2-23【世界よ、さあ踊れ8:~魔国の報告~】
アムゼン魔国には、”養人”という産業がある。
他の人類種国家では見られないその産業は、養豚や養鶏等と同じく、”人”を家畜として飼育する畜産業の一種だ。
目的は”食用”。
古来より、魔人達は定期的な人肉食を必要としてきた。
標準的な人と変わらぬ身の限界以上に魔力に馴染み、その力で無敵と思われている魔人達 だが、その実、致命的ともいえる種族的欠陥が存在している。
それは生きるために最低限必要な魔力を生成するための栄養素を、自力では供給しきれないというもの。
種族の魔力消費量の進化に、供給の進化が追いつかなかったのだ。
そして、その問題に対して魔人達は、一部の変異体のように高効率で魔力を生成したり、外部的な要因を取り込むことでそれを克服したりといった、他の人類種が取った解決策を選ばなかった。
それらの突発的で後世に引き継ぎが難しい方法ではなく、基礎的な魔力変換効率であっても確実に子孫が同じ恩恵に預かれる手段を選んだのだ。
つまり、変換する栄養素をより”高効率”にするというものである。
具体的には、魔力の素となる栄養分を自分の体に近い構成にすれば、吸収の際のロスが減り少ない負担で大量の魔力を獲得できるというもの。
要は、魔人に近しい”人肉”から魔力を捻出すれば、より効率的に吸収できるという理屈である。
そして、一度その方法が始まった後は、車輪のようにそれが加速していくだけだった。
より高度に魔力に秀でた集団・・・すなわち、より日常的に人肉食をしている集団ほど有利になる流れができた時点で、その進化の行き着く先が”完全人肉食”であることは避けられぬ運命と言えよう。
それは今より遥かに過酷で、天寿を全うすることなど珍しい環境だった”前先史期”においては、共食いや偏食による様々な弊害を受け入れてでも得る価値のあるメリットだったのだから。
この頃の魔王はそれこそ、この世を支配して余りあるほどの強大な存在だったのは想像に難くない。
だが今の魔人達はここまでの先鋭化はしていない。
他の人類種の文化が流れ込んだおかげで基礎的な魔力生成効率が上がり、そこまで魔力に困窮する事のなくなった彼らが口にする人肉は、1週間に1度程度まで減っている。
だが、一度”完全人肉食”に適応した彼らが、それを全て捨て去るのは困難だった。
魔力の生成効率だけではなく、一部の必須栄養素についても、魔人の消化器官は人肉から以外では絶望的に非効率にしか吸収できなくなっていたからだ。
だが他の人類種がそれを看過するわけもなく。
魔国とその他の種族の長きに渡る争乱の歴史の原因の大部分を占めるこの問題に対し、かつて初代勇者と当時の魔王が取り交わした”妥協案”こそが、この”養人”というものだった。
都合の良いことに、当時既に、高度に分化が進んでいた人類種には、もはや”社会生物”の括りからも逸脱しかねないほど思考能力の衰えた種がいくつも存在していた。
魔人達はそれらの”卑亜人”の中から、攻撃性が少なく飼育に容易な個体を選別して、掛け合わせ品種改良し、完全な”畜産物”へと変貌させたのだ。
徹底的に思考能力を放棄させられたその生物は、”鬼”に変貌するほどの思考能力は残っておらず、その代わり、まともに奴隷として働かせることもできないため、食用とする他ない。
もっとも、出来上がったその生物を見て、即座にそれが”人類種”であると感じられる者はそうはいないだろう。
成体の大きさは5ブルほどと、”巨人類”と遜色のない大きな体を持ち、効率のため一度に5~8体の子供を産み、その子供も5年ほどで成体となる短命多産の生態。
比較的劣悪な環境に耐えられるように皮下脂肪は厚く、身長以上に骨格も大型で、動きは緩慢。
何より、肉を多く取るために牛のように肥大化した筋肉が達磨のように全身を覆い、それを支えるために4足歩行に退化しているために、シルエットからして人類種のそれとは多く異なっていた。
問題が発生した "養人場”も、そうした”食用人類種”を多数飼育している場所だった。
全てが終わった後の見分で見つかった日誌によれば、彼等が認識した最初の異変が起こったのは・・・8年前。
養人場周辺の植生が変わり始め、それに伴いその地域では見慣れない筈の動物が増え始めた。
それに釣られるように魔力異常や、類似する現象が頻発する。
年式が進んでいた魔道具類が誤動作によって総入れ替えになったり、急発生した魔力によって大型化する野生動物に設備が対応できず、養殖していた家畜人が被害を受けたりといったことが頻発したらしい。
中でも問題だったのが、地元の古い倉庫などに保管されていた魔道具の暴走が相次いだことだ。
歴史の長い魔国とあって、千年単位の間忘れられていた兵器が、広場の土の下に埋もれている事も珍しくはない。
当然、そんな代物の記録など残っているわけもなかった。
ついには養人場の近くの山の裾で、魔国では見慣れない大型ゴーレムが見つかったという。
しかも、まるで事切れるように動作を止めていたそれが、激しい戦闘を経験しているのは明白だった。
全身に浴びた返り血の色だけでなく、巨体のそこかしこが引き裂かれており、その傷からは大量の肉片や獣毛が見つかった。
それも、その地域では見られない、もっと魔国奥地に住む筈の魔獣の。
幸いかそれとも奇妙か、その魔獣の死骸は見つからなかった。
だが、そのゴーレムが何者であるかを判断できる者はおらず、その場所がある程度深い場所であった事もあって、気味悪がられてはいたが放置される事になった。
その数日後、近くの養人場の飼育員が、人舎の中に管理外の個体が紛れ込んでいる事に気がついた。
5体の子供を軒並み死産したばかりの雌の1体が、小さく幼い子供を抱いていたのだ。
これ自体おかしな話ではない、死産し母性本能が満たされぬ個体が、育児放棄された別の個体の子供を自らの子供として育てようとする行為は、飼育下、自然問わず見られるし、種族の壁を越えることも度々見られてきた。
だが問題は、その子供が”社会人”である事が誰の目にも明白だった事だ。
見るからに”食用人”とは異なる容姿だったし、言葉は通じなくとも、身振り手振りで飼育員とのやり取りが出来たらしい。
つまりは十分に”社会動物”の基準を満たしている。
飼育員の見立てでは純人族の1〜3歳、だがそれ以上はわからない。
魔人と純人では成長速度も異なるので、外見年齢の目算などあってないようなものだからだ。
記録では、自己の確立が不完全であることから”幼児”であるとするというような有り様だった。
ただ、それより彼らの頭を悩ませたのは、そこが付近1000㌔ブルに純人族など住んでおらず、幼い子供が辿り着くには、その養人場はあまりに魔国の内側であることだろう。
飼育員達にできることは殆どなかった。
魔国に純人族の者は殆ど住んでおらず、関係も良好ではない。
国際的非難の中で先行きが危ぶまれている状態で、養人場で社会人の子供が見つかったとなれば、事態はその養人場だけに留まらず、養人産業の存続に関わるような大きな問題となることは明白だった。
困り果てた養人場の運営者は所轄行政に報告することなく、事態を静観する事にした。
関係者が全滅した今となっては、彼等が何を考えていたのかは分からない。
ただ、畜産レベルの飼育環境下で長く生き残れるとは思っていなかったのは、当時の日誌から読み取れた。
日誌には、その幼子が衰弱し何らかの障害を抱えている事が示唆されていたからだ。
だがその幼子は、飼育員達の予想に反し8年の歳月を生き残った。
飼育員達が彼らなりの方法で手をかけ続け、幼子を抱えていた雌がまるで本当の母親のように何倍も大きな他の食用人から守り続けた事が大きな要因だろう。
おかげでその幼子は、障害を抱えながらも生き続けることができたと思われる。
少なくとも”その日”までは。
”前日”の日誌には、幼子が激しい”幻聴”と魔力由来と思われる体調不良を訴えていたことが記録されていた。
”その話”が魔将軍であるシセル・アルネスに流れてきたのは、”鬼害と思われる事象”が発生してから3日が経過したときだった。
魔将軍のトップが出てくるまでと考えれば異例な早さだが、その間に甚大と呼べる被害を出すのにも十分な時間でもあった。
最初の1日で養人場の職員20名と、そこで飼育されていた700頭の食用人は全滅し、その被害は周囲の養人場にも広がっていた。
3日目の時点で”社会人”の被害が3桁に到達していなかったのは、周囲に街などがなかったこと、発生した”鬼”がかなり不安定でまともに移動できなかったことが理由だろう。
発生した脅威を見たシセル・アルネスは、即座に魔国軍の追加招集を決め、だが同時にその”領域”の中に踏み込むことは許さなかった。
発生した”それ”は3日で大きさが1㌔ブルを超えるまでに肥大化し、真っ黒な魔力の渦によって形作られた複数の首を持つ竜の姿で付近の全てを飲み込んでいった。
恐るべきことに目撃証言によると、人や物質を魔力単位まで分解して飲み込んでいるというではないか。
それも、時間を追うごとにその割合が増えているという。
明らかに、常識の範囲の戦力で対処できるものではない。
シセル・アルネスはこの段階で、条件付き”Sランク魔獣”による鬼害を宣言し、自身に掛けている”制限”を超えての活動を決断した。
◯
「Sランク魔獣だと!?」
ラクイアの会議場に、驚愕と困惑の混じった声がいくつも上がった。
その殆どは、シセル・アルネスの報告を疑問視するものだ。
無理もない、”Sランク魔獣”には、”複数の国家滅亡の危機を有する脅威”という基準が存在する。
即ち、魔国の隣国にとっては、知らずに滅亡の危機を迎えていたことになってしまうのだ。
いやそれ以前に、新規のSランク魔獣など、ここ100年近く聞いていない。
冒険者協会の魔獣手配書掲示板の最上段は、もはや一般的な壁紙よりも長い間同じ見た目なのだ。
Aランクを超える勢いの魔獣が放置される程、今の環境は甘くないし、人に見つからない場所では、それ程の高ランクに至れるほどの魔力を獲得できないからだ。
「アルネス魔将軍、流石に”Sランク魔獣”は話を大きくし過ぎでは?」
キャンベルのアルトリウス大統領のその言葉に、何ヶ国かの首脳が野次のように続いた。
”モニカ・ヴァロアの政治利用の為の処刑”にそこまで話を盛る必要性があるのかと。
だがシセル・アルネスはその様な雑多な声など全く気にすることなく、まるで問うような視線をガブリエラに向けていた。
”本当にSランク魔獣は過剰だと思うか?”と言外に圧力を込めて。
ただガブリエラも、シセル・アルネスの”熱い無視”とは異なる、強固なる無視の態度を貫いている。
彼女は己の手の中にある小さな首を、感情のない視線でただ眺めていた。
鬼害の中心にいたという、モニカそっくりの少女の生首は、なんの言葉も発することもなく、ただ、最期の瞬間に感じたのであろう苦痛に顔を歪めたままだ。
その様子に失望したのか、それとも野次の声に答える気になったのかは分からないが、シセル・アルネスはアルトリウス大統領へと向き直った。
「これを見ても、Sランクは過剰と思われますでしょうか?」
そう言いながら、シセル・アルネスが己の式典用鎧の肩口に手を当て、そこにあった留め具をパチリと外す。
「・・・!?」
会議場が何事かと色めき立った時には、シセル・アルネスの鎧が、一体何で出来ているのかと問いたくなるような轟音を上げて床にぶつかる音が会議場の中に響いていた。
そのあまりの音量に、箱入りのイゾルタ王女とアルバレス皇帝が息を呑んで体を引き攣らせる。
だが、それ以外の者達は音に驚く事なく、鎧の下から露わになったシセル・アルネスの上半身へと目線を向けていた。
放心状態のガブリエラですら、僅かに視線を持ち上げて、魔将軍を向いている。
「・・・へえぇ、意外と形の良い胸をしてるんだねぇ」
ルキアーノのその言葉を、リヴィアは何とか聞かなかったことにしようと足掻いた。
だが、言わんとすることは分からなくもない。
両性具有の魔人だけあって、シセル・アルネスの骨格はかなり男性的だが、肉付きは意外にもそれなりに柔らかな女性のようにも見ることができた。
普段鎧に押さえつけられていた時は”大胸筋”という印象だった胸も、小さくともちゃんと”乳房”の形をしているし、軽く腹筋が割れている以上に筋骨隆々とした印象はない。
だが、騙されてはいけない。
それはただ単に、100年以上最前線で絞られ磨き上げられた肉体に無駄な筋肉が残る余地などないだけで、この魔将軍の肉体は柔らかいどころか、間違いなく今この大陸で最も硬い物質なのだから。
その証拠に、どの部位も一切揺れない。
・・・もちろん、そんな事に注目するべきタイミングではないのだが。
この場で正しく注目すべきなのは、シセル・アルネスの右肩から左脇に抜けるように刻まれた、何かで抉り取られたような一筋の”傷跡”だろう。
魔神の彫刻を、まるで斧で乱雑に切りつけたようなその傷は、たしかにシセル・アルネスの硬質の肌を穿っていた。
「この場で各国の皆々様に見ていただくために、あえてこの傷は残したままにしていました。
これは、その鬼害において、その”首の者”に付けられたものです」
軍務方の視線が険しさを増しながら、まるで硬度が保たれているかを吟味するかのように、シセル・アルネスの肌の上を這いまわる。
だが、その”精査”で浮かび上がったのは、この魔将軍の皮膚硬度が伝説の時代から殆ど損なわれていないという恐るべき事実だけだった。
「改めて問わせていただきます。
この私に、このような傷を追わせられる脅威に対して、”Sランク魔獣”は不当と思われますか?」
少なくとも、その問いに即座に”不当だ!”と返した誰かが、戦闘に関して素人なのは間違いない。
その者でさえ、その野次に誰も乗ってこないことに気づくと、悄悄と己の椅子に隠れるように引き下がった。
リヴィアは己の中で思案する。
この魔将軍の肌に傷をつけるにはどれほどの威力が必要か。
リヴィアの経験が足りないだけかもしれないが、それだけの威力を扱える候補が10を超えて湧き出す気配は全くなく、数少ないその候補のいずれもが、”Sランク魔獣”を相手にしても、直撃すれば正面から屠れる攻撃だった。
「話を続けてもよろしいか?」
シセル・アルネスのその問いに、異議を挟む者はいない。
シセル・アルネスは、その鬼害との戦闘の様相を詳細に話すことはなかった。
だが淡々と述べられるその結果の被害の規模に、多くの者達が息を飲む音が聞こえるだけ。
ただ意外だったのは、シセル・アルネスが傷を負ったのが、発生した竜型の頭をすべて潰し、その中心部の魔力源だった少女の首を切り落とした後だということだ。
切り落とした首の断面から噴き出した高密度の魔力が、伝説の魔将軍の防御を貫き、その肌を穿ったらしい。
死して尚、魔将軍に傷をつけるとは、なんと恐るべき破壊性だろうか。
そして話を聞く限りでは、確かにその少女の姿をした怪物は、国家存亡の危険性を持っていると感じられた。
少なくとも”件の黒竜”は、ある程度シセル・アルネスと渡り合っているように聞こえる。
そして困ったことに、その姿は・・・少なくとも首から上は、目下、自分達が気にかけている少女のものと同一である。
さらにいえば、モニカ・ヴァロアの内側には、確かにシセル・アルネスの話にあるような力を感じることができるのも事実だった。
それはリヴィアですら分かるほど、あからさまである。
いや、以前会ったときに感じた直感を信じるならば、その苛烈さはガブリエラ以上かもしれない。
リヴィアはグルリと周囲を見渡す。
この流れはまずい。
ネリスのエレイン大統領が手を挙げる。
そして、当たり前だが、とても聞かれたくない問いを発した。
「その首の少女が”Sランク魔獣”に相当する鬼害であることは認めましょう。
ですが、それと”モニカ・ヴァロア案件”がどう関係していると?
まさか、顔が似ているだけで大陸の端と端の者に繋がりがあると、判断したわけではないですよね?」
当たり前だが、当たり前。
南の果てのアムゼン魔国に、国家存亡級の魔獣が出現したのは、なるほど間違いないだろう。
だが、それと北の果てで認知外の貴族の令嬢が見つかった事と何の関係があるのか。
しかし、だからこそリヴィアは触れられたくなかった。
直感では繋がっている可能性が非常に高い。
何せ自分達は、”モニカ・ヴァロアの出生”に関しては殆ど何も知らず、それを埋めるためにあまりに厚顔無恥な嘘を塗りたくっているのだから。
そしてこれも当たり前だが、超大国の政策に対して脈絡もなく破滅的な提案をする時に、何の根拠もないというのはありえない。
シセル・アルネスは当然のような表情で、魔国の席へと歩むと、そこに座る魔王から何かの紙束を受け取った。
「これは鬼害の後で行われた、我々の調査の結果報告書です」
シセル・アルネスがまた会場の真ん中に戻りながらそう言って、報告書の表紙をめくる。
ほぼ同時に裏方に控えていた官僚達が、シセル・アルネスが手に持つものと同様の報告書の束を前の席に座る各国の代表達に配り始めた。
どうやら、タイミングを見計らって魔国の官僚が渡したようだ。
すぐにリヴィアにもその書類が回ってくる。
渡した官僚の視線からして、リヴィアからガブリエラに渡せということらしい。
だが、この状態のガブリエラに渡せというのか。
ガブリエラからは、普段纏っている天上天下唯我独尊の空気などどこにもなく、その背中は驚くほど小さく、髪の金色がくすんで見えた。
「この鬼害が発生している間に観測された魔力波の情報です。 まず注目していただきたいのは周波数です。
ご覧のように、観測された各波長の特徴は、公開されているヴァロア男爵の”波長”とほぼ同じでした」
シセルの言葉に続くように会場の中に紙を捲る音が充満する。
その音に釣られてリヴィアが資料を捲れば、確かにモニカ連絡室が公開したデータと、その鬼害から観測されたというデータに一致が見られた。
「そして、その”出力の変化”です。
観測された魔力派の変化が、ヴァロア男爵が魔力を放出したときのそれと合致する。
傾向もです・・・そして」
シセル・アルネスがグラフの一点を指差す。
「その個体を私が処理した同日、ヴァロア男爵の魔力波が急激に観測されやすくなっている。
同日には、”近隣貴族への披露”を理由とした、ヴァロア男爵のスキルの全開稼働が報告されていますが、それを差し引いても、短波長域において特に顕著な検出の容易化が見られる」
示されたグラフには、確かにモニカ・ヴァロアの魔力検出の精度が一気に向上していることが示されていた。
同時に、会場の中をヒソヒソ声と官僚たちが動き回る気配が支配した。
このグラフと同じものは、殆どの国が持っている。
おそらく、自国の観測所のデータを持ってきていないか確認を取っているのだろう。
そして予想通り、平均以上の国力を持つ国のほぼ全ての官僚が、何らかの資料をその国の代表の元へと届けていた。
リヴィアもガブリエラ用に回ってきた資料を、ちらりと見やる。
・・・さすが我が国だ。
リヴィアは思わず毒づくようなその皮肉の言葉を飲み込む。
官僚から渡された資料には、魔国の提示したそれとは比較にならないほど高精度なグラフが描かれていた。
そしてそれは、その情報を知っていれば、ヴァロア男爵の魔力がその瞬間、何らかの”フィルタ的要素”から抜け出して観測されていることが、ハッキリと記録されているではないか。
だがそうなると、本当に問題なのは観測されたことではない・・・
「この状況は、ヴァロア男爵が南部へと移動するまで続いています。
まるで別の”フィルタ圏内”に入ったように」
シセル・アルネスの言葉に、会場のほぼ全ての者の頭の中に”同じ危惧”が浮かび上がった。
即ち・・・
「これと同様の魔力存在が、魔国とアルバレスの間に、少なくとも複数存在する可能性が高いといえるでしょう」
シセル・アルネスのその結論に、会場の中に騒乱が巻き起こった。
これまで、この案件は無関係と思っていた第三国達が、一斉に事態の確認を始めたのだ。
無理もない、この魔将軍の言葉が真実ならば、今この大陸にはいつSランク相当の魔力災害を起こしてもおかしくない存在が、そこら中に蠢いているかもしれないのだ。
キャンベルのアルトリウス大統領が、最後の確認とばかりに質問を投げかける。
「この時のヴァロア男爵は北壁に近いヴァロア領にいます、対して魔国は南極圏。
この星で事実上の限界まで離れた”干渉存在”が廃されたことでフィルタ効果が無くなるのですか?
”他の要因”を示唆されているようですが、その場合、より近点同士の関係性が残っているのにも関わらず、遠点同士の変化が影響したことになりますが?」
それは一見するならば感覚的にもっともな疑問だ。
最遠点の要素が廃されたとしても、その間に他の”フィルタ要素”が残っているのなら、モニカの魔力が観測できるようになるとは思えない。
だが、高度魔力教育を受けているリヴィアは、”魔力場”というものが形成された場合、その振る舞いが必ずしも感覚的に正しくないことを知っていた。
「ある一定以上の要素による干渉作用が発生している魔力場において、魔力場の中心部分から他より大きく離れた2要素がある場合、中心部の要素を無視して外縁部に別の魔力場が形成されることがあります。
中心部の魔力場と組成が全く同じなため分かりづらいですが、外縁部の魔力場は中心部の魔力場の外側を添うように影響しあうため、距離の離れた2要素が影響しあうことはおかしなことではありません」
技術顧問役として会議に参加している国際魔力学会の研究員が、早口で捲し立てるように説明した通り、”魔力場”の振る舞い方として考えるならば違和感はない。
「おそらくヴァロア男爵の魔力は、他の”要素”と比較して少なくとも3倍以上、高波長域のエネルギー密度が高いのではないでしょうか。 これはアクリラで専門的な教育を受けていると考えればおかしなことではありません。 むしろ誘導効果を考えると、魔国のその子供の状態が急激に悪化した原因は、ヴァロア男爵が北に移動して合成魔力場に伸長圧力が掛ったからと考えることも・・・」
「ゴホン! ・・・貴重なご意見ありがとうございます、エマニュエル博士」
アルトリウス大統領が、勢いを増し始めた研究員の説明を咳払いで止める。
本音では聞きたそうな表情ではあったが、憶測が混じり始めたのを感じ取ったらしい。
”混乱”を望むところではないのだろう。
「今ここで重要なのは一つです。
ヴァロア男爵の魔力を打ち消す存在が、まだいる。
・・・それも複数」
アルトリウス大統領は続けて、”その全てがSランク魔獣になる可能性を秘めている”という文言を付け加えるべきかを逡巡するように、周囲の者を見渡した。
結局、”その言葉を付け加えない” というのが、今の国際社会の総意となった。
だが、これは痛い。
そして、まるでその総論を得た事を示すように、魔王が席を立って声を上げる。
「ここにお集まりの皆々様に今一度問いたい。
マグヌスとアルバレスは、ヴァロア男爵について、本当に正しい情報を発信しているのかと。
そして本当に危険性は無いのかと。
我が国は、これは一国の手には余る危険だと考えております」
魔王はそう言いながら会議場を見回し、囁くような騒めき以上の反論が挙がらないことを確認すると、会議所の中心に立つシセル・アルネスを指し示した。
「この危険に対し、我が国は協力を惜しみません。
要請さえあれば、Sランク魔獣を討伐可能な戦力をお貸しいたしましょう」
その宣言に、会場の騒めきが活発となる。
魔王はかつて世界を相手に戦った最強戦力を供出すると言ったのだ。
それ程の危険なのかと驚く声や、大魔将軍が魔国以外を徘徊することに対する忌避感を指摘する声などが、他国の関係者に聞かれることを憚ることなく会場に反響する。
それは間違いなく混乱だった。
だがその混乱によって、この”モニカ案件”への各国の認識が急速に危険な方向に流れていくのが、誰の目にもハッキリと認識できた。
一方、中心部に立つシセル・アルネスは、その混乱など気にすることなく、ある者の反応を窺っていた。
その強烈な視線が掠める感覚に、リヴィアの体が緊張する。
「フェルミ卿、あなたは如何に考えておられる?」
シセル・アルネスが、その視線の先にいる唯一人、ガブリエラへと問う。
その質問は、魔国の提示した説に対する意見を求めるようにも、これほどの怪物を隠匿しようとしたことに対する非難の様にも聞こえた。
この”モニカ案件”において、中心的な働きをしているのは間違いなくガブリエラだ。
積極的に保護下を宣言しているし、最初の身元保証人は彼女なのだから。
だが、シセル・アルネスの瞳に宿る強い光は、間違いなくそれ以外の要素に対する物も含んでいた。
リヴィアが手をスッと下げ、間に合うかは別にしていつでもガブリエラの前に防御魔法を展開できる態勢になる。
周りを見る余裕はないが、見ればきっと会場内の一定以上の実力者達が静かに臨戦態勢に移っていることだろう。
全員が、次のガブリエラの出方を固唾を飲んで見守っていた。
だが、ガブリエラの返答は予想外のものだった。
「・・・この哀れな者を・・・荼毘に付してやりたい」
ガブリエラは俯いたまま、まるで零れ落ちるような声でそう呟いたのだ。
その言葉の内容を、殆どの者は一瞬理解できなかった。
だがそれも、少女の首を持つガブリエラの手に魔力が集中し始めるのを見れば、流石に彼女の言ったことが冗談でもなんでもない事に気が付いただろう。
「それは我が国の貴重な証拠です、フェルミ卿」
シセル・アルネスの研ぎ澄まされた言葉が、剣の様にガブリエラに突き刺さり、ガブリエラの中を渦巻き始めた魔力の流れが止まる。
「それとも、ご自身の御立場を御理解なされていない?」
そのシセル・アルネスの言葉に、ガブリエラがギロリと睨む。
「確認を問うたわけではない」
次の瞬間、リヴィアの目の前を金色の光が埋め尽くした。
お久しぶりです。
大変おまたせしました。
いきなりですが、あと数話は毎日投稿を行う予定です。




