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 モニカの奇妙な相棒 ~ 最強スキルは、俺自身!? ~  作者: マカルー
第二章 モニカの奇妙な学園生活
410/426

2-22【あの山を登るために必要な船頭の数15:~ 影 ~】


 ルクラの工房が立ち並ぶ商店通りの一角、ついこないだまで破産した”瓶家”の建物だったその場所が、今日は何故か活気づいていた。

 急遽改装したことが丸分かりの店の表には、沢山の花や装飾が施され、手巻きクレーンで吊り上げられた看板は、目隠しの布の下で看板職人の女性がまだ仕上げの作業を行っている。

 それを沢山の人が寄り集まって見ていた。

 身なりからして、この街の者は少ないだろう。

 軍事会議にやってきた、”民間の関係者”というところか。


 軍需産業にしてみれば、顧客が一堂に会する機会を逃すわけにはいかない。

 それに、これ程の規模の軍事会議となれば、話の流れだけで産業が大きく変わる。

 そのため、実際に会議に招聘されている者以外にも、それらを目当てとした商人等も開催地に押し寄せる。

 となれば、ルクラの街の外縁部はさながら”商談場”となるわけだ。

 勿論、物資や武器を売りたい商会などが、開催都市の空き家に臨時出店する事も珍しくはない。

 これも、きっとその一部なのだろう。


 その証拠に、先ほどから店主と思われる者が、ポスターを片手に店先で新商品の紹介を続けていた。

 その内容から、制御用のゴーレム機械を販売している事が分かる。

 だが、黒や土色の板状の物体を見せられて、「これはこんな凄い制御ができる」と言われても、見に来た関係者の表情は硬い。

 一応その分野の関係者なのだろうから、もう少し反応を見せても良いだろうに、彼等はお目当てが別のものであることを隠そうともしなかった。


「この”レネシリーズ”の最新型は、クラス初の直接式魔力制御に・・・」


 それでも店主の男はめげることなく、自身の商会の商品のアピールを続ける。

 この程度でめげていては、落ち目の商会の商人などやってられないのだろう。


 だが集まる観衆の顔には段々と欠伸が見え始め、ついには、この場を仲間や部下と思われる者に任せ(おしつけ)て去る者も現れ始めた。

 さすがにこれ以上”目玉商品”の発表を遅らせる事は出来ない。


 だから、助手役から”吉報”がもたらされた時、店主の笑顔は本物に変わったのだ。


「・・・準備は?」

「衣装がまだ完全では」

「・・・もう、それでいいからだせ!!」


 店主は小声で助手役とやり取りを交わすと、これ以上ない笑顔で観衆を振り返って叫んだ。


「皆様!! 大変お待たさせしました!!」


 その瞬間、観衆の中を「おっ?」っという声が駆け抜け、それまで不機嫌さすら貼り付けていた顔に本日初めての”興味”を浮かべる。

 そしてその興味は、先ほどから急に騒がしくなった店内へと移った。

 中で動物でも暴れているのか、子供が嫌がる声とそれを無理やり引きずる音が大きくなったと思ったら、急に扉が開いた。


「お集まりの皆様! ご紹介いたします、こちらが当商会の新しい会長となる”モニカ・シリバ・エドリマス・タラス・コモド・ヴァロア男爵”です!」


 ”パパパパン!!”という音を立てて、最近流行りだした”クラッカー”というべきだろう、火薬仕立ての紙吹雪の花が咲く。

 その光景に観衆が気圧されて上を向き、それがすぐに下に降りる。

 仰々しく現れたのは、”会長”という肩書からは想像できないほど小さな少女だったのだから。


「それでは、これより”アルトヴラ商会”の新しい看板をお披露目いたします!!」


 店主がそう叫ぶと、看板屋の女が慌てて看板に被せてあった布を剥がし、クレーンに魔力を流すと、”アルトヴラ”と大きく描かれた看板がゆっくりと宙に上がっていく。

 そしてそれを背景に、店主の男とその助手の男が、間に立つ小さな少女の両手をそれぞれ掴んで持ち上げた。


 それは身内の”紹介”というより、もはや商品の”掲示”に近い扱いだ。

 ”目玉商品”であるモニカ・ヴァロアは、引き攣った笑みを浮かべるしかできないでいる。




 ”珍獣”になるというのはこういうことか。


 モニカの内側で俺はそんな事を考えていた。

 両腕をアルトヴラ商会の者にガッチリと握られた俺達は、逃げることもできず顔を隠すことも出来ずに、珍妙な飾りのついたマントと、なぜか安っぽい王冠を被せられて見世物にされていた。

 特にこの、どこの三流劇団から借りてきたのかと言いたくなる”王様セット”はどうにかならないのか。

 この中に非常に趣味の悪い衣装を着せられるところだったのだが、それは全力で拒否した。

 いくらモニカといえど、我慢できる格好には限度がある。


 モニカが顔を赤らめながら、”見るな”とばかりに観衆に紛れて拍手を送るエリクにエアキックを飛ばす。

 だがエリクとスコット先生、ついでにスマイソン大尉はすっかり”珍獣ショー”を見るモードで、俺達の持ち上げたり腕を大きく動かす店主の一挙手一投足に感心していた。



 どうやらアルトヴラ商会は俺達を前面に押し出すことを決めたらしい。

 まだ、譲渡に関する話し合いは何も進んでいないというのに、もう既に”会長扱い”で、”モニカ・シリバ・エドリマス・タラス・コモド・ヴァロア男爵”という俺達の名前をバンバン押し出していた。


 ちなみに聞き慣れないミドルネームがいくつか追加されてる思うが、俺達もさっき知ったところなので問題ない。

 どうやらこれは、”男爵叙任”の際に手続きで追加されたものらしく、前から、


モニカ   ・・・ ファーストネーム

シリバ   ・・・ セカンドネーム

エドリマス ・・・ 叙任の保証人になった貴族の名前

タラス   ・・・ 父親の名前

コモド   ・・・ 形式的に俺達に与えられた領地

ヴァロア  ・・・ 家名


 となっている。

 つまり” コモドの領主で、ヴァロアさんちのタラスさんの子供のモニカちゃん、たまにシリバちゃんと名乗りますが、文句はエドリマスさんに言ってください。 ”ってところだろうか。

 なので”モニカ男爵”、”ヴァロア男爵”、”コモド卿”、”タラスジュニア”等が俺達の敬称付きの呼び名になるが、”シリバ”は単独だと身内でしか使わない”愛称”扱いになる。

 もっとも、俺達の身内に”シリバちゃん”などと俺達を呼ぶ人間はいないのだが。

 逆に公式の場限定だが”モニカ・エドリマス”だけで敬称付き呼称になったり、単純に”タラス”と呼ばれても返事をしないといけなかったりするのが面倒くさい。


 あと近いうちに、エドリマス伯爵の所に挨拶に行かないといけないとのこと。

 ”行動可能範囲”に領地があるので、”行けないんですよ”は通用しないらしい。

 

「・・・ふーっ、これで少なくとも食いっぱぐれる心配はなさそうだ」


 助手役の男が、威勢の良い店主の言葉に耳を傾け始めた観衆を見てそう漏らす。

 その言葉にモニカが不審げな顔を向けると、俺達の右手を持ち上げて掲げるその男は、あっけらかんとした様子で更に続けて言いやがった。


「モニカ殿が死んだ後では、本当に資金が投入されるかどうか怪しいですからな」


 その言葉に俺とモニカは文字通り”愕然”となった。

 顎が落ちるとはこのことだろう。

 こいつら、俺達をなんだと思っているのか。


「あ、でも勝手に死なれちゃ堪らないですよ? まだお金をもらってないのですから」


 と、フォローにもなっていないフォローをされても、どうしようもない。


 少なくともこいつらの中で俺達が、”会長”ではなく”客寄せパンダ”という認識なのは間違いない。

 公式では”準”付きではあるものの、”王位スキル”も舐められたものである。

 

「ほら笑って!!」


 店主が俺達にそう言いながら、握っている左手を何度も引っ張る。

 吊るされた看板が丁度いい位置に上がってきたのか、観衆に紛れていた”報道画家”達が一斉に描画魔法を展開し始めたのだ。

 

「ヴァロア男爵!! こっちに顔向けてください!!!」

「こっちにも!!」


 報道画家が口々に”決定的瞬間”を要求し、その度にモニカの笑顔が引きつっていく。

 ついでに気をよくした店主と助手がどんどん俺達の腕を上に引っ張るので、長身な彼等の体躯もあいまって、もはや俺達の両足は宙に浮いていた。

 さながら気分は”捕まった宇宙人”である。

 後ろでは、看板屋の女が便乗してなにやらポーズを取り、俺達を抱える店主と助手コンビは、報道画家がハケを振るう度に俺達を持ち上げて、その顔のすぐ後ろに”アルトヴラ商会”の看板が来るように調整していた。

 明日の命が心配な俺達と比べて随分脳天気な光景である。


 何もできない俺は、モニカの中からルクラの街を取り囲む巨大な山脈に注意を向けながら、現実逃避していた。

 まあ、これも受け入れるしかないのだろう。

 俺たちが生き残るというのは、船であの巨大山脈を登るような話なのだ。

 つまり船頭は多いに限る。


 俺がそんな風に視界の上の方に映る山脈に気を取られている中、モニカの視線は何故か下の方へと降りていた。

 それも焦点があっているので、何か気になる物でも有ったのか。


 モニカの視線は、観衆の後ろで動き出した一台の馬車に向けられていた。

 ただ、なんとも奇妙な馬車である。

 

 ”馬車”と言っているが、馬など付いておらず、”ボンネット”のように付き出した筐体の中でゴーレム機械が唸りながら動力を作り出していた。

 サスペンションや車輪も、かなり有機的で洗練されている。

 見た目の毛色は違うが、あれはまさに”自動車”ではないだろうか?


 ゴーレムでの動力制御は既にこの世界に存在しているが、価格や整備費などのコスト面から普及は夢のまた夢という状態だ。

 となるとあれは、コストを気にしない金持ちか物好きか・・・あるいはコストをコストと感じられない者が乗っている可能性が高い。


 その証拠に、モニカの視線が引き寄せられている”自動車”の窓からは、随分身なりの良い魔法士の姿が見えていた。

 あれは確か、マグヌスの魔法局長だったか。

 即座に出てきた資料には、”魔法局長:シュワルベ・ドルーぺ”という名前が記載されていた。


 って、マグヌスの魔法トップじゃねーか!?


 魔法士関連はマグヌスが頭一つ抜けているので、そこのトップというのは、それすなわち”世界一の魔法士”である。

 こりゃまた落ち目の商会の催しに、随分な大物が出てきたものだ。

 俺達がやることに興味でも湧いたのか?


 確かに、俺達の始める事業は王女殿下の肝入りで、マグヌスの魔法関連が大きく変わるわけだから、そこのトップが直々に見学に来るのはおかしな事ではないだろうが、それでもこんなのまで来るとは、さすが国際軍事会議は伊達ではないのだろう。


 だが、モニカが視線が追っていたのは、そちらではなかった。

 シュワルベの向かいに座る小柄な人影・・・

 同乗者の、”ダークグレーの髪の少女”の方を食い入るように見ていたのだ。

 俺の注意がそちらに移ったからか、それともただ単に視線が”自動車”に追いついたからだろうか、俺達の視線のピントが合いその姿がハッキリと見える。


 その瞬間、モニカの鼓動がドクンと跳ね、俺の仮想の背中を一筋の冷や汗が流れ落ちた。


『ねえ・・・あれって、もしかして』


 モニカがそう聞いたと同時に、自動車は交差する大通りを左に曲がり視界から消える。

 当然、そこに乗っていた者の影も跡形もない。

 だが、その輪郭だけはモニカの心にハッキリと刻まれていた。


『たぶん・・・人違いじゃないかな』


 湧き上がってきたモニカの感情があまりに凄まじい物だったので、俺は気づけばそんな事を口走ってしまっていた。

 だが、少しして俺は”それでいい”と自分に言い聞かせる。


 もし、俺が一言 ”そうだ” と口走っていたら、きっとモニカはこんなお披露目会など放り出し、走って走って自動車を追いかけただろう。

 そして涙に濡れた顔面を地面に擦り付けてあの少女に懇願したに違いない。

 これは俺の推測ではない。 モニカの中の感情が”そうすべきだ!!”と大声で今も叫んでいる。


 だが、今はこの会議を乗り切ることが最優先だ。

 ”それ以上の目的”は、必要ない。

 それが例え、”モニカの旅の目的”であったとしても。


 俺は心に言い聞かせる。

 ”この嘘は、生きるために必要な嘘”だと。


 だが確かに、俺の視覚記録には、はっきりと映り込んでいた。



 ・・・おそらく、この世界で最も”モニカの家族を修理できる可能性が高い人物”が。





 一方、アルトヴラ商会ルクラ支店を後にした”自動車”の中で、モニカにそのような視線を向けられているとは露ほども知らない”少女”は、どこか憂鬱そうな表情で流れゆくルクラの街を眺めていた。


「本当に君はいなくても良いのかね?

 今日の予定は消化したから、私に遠慮する必要はないのだが」


 その様子に、少女の対面に同乗していたマグヌス魔法局長のシュワルベが、読んでいた本の上から声をかける。

 この少女の肩書は、ただの”通りすがり”で済ますにはあまりに仰々しい。


「べつに・・・お花だけで十分よ。

 噂の”新装備”を出す気はなさそうだし、あの”商品ラインナップ”じゃ、ウチの大した脅威にも味方にもなれるか怪しいからね。

 王女様の顔は立てて人は残したから、それで十分」


 その少女の声は、随分と平坦で感情を嫌うかのように淡々としていた。

 だがそれを聞いたシュワルベは呆れたように溜息をつきながら、読んでいた本のページを一つめくる。


「”ネリー・サリヴァン”よ。

 かのアイギス将軍の”弟子筆頭”であり、我が国最高位の”ゴーレムマイスター”である君のお眼鏡に叶う存在が、この分野に何人いるのかね?

 そして君は、そんな人材をいったい何人国に供給したのかね?」


 シュワルベがそう言うと、”ゴーレムマイスター”の称号を持つ少女、”ネリー・サリヴァン”は嫌そうな視線を向けた。


「では逆に聞くけど、そんなに私にとって重要だと思うのならば、なぜ横から割り込むように入ってきたのかしら?」


 ネリーの言葉通り、アルトヴラ商会の催しの途中で声をかけてきたのはシュワルベの方なのだ。

 もちろん、流石にシュワルベは催しが終わるまで待つと言ったのに、ネリーが退屈から逃れる口実が見つかったと強引に会場を後にしたのだが。


「話は聞いているかもしれないが、先程、大通りで一騒ぎ有ってね。

 どうやら、あそこにいたヴァロア卿も巻き込まれているらしい。

 その様子見ついでに、君の安否確認もと思って」


 シュワルベはそう言って”用心の安全確保”は己の責務とばかりに居直る。

 だがそれで騙されるネリーではない。


「嘘ね、そんな雑用に”魔法局長”なんて出てくるわけ無いでしょ」

「嘘じゃないさ、万が一君を失えば我軍の”新型騎士(ナイト)ゴーレム”は只の人形になるし、ヴァロア卿がこんなところで死ねばそれだけで我が国は大恥だ」


 シュワルベが言い繕う。

 だがネリーは冷めた目でそれを一蹴し、「で? 本当は」と声に出さずに再度問うた。


「・・・早めに君の意見を聞きたい事案がある」


 シュワルベはそう言うと、”自動車”の天井を指さす。

 勿論天井が気になるわけではない。 


「上に浮かんでいる”アレ”のことを聞きたい」


 シュワルベはそう言うなり、内容を察したネリーが窓から上空を見つめる。

 そこには、すっかりこの会議における”ゴーレム関係者の再注目要素”に躍り出た、トルバ軍の新型飛行ゴーレムの姿が。


「あれの技術に我が国のものが使われているのではないか、と疑いが出てね。

 ぜひ専門家の意見が聞きたい。

 あれは”カシウスのゴーレム”ではないのか?」


 狭い山脈の空をスルスルと泳ぐトルバの新型飛行ゴーレムは、優雅で先進さを感じさせる。

 ただ、それがゴーレム技術で一歩遅れるトルバから出てきた事が不思議だ。

 飛行ユニットの生成など、ゴーレム最先進国のアルバレスですら実験用の小型がせいぜいで、あのような船サイズのものを浮かべる技術は、これまでマグヌスにしかなかったというのに。


 少なくともその所感を、世界で初めて大型飛行ゴーレムの製造に成功したカシウスの技術を引き継ぐ者に聞こうというのは、自然な事だろう。

 そしてシュワルベの知る限り、大型浮遊機構を作れるのは、マグヌスの飛行ゴーレムを一手に担う”テッサ・スタントン”か、この”ネリー・サリヴァン”くらいのものだ。


「そうね・・・」


 だがネリーはつまらなそうな表情のまま。

 まるで、トルバの新型など特筆するに値しないといわんばかりだ。

 実際にそうなのだろう。


 本好きで知られるシュワルベだって、ここが”普通の馬車”であればそれを読もうとはしなかった筈だ。

 だが、この”自動車”の揺れはあまりにも少ない。

 シュワルベの体には、先程から全くと言っていいほど振動や重力の変化がなかった。

 車輪と車体を繋ぐ”干渉材(サスペンション)”が、自立して姿勢を制御していなければこうはならない。

 しかも、この”自動車”には2人の他には御者も含めて誰も、運転席すら( ・・・・・)存在しないのだ。


 よくよく考えれば、それが如何にとんでもない事か。

 この”自動車”一つ取ってみても、他の追随を許さぬ技術がふんだんに使われている。

 ”ゴーレムマイスター”の名は伊達ではない。 


「確かにあれは我が国の系統だわ、ただ私やテッサのものに比べると随分と単調ね、例えるならば・・・」


 そう言って一旦言葉を切るネリー。


「どうした?」

「・・・いや、私達とは違う”彼”の弟子が、ようやく形になったのだとしたら、あんな感じなのかなって」


 ネリーは思わせぶりに、そう続けながらフッと笑みを浮かべる。

 その返答に対し、シュワルベの眉間にシワが寄った。


「私の知らない”アイギス将軍の弟子”が、トルバにいると?」


 シュワルベが問う。

 だが、ネリーは首を横に振りながら笑った。


「・・・フフッ、まさか。

 でも、もしそうなら、その辺に詳しいのはあなたじゃなくて? 私もあの女( ・・・)に執心してからの彼の事はよく知らないから」

「知らないのならそれでいい」


 シュワルベはそう答えると、諦めたように視線を手元の本に移した。

 ネリーは元軍属で国家事業の中枢を担う人物だが、今はあくまで”民間”の立場だ。

 シュワルベに問いただす権利はないし、シュワルベが持っている情報を渡すこともできない。


 全自動運転の自動車は、大混雑のルクラの街の中をスルスルと進み続け、街を出たところにある不思議な”空き地”の前で停車した。


「ここでいいのかしら?」


 窓から見える光景にネリーが訝しむ。

 整地こそされ、場違いなことに歩哨も立っているものの、そこは完全な”空き地”であり、少なくとも国の魔法トップが来るような場所には見えなかった。

 だが、シュワルベは上機嫌そうに「ここだ」と告げると、持っていた本を虚空に仕舞いながら、”自動車”の内壁を軽く小突いた。

 ”自動車”の側面がそれに合わせて、複雑に変形して穴が開く。

 それは”ドア”と表するにはあまりに有機的で、それでいて機能的でもあった。


 シュワルベは肋骨のような金属のステップを降りながら、ネリーに向かって軽く一礼した。


「改めて、この会議への参加を感謝する。

 ”カシウス(・・・・)・ネリー・サリヴァン”」


 シュワルベは、”カシウス”という、今ではマグヌス最高のゴーレム技術者を指す称号を殊更強調してそう挨拶すると、ネリー・サリヴァンは心底嫌そうな表情で”自動車”の床を足で叩く。

 するとその足が、”ガシャ”っという擬音が聞こえてきそうな感じで、床から伸びてきた機械に嵌ったではないか。

 ”自動車”の変形はそれに留まらない。


 天井部分が2つに割れたかと思うと、”ボンネット部分”が変形しながら外れる。

 さっきまで”自動車”だったそのゴーレム機械は、その質量をどこへやっているのか、何重にも折り重なりながら、最終的にはパッカリと開いたネリーの背中から足の開口部の中に消えていった。


 残ったのは、”ボンネット部分”のパーツから分離した、2体のメイドの格好をした人型ゴーレム機械だけ。

 どちらも一目でそれと分かる”超高性能機体”である。

 そして陽の光でよく見れば、ネリーの体もその大部分がゴーレム素材に置き換えられていることが分かるだろう。

 超大国の”最高位の称号を持つゴーレムマイスター”が少女の姿をしていたとしても、騙されてはいけない。


 そして忘れてはいけないのは、それと対等に話せる”魔法局長”という存在も、またそれに匹敵する”超人”であるということだろうか。


 ネリーの”変形”に気を取られていた歩哨の一人が、”異変”に気づいて思わず振り返る。

 するとそこには・・・

 つい今まで、なぜこのような場所を守る必要があるのかと疑問を感じていた空き地に・・・


 ”城”が建っていた。 


 パタンという音を立てて、シュワルベがいつの間にか取り出していた赤い表紙の本を閉じる。

 その表紙に描かれている絵が、突然現れた城に妙に似ているのは歩哨の気のせいだろうか?


 シュワルベとネリー、それとネリーのお付きの”メイドゴーレム2体”は、当たり前のようにその城の中に入っていったが、歩哨達は青い顔で、己の立ち位置を2歩ほど外側に移動していた。






 その夜のこと。


 重要な国際会議を催しているからだろうか、夕方まで混乱に満ちていた筈のルクラの街は、夜の静寂で落ち着いた活気を取り戻していた。

 といっても、祭り囃子に溶けたといった方が近いかもしれないが。


 夜というのは不思議なもので、ルクラ中で行われている独自の会合も、何故か後ろめたい空気を纏い出す。

 それは迎賓館で行われる大規模なレセプションも、街角で何故か偶然出会った末端の外交員の会談でも変わらない。


 そんなことだから、人通りの無い街の外れの小さな橋の上で、いかにもな雰囲気( ・・・・・・・・)の者同士が会話を始めても、何故か悪目立ちはしなかった。

 ただ、いかにもな雰囲気には言いたいことはあるらしい。


「こういう時、みんななんでフード付きの恰好なのかね?

 俺みたいに、もっとちゃんとした格好で、堂々としてた方が怪しまれないだろうに」


 トルバ軍の兵装に身を包んだ兎人の兵士が、もう1人にそんな言葉を投げる。

 だがそのもう1人は、着ていたシルエットが判別できないほどブカブカのローブでも隠しきれないほどの怒気を放っていた。


「・・・なぜこちらの呼び出しに応答しない?」


 ”もう1人”が鋭い声で問いただす。

 すると兎人は困ったように肩を竦めた。


「魔力通信が監視されている恐れがあるらしい。 通信局の連中は気にしてないようだが、指摘があってね。

 あなたも、今後は気軽に通信を繋ぐのはやめた方がいいですよ」

「”魔力通信の監視”だと?」


 そんな話は聞いたこともないとばかりに、”もう1人”が声を上げる。


「ええ、もちろん今までの1対1通信は不可能だ。

 だがこの会議で導入された、”多対多通信”であれば付け入る隙があるんだと。

 殆どの連中はその発想もまだ( ・・)持ってないというのに、その兆候が見られるらしいよ」


 兎人がヤレヤレとそう言ってのけるが、”もう1人”はその返答に言葉を失う。

 今回から整備されている各国の広大な”魔力波通信網”は、この会議の非公式の目玉だが、その内容は直前まで伏せられていた。

 だからこの世界にはまだ( ・・・・・・・・)、通信傍受やセキュリティという概念すら薄い。

 だというのに、それが実行されているというのは、まるで事前に、その概念を( ・・・・・)知っていた( ・・・・・)かのような話なのだ。


「・・・噂に聞く、”アトラス”というやつか?」


 ”もう1人”が呟いたその言葉に兎人の兵士はニヤリと笑みを浮かべる。

 だが指摘できるということは、この兎人の属する陣営にも、その情報を事前に知りえる状態に有ったことにほかならない。


「さあね、だが気をつけな」


 兎人の返答は、もはや肯定に近い( ・・・・・)はぐらかしである。

 だが”もう1人”の怒気は、それでは収まらなかった。


「・・・なぜ魔王を殺さなかった?」


 ”もう1人”のそのあまりに直接的な言葉に、兎人は思わず目を丸くし、誰かに聞かれてないかと周囲を見回す。

 そして困ったような表情で”もう1人”に説明を始めた。


「言ってたでしょ、あのタイミングで殺せるかは運次第だって。

 あくまで、計画がうまく言った場合の”ついで”だって。

 こちらとしてもリスクは負いたくないんでね。

 ”切り札”を失うわけにはいかない」


 兎人のその言葉に、”もう一人”は納得行かない顔で反論する。


「”あれ”は誰にも見えぬのではないのか?」

「見えないのは”魔力だけ”だよ、本体は普通に見える。

 ただその魔力も、あの場に見える奴がいて、しかもそいつは見える形に( ・・・・・)できる奴( ・・・・)だったってところかな。

 見えてしまえば、正面から大魔将軍と戦える訳がないからね。

 元々の計画でもイチかバチかだったのに、そんなんじゃ流れで死んでもらうのを願うしかできないですよ。 流石にこちらにメリットがない」


 兎人は心底”自分も遺憾だ”とばかりに肩を竦めるが、”もう1人”はそれではおさまらない。


あの場を作る( ・・・・・・)のに、こちらが、どれだけの手間をかけたと思っている!?」


 怒気を込めてそう言いながら、ブカブカのローブが内側から吹き出す魔力で膨らむ。

 それだけを取っても、明らかに只者ではない。

 ましてや内に秘めた戦闘能力は、大国でもそれほど多く捻出できるものではないだろう。


 ・・・だが、今のこの街ではその程度では脅しには使えない。


「おっと・・・その手には乗らないよ」


 ”もう1人”の気勢が瞬間的に止まった。


 兎人は畳み掛けるように、両手を上げて”おちつけ”のサインを出している。

 だが、止まったのは別の理由だった。


 兎人の後ろにいつの間にか”人影”が増えていたのだ。


「・・・そいつが、”アレ”とやらか」


 その問の言葉に困惑だけではなく、微かな恐れが混じっていた。

 その人影の何がそうさせるのか。

 少なくとも遠くから見ればそれは、”小柄な少女”以上の何もでもないというのに。 


 ”もう1人”の兎人が少し得意気に笑う。


「”アレ”はこんな可愛いものじゃないよ。

 この子( ・・・)は私の”ボディーガード”さ。

 まさか何の戦力もなしに、君と会うと思ったのかい?」


 その言葉に”もう1人”が、新たに現れた少女へ警戒を込めながら値踏みする。

 だがすぐにその力を悟ったのか、放っていた魔力を抑えた。

 怒気は全く目減りしていないが、とりあえず矛は収めてくれた形だ。


「安心しな、あんたの願いはちゃんと叶えるよ。

 だからそっちも、ちゃんと準備しておいてくれ」


 兎人が宥めるような口調でそう語る。

 

「・・・必ず魔王を殺せ。

 本番( ・・)で失敗したらただではおかんぞ」

「わかってますよ」


 2人は互いにそう確認し合うと、”もう1人”が闇の中へと溶けるように消えていった。

 少しの間、橋の上に兎人とその護衛の少女の影のみが残っている状態で、時が流れる。


「・・・ふう」


 やがて、話し相手の影が消えたところで兎人は大袈裟に息を吐いた。

 余裕があるように見せていたが、相手は格上の実力者、それも怒っているときている。

 万全の護衛がついているとはいえ、最初の一手で潰される恐れもあった。

 要は、体の良い”捨て駒”としてクレーム対応に回されたのだ。


「サポート担当はつらいね・・・」


 兎人はそう言いながら、後ろを振り返って自分の護衛を確認する。

 だが少女の姿を見た途端、その表情を一気に曇らせた。


「おい、なんでフードなんか被ってるんだ」


 ご丁寧に真っ黒に染めたフード付き外套で身を隠しているつもりらしい少女の姿は、誰が見てもマトモな者の格好ではない。

 隠れてついて来てもらっていたが、まさかこんな格好をしているとは。


「それじゃ怪しいだろ」


 兎人がそう言いうながら少女のフードを捲り上げる。

 だが、フードの下から現れたクリーム色の髪( ・・・・・・・)と顔を見るなり表情を顰めた。


 その姿は目立つものではない・・・こともない。

 特に今のこの街では、むしろ結構目立つ。


 なにせ・・・


「あー・・・やっぱり、お前は被ってたほうが良いな。 うん」 




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