2-X13【幕間3:~専門家の意見~】
「イゾルタ王女も大変でしたね。 せっかくのお披露目でしたのに」
アルバレスの外務大臣が気遣うようにそう話すと、それに対しイゾルタ王女が礼儀正しく謝辞を返す。
先日入場行進を襲った”高濃度魔力災害”の影響で、それ以後の入場行進は取りやめとなっていた。
ギリギリまで無観客での実施も検討されたらしいが、政治的効果のない行進に意味はなく、また騒ぎの原因が不明である限りは要人を出したがる国もない。
そんなわけで、ルクラ入りの最終日に予定されていたアルバレス使節団とマグヌス使節団の入場はキャンセルとなり、その頭目であるアルバレス皇帝とイゾルタ王女は、不倫中のお忍び貴族よろしく、隠れるようにルクラの街に入っていた。
本当なら本会議が始まるまで・・・いや、会議が儀礼的なものになる終盤までルクラの近隣都市に留め置くのが理想だろうが、さすがに”顔”が会場の街に入らない訳にはいかない。
しかも2人共、失った政治的機会を挽回するべく、多くの外国要人と精力的に面会を詰め込んだため、それを手配する外交官達の目は虚ろで、貼り付けた笑顔が疲労で剥がれかかっている。
それを見ながらリヴィアは、ちらりと自分の主の様子を覗った。
第3王女ガブリエラは、第4王女イゾルタの傍らに添えられるように座っている。
普段なら格上のガブリエラが前面に出るべきだが、今回のマグヌスの使節団のトップはあくまでイゾルタ。
ガブリエラはその”護衛”という形でこの場に列席しているにすぎない。
だが、ガブリエラ程の列席者を並べなければいけない相手というのもそれほど多くはなかった。
「そちらこそ、アルバレス皇帝ともなれば、会わなければならない方も多いでしょうに、我が国との会談をお受けいただき、切に感謝いたします」
マグヌスの外務大臣が当たり障りのない返答を返す。
その言葉通り、リヴィア達の対面には勇者を伴って一際豪華な椅子に座る幼い少年の姿があった。
服装は彼の国の将軍等が着ているシンプルな儀礼服に、少し派手な見慣れない階級章をつけているだけだが、その他の扱いはこの部屋の他の誰より格が高い。
彼が名前と人権を引き換えに、”超大国アルバレスの最高権力者”という肩書を3年前に渡された”皇帝”
つまりこれはマグヌスとアルバレスの、今会議初の”トップ会談”というわけである。
だがマグヌスの外務大臣の言葉は字面だけならアルバレス皇帝へ向けられていたが、その目は完全にアルバレスの外務大臣に向いているし、何なら返答もそちらから帰ってきた。
実際にやり取りするのは彼等の仕事だ。
いくら責任を伴う立場といえ、まだ幼い2人の権力者に超大国の大事を任せられはしない。
まあ、外交トップ同士の会談ではあるのだから問題はないのだろう。
それを分かっているのかいないのか、アルバレス皇帝は先程からずっと熱に籠もった目でイゾルタ王女を見つめている。
そればかりか会議の邪魔にならない範囲で小声で話しかけては、イゾルタの微笑みを引き出そうと苦心中の始末。
この2人が婚約しているのは周知の事実だが、こうも好意を隠そうとしないのはいかがなものか。
ただ、どうもイゾルタの方は素っ気ない。
微笑みは浮かべるものの、皇帝の言葉を軽くあしらうばかりで実のある返事は行わない。
リヴィアにはそれが、皇帝を焦らせて遊んでいるように感じられた。
同時にこんな馬鹿な手に引っ掛かる者がいるのかとも思ったが、どうやら経験の浅い皇帝相手には効果があるらしく、憐れな少年の顔には焦りのようなものが見て取れる。
いくら許嫁とはいえ、”惚れたら負け”ということなのだろう。
まあ皇帝とイゾルタは、外交トップの脇に並べる”置物”という重責を全うしていれば、文句は出ない。
彼等の”恋の駆け引き”の結果だって変えようがないのだから。
そしてガブリエラは、そんな”おままごと”の拍付けというわけである。
対してアルバレスで同じ役目なのはあの皇帝の横に立つ、身の丈4ブルの大岩のような女。
”戦斧の勇者:エミリアン・ラロシュ”
アルバレスの7人の勇者を束ねる”勇者長”の肩書を持ち、現役では最強の勇者である”北方ドワーフ”の威容は、その種族離れした巨体も手伝ってか、性別の判別が難しい彼の種族の中でも飛びぬけて男らしかった。
皮膚は”岩肌”という言葉の語源を勘違いするほど荒々しく、蓄えた髭が体の前面を覆うほどに伸び、出てくる声は雷のようにゴロゴロいっている。
”|仙人”だという話だが、上位化しても大きくならない筈の人類種の数少ない例外といえるだろう。
彼女に送られた名が”男性名”なのは、記録官が誤って男児と誤認したというのが、もっぱらな通説であった。
しかもドワーフなので当然、幅は縦の比ではないわけで、幼い皇帝の後ろに立っているせいで遠近感がおかしくなる。
前に両手で押さえるように置いている錆びついた巨大な戦斧が、音に聞く”ゾールディエラ”だろう。
ラロシュの生まれた集落の古い言葉で、”大地を割る者”というらしい。
そこから繰り出される最大威力の一撃は、マルクス将軍の極重力攻撃と並んで単発威力最強候補の大技とのことだ。
リヴィアはその話をあまり信じてはいなかったが、少なくとも勇者の中でハイエットに立ち向かって唯一力を失わずに生き残った実力が本物なのは間違いないだろう。
その目をちらりと覗き込むが、伸びに伸びた髪と眉毛に埋もれて、表情は見えない。
だが本当に驚いたのは、そんな怪物を隣にして並ぶ”若い剣士”の存在感が、ちっとも見劣りしない事だ。
その顔を見た瞬間、リヴィアの鼓動がわずかに早くなる。
”剣舞の勇者:レオノア・メレフ”
現役では最年少の勇者である彼の姿は、同年代ということもあって何度も交流していたし、知っているつもりだった。
なにせ彼がトリスバルの代表として戦ってから、まだ半年も経っていないのだから。
ただ、見た目こそ相変わらず心躍るような魅力を感じる外見だが、そこに今はどこか”厚み”を感じる。
学生気分が抜けて引き締まったといえばそれだけなのだが、それ故に彼が内に秘めていた力の強大さをを見せられたようでもある。
アクリラ、トリスバルに並ぶ”ラビリア”という看板を背負っていたリヴィアは、どこか彼に比肩できると感じていたのが、今にして思えば何と愚かな勘違いだろうか。
だが、そこでふとリヴィアは、あることに思い至った。
あの時の対校戦に出た者が、この場に3人、扉の向こうを含めるなら4人いるのだ。
扉の向こうのもう1人は、同じように恥じたのだろうか。
◇
「おや、あなたは中に入らないんですか。
ガブリエラ様のことですから、強行的に皇帝と会わせるかと思ってましたが」
数日ぶりに会ったかと思えば、開口一番にそんなことを宣うサルモーレに、ルキアーノは面倒くさそうな表情を向ける。
「あなたはどこでもそんな不躾なんですか?」
ルキアーノがそう聞くと、サルモーレの顔に笑みが浮かぶ。
「もちろん私は自由人ですから、いつでも言いたいことを言いますよ・・・と言いたい所ですが、ここ数日はさっぱりで。
どいつもこいつもみんな顔に「冗談言ったら殺す」と書いてるせいで堅苦しくていけない。
おかげで使いっ走りの如く走らされましたよ、みんな上司の能力を何だと思ってるのか。
正直、あなたのその能天気な顔が見れてホッとしてます」
そう言って捲し立てるサルモーレに、”軍位スキル保有者”の威厳は欠片もない。
「それで、なんで入ってないんです?」
サルモーレが指でクイッとルキアーノの背後にある扉を指し示す。
そこでは只今絶賛、イゾルタ王女とアルバレス皇帝の会談が行われており、ガブリエラもそこに同席している。
「主役はあくまでイゾルタ王女だから、付き添いの関係者が何人も同席するのは良くない。
それに・・・」
ルキアーノは言葉を途中で切って、懐から取り出した錠剤を一つ飲み込む。
「圧迫感の無い所の方が、気付けることも多い。
彼等も嫌がらないしね」
そう言いながら薬入れを横に向けると、サルモーレの顔が横を向き、そこに居並ぶイゾルタ王女の護衛達の顔を見て納得の色を浮かべた。
「なるほど、確かに嫌がりそうだ」
イゾルタ王女は、今回のマグヌスの代表であり、国王が来る会議終盤まで、その代理として活動する。
当然、付いている護衛や関係者もそれに準じた扱いだ。
つまり皆、本当の意味での”エリート”連中で、ルキアーノのような異物は撃滅したくて仕方がない連中でもある。
まかり間違っても、ルキアーノが”トップ会談”に紛れ込もうものなら、断固として阻止しただろう。
こうして扉に一番近い所に陣取れるだけでも喜ぶしかない。
それだってリヴィアがかなり苦労したのだ・・・主にガブリエラを宥める事にだけど。
「私個人としては、勝手に警備の人員を選り好みされても困るのですが」
だがサルモーレの口から出たのは、意外にもそんなマグヌスの”意識”を軽蔑するような声色の嘆きだった。
「あんたは、”鬼”が王族に同席しても嫌じゃないのか?」
「もちろん嫌ですよ、虫酸が走る、おぞましいので想像させないでください」
サルモーレは当たり前の様にそう答える。
だが、そう言いながらも”ただ”と、言葉を続けていた。
「・・・と、同時に我が国の”エリート”の護衛の同席を、そんなふざけた理由で阻むというのも、警備責任者としては頭の痛い話で。
まあ、今回はあなたが自発的に入らなかったようですし、そのメリットも有るようですから、私にできることは無いのですが」
サルモーレの返答は、なんとも彼らしくない諦観に満ちていた。
いくらルキアーノが世事に疎いとはいえ、こうなる理由に思い至らないほど愚かではない。
「疲れてる?」
「ええ、まったく、酷い目に会いましたよ。
向こうの不手際でこちらに迷惑をかけないでもらいたいものです。
護衛能力がないのなら初めからそう言ってくださいよ。
まさか特級戦力が3人も首を並べて、あの様とは思わないじゃないですか」
そう言うサルモーレの目の下には、僅かに隈が見える。
先日発生した魔王入場の際の混乱は、ガブリエラの予定にも大きな影響を与えていた。
公的なもの事務的なものを問わず、予定外に誰かと会う機会が増えたし、移動の際にも護衛の規模がかなり増えている。
当然マグヌスの警備責任者ともなれば、行わなければならない職務は凄まじいものだろう。
「ご愁傷さまだね」
だがルキアーノの知った所でもない。
そんな感情を込めた言葉を投げるが、サルモーレはよほど察しが悪いのか、それともあえて無視しているのか、そのまま会話を続けようとした。
「ええまったくですよ。
ところで、この件について何か聞きたいこととかありますか?
時間があるようですし、今のうちに疑問を潰しておいてほしいのですが」
唐突に振られる質問に、ルキアーノは思わずたじろぐ。
ガブリエラを護る立場である以上、興味がないわけではない。
ただ、それを上手く言葉にできるほど、ルキアーノの思考は調子よく回ってはくれないのだが。
ルキアーノは困ったように廊下の窓を見やる。
この会場は少し小高い位置にあるので、街の姿が一望できる。
ちょうど件の”大騒ぎ”が起こった大通りも、こちらに向かって伸びている様に見えていた。
昨日ようやく封鎖が解除されたという街の玄関口は、規制下ではあるがそれなりの活気を感じさせる。
ただ、まだまだ正常ではない事も。
「あれは何をやってるんだい?」
視線を上げながらルキアーノが問う。
同時に伸びた指の先には、大量の”風船”をロープで引き摺るように空を泳ぐトルバ軍の飛竜の姿が見えていた。
「どれどれ・・・ああ! あれは上空の気流を調べてるそうですよ。
どうも一昨日の騒ぎの原因が、山の気流で濃縮された魔力が下降気流で一気に吹き下ろしたからではないかという話が出てましてね。
滅多にあることじゃないですけど、無いこともないらしいですので」
サルモーレの言葉に、ルキアーノは少し首を傾げる。
「誰かが撒いた可能性はまだ残ってるのかい?」
”自然現象”と割り切るにはタイミングと場所が出来すぎていた。
「もちろんその話は出ましたが、可能性のある人材がほぼ居ない上に、誰かがあの量をバラ撒けば激しく目立ちますからね。
それに魔王1人殺すにしては些か不器用で、効率があまりに悪い。
”動機”としてはいくらなんでもお粗末だ」
サルモーレの言葉は淡々としていた。
確かにガブリエラやモニカなら、あの量の魔力を空中に放出することは難しくはないし、おそらくシセル・アルネスでも可能だろう。
だが、それらの魔力放出はもっと”派手な形”になるし、もっと偏りのあるものになる。
少なくとも、大通りの魔力濃度が上がり始めたタイミングで、そのような兆候は見られなかった。
ルキアーノはあの時の事を思い返す。
シセル・アルネスとモニカちゃんの強烈な”魔力臭”に、突然鼻を突くような濃い魔力が混じり始めたのだ。
空気を焦がすようなあの臭いは、確かに生物由来のものとは思えない特徴で、どちらかといえば”鉱物由来”の魔力に近いだろう。
もちろん”例外”として、ガブリエラやモニカが【制御魔力炉】を使って作った魔力は、そんな臭いになるが、やはりもう1つの問題が解決しない。
いくら彼女達の魔力が機械的に均質な特徴を持つとしても、”量の偏在”は避けようがないのだ。
”噴出孔”の大きさが2ブルもないのなら、ルキアーノの感じた臭いはもっと密度の高いものになるはず。
水の流れで例えるなら、穏やかな大河の水量が小さな水路に流れ込む所を想像すればいい。
水路の排水能力に拘わらず、見える光景は壮絶だろう。
だが観測されたのは、あくまで”穏やかな大河”。
「混乱を起こして、その隙に魔王を狙うためじゃ?
なんかそういう攻撃があったと聞いてるけど」
確認の為にルキアーノが問う。
その時の現象が自然由来であっても、同時に”攻撃”があったのも事実。
だがサルモーレの反応は鈍い。
「それもねえ、よくわからないんですよ。
攻撃が地味で低威力というか、ド派手でとんでもない出力のお膳立ての割には、肝心な部分のやっつけ仕事感が大きいので、魔力災害を囮にというよりか、魔力災害に慌てて便乗したとも取れる。
まあ、こっちは確実に人為的なものなので、そのつもりで捜査が動いているようですが、はてさて。
どちらにせよ、見た目ほど因果関係がハッキリしません」
サルモーレはそこまで言うと、これ以上は把握が難しいと肩を竦めた。
いかんせん”小規模な攻撃”とするなら、容疑者の数が膨大になる。
ルキアーノは噂程度にしか聞いていないが、攻撃の内容自体はそれほど高難度の技術ではないらしい。
少なくとも、使われた魔力量は常人を大きくはみ出してはいないのだろう。
となると”動機”だが、これが厄介だ。
魔力災害で感情が爆発的に増幅された以上、ほんの僅かな嫌悪感が殺意足り得てしまう。
そんなものを咎めていたら、可能性のある者の数はあの場にいた全員を含めた数万単位まで膨らむ恐れがあるだろう。
「あなたの考えは?」
「これは魔法局の意見ですが、発動させた現象が未完成で効果を発揮しなかった。
もしくは何らかの”イレギュラー”の発生で、予定していた行動を急遽打ち切った、というのが有力な推論でしょうか。
ご丁寧に、”モニカ・ヴァロア男爵”というイレギュラーまで有りますからね。
私も概ねそれだと思っています」
サルモーレは迷いのない言葉でそう言い切った。
だが、この若い軍位スキル保有者の顔も、それで納得している感じではないらしい。
「私としては、あなたに何かの反論があることを期待しています。
もしくは、そ何かれを示唆する事は思いつきませんか?」
「僕の反論?」
サルモーレの言葉にルキアーノが戸惑う。
「魔法局の推論にあなたが納得しているのですから、それじゃ駄目なんですか?」
ルキアーノがそう問い返すと、サルモーレは呆れた様に息を吐いてから言葉を続けた。
「”私が納得している”というのが大問題です」
その回答に、ルキアーノが理解できぬとばかりに眉を寄せると、サルモーレは理解力が足りぬとばかりに不満顔を作る。
「いいですか?
私は魔力に関してある程度の専門教育を受けていますし、何なら一家言もある。
ですが、それはあくまで”自称物好き”のそれでしかありません。
にも拘わらず、その分野に人生を捧げた専門家が頭を悩ませている題材を、素人が理解できた。
ということはですね・・・その論は間違っている可能性が高い。
より正確に言うならば、”不完全”というべきでしょうか。
素人が納得できるくらい、”要素が抜け落ちている”と言えばあなたの頭でも理解できるでしょうかね。
素人として納得するならそれでいいでいいですが、私の仕事はそれでは駄目なので。
だからこそ、一人でも多くの専門家の意見を聞きたいのですよ」
これでどうだとばかりに持論を捲し立てるサルモーレを、ルキアーノは少し”面倒くさい性格だな”と呆れた。
とはいえ、理解できなくもないし、安易な結論で立ち止まらずに、警備責任者が状況を貪欲に得ようとしているのは好感が持てなくもない。
ただ、気になる部分も残っている。
「僕が・・・専門家?」
「魔力については、そう認識しています。
学生時代のあなたの論文をいくつか読みましたが、良い感じに全く理解できませんでした。
ただし魔法局からの評価は非常に高い。
私が耳を傾けるに値する人物です」
サルモーレの思わぬ言葉に、ルキアーノは目を丸くする。
まさかマグヌスの軍事トップから、直接意見を求められるとは。
「だけど僕じゃわからないよ。
何も調べてないし、見たわけでもないからね」
「いえ、それでかまいません。
少し発想を変えてみようと思いましてね。
”魔王暗殺”にしては違和感があるなら、それも囮に何かしようとしたのではないかと」
その言葉にルキアーノは、片方の眉を持ち上げる。
「”目的の遂行状況”が”手段”に見合っていないけど、”目的ではなく手段の一部”なら、その問題はなくなると?」
「左様、今度の理解は早くて助かります。
方向性が改善した証拠だ」
ルキアーノの返答にサルモーレが珍しく短い言葉で答えた。
それだけルキアーノの言葉は彼にとって、的を射たものだったのだろう。
だが、その場合”新たな問題”が浮上してくる。
”魔王暗殺、もしくは暗殺未遂”が手段に組み込まれる”目的”とは何だ?
「そこで、あなたの意見が欲しいのですよ。
目的は分からずとも、せめて”何が起こっているのか”が分かれば対応も考えられるでしょうからね。
そうなると、”土のことはミミズに聞け”と言いますので、何か感じた事はありますか?」
なるほど、”食えねば空の皿も舐める”ということか。
だが確かに、魔力の機微を聞く上でルキアーノ以上に適切な存在もそうはいない。
だからといって、分かることも多くはないのだが。
「・・・魔力が、まだ濃い・・・とか」
苦心したルキアーノは、紫の魔力で空中をペロリと舐めながらそう答える。
数日経ったのにも拘わらず、空気中には今も確かにあの時大通りに充満した魔力が残っていた。
もちろん霧散してはいる。
だが元々の量が出鱈目に多かったのと、この周囲を取り囲む巨大な山脈のせいで、かなり濃い段階で止まってしまったのだ。
「確かに・・・濃いですね」
サルモーレも頷く。
もちろん、あの場で発生した濃度に比べれば大したことはないし、これで健康被害を出すようでは、この星で生きるのは無理だろうという範疇ではある。
だが、依然として一般的な者が1日で作り出す魔力よりも多い量が一呼吸で体内に取り込まれるし、焦げ臭い独特の魔力臭が鼻を突いていた。
「もしこれが目的なら、相手は目的を果たしてるんじゃないかな」
ルキアーノは誤魔化す様にそう語る。
「でも空気中の魔力をこんな中途半端に上げて、果たして喜ぶ人がいるんですかね?」
サルモーレが不審がる。
空気中の魔力を増やしたところでできることは少ない。
これが空気中から魔力を吸えるとかなら、火山付近は大魔法士の溜まり場になるだろうが、それ以外は大した魔力は吸えない無駄な機能だ。
そして、そんな無駄な機能を保持する選択をした生物は極少数である。
だが・・・
「さあ、それを考えるのはあなたの仕事じゃ?」
パクリと錠剤を口に放り込みながら、ルキアーノは答えた。
魔力に刺激されるせいでルキアーノの薬の使用量は多くなっている。
常人には問題なくても、”鬼”には中々にキツイ環境なのだ。
「ふむ、まあ、考慮してみるとしましょう。
確かに”魔力をバラ撒く”のが目的というのは盲点でしたからね。
そこからどこに、どう繋がっているのかがサッパリですが。
とりあえず、ありがとうございました」
サルモーレはそう言うと、踵を返して立ち去ろうとした。
その行動に、周囲の護衛達が慌てて止めに入る。
「なんですか?」
「殿下達にお会いにならないので!?」
彼等も護衛の総責任者がわざわざ王族のすぐ近くまでやってきて、なんの挨拶もなしに帰るとは思わなかったのだろう。
「なぜそんな無駄なことを?
まだ会談は続きそうじゃないですか、まさか終わるまで私に残れと?
ここに来た用事は済ませたのですから、さっさと次に行かせてください。
あなた達と違って、私は忙しいんです」
サルモーレの返答に護衛達が慌てふためく。
だがルキアーノも珍しく驚いていた。
これではまるで、サルモーレがわざわざルキアーノに意見を求めに来たようではないかと。




