2-23【世界よ、さあ踊れ12:~襲撃~】
side リヴィア・アオハ
夜の闇を切り裂くような音と同時に、フロア入り口の扉が開かれる。
「ガブリエラ様は?」
そう言いながら血相を変えた様子でサルモーレが入ってくる。
扉を開けて入ってくるだけの礼儀は残っているようだが、その前まで”彼の能力”で移動したことは明白だった。
「ここにおるぞ」
フロア入口奥の広間から、寝間着姿のガブリエラが現れて答える。
するとサルモーレは、”朗報が一つ”とばかりに何度も頷いた。
「よろしい。 ではそこにいてください、決して街の中に繰り出さないように。 殿下がここにいる限り、少なくとも殿下と殿下に会わなくちゃならない方の安全は保証されます」
「何事だ、どうなっている?」
ガブリエラは怪訝そうな表情で窓を指差した。
そこには外を真剣な様子で窺うルキアーノの姿が。
その先には、ここまでの混乱とは明らかに毛色の違う悲鳴混じりの混乱の喧騒が広がり、
更にその向こうには、不気味な黒い魔力が天に向かって登っていた。
明らかにただ事ではない。
「中心部から少し南の方で、大きな魔力噴出が発生しているようです。
出力からして”火山性”ではないかとの憶測が飛んでいますが・・・」
「火山じゃないよ・・・」
サルモーレの説明を上書きするようにルキアーノが被せる。
「火山の魔力があんな風になることはない」
ルキアーノのその言葉を、リヴィアは重く受け止めた。
彼が魔力の性質を見紛うはずがない。
それにリヴィア自身も・・・ここから見える範囲だが、あれが”噴火”やそれに類する現象には見えなかった。
「もちろんそのとおり。 あんな魔力噴火を起こす火山はない。
ですが街は今、そちらに兵員を取られたり、しかも通信障害で指示を求めて、手持ちから連絡要因を捻出している始末です。
おかげで周辺部の各国の宿泊地の警備は、薄くなってるんですよ」
サルモレーノ言葉に、改めてリヴィアは外を窺った。
するとこの宿を取り巻いていた兵士の内の何人かが、どこかへと走り去る様子が見て取れるではないか。
「襲撃の陽動だと思うのか?」
ガブリエラが鋭く問うと、サルモーレは小さく頷いた。
「その可能性が考えられます」
サルモレーノのその言葉に、リヴィアは血相を変えた。
「我が国が襲われると!?」
だがそれを、即座にルキアーノが嗜める。
「そこは重要じゃないよリヴィア。 でしょ? 将軍さん」
「ええ、どこが襲われるとしても、それが我々ではない保証はない。
最大級の警備体制を取ってください、ガブリエラ様に暴れられないように」
サルモーレは矢継ぎ早にそう言い切ると、いきなりリヴィアの腕を掴んで引き寄せ、耳打ちしてきた。
「・・・状況次第でいつでも退避できるように、タイミングはルキアーノ卿に任せて。 こういう状況では本能より信頼できるものはありません」
その言葉にリヴィアは驚いた。
サルモーレはもう既に撤退を考えている?
その時だった。
不意に窓から外を眺めていたルキアーノの姿が、いきなり消えたのだ。
・・・いや、いきなり高速で移動した。
「!?」
一瞬だけ呆然とした感情を無理やり脱ぎ去ったリヴィアが、慌てて窓の駆け寄る。
そのまま、ルキアーノが弾き飛ばして壁に跳ねて戻って来た窓枠を、更に弾き飛ばしながらその先を睨んだ。
闇に染まったばかりの街の景色に浮かび上がったのは、いつの間にか宿の前に出来上がっていた人だかりと、その中央に降り立ったルキアーノの姿だった。
ルキアーノが、そこにいた1人の腕を掴んでいる。
そして掴まれた腕には何か”筒”のようなものが握られており、更にその筒の先からはバチバチと火花が飛び散っていた。
ルキアーノが掴んでいた腕をグイッと捻ると、その筒が持ち主のうめき声と同時にポトリと地面に落ちる。
「あ!」
その瞬間、リヴィアの中の緊張が走り抜けた。
落とされた筒が地面に触れるやいなや、いきなり小規模な爆発が発生し、周囲に炎が撒き散らされたのだ。
間近でその直撃を受けたルキアーノが面食らったような表情のまま、炎から逃げるように体を反らせる。
だが炎は、まるでへばり付いているかのようにルキアーノに纏わりついたままだった。
「油?」
その様子を見ていたサルモーレが漏らす。
間違いない、筒に入っていたのは燃性の強い油のような・・・いや、もっと強い液体だった。
ルキアーノが刮げ落とすように纏わりつく炎を払おうと藻掻くが、炎の勢いは衰えるどころか、まるでルキアーノ自身が燃えているかのように激しい。
その程度でルキアーノがダメージを負うことはないが、炎の強い光と臭いで周囲の様子が分からなくなっている。
これはまずいと思ったその時には、周囲にいた者たちが一斉に筒を取り出すところだった。
襲撃者は一人ではない。
「ルキアーノ!! 他にもいます!!!」
咄嗟にリヴィアは叫びながら、同時に全力で防御魔法の準備を始めた。
だが巨大な宿舎全体を覆わなければならない結界を、短時間で準備できるわけがない。
その時、近くの兵士が叫んだ。
「襲撃!!!」
その声が合図になったのか、宿の周囲で幾つもの魔力が連続して発生し、巡回中のトルバ兵やこの宿に充てがわれていた護衛兵が一斉に宿の正面に集結を始めた。
しかも頼もしいことに、その全員がもう既に臨戦態勢である。
さらに正面で迫りくる者達に説得に当たっていた兵士も、流石にこの一団が堅気ではない事を悟ったようで、1番近くで筒を投げようとした者を一瞬で地面に叩き伏せると、返す刀の攻撃魔法で既に投げ込まれた筒を迎撃にかかった。
だが攻撃魔法を食らった筒が空中でいくつも爆ぜると、中に入っていたであろう燃性の液体と炎をぶちまける。
どうやら迎撃に使った魔法はあまり良くない効果があったらしい。
筒は無力化するどころか、燃えながら弾け飛んだことで、それ自体がもはや”爆発”に近い。
含まれていた液体も、最初から完全な燃焼状態になっていた。
当然、飛び散った炎は宿の敷地内に落ちるしかない。
先程までピカピカだった宿の真新しい塀が、一瞬で炎に包まれる。
それを見た兵士達が口々に叫んだ。
「魔法で撃ち落とすな!! 受け止めろ!!」
その言葉に何人かの兵士の姿が消え、次の瞬間に火達磨になった状態で空中に現れた。
撃ち落とすわけにはいかないので、その身を盾に受け止めたのだ。
もちろん対応したのは、木っ端な一般兵ではなく”エリート”か、それに準じる精鋭で構成されたガブリエラの近衛達なので多少燃えたところで問題はない。
そしてその間に、一般兵達が筒を投げようとした者や、今まさに投げようとしている者を取り押さえにかかった。
あっという間に、数人が取り押さえられる。
だが、それに以上の効果は上がらなかった。
筒を投げ入れた者達の大部分は既に、蜘蛛の子を散らすように散り散りになりながら周囲の群衆に飛び込んだ後だったのだ。
宿を取り囲む群衆の群れから悲鳴が鳴り始め、その大音響で体が揺さぶられるような錯覚を、リヴィアは覚えた。
「・・・まずいですね」
リヴィアの隣の窓から覗き込んでいたサルモーレが、その様子を見ながら苦虫を噛み潰したように呟く。
宿の周囲は既に日が落ち、投げた者達の人相をまだ捉えきれていない。
炎に照らされ浮かび上がった宿の周囲は、かなり多くの人でごった返していた。
要人移動で気が付かなかったが、明日の本会議を前に発生した交通障害が、ガブリエラの本陣までを飲み込んでいたのだ。
リヴィアは群衆に目を凝らす。
だが、残念ながら混沌とした群衆の中から襲撃者を探すのはかなり難しいだろう。
時折、悲鳴が局所的に強くなり、その場所で火の手が上がるのを除けば、相手を追うことは現実的ではなかった。
兵士達も、この一般人の塊に攻撃魔法を放つわけにもいかず、さりとて群衆に飛び込んだところでこの量の中から紛れた不特定多数を捉えることなど出来そうな様子はない。
リヴィアとて、この場を離れるわけには行かない。
一瞬だけガブリエラを振り返りながら臍を噛む。
外遊時の取り決めで緊急自体の場合は、ガブリエラの直近には必ず2名以上の’’エリート’資格持ちが控えている必要があるのだ。
今は、どう見ても”緊急事態”だ。
「水は使わないで!! 魔力で抑え込むんだ!!」
己に纏わりつく炎の消化方法をようやく見つけたルキアーノが、他に火だるまになっている近衛達に向かって叫んだ。
すると程なくして、近衛達の炎も消え始める。
その様子を確認したルキアーノは、すぐに宿の周りに飛び散った炎の消火作業に移った。
その様子にリヴィアはほんの少しだけ安心する。
少なくとも、これでこの宿の建物が火に包まれる危険性はなくなった。
だが周囲の建物はそこまで幸運ではなかった。
先程の襲撃者達が放った”筒”が、そこら中に火を撒き散らしたのだ。
当然、周囲の建物にすぐに引火するのは避けられない。
窓から見えるいくつかの建物から炎が立ち始め、その窓から逃げ遅れた者達が悲鳴を上げている。
窓から飛び降りて助かった者もいるが、全員が頑丈な訳ではない。
「・・・・」
リヴィアは息を呑んで、眼の前に広がる光景を睨んだ。
残念ながら、自分達にできることはない。
近衛達も衝撃を受けている様子ではあったが、動こうとはしなかった。
またいつ何時、襲撃者が現れるかわからない状況で、消火のためにいたずらに魔力を使うわけには行かないのだ。
それに、炎から逃げるために安全圏であるこの宿に、大量の群衆が押しかけるのを止めるだけで精一杯だった。
突然の出来事に混乱し、理不尽さに追い立てられた市民は、もはや危険性だけならば先程の襲撃者と対して変わりはない。
先の魔国入場時と同じく、一般人を巻き込んだ低強度の高密度攻撃は、強者を容易くその場に縫い付けてしまう。
その時、部屋の奥から声がした。
「サルモーレ。 ”本隊”との連絡は取れるか?」
リヴィアはそれがガブリエラの声だと気づくのに一瞬遅れた。
主の声に普段の傍若無人さがなく、どこか焦っているようですらあったからだ。
声をかけられたサルモーレが、耳に手を当て魔法を展開する。
おそらく、マグヌスに割り当てられている魔力波通信に接続しているのだろう。
今回新たに導入された、画期的な通信方法とのことで、リヴィア自身も今会議中では大いに恩恵に預かっている仕組みだ。
これさえあれば。離れた”本隊”の情報も一瞬で共有することができる。
超大国であるマグヌスは、用途や会議進行、その他諸々の関係でいくつもの”別働隊”が存在した。
代表的なのが、リヴィア達のような”ガブリエラ隊”だろうか。
”本隊”というのは、イゾルタ王女を中心とするマグヌスの中心使節団の事だ。
国王の名代として参加し、明日からは実際に国王が合流する。
”マグヌスの代表”といえばこちらを指し、主要式典でも”マグヌス名義”となれば原則本隊が出ていく。
ただ、リヴィアにはそちらを気にする意味がまだ理解できなかった。
襲われたのは自分達なのに。
だが、サルモーレの顔色は悪い。
「駄目ですね・・・繋がりそうにない。
我が国の回線も使えなくなったようです」
「え!? どういうことです?」
リヴィアは問う。
事の対処に当たるトルバ軍の回線がパンクするのは理解できる。
だが、各国に割り当てられた・・・中でも最大級に強固なはずのマグヌスの回線が落ちるなど。
「ウルで調べているが、どの魔力波通信回線も、大量の通信処理で機能しなくなっているらしい。
直通回線の方も、共有しているものは同じ状態だ。
だが、モニカとの直通回線は機能しているな。
向こうも襲撃こそないが、少しきな臭い空気になってるらしい。
山一つ離れた場所でそれだ、おそらくここと同じことが、街全体で起こっていると考えられる」
「街全体・・・ということは・・・」
リヴィアはその”結論”に思い至り戦慄する。
「おそらく、”本隊”も同様の襲撃があったと考えるのが自然だ」
その言葉を聞いたサルモーレの額から冷や汗が流れ落ちた。
「・・・向こうに行けるか?」
ガブリエラがサルモーレに問う。
ほぼ瞬間移動のようなことができる彼であれば、本隊が泊まっている宿舎に行くことは容易いだろう。
だがサルモーレは首を横に振った。
「襲撃があった以上、あなたを1人にはできません。
お忘れですか? ”緊急時”の優先度はあなたの方が高いんですよ」
サルモーレの説明にガブリエラは表情を険しくさせる。
要人の外遊時の緊急事態マニュアルは、かなり厳しく決められている。
そして今のガブリエラの警護レベルは、彼女の”特殊性”の分だけ、他の王族よりも高い。
具体的には紛争地域での国王警護と同じ内容だ。
具体的には直近警護のエリート2名の他に、隊全体の戦力として、”特級戦力”かそれと同等と評価される戦力を要求されている。
そして今回の会議で、その条件を満たせるマグヌスの戦力は5人・・・うち1人はガブリエラなので実質4人しかいない。
つまり、サルモーレがどれだけ早く動けようとも、ガブリエラから離れることは出来ないのだ。
いくら今回の会議の代表がイゾルタ王女だとしても、”お飾り”を被っていられる状態ではない。
だが、
「安心してください。 本隊の戦力はここの比じゃありませんよ」
サルモーレがガブリエラを宥めるように語る。
その言葉通り、”本隊”の方は明日には国王を受け入れる最重要拠点だ。
当然マグヌスの威信をかけた布陣が敷かれている。
普通に考えるならば、こちらが向こうを心配するなど烏滸がましいのだ。
だが、サルモーレが続けた言葉は余計だった。
「それに最悪、レジス国防局長かシュワルベ魔法局長が・・・」
その2名の名は、本隊側の戦力としてサルモーレに比肩するマグヌスの最強戦力だ。
”経験分を加味するならば”という条件付きだが、この2人掛かりであればガブリエラに近しい働きが期待できるとリヴィアは考えている。
それほどの戦力が詰めているのが本隊なのだ。
ただ、そこには重要な情報が抜けていた。
「その2人は今、別の場所にいる」
ガブリエラは告げる。
その声色は、いつになく真剣だった。
おそらくウルスラが持っている資料に目を通したのだろう。
リヴィアの認識でも、たしかにその2人はかなり離れた場所にいた。
タイミングが悪かった。
本会議を明日に控え、単なる戦力ではなく”責任者”として奔走しなければならない彼等を、そもそも戦力として数えることは出来ないのだ。
「彼等を除いた後、”本隊”の最高戦力は?」
ガブリエラが鋭い声色で問う。
だがサルモーレの返答はあまり芳しくなかった。
「戦力として考えるなら、近衛第三連隊副隊長の”ヴェルガーニ”か、魔法局第5席魔法士の”ラティスティ”あたりでしょうか・・・」
「その2人で、そなたを押えられるか?」
「・・・厳しいでしょうね」
サルモーレが苦々しげに答える。
それでもサルモーレのその返答が、彼等に対する精一杯の拡大評価であることは間違いないだろう。
”軍位スキル持ち”である彼を、その2人で抑え込むところなど、リヴィアには全く想像できないのだから。
ただ、
「ですが、十分では?
まさか、”特級戦力”に襲われるとでも?」
そのサルモーレの言葉通り、単純な戦力として考えるならこれでも十分だった。
いや、過剰すぎる。
何より、本隊には彼等以外にも”エリート資格持ち”を初めとしたマグヌス軍の精鋭達が大量にいるのだ。
もはや、ちょっとした戦争ならば戦いきってしまうだけの陣容である。
”懸念材料”として挙げられた要素も、そんな事を考えていれば何も出来ないような、雲を掴む話だ。
だが、ガブリエラは首を横に振る。
「そなたが、ここに張り付けになっている理由がまさにそれでは?」
その言葉で、サルモーレは固まった。
普段であれば”特級戦力の敵対”など、そもそもそんな戦力がいないで片付けられるが、今この街には例外的に何人もの該当者が、様々な陣営に属した状態で集まっているのだ。
これが、その誰かが引き起こしていないと、どうして言い切れるのか?
「僕が行く」
その時、開け放たれた窓から声が聞こえ、リヴィアが振り向くと、ちょうどルキアーノが入ってくるところだった。
その服装は先程の襲撃で燃えたのか、そこかしこが焦げて穴が空いている。
「僕が見てくるよ。 僕一人ならある程度身軽に動けるからね」
だが、その言葉に弱っている様子はまったくない。
そればかりか、スタスタとフロアを横切ると部屋の前に置かれたトランクケースから、彼の装備を漁り始めた。
その様子を、ガブリエラがどこか口惜し気に眺めている。
彼女の中で、本隊にいる妹の安否と、最愛の人が離れることを乗せた天秤が、激しく動いているのだろう。
「安心して、問題なさそうならすぐに戻って来るから。
そうすれば、向こうに移動すればいい」
ルキアーノのその言葉に、ガブリエラが覚悟を決めたように頷く。
それに対し、ルキアーノも頷きで返した。
彼の視線が、そのままサルモーレに滑る。
「ガブリエラを任せたよ」
「言われなくても」
サルモーレが短く答えると、ルキアーノは同じような意味の籠もった視線をリヴィアに送ってきた。
「気をつけて」
リヴィアがそう答えるとルキアーノ姿は、窓の向こうに広がる混乱した街並みへと消えていった。
5日分とのことでしたが、予定では今日まで連続投稿の予定でしたが、
切りどころを色々と、調整した結果、後2日ほど連続投稿が続きます。




