1-3【最初の1人 1:~臭い~】
ついに・・・
『ついに・・・』
「ついに・・・」
ついに山脈の最後の峠に到達した。
この峠の頂上に降り立ったとき、眼前に広がったのは次の山ではなく、どこまでも続く広大な平地だった。
真っ白な大地に木々がまばらに生えている。
この前の森と比べるといささか貧相な印象を受けるが、深い雪に覆われているものの、これまでのように凍りついたりはしていない。
長かった・・・・
といっても実質4日で横断したので、そこまで長くないのだが。
文字通り飛んで来た。
旅が始まってからだいたい1ヶ月、ようやく人が住む可能性がある領域までやってきた。
ここで実は、ここは人類が滅んだあとの世界でモニカはその生き残りというのは勘弁してくれよ。
モニカの生い立ちや状況を見るに、ないとは言い切れないのが困ったものだ。
しかもここからでは人の気配のようなものは感じない。
ただ単に人里まではまだまだ距離があるということなのだろうが、それでも心配になる。
「ねえロン!見て見て!海だよ!」
なんだとこら!?
『何言ってんだモニカ、海なんてあるわけ無いだろ』
「ほらあそこ!」
そう言ってモニカは指差した。
そこを注視してみると雪原の中に一筋の小さな水の流れが見える。
だがそれは海というにはあまりにささやかだ。
『モニカ、あれは川だ』
「川?あんなに小さいのに?」
『小さい?川って小さいもんだろ?』
「”ルブルム川の戦い”だとすっごい大きいって言ってたよ?」
モニカがかつて読んでいた本に出てくる”川”のエピソードのことを話す。
ログに収納されている内容によると、ルブルム川は国をいくつも横断するような巨大な川らしい。
対岸が地平線の向こうに隠れて見えなくなるほど広いところもあるとか・・
『ルブルム川は特別だ、ああいうのは大河っていって普通の川よりも大きいんだ』
「じゃあ、海と川の違いって何?」
『海はでっかい水たまり、川は水の流れ道ってとこかな』
「じゃあ、あの川ははどこかに流れているの?」
『そう、そして川沿いには人間の痕跡が出来やすい』
「てことはとりあえずはあそこに向かうのがいいんだね」
『まあそういうことになるな』
早速次の目的地が決まった。
※※※※※※※※※※
平地の森に入ると、そこは死んだように静かだった。
動物の気配はあるのだがこの前の森のように騒がしくない。
あの時は結構な勢いで鳥などが鳴いており動物たちが動き回っていたのに、この森ときたらモニカが近づくとはるか手前から逃げに入るか、どこかに必死に隠れている。
「どうしたのかな?」
『何か俺達を避けているような気がするな』
「この前は結構近寄ってきたのにね」
『まあ、あれは後ろに引いているソリの中の食料狙いな気がするけどな、今は数が減って魅力が無くなったんだろう』
「それもあるだろうけど、なにかおかしい気がする」
ふむ、モニカがそこまで言うならば確認してみなければ。
俺は体の全感覚の情報を一気に精査した。
それによるとたしかに様子がおかしい。
まだモニカの気配すら感じられない距離から逃げる生きものも多い。
そしてその中には決して侮れないような巨大な生き物も結構混じっている。
いくらなんでもこのクラスがこの距離で慌てて逃げるのはおかしい。
この前の森ではモニカの強さを察した頭の良い連中でも、一目見るまでは近寄ってきたのだ。
つまりモニカの気配というものは、そもそも観測しづらいほど小さなものだし、観測できたからといって、それだけで逃げるようなものではないのだ。
「これじゃ狩りもできない」
モニカが言うと何気ない言葉だが、食料備蓄にそこが見える現状では、意外と無視できない事態だ。
『ちょっと待ってろ、原因を探る』
まずは動物が逃げ始める地点に注目してみた。
するとすぐに偏りが見つけられた。
どうやら、山を北と仮定して西側の動物はかなり遠くから逃げていく。
それこそスキル補正全開の俺の感知可能範囲ギリギリからだ。
これは明らかにおかしい、姿はまだ見てもいないはずだし、足音なども聞こえない。
森に入ってからは飛ぶのも自重しているので、エンジンの轟音は関係ない。
一方で東側の生き物は比較的近くまで気づかない。
となると俺達から見て、西と東で変わってしまうものが原因だ。
まさか俺たちを境に西と東で生き物の種類が変わるとは思えないので、そうなると可能性は一つか。
『モニカ、指をなめろ』
その指示に半信半疑な表情で従うモニカ。
『舐めた指を上に上げて・・・』
唾液に濡れた指が空気で冷やされる感覚が伝わってくる。
やはり予想通りだ。
『モニカ、原因がわかったぞ』
「何?」
『ニオイだ』
「におい?」
『ああ、俺達・・・・かなり臭い・・・』
怪訝に思ったモニカが大きく息を吸う。
その途端、鼻腔の中に無視できない獣臭さが蔓延した。
※※※※※※※
乙女の人権のために補足すると、この臭さの大部分はモニカの臭いというよりも、戦ったり食べたりした野生動物の臭いが積もり積もったものだ。
長期間に及ぶ運動で溜まった汗や垢が原因ではないといえば嘘になるが、この年の女の子がそこまで臭いわけがないのだ。
そんなこんなで俺たちはこの臭いを落とすために、川辺にやってきている。
この川が凍りついていないのを見るに、地下水が水源だろうか?
とにかく川は凍っていなかった。
だからといって手を差し込めば恐ろしいほどの冷たさが襲ってくる。
臭いの元は大きく分けて、モニカの体と、来ていた衣服、引っ張ってきたソリの3つにわけられる。
ソリについてはそれほどでもなく、軽く水をかければ間に合いそうだが、体と衣服の染み付きはかなり深刻そうだ。
そのためまず俺達は川辺に陣取ると2つあるフロウのうち、いつも武器にしている方を使って”家魔法”をいつもより強めに展開する。
そしてその中で服をすべて脱ぐ。
今回の”家魔法”はいつもより強力なので全裸でも全く問題ない。
というより、モニカの体が現在の気候だと暑がるほどなので脱いだほうが気持ちが良いのだ。
本来ならもう少し恥じらうべきだが、俺も、もう完全に自分の体だと思ってるし、モニカも別に気にしていない。
お互い”この開放感たまらんわ―”という認識しか持っていなかった。
そして、そのまま来ていた服を洗い始める。
恐ろしいことに水につけた途端、衣服から真っ黒な物が染み出してきた。
こんなものを着ていればそりゃ臭うわ・・・
そのままバシャバシャと汚れが出なくなるまでひとしきり全ての衣服を水で洗い絞る。
殆どが革製のためあまり水を吸わないせいで洗えたかどうか微妙だが、それでも洗う前より気持ち重量が軽くなったように感じる。
ただ、今更ながら革製品って水洗いOKだっけ・・・・
軽く水を拭き取って、極限まで出力を絞った魔力ロケットをドライヤー代わりに軽く乾かす。
見た感じ駄目になっているところはないが・・・
これはこの革が特殊なのか、それとも革製品が水洗い大丈夫なのかよくわからん。
「いつも水で洗ってたよ?」
『特に何か特殊なことはしていた?』
「うーん、別になにも・・・」
モニカいわく少なくともこの服に関しては大丈夫とのことだ。
ちなみに何の革かというと、サイカリウスの腸の皮だそうで・・・・・・聞かなきゃ良かった。
ちなみに唯一身に着けている両手の謎の手袋だが、やはりどういうわけか汚れが見られない。
モニカの持ち物の中では非常に珍しい布製なのだが、この布は普通の質感ではなくどこか超自然的な雰囲気を醸している。
彼女は絶対にこれを取ることはしない。
なんでも父親の遺言だそうだ。
おそらく”フランチェスカ”絡みのと思われる魔水晶も右手の方についている。
これも父親が用意したと考えるならば、ひょっとすると俺の出自に関しても何かしらの関わりがあるのかもしれない。
しかし本当に謎の多い父親だ、ロボコンビにあの建物、そしてこの手袋、あとフロウもか。
モニカに聞いてもよく分からないという返事しか返ってこないので、最近は考えるのをやめているが、いつか調べてみたいものだ。
さて衣服の洗濯を済ませたあとはお待ちかねの時間だ。
『この中に水を入れてくれ』
そう行ってフロウを変形させて、モニカがすっぽり中には入れるほどの大きな容器を作る。
モニカが何をするのかよく分かっていないまま、まるで洗面器のような感覚でその容器を持ち上げて川の水を掬う。
これだけの水だとかなりの重さのはずなのだが、筋力強化のゴリ押しの前では軽い。
「これでいいの?」
『ああ、あとは”鍋”を使う』
モニカ今度こそ理解不能という顔をしてソリの中から魔力鍋を引っ張り出した。
「これでどうするの?」
『ああ、これは魔力を流すと中の水を温めるだろう?、じゃあこの貯めた水の中に突っ込んで魔力を流すとどうなる?』
「水がお湯になる?」
『正解!それじゃやってみよう!』
さっそくモニカが魔力鍋をフロウで作った湯船に突っ込みそこに魔力を流す。
さすがに量が量だけあってなかなか温まらないが、それでも徐々に水が熱を帯びていく。
5分ほどでちょうどいい温度になった。
『よし!そんなもんでいいぞ』
その合図でモニカが鍋を引き抜く。
目の前には即席の露天風呂が出来上がっていた。
「それで?」
『それでとは?』
「こんなにお湯なんか用意してどうするの?」
『ふふーん、よくぞ聞いてくれた』
「どうしたの?」
『今からお風呂に入ります!』
ちなみに野生動物が逃げているのは動物が逃げ出すほどモニカが臭いわけじゃなく、”極北のバルジ”の臭いに野生動物がビビっているせいです。
あしからず。




