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 モニカの奇妙な相棒 ~ 最強スキルは、俺自身!? ~  作者: マカルー
第二章 モニカの奇妙な学園生活
412/426

2-X13【幕間4:~憧れの人~】


「おや、随分と機嫌がよさそうだな」

 

 数刻後、ようやく会談が終わった会場から出てきたガブリエラにそう言われるくらいには、ルキアーノの気分は上向いていた。

 いかんせん、人から名指しで頼られる経験が少ないのだ。


「会談はどうだった?」

「我が妹ながら頼もしい姿が見れて驚いたよ。 あのくらいの時の私など人前に出せるものではなかったからな」


 そう言って、嬉しそうに後ろから続いて出てきたイゾルタ王女を見やるガブリエラの表情も、いつも以上に良いものだ。

 どうやら会談中のイゾルタ王女の振る舞いは、王族として恥ずかしくない物だったのだろう。

 ガブリエラの纏う魔力からは、本心から妹の成長を喜んでいるのが伝わってきた。

 だが悲しいかな、件のイゾルタはガブリエラに笑みを向けられるなり、作り笑いのまま表情筋を固めている。

 ルキアーノの知る限り、イゾルタはガブリエラに最も苦手意識を持っている王族で、どうやらその状態はちっとも改善していないらしい。


 だが、そんなイゾルタの心などに関心を寄せるわけもないガブリエラが、傍若無人にもそのまま当たり前のようにルキアーノに口づけしたものだから、作り笑顔を貼り付けていたイゾルタ王女の顔は真っ赤になってしまう。

 皇帝が呆気に取られつつも、どこか食い入るようにこちらを見ているのが何とも滑稽である。

 

 だがこの破廉恥を咎める者はいない。

 それどころではないのだ。


 会談会場の入り口前は、要人達の退席で一気に騒がしくなっていた。

 マグヌスとアルバレスの混成護衛達が一瞬で、周囲を固めて簡易的な円陣を作る。

 中に入れるのは、中の要人に近しい者たちだけ。

 幸いというか意外なことに、ルキアーノはその中に含まれていた。

 護衛達の先程までの嫌悪感から、それとなく外されると思っていただけに、意外なこともあるものだ。


 いや、ガブリエラが怖いだけかもしれないと、ルキアーノは思い直す。

 アルバレスの勇者二人と異なり、マグヌス側の”王位スキル”はどうしても制御不能に陥るリスクが懸念される。

 そうなった場合に止められる可能性の最も高いリヴィアとルキアーノを近くに置いておくことは、要人達に鬼を近づけるリスクと屈辱に勝る意味があるのだろう。

 だが、そんなことをリヴィアに話すと、


「発表前とはいえ、なんでガブリエラ様の婚約者を外すんです?」


 と、呆れた返事が返ってきた。

 


 円陣はそのまま、会場となった巨大施設の大廊下を、玄関に向かって移動を始めた。

 2国間会談としては今会議最高級となるこの面子が、会談が終わってすぐに解散となるわけもなく、むしろここからが本番とばかりに慌ただしく物事は進んでいく。


 まずは”皇帝と、イゾルタ、ガブリエラによる談笑しながらの移動”

 冗談かと思うが、これでも政治的な”行事”である。


 なぜならその様子を会場の周囲に張り込んでいる報道関係者達に見せつけるように、大回りをしながら玄関へと向かわねばならぬからだ。

 どこで作ったのか、板のように平らなガラスの窓の向こうにはおかしな事に、少しでも王族達を見ようと窓の外の報道陣の密集地点が波のように移動する光景が見えるではないか。

 何を喋っているのかなど誰も気にしないが、”喋っている事”は大いに気にするというのだから不思議なものである。

 護る側のルキアーノとしては、大量の視線に晒されるというのは心地の良いものではないのだが。


 このガラスの強度はどこまで信用できるのだろうか?

 ルキアーノは値踏みするような視線を窓に向ける。 

 トルバガラスの強度など、ルキアーノの知るところではないのだが。


 そんなことをしながら延々会場建物の外周を回った後、今度はやけに巨大な会場の玄関ホールに移動して、選抜された”公式報道陣”への”会見”が始まる。

 会見場にやって来ればご丁寧なことに、既に仰々しい演壇が2つも用意されていた。

 しかも国旗付き、どちらも意匠の異なるものだ、まさか国ごとに用意しているのか?

 

 そしてその演壇に最初に付くのは両外務大臣。


「お集まりの皆さん、この様な場にお越しいただき、誠に感謝いたします」


 まずは、この会談の名目上の主催であるアルバレスの外務大臣が、彼の国の言葉でそう告げ、続いて愛しき我が国のそれ( ・・・・・・)が同じように自分の言葉で続く。

 見ての通り、ここからは今回の会談の成果をそれぞれの代表がアピールする時間だ。

 ルキアーノには意味も価値も分からぬ話を、御大層な言葉で飾り立てる時間でもある。


 どこか手持ち無沙汰の皇帝の様子を見るに、彼の感想もルキアーノとそう大きな違いは無いだろう。

 だが、ああはなりたくはないものだと、舞台の最上段にイゾルタ王女と取り残された憐れな少年を見ながらルキアーノは思った。

 やることもないが、さりとて動くこともできない。

 我が儘を言おうにも、周囲から浴びせられる値踏みの視線に押し止められては、流石の皇帝も何もできないのだ。


 これで、唯一同じ場所に立たされているイゾルタ王女も同じ意見なら良いのだろうが、腹違いとはいえ”姉連中”がアレとは想像できないほど彼女はしっかりしているようで、退屈な素振りは魔力以外には漂わせていなかった。

 なるほど確かにしっかりした子だ。

 少し離れて横に並ぶガブリエラと比べても、この場の”主従”がどうなっているかは、佇まいだけで一目で分かる。


 贅沢を言う余地があるとするなら、横にいる皇帝の風格まで食ってしまっているところだろうか。



 ・・・・・・・



 不意に何かが聞こえたような気がした。

 続いて視界が段々とぼやけ始め、ルキアーノの意思を徐々に外れていく。

 やがて視線が夢遊病感の様に廊下を彷徨った後、前に立つガブリエラの肉付きの良い腰のあたりを漂いだした。



「・・・フヒヒ・・・いいねぇ」

「!?」


 場に一瞬で緊張が走る。

 一つ前にいた護衛がビクリ跳ねるように後ろを振り向き、横からリヴィアが覗き込む。

 だが、ガブリエラが何事かとこちらに視線を向けた瞬間には、ルキアーノは既に薬を飲み込み終えていた。

 すぐに噴き上がっていた感情が鎮火する。


 危ない・・・今回は確実に表に出ていた。

 その事実に、ルキアーノは内心で臍を噛む。


「・・・まったく、嫌になっちゃうね。 魔力が神経を搔き立てて仕方ない」


 ルキアーノはここ数日、もうすっかり環境と化し始めた己の中の”声”を必死に脇にどけながら、虚勢を吐くようにそう呟く。

 幸い記者達は外務大臣の話に夢中で、その端の護衛の緊張など気にも留めていない。


「・・・薬、飲みすぎじゃないですか、さっきも飲んでいましよね?」

「これでも少しずつ減っているんだけどね」


 ルキアーノのその言葉に、リヴィアは少し後ろ髪を引かれたような表情で、視線を前方の会見場に戻した。


 嘘ではない。 

 少しずつ慣れている実感はある。


 だが、リヴィアが知っている”さっき”は、本当の”さっき”よりもだいぶ前だということは黙っていた。

 ちょうど3時間くらい前だろうか。

 だが彼等も、まさかその間に2錠も追加で飲んでいるとは夢にも思わないだろう。


「・・・効果があるとすれば、これかな」


 ルキアーノ誰にも聞かれない音量で、今更ながらサルモーレに対する返答を述べる。


 ルキアーノの心の中に憎々し気な感情が渦巻く。


 この空気中の魔力量は、ルキアーノの神経を確実にすり減らしていた。

 今は薬で何とかなっているが、副作用の緩い薬ではないのだ。

 このペースで飲み続ければ確実に身が持たない。

 どこかの段階でルキアーノはこの街を去るしかなくなるだろう。


 ガブリエラを残して。


 そうなれば、ガブリエラの警護に大穴が開く事態だ。

 ・・・いや、この我が儘を王女の事だ、案外ルキアーノに付いてルクラを出ると言い出しかねない。

 そこまで行けば、”大掛かりな仕掛け”に見合う状況になるのではないか?


 別に”政治的な攻撃”と考えるならば、誰かを殺したり、何かを壊したりするだけではないだろう。

 マグヌスのメンツを潰せれば、それだけで”大きな成果”といえる。


 ・・・いや流石にそれは考えすぎか。

 感情に支配されない状態だと、今度は思考に支配されるらしい。

 ままならぬものだ。


 だが少なくとも、あの時魔力をバラ捲いた者の狙いが”ガブリエラへの攻撃”であるならば、少なくともその護衛の一角にかなり大きなダメージを入れることに成功していた。





 相方の様子がいよいよおかしくなってきた。


 己の内から湧き出るその言葉に、リヴィアは少し混乱する。

 ルキアーノはいつだっておかしいのだから、改めて”おかしくなってきた”というのは何とも妙な話ではないかと。


 だがこれはいつもの”それ”とは大きく異なる。

 ルキアーノのどこか恍惚とした顔つきが、今は何とも苦悩を知った渋いものではないか。

 本人は何ともないと繰り返すが、ここ数日の異常な魔力濃度が確実に彼を蝕んでいるのは間違いない。

 先ほどの会見の時も冷や汗を掻いたものだ。


 幸いにも会見は予定通り恙なく進行し、自分達(ガブリエラ一行)のこの場での役目は終えることはできた。

 だが行事がそれでお終いという訳ではない。


 マグヌス代表団とアルバレス代表団が会場内で挨拶して別れた後、更にマグヌス代表団からガブリエラ一行が分離する。


 イゾルタ王女と外務大臣がマグヌス外交の”本隊”とするならば、ガブリエラは”第2部隊”といえる。

 この2つが一緒に行動していては、回る仕事も回らない。

 なにせルクラの街中で活躍するマグヌスの軍事関係者の”実働部隊”には、関係各所と話を詰めたり物事の取り決めを捻りだすことは出来ても、それを”認証”することはできないからだ。


「このままネリスとの第3種魔石取引協定の会合に向かいます、そのあとすぐに隣の建物で行われているファレル社の式典があるので、挨拶は短めにしてください」


 リヴィアが直近の予定を改めて告げる。

 もちろんこれは自らの主に対する連絡の作業だが、その意味合いはむしろ同行する者への声かけの意味合いが大きい。

 予想していたことだが、先程のアルバレス皇帝との会談が少し伸びたせいで、予定がいくつか変更になっている。


 外交の予定というのは、こちらが遅れたからといってそのまま次の予定を順番に遅らせていくわけにはいかない。

 大国や自国の命運を握っている有力者との会談に遅れるわけにはいかないし、その時間でなければ意味のないイベントも多数存在する。


 今日であれば、この後は日没直後に予定されている、”竜王”との会談に向けて全ての予定が常に並べ替えの対象になっていた。

 信者数第3位とはいえその他の宗教へも大きな影響力を持つ御仁との会談だけに、彼の御仁が如何に寛大な心の持ち主であっても、待たせては信者が黙っていないだろう。

 ”聖王”との会談でもない限りは、本来上位者であるはずのアルバレス皇帝よりも優先度は高く、また失敗できない相手だ。


 だから次の会場に向かう足取りも、どうしても忙しないものになる。

 比較的広いはずの廊下を、完全武装の”エリート持ち”兵士4人と、それに引けを取らない側近2人を引き連れた、それらすべてを圧倒する覇気を纏ったガブリエラが駆け抜ければ、すわ重戦車の行進かと”巨人類”にも分類されそうな者までもが廊下の端に身を寄せざるを得まい。

 とはいえ、これでも街中を走り回る”実務組”に比べれば、騒音だけは大人しいのだから、つくづく国際会議というのは騒がしいイベントだ。


 リヴィアがチラリと横を見る。

 ルキアーノにこれといった異常はない。

 健康被害を心配しているが、この程度でそれが現出するほど彼は弱くもない・・・のだが、気になるものは気になる。

 ただ、同時に別の事が気になっってもいた。


「・・・誰か気をつけた方が良い対象はおられますか?」


 リヴィアは徐ろにルキアーノに耳打ちする。

 それと同時に、今しがたすれ違った一団をチラリと視線で追う。


 それはリヴィアの腰までくらいの大きさの、鼠人の一団だった。

 別に、外交官である彼等がここに居るのは良い。

 ここがそういう場所( ・・・・・・)だからだ。


 だが同時に、”凄まじい文化の差”にも対応しなければいけない。

 具体的には今のドブネ・・・いや鼠人達が発する強烈な悪臭が、リヴィアの鼻へ強力な一撃を見舞ったせいで、その事をすっかり忘れていた事に気付かされた。

 もちろんアクリラで”戦闘”の課程を修めているガブリエラが、悪臭ごときで文句を垂れるとは思っていない。

 だが、だからこそリヴィアには未だ、”ガブリエラの限界”が今一つ掴めないままなのだ。

 そしてリヴィアの知る限り、ガブリエラはかなり選り好みが独特で苛烈である。


「・・・今は迂回できる時間があまりありません、ガブリエラ様と会わせる上で、気をつけた方が良い種族や対象者があれば教えてください」

「・・・本人に聞いたら?」


 ルキアーノが面倒臭そうに前を歩くガブリエラを見る。

 

「・・・こういったものは、案外本人が自覚していない場合が殆どなので」

「・・・まじめだねぇ」


 もし仮にガブリエラが心から嫌悪する存在が現れた時、それが我が国にとってどのような方向に転がるか分からない以上、そういった事態はできるだけ回避したい。

 そしてガブリエラの”選り好み”について、この場で一番詳しいのは間違いなくルキアーノだ。

 だが、だからといってすぐに答えが返ってくる訳もなし。

 そのまま、大会議室の前を3つ通り過ぎる間、ルキアーノは考え込むように黙っていた。


 思いつかないのであればそれはそれで良し。

 

 考えている間も、彼の”謎の魔力”が探るように周囲を動き回るのを感心しながら、リヴィアは懸念が杞憂に終わることを期待していたので、ルキアーノが何かを思い出したかのような表情を作ったことに軽く落胆してしまった。


「・・・んー、”シセル・アルネス”と、それと”クリント・ミューロック”かな」


 出てきた名前に、思わずつんのめりそうになるのを何とか堪える。


 前半も大概だがまだ分かる。

 この会場で、ガブリエラが唯一”戦って死ぬ可能性”がある、魔国の魔将軍が危険なのは百も承知だ。

 だが、後半は・・・


「・・・エドワーズ大統領がですか?」


 思わずヒソヒソ声の音量が、”軍事レベル”から”一般レベル”まで上がってしまい、ガブリエラに聞かれてはいないかと、リヴィアは前を見てしまった。

 幸い、ガブリエラは何か嬉しいことでもあるのか、上機嫌で闊歩しているためこちらを気にもしていない。


「・・・何か危険なことでも? それかガブリエラ様がゴブリン族が苦手とか」


 リヴィアは問い返しながら”そんなわけはない”と心の中で叫んでいた。

 ガブリエラ様が”ゴブリン差別”だ?

 ミューロックに直接会ったことこそないが、エドワーズの使者を通じてやり取りを交わした事もあるし、エドワーズの使者も大抵ゴブリン族だった。

 その時にガブリエラが嫌悪感を顕にしていたら、今の関係は結べなかっただろう。


「そんなんじゃないよ、ただ・・・」


 ルキアーノが否定する。

 

 そしてリヴィアは、どうやら彼が”気をつける”という意味を誤解したということを、すぐに知る事になった。


「あー、これは見た方が早いね」


 ルキアーノがそう答えながら前方を見つめる。

 リヴィアが意識を前に向けると、これから進む先の曲がり角から別の一団がひょっこりと現れたではないか。

 

 ガブリエラの護衛達が瞬時に相手を見定め、慌てて道を開けるようにガブリエラを脇に誘導し始め、その反応にリヴィアの中に緊張が走る。


 噂をすればなんとやら。


 この会議期間中においてガブリエラが道を譲らねばならぬ相手など、限りなく限定される。

 最低でも主要国のトップ、それも代理ではなく確たる地位を持った首脳本人くらいだろう。


 そして相手は、まさしくこの会場で”最高の権力者”だった。


 相手の護衛の先頭を行く”オーガ族”と”トロール族”の巨漢達が、その種族の一般的なイメージとはかけ離れた”知性的な目”でこちらの護衛とアイコンタクトを交わし、視線だけでこの場の”すれ違い”の摺合せを行い、ついでに護衛同士の健闘を称え合う。

 分かってはいたし理解していたつもりでも、こうして目の当たりにすると、やはりまだ違和感が取れないと思い知らされた。

 彼等の種族にこの50年で起きた激変は、他国の者には衝撃が大き過ぎ、つい最近産まれたはずのリヴィアでさえその衝撃から逃れられてはいない。


 そして彼らの後ろには、その”激変”を成した当人が続いているのだ。


 比較的大柄なホブゴブリンの閣僚2人に挟まれる、場違いなほど小柄な老ゴブリン。

 剥げかかった頭と、種族の限界以上に歳を重ねて皺すら伸びてしまった肌は、お世辞にも美しくはない。

 だが、彼にとってそんな物は必要ではないのだろう。

 リヴィアは力ではない圧力( ・・・・・・・)に気圧されるのを、ハッキリと認知していた。

 

 仮に”格”で上回っていたとしても、思わず道を譲ってしまいそうになるその圧力に、こちらの歩みが自然と止まる・・・・1人を除いて。



「ガブリエラ様!?」


 護衛達の指示などどこ吹く風でズカズカと歩みを進めたままのガブリエラに、リヴィアが慌てて声を上げる。

 その声に振り返ったこちらの護衛達の表情に焦りの色が見える。

 一瞬だけ、ガブリエラが護衛達の指示を理解しなかったのかと思ったようだが、すぐにそれが別の”色”を纏った。


 ガブリエラの歩みが明らかに先程までより力強く、そして方向が確実に”クリント・ミューロック”に向かっていたからだ。


 リヴィアの中にまさに一瞬前にルキアーノから受けた警告が木霊した。

 だがいくら何でも、こんないきなり・・・


 リヴィアがガブリエラの肩を掴もうと手を伸ばす。

 主君に無礼などと言っている暇はない、トルバ首都国首脳に何かした( ・・・・)とあっては王族とはいえど大逆も甚だしい。


 当然、エドワーズの護衛達が”特級戦力”の不意の接近を只で見ている訳もなかった。 

 先頭のオーガ族の兵士が腰に差した大太刀の柄を握り、トロール族の兵士が肩の魔道具らしき物を起動して、要人を取り囲む結解を展開する。

 だが彼等の顔は青い。

 ガブリエラが本気で彼等を害するつもりなら、そんな結界など無いのと変わらないのを理解していたからだ。

 だが蛮族や獣ではなく”軍人”の目をした彼らの覚悟が、その程度の絶望で止まるわけはない。


 止めなくては!


 そう思い伸ばしていた腕が、後ろから伸びた別の手に掴まれる。

 振り返ればそこに、少し困った顔のルキアーノが。


 何を考えているのか、と怒鳴りそうになったが、続いて別の方向から発せられた言葉に思いとどまる。

 


「無用です」


  

 そう言いながら、この場で最も小柄なゴブリンがトロール族の護衛の脛に触れた。

 トロール族の護衛が弾かれた様に下に顔を向け、そこに有る表情を見て、慌てて張っていた結界を解く。

 当然、誰も止めるものがいなくなったガブリエラが、そのまま二組の中間点を踏み越え、更には護衛の直前まで進んでしまうのを見送るしかできない。

 トロール族の額に冷や汗が滲む。

 ミューロック大統領の横にいた秘書と思わしきホブゴブリンが堪らず前に出ようとするが、件のゴブリンはそれを優しい手付きで止めた。



「お嬢さん、私に何か御用ですかな?」


 ミューロック大統領が少女に語りかけるような声で問いかけてきた。

 その瞬間、ガブリエラの足が止まり、震えながら崩れ落ちるように最敬礼を取る。


「お初にお目にかかります、マグヌス第3王女”ガブリエラ・フェルミ”です。

 無礼を承知でご挨拶させてください、このような場で貴方に会えた喜びを、抑えることができないのです」


 ガブリエラの声は、リヴィアが今まで聞いたことのないものだった。

 恋に恋する少女のようにも、夢に心を馳せる少年のようにも。

 とにかく、自らの主から出るとは思えないほど”正しく純粋”なそれは、ミューロック大統領とガブリエラ、そして何故かルキアーノ以外のこの場の全員の度肝を抜いていた。


「こちらこそ、はじめまして”フェルミ卿”。

 マグヌスの王族の方を先に名乗らせた事をお詫びします」

「いえ、とんでもない!」


 頭を下げようとしたミューロック大統領を慌てて止めるガブリエラ。

 その姿に、リヴィアの瞠目は更に広がる。 


「貴方の著書は私の光でした。

 私の内にある力に飲まれそうになったとき、何度も貴方の言葉が私を立ち上がらせてくれた」


 ガブリエラが歓喜に打ち震えるような表情でそう告げると、ゴブリンの老人は年相応の渋みを感じる笑みを浮かべた。


「それはそれは、大変光栄ですが、私などがフェルミ卿の”光”などとは、もう少し情操教育に良い物を書くべきでしたな」


 そこから、ガブリエラとミューロック大統領の予定にない談笑が始まった。


 ただ、現れたのは超大国の要人の会談ではなく、歴史的”偉人”とそれに憧れる少女のやり取り。

 そのあまりに奇妙な空間は、当惑する関係者を無視すれば、なんと微笑ましい事だろうか。

 お互いの護衛達が、混乱したように相手の陣営と自らの主を見比べる。

 一触触発まで緊張が膨らんだだけに、思考が現実に付いていっていないのだ。

 しかも何方にとっても、談笑を止めさせるにはあまりに政治的リスクが高すぎる相手に、側近達も黙って見守る他無い。

 リヴィアが、ミューロックの横のホブゴブリンを見やる。

 種族離れした綺麗な見た目のその女は、顔に心底困った表情を貼り付けながら、リヴィアに向かって視線で”そちらから止めろ”という意思を送っていた。

 こちらからの無礼なだけにリヴィアもそうしたいのは山々なのだが、いかんせん無茶な相談である。


「ほら、やっぱり止まらなかった」


 ルキアーノの言葉にヴィアは、弾かれた様に振り返る。

 そこにはこの場で唯一、状況に付いて行っているらしいリヴィアの相方が、呆れた表情で成り行きを見守っていた。

 リヴィアが焦るようにルキアーノとガブリエラを見比べる。

 

 ルキアーノを問いただしたいが、さりとてガブリエラを残して下がるわけにもいかない。

 すると、見かねたルキアーノが歩み出てリヴィアの横に並んだ。


「・・・言ったでしょ、”クリント・ミューロックには注意しろ”って」

「・・・それって、こういうことなんですか!?」


 リヴィアがガブリエラを見やる。

 普段の傲岸不遜がどこへやら、ガブリエラは全身に歓喜と興奮の感情を漲らせ、街娘のように無邪気にミューロック大統領に話続けていた。


「・・・ガブリエラは会っても平静でいるって話してたけど、僕は最初から無理だと思ってたね。

 人には”逆らえない感情”ってのがあるのに、意外とそれが分からないんだ」


 その言葉にリヴィアは強制的に頷かされてしまう。

 ルキアーノが言うと何とも含蓄を感じる言葉だが、ガブリエラだって本来は感情の制御が苦手だったのだ。

 だが、それでも我を失うほど心が舞い上がるとは。


「・・・そんなに好きなんですか?」

「・・・これでもたぶん、相当抑えてるよ」


 ルキアーノはそう言いながら、呆気に取られているリヴィア達に説明してくれた。




 曰く、幼少期の自らの力に物理的、魔力的、政治的、そして何より精神的に振り回されていた頃のことだ。

 ガブリエラの教育のため、今の侍従長が偉人の伝記を読ませていた事があったらしい。

 大変な人生を送ることになるガブリエラにとって、偉業を成した者から得るものは多いと考えたのか、それともカタブツの侍従長のことだから、単なる絵本のつもりだったのかもしれないが、ガブリエラはその中で特に”2人の偉人”に心惹かれたという。


 片方はガブリエラに匹敵する力を、それ以上の力として昇華させた偉人 シセル・アルネス

 そしてもう片方が、最弱の存在でありながら、あらゆる障壁を乗り越え屈服させた偉人 クリント・ミューロック


「・・・ガブリエラの薄っぺらい言動が、2人のモノマネだって知ってた?」


 ルキアーノがバカバカしいとばかりにその事実を告げる。


「・・・元々はあんな仰々しい喋り方じゃないんだよ」



 ミューロックのような志を持ち、シセルのように力を扱う。

 それが幼い怪物王女が自分に被せた、”ガブリエラ”という仮面の正体だった。

 もちろん、資料などから推察した思想言動が一致するわけもなく、ルキアーノに言わせれば初期のそれはなんとも滑稽だったそうだ。


 ただ、ガブリエラが語る”統治者のあり方”はミューロックの著書のそれと一字一句同じだし、その強大な力を”国の槍”として振るうという姿勢は、シセルの生き様そのもの。


 ついでに、イゾルタ王女や、”妹分”に入ったヘルガやモニカまで世話を焼きたがるのは、度々ミューロックが弟妹を助けられなかった事の後悔を語っていたことに由来するとか。

 リヴィアの記憶を辿ってみても、確かにガブリエラはある時を境に急激に変化していた様に思われる。

 少なくとも、”まともに人前に出せない怪物”から、なんとか脱却しようとしていたのは間違いない。

 あの時の演技じみた接し方は、当時は大人の言いつけに屈したのかと思っていたが、こんな理由があったとは。


 だがそのおかげで、”まだマトモ”まで回復できたのだから、リヴィアとしては”なんで、知人の心臓を焼かないようにはならなかったのか”とは思いつつも、感謝するしかない。

 


「あなた以上の”偉業”を成した者を私は知りません」


 ガブリエラが縋るような声でそう語ると、ミューロックはいつの間にか少し照れたように顔を綻ばせていた。


「好意を持っていただいて大変光栄です。 だが私などよりも偉大な方は沢山いますよ」


 ミューロックはそう言って恐縮するが、ガブリエラは称賛が止まる気配はない。

 ただ、ガブリエラから次に出てきた言葉は、彼にとって意外なものだったらしい。 


「あなたが敬愛したという、”マディーバ”もそうなのでしょうか?」


 その瞬間、リヴィアははっきりと目の前のこのゴブリンが凍りつくのを感じ取った。


 正確には、ミューロックは照れ笑いを浮かべたまま、その表情を固定させている。

 お付きのゴブリン達も困惑している事からして、少なくとも彼等共通のタブーに触れたわけではないのだろう。


 ミューロックは表情は変えぬまま、目だけ不審感を湛えてマジマジとガブリエラを見つめていた。

 まるでその内に秘めた謎を暴いてやろうといわんばかりの圧力に、ガブリエラも焦ったように言葉を失っていた。


 その時だった。


「※※※、※※※※※、 ※※※※※※、※※※※※、※※※※、※※※※※※※、※※※※※※、 ※※※※※。

 ※※ ※※※ ※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※、※※※※※ ※※※※※※。」


 不意にミューロックが、虚空に向かって何かを放つように話し始めた。


 イントネーションからして、前半が一つの文章ではないと思われるが、それが何なのかはリヴィアには分からない。

 トルバ公用語でも、エドワーズ語でも、ゴブリン語でもなく、ミューロックの出身部族の古語である”ロック語”とも毛色が違うそれは、何かの名詞の羅列にも感じられた。


「ミューロック殿?」


 理解できない言葉を投げかけられたガブリエラが、珍しく困惑した声色で問い返す。

 この程度なら、普段は傍若無人な態度を崩さぬだろう彼女も、その態度の”元ネタ”に理解不能な事をされては保たなかったらしい。

 ・・・いや”傍若無人”はシセル・アルネスが元ネタか?


 だがその反応を見たのか、ミューロックの表情に急に色が戻ってきた。


「あぁ、すいません・・・少し・・・いやかなり驚いてしまったもので・・・・分からなければいいのですよ、忘れてください。

 それにしても、どこでその名前を?」


 誤魔化すようにそう答える老ゴブリンに、ガブリエラは一瞬戸惑うように周りのゴブリン達を見てから、そこに純粋な困惑しかないことを見て取り、これが決して”してはいけない話題ではない”と悟ったようだ。


「『規範は正義ならず、正義は規範ならず』です、ただ他では見かけなかったので気になって」

「”マディーバ”がですか?」


 ミューロックが少し驚いた様に聞き返す。

 まさか、そんなところに書いてしまっていたとは夢にも思わなかった、といった感じだろうか。


「著書では”父のような存在”だったと書かれていましたので」


 その言葉で、この場の全員の興味が話に向かうのリヴィアは感じ取った。

 皆、ミューロックが”父”と呼ぶ存在に心を引かれたのだろう。

 それと同時に、リヴィアは”マディーバ”という存在が、ミューロックの側近にすら知られていないものである事も悟る。


「”父”とは・・・私も若い時があったのですね」


 一方のミューロックは、”父”と呼んだかつての自分を笑うように苦笑している。


「では違うのですか? てっきり、その方の意志を継いだのだとばかり・・・」


 ガブリエラが何か意図を読み間違えたのかと、顔に焦りと、驚くことに”羞恥”を浮かべていた

 だがそれを見たミューロックが、困ったように肩をすくめる。


「”意志を継いだ”と思っているのは間違いではないのですよ、ですが私はただ彼を真似ているだけに過ぎません。

 今となっては、”父”等と、よく言えたものだと。

 彼はそう・・・まさにあなたの言う”光”のような存在でした」


 ミューロックはそう言うと、遠い日を思い返すようにわずかに視線を虚空に泳がせる。

 彼の半生の壮絶さを考えるなら、その視線の先はどれほど遠いのか。


「もしよろしければ、教えていただいても?」


 ガブリエラが自然に話を続けるのを装うが、単純に憧れの人の半生を聞きたくてウズウズしているのが明らかだ。

 するとミューロックは困ったように苦笑を浮かべたあと、どうも逃げられそうにないと悟ったらしく、当たり障りのない言葉を探すように一瞬目線を泳がせたかと思うと、言いにくい言葉を絞り出すように語り始めた。


「・・・信じられないかもしれませんが、昔・・・肌の色の薄い( ・・・・・・)ゴブリンが、肌の色の濃い( ・・・・・・)ゴブリンを迫害していたことがありました」

「ゴブリン族がですか?」


 ガブリエラが信じられないと驚く。

 見ればそこにいた他のゴブリン達にも同様の驚きが見られる。

 だが、どこか納得したような表情も含まれることからして、彼等に経験がなくとも他の族や先代であればあり得ると思ったのだろう。

 ミューロックもどこか思い出を軽蔑するような感じで首を横に振った。


「いいえ・・・誇り高き”ゴブリン族”などとはとても呼べぬ醜い種族です。

 ただそれに公然と立ち向かった、肌の濃い者( ・・・・・)がいた。

 ・・・・それだけの事です」


 ミューロックはそう言って、これ以上は教えないとばかりに言葉を切った。


 だがミューロックの肌の色は、そこまで濃くはない。

 リヴィアは、ミューロック大統領とその”マディーバ”との関係が大いに気になった。







 唐突なミューロック大統領との会談にも拘わらず、第三種魔石取引協定の会合には間に合うことができた。

 沢山の商会人が入り乱れる大広間を見渡しながら、リヴィアは息をつく。

 特に目を見張る効果のない魔石だが、現代では様々な場所で使用されるだけに、その輸出入の包括的取引協定の策定は国の行末に関わる大事といっていいので、間に合った事にリヴィアはホッとしていた。


 ガブリエラは現在、新協定締結の宣言を行うため、急拵えの雛壇の上で音頭を取っている。

 おかげで、それ程近くにいるわけではないリヴィアは、幾分気を抜くことができた。

 とはいえ休まるわけではない。

 現在時刻を確認し、魔力波通信で他の進行状況を確認して、この後の予定を組み立てる仕事がある。


 ただそこで気になったのが、先程のミューロックが発した謎の言葉達だ。


「・・・え? なんて言ったかわかるかって?」

「はい、ゴブリン族の滑舌の特徴とも違っていて、まるで”他の世界”の発音のようで」


 気づけばリヴィアは自然な流れでルキアーノに問うていた。

 彼への信頼は微妙だが、彼の記憶力と勘の良さ、そして知識への信頼はこの半年で得ていたので、リヴィアが分からない言葉でも知っていたり、もしくは何らかの糸口を掴んでいるかのしれないと思ったのだ。

 ただルキアーノの表情は芳しくない。

 ミューロック大統領の言った言葉を何度も発音を変化させながら反芻しているのが聞こえるが、虚空を掴もうとするかの様に空振っている。


「ゴメン、思いつかないな・・・僕も”他の世界の言葉”って感想が近いかもしれない」


 ルキアーノのその言葉に、リヴィアは少しだけ落胆した。

 ”ミューロック”という偉人のことが、少し分かるかもしれないという期待は叶わなさそうだ。


「それじゃ、分かりそうにないですね。

 流石にミューロック大統領が”他の世界の住人だった”なんて事があるわけないですし」


 そう言って自分に言い聞かせるように、話を打ち切る言葉を発した。

 気になることではあるが、今は忙しい国際会議の最中。

 与太話に付き合う時間はない。


 だが、ルキアーノはリヴィアの言葉の意図は汲み取れなかったらしい。


「ハハハ、それはわからないよ。

 この世界じゃないところから来た者が、多くの分野で活躍していて、そういうのを”アトラス”って呼ぶんだって」


 相方から飛び出した、”代表的な陰謀論”の名前にリヴィアは僅かに苦笑する。

 まさか身内に、そんな与太話を信じる者がいるとは思わなかったし、それが中身は意外と現実的な思考をすると思っていたルキアーノだという事実に、リヴィアは顔を覆いたくなった。


切りどころが他になかったので、この話で2-22【あの山を登るために必要な船頭の数】を終わりとします。

そのため次回から、2-23【世界よ、さあ踊れ!(仮題)】となります。


区切りのあとがきは、土日の内に上げる予定です。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

また、ブックマークや評価、レビューをしてくださった方へ、心より感謝いたします。

読者の皆様の存在が私の原動力です。



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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうあからさまな伏線というかヒントがあると考察が捗って楽しいです [一言] マディーバ…一体ナニソン・ナンデラ氏なんだ… 今回の話から想像するミューロックとマディーバの関係を考えると…
[良い点] トルバ独立戦争の研究してた時期があるとは言ってましたがこんなテンションが上がるほどとはw 意外な一面が見れました マディーバ、肌の違う同じ種族の争い、全く未知の異世界のような言語... 地…
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