本当に!?」
『おや、祭りは知ってるのか』
「知ってるよ、お祭りはとっても楽しいんだよね!」
『本で見たのか?』
「うん、たくさんの魔法師がたくさんの魔力の光を空に流すフルム祭り、魔獣をみんなで追いかけるサリスの魔追い祭り、最後の一人になるまで殴り合うダッケルトの大祭、どれもみんなすごく楽しそうなの!ここのはどんなのだろう?」
『まあ、村の規模からいってモニカが挙げたような大きな祭りではないと思うが、それはそれで味があると思うよ、それに』
「それに?」
『祭りにはその文化の根本が現れるんだ、例え今とは違う文化でも考え方の根底にあるものが見えたりする』
「それが楽しいの?」
『それも楽しみの一つといった感じかな』
「じゃあ、わたしもそれを楽しみにしてみる」
村の北側のハズレから村の中に入るとやはり祭りの期間中のようで、村の中が妙にソワソワとしていた。
皆どこかへ興奮気味というか、大きな荷馬を引き連れた少女という、なかなかに違和感を感じるはずの組み合わせに対しても興味を示そうとはしない。
それに村の端ということもあるのだろうが、このあたりは家の数に対して妙に静かだ。
遠くに聞こえる祭囃子がより一層その静けさを際立たせているようで、まるで村の皆が祭りに吸い上げられているかのようだ。
この周辺にいる数少ない人間も早く祭りに行きたくてウズウズしている有様が手に取るようにわかる。
『この分だとこの辺の店は、全部祭りの方に行ってるだろうな』
「店ってああいう建物のこと?」
『そうだ』
モニカが指差した先には、玄関が妙に広い造りの建物がいくつか建っていた。
普通の家と違って看板のようなものもあり、あからさまに商売の匂いがする。
それにご丁寧にも”本日閉店中”と書かれているので、店であることに疑いの余地はない。
『大方、祭りの中心部に出店でも構えているのだろう、もう少し先に行ってみようぜ』
「そうだね、ロメオ行くよ」
「きゅる?」
家の前に生えていた草を食んでいたロメオが何事かと顔を上げる。
意外とこいつ草も食べるんだよな、テオいわく草ばっかり食いだしたら体調が悪いらしいが大丈夫なのかな。
『遅れずについて来いよ』
「きゅる!」
俺の指示通りロメオが駆け寄ってきて、モニカの体の周りに鼻をくっつける。
ああ、大丈夫だ魔力もちゃんと食ってる。
「なんかわたし、餌箱かなんかだと思われてない?」
モニカは今更そんなことに気づいたようだ。
※※※※※※※※※※
予想通り村の中心部の活気はなかなかのものがあった。
色とりどりの天幕が立ち並び、テンポの良い太鼓と笛の音楽の中を、カラフルに着飾った人々が沢山往来している。
当たり前だが俺もモニカも記憶の中では最大の人混みだ。
当然、
「嬢ちゃんお面どうだ!!」
「!?」
「その髪の色ならこの布が似合うぞ」
「!?」
「占いやってけ!!恋占い!!」
「!?」
と人混みに耐性のないモニカは、屋台の呼びかけに対して一々ビックリしていた。
それにしてもすごい人だな。
明らかにこの村だけの人ではないだろう。
周囲の村や街からやってきているのかな?
地図上ではまだピスキアまでは5日程かかるが、その周辺の村々までは意外と近い。
おそらく祭りということで多少遠出してきている人も多いのだろう。
さて祭りの中心部に近づくと広場のようなところに出た。
どうやらここが皆の目当てのようだ。
広場の中心部は空間が確保されており、屈強な男たちが、人避けのロープを張ってそれ以上内側に人が入ってこないようにしている。
「なんだろうね?」
『何か催しでもやるのかな』
すると突然、人混みの向こう側から大きな歓声が上がった。
すぐにその歓声は俺達のいるところまで伝播し、その音量に思わず耳を塞ぐ。
「なに?」
モニカがびっくりしているが、よくわからない。
ロメオを引き連れた俺達は広場の中心部まで行けず、必然的に背の低いモニカは人混みに埋もれて広場の様子がよく見えないのだ。
「おい、嬢ちゃん!それじゃ見えねえだろう、おっちゃんに任せな!」
「わっ!?」
突然、知らないおっちゃんに脇を捕まれそのまま肩車されてしまった。
見ればおっちゃんの顔はちょっと赤くなっており、酒が入っていることは一目瞭然だ。
「そっからならよく見えんだろー」
「・・・う、うん」
この状況についていけないモニカはおっちゃんの言葉にただ返事するしかできなかった。
「いいよいいよ、礼はいらねえ!」
「・・・・・」
別に礼は言ってないのだが・・・
「きゅるる?」
ロメオが大丈夫かと聞くかのように顔を近づけてくる。
モニカが返答するようにその頭を撫でた。
それより確かにここなら広場の様子がよく見えた。
広場の向こう側に建物から、きれいなローブを身に纏った集団が歩いてきたのだ。
「お、見とけよ聖王様とそのおつきの従者だ」
それを見たおっちゃんがモニカに解説を始めた。
ええっと、なになに聖王とはホーロン王国の最初の王様らしい。
手持ちの資料にはそんなことが書いてあった。
マグヌスに吸収されたあとでもこういった形でホーロンの息吹は残っているようだ。
「聖王様の従者は全属性がいたんだとさ、だからああして全色の格好した従者が並ぶのがしきたりなのさ」
「全属性?」
「おうよ、それぞれの格好の色がその従者が持ってる魔力の色さ」
なるほど、確かに従者の人たちの服装は全員別々の色で、基本的にはその一色で纏められている。
あの色がその従者の魔力の色ということか。
なお魔力の色とはその個人が持ってる魔力の傾向だ。
自分の傾向と同じ色の特色が強い魔法ほど使いやすく、違う色の魔法は最悪どれだけ魔力があろうと使うことができない事もある。
ちなみにモニカの魔力傾向は高確率で黒だ。
だってこんなにも目が黒いんだ。
魔力の影響は瞳や髪や爪などに出やすいとされ、一般的にその人が持っている魔力傾向が色として出るらしい。
モニカは髪と爪の色的に多少黄色の傾向も持っているかもしれないが、おそらく圧倒的に黒が強いと思う。
それはモニカが作る魔力溜まりが真っ黒なことからも窺える。
仮に赤の精霊なんかが同じことをすれば、きっと真っ赤な魔力溜まりができるだろう。
話を広場に戻して、色とりどりのローブを着た一団は、白のローブを着た者を先頭にして虹色の裾を持ったローブを纏う者を中央に取り囲む形で隊列を組んでいる。
聖王様役は歳を取ってはいるがその割にしっかりとした男性が務めている。だが従者役は老若男女を問わないようで、杖を使って歩く老婆もいれば、明らかにモニカよりも幼い少年も混じっている。
「中央にいるのが聖王様で手に持っているのが聖剣だ」
「聖剣!?本当に!?」
「ははは、この祭りで持っているのは金ピカに塗った普通の剣だけどな」
そして聖王を取り囲む者たちの頭上には、同じ形で色違いの魔法陣が浮かんでいた。
ただ、本物の魔法陣は赤、青、黄、緑だけで、白、黒は魔法陣の形をしたオブジェを頭に乗せているだけだった。
「白と黒はなんで本物じゃないの?」
「ん?ああ白と黒の属性は数が少ねえんだよ、この祭りじゃ何年もあの状態だ」
なる程どうやらモニカの属性は結構珍しいようだ。
そのまま俺達はおっちゃんの肩の上で、その一団が広場を横断するのを見送った。
次回は主人公たちが本格的にお祭りに参加することになります。




