1-5【辺境のお祭り 1:~ロメオ~】
「これだよね」
モニカが地図を見ながらそうつぶやく。
『これだと思うんだけどな』
俺が頭の中の地図を見ながらそうつぶやく。
『でもなぁ、道が見当たらないんだよなぁ』
俺達は今、川原にある大きな岩の前でその岩が目的のものかどうかを話し合っていた。
たしかに地図に描かれている大岩と眼の前にあるこの岩の形は非常によく似ているのだが、同時にどこにでもある岩だともいえた。
そして肝心要の道がどこにも見当たらないのだ。
シリバ村を出発した俺達は一路川沿いに歩みを進めていた。
村の人に聞いたところどうやら川沿いに大きな岩があるらしく、そこを起点としてピスキアまでの道が出ているらしい。
その道自体は新しくもらった地図にも俺のログにある地図にも載っているのだが、実はそのどちらにもシリバ村の記載はない。
というか最初にリコと出会ったときに、リコが近辺として挙げた村の名前の中で地図に載っているのがマシャだけなのはどういうことなのか?
どうやらこの辺りは俺たちが思ってた以上の僻地のようだな。
ちなみにそのマシャだが今回の途中経路には存在しないので通ることはないだろう。
残念だ。
テオいわく美人が多い村とのことなので、本当に残念だ。
で本題に戻ると、この岩が目的の岩なのか本当にはっきりしなかった。
こうなればやることは一つ。
『モニカ!』
「ん?」
『飛ぼう』
俺の提案を聞いたモニカがニコリと笑う。
「きゅる?」
すぐ後ろで暇そうに草を食ってた荷馬代わりのロメオがその図体に似合わない声を上げた。
そういやこいつがいたな。
モニカが近くにあった大きめの木にロメオの手綱をしっかりと結びつける。
これならどこかへ行ってしまう心配はないだろう。
なにせこれから俺たちがすることはとてもうるさいのだ。
「すうぅ・・・」
大きく息を吸い込み呼吸を整えるモニカ。
『気合入ってるな』
「数日ぶりだからね」
『本当にちょっと前の事なんだけどな』
「それでも・・・感覚が・・・にぶって・・・るかもしれない」
モニカが屈伸をしながらそう答える。
そして最後に大きく背伸びをすると、ポンポンと自分の尻を叩いて準備完了の合図をする。
「さあ、飛ぼう」
次の瞬間モニカの背中から翼が飛び出し、その中間の部分から大きな轟音と炎を撒き散らした。
なぜだか数日ぶりに感じた魔力ロケットの音と振動が随分と心地いい。
生きている実感というか、なんともいえない良さがあるのである。
ひょっとするとモニカがやみつきになるのはこの感覚のせいかもしれないな。
そして俺達はその音の割に、スイーっという擬音が似合いそうなほど滑らかに空中へ飛び上がった。
すぐに空力制御スキルがちょうどいい風をつかんだようで、魔力ロケットの出力が絞り込まれる。
この高さから見ると代わり映えしない景色でもなかなかに見応えが出る。
ざっと辺りを見渡すと、魔力ロケットの轟音に驚いた鳥や小動物たちが動き回る様子が確認できた。
試しに下を見てみると、予想通りロメオも驚いているようで必死に逃げようとしているが、木にしっかりと括り付けられているので逃げられそうにない。
『ここから見ても道のようなものは見えないな』
川のどちらを向いてもただまっ平らな平原が広がっている。
背の低い草の生えた草原だ。
あまり木は生えてない。
「じゃあ、やっぱりここじゃないね」
確認のためにモニカがもう一度辺りを見渡すが、やはり道のようなものは見当たらなかった。
「ねえ、ロン」
『なんだモニカ?』
「もう少し上から見てみない?」
そう言ってモニカが上を見つめる。
俺はモニカの提案が安全かどうか思案した。
おそらく2000m程度くらいまでなら、ゆっくり上がりつつ短時間に留めればそれほど問題にはならないと思う。
『ゆっくり上がるんだぞ、それと倍の高度までだ。』
「わかった」
エンジンの出力を上げて高度を上げていく。
すでに今までの最高高度よりも高いところを飛んでおりこれ以上は未知の領域だった。
「うお!?」
『おっと、あぶない』
突然カクンと高度が落ちた。
すぐにエンジンを全開にして姿勢を保つ。
どうやらエアポケットのようだ。
『やっぱりケチるとだめだな』
実は魔力の消費を抑えるためにゆっくりと滑空することで翼で揚力を稼いでいたのだが、それが仇となったようだ。
いくら優秀なスキル補正があるとはいえエアポケットに入れば関係ない。
安全策として重量分はエンジンだけで補うとしよう。
「たかーい!!」
俺の決めた限界高度に達したときモニカが嬉しそうにそんな声を上げた。
実際恐ろしく高い。
高所恐怖症の人は既に失神してるだろう。
俺もそうする権利があれば、ちょっとちびったかもしれない。
『肺活量、血中酸素濃度、ともに問題なし、減圧症もなさそうだ、僅かに圧力についていってない兆候があるが問題ないレベル』
できるだけ高さを意識しないように、必死にモニカの状態のモニタリングに集中する
「この高さは大丈夫ってこと?」
『今回はな!高山病はベテランの登山家でも低い高度で発生することもあるんだ、次回も大丈夫かどうかはわからない』
「これくらいだったら大丈夫だと思うけどね」
『気分が悪くなってからでは遅いぞ、気にし過ぎるくらいでちょうどいいんだ』
決して俺が高いところが苦手なわけでは断じてない。
『それで本題はこれからだぞ』
「そうだった」
思い出したようにモニカが下に流れる川に沿って視線を下流へ動かしていく。
「あ、」
『あれだな』
そこで目的のものを見つけた。
しばらく川を下ったところに、明らかに下にあるものよりも大きな岩があった。
形も地図に書いてあるものそっくりだし、何よりそこからしっかりとした道が伸びている。
『間違いなくあそこだな』
「やっぱり迷ったら飛ぶに限るね」
※※※※※※
地上に降り立って元いた場所に戻ると、木に括り付けられたロメオが必死になって暴れていた。
慌ててモニカが駆け寄り宥めようとするが、ロケットの轟音で完全に興奮状態になったようで、なかなか落ち着きを取り戻さない。
「大丈夫、こわくないから」
そう言いながら左手をロメオの鼻面にあてがう。
魔力を吸わせて落ち着かせようという事だがうまくいってない。
完全に我を忘れたロメオは魔力のことなど気にも止めず、ひたすら逃げようともがいていた。
「大丈夫だって、もう音はしないから」
そう言ってモニカがロメオの頭を抱きかかえるように腕で固定した。
少々手荒だが、吹き飛ばされないように筋力強化も発動してガッチリと固定している。
だがそれでも暴れるのをやめようとしない。
まさかこれほど音に反応するとは予想外だった。
これでは今後迂闊に飛べなくなってしまう。
いや、今後よりも今はどうにかこいつを大人しくさせなくては・・・ええい、
『ちょっとおとなしくしてくれ』
そう念じた瞬間だった。
「きゅい?」
「え?」
突然ロメオがそれまでの暴れっぷりからは想像もできないほどピタリとその動きを止めた。
「どうしたの!?」
そのあまりの変貌っぷりにモニカが虚をつかれたような声を出す。
「きゅい?」
そして当のロメオは自分を抱きかかえるモニカに向かって、”なにしてるの?”的な表情を浮かべる。
「ロン・・・」
『ああ』
「左足を上げて」
『右足を上げろ』
その瞬間ロメオが右の前足をさっと上げる。
「伏せて」
『その場でジャンプしろ』
すると今度はロメオがその場で軽く飛び上がる。
『間違いないな・・・』
「うう、わたしの言うことは聞かないのに・・・」
どうやらロメオは俺の指示に従うようだ。
それもかなり正確に。
『その場に伏せて右前足を上げながら”ワン”と鳴け』
「きゅん!」
さすがにワンとは鳴けなかったが、それでも似せようという努力の跡が窺える。
明らかに俺の言葉をかなり高度に認識していた。
「ろめおー、わたしの言うこともちゃんと聞いてよねー」
モニカがロメオの顔を両手でグリグリとしながらそう言う。
これまでモニカの言うことを聞いてないわけではないのだが、どちらかといえばただついてきているだけの印象が強かった。
そして現在もロメオはモニカのことを認識してはいるようだが、何を言われているのかを意識したりはしていないようだ。
どういうことだろうか?
そもそもこれまで”俺の声”を認識できたのは宿主であるモニカを除けば、氷のオアシスにいた”赤の精霊”しかいない。
そんなおいそれと認識できるようなものではないはずだ。
となると、ロメオ限定の特徴が作用している可能性が高い。
これまで出会った人とロメオの違い・・・・
最初の可能性は野生動物は俺の声を認識できるというものだ、これまでそもそも野生動物と会話しようと思ったことがないので、まあ野生動物が俺を認識できないという証拠がないだけなのだが。
もう一つの可能性はロメオがモニカの魔力を食べているということ、もしかすると魔力を食べているだけでも条件を満たすかもしれない。
ようは高度に魔力に普段から接している生き物ほど俺の声が聞き取りやすいのかもしれない。
赤の精霊は非常に強力に土地の魔力に関連しているらしいし、これが有力かな。
「ずるいぞー、わたしなんか、ロンと話せるようになるまで何日も何日も・・・」
段々とモニカの纏う雰囲気が険悪になり始めてきた。
ロメオもさすがに異常を察したのか、「きゅいい!?」と驚いたように顔をくねらせて逃れようとするが、モニカはがっちりとホールドしているので離れられない。
『モニカその辺にしておけ』
「でも・・・」
『それよりもやっておきたいことがある』
「やっておきたいこと?」
『今後、俺たちが飛んでもびっくりしないように音に慣れさせておきたい』
「ああそういうこと」
モニカがロメオの首を一層がっちりとホールドし。
その裏で俺が小さな魔力ロケットを用意した。
『それじゃゆっくり慣らしていくぞ』
今回の魔力ロケットは別に飛ぶためのものではないので噴射口を下に向けたりはしない。
むしろ飛ばないようにいつもと逆方向に取り付けたくらいだ。
そして極限まで低出力にしてエンジンを起動する。
最初は意識しないと気付かないほど小さな音だった。
予定通り、この音にはロメオは反応しない。
そしてゆっくりと出力を上げていく。
徐々にシューっという音から、ゴーという音に変わってきた。
このタイミングでロメオが暴れだす。
意外と許容値が低いようだ。
『大丈夫!大丈夫!』
俺がそう声をかける。
するとロメオが落ち着きを取り戻す。
効果ありと見た俺はさらにエンジンの出力を上げていく。
そのたびにロメオが暴れようとするが、俺がそのたびに宥めるので徐々に慣れていっているようだ。
10分ほどかけてマックスの音量に到達する。
実際に使うときは距離があるのでこの音量に耐える必要はないが念のためだ。
既に俺も耐えられそうにない音量なので、いつものようにフロウ製の耳栓をモニカの耳に突っ込ませてもらう。
ロメオには可哀想だが、彼のためにもこの音量には慣れてもらわなくてはならないのだ。
しっかりと音に慣れさせたあと、俺たちは試しにロメオから少し離れて魔力ロケットを噴射して”調教”の是非を測ってみた。
その結果、最初は少しビックリするが暴れたりはしなくなった。
これなら許容範囲だろう。
『それじゃ、出発しよう』
「ロメオ、いくよー」
モニカがロメオに声をかけるが、やはりどうも反応が鈍い。
『ロメオ行くぞ!』
「きゅっ!」
「何でロンの言うことは、聞くの!?」
『うーん、徳の差?』
心の中でどや顔を決めてみる。
すると今度はロメオまで”それはない”という表情になった。




