2-22【あの山を登るために必要な船頭の数14:~狩られる者~】
・ルクラ中央交信所:記録
・警護向け共有回線通信
各局へ通達。
大通りの暴動は沈静化した模様。
まだ一部で混乱はあるが、現時点で騒乱状態は発生していない。
繰り返す、現時点で騒乱状態は発生していない。
現在報告されている被害は、死者26、重傷者220
ただし、観衆の殆どが何らかの体調不良を訴えているため、最終的な負傷者の数は1万人を越えると想定している。
医療機関の数が不足しているため、後で伝える医療機関に各配置の判断で移送されたし。
直ちに移送が必要な場合は、”チャンネル3”で医療機関情報を流している。
また、本日の入場行進は正式に中止となった。
繰り返す、本日の入場行進は中止となった。
明日以降の実施は検討中となっているが、実施するとしても観衆の参列は行われない方向で調整している。
各要人の状況としては、アムゼン魔国の関係者全員の正門前への避難を完了し、負傷者の確認を行っている。
正門前では、入場待ちだった各国の関係者の移送を開始している。
よってこれより、沿道の参列者の退場誘導の準備に移る。
各持ち場の主任者、またはその代行者は動ける部隊員の数の報告を求む。
医療機関は、重体及び切迫性の高い状況の者は・・・・
◇
魔国の全員が入口に戻り、臨時に設営された”魔王本陣”の中で魔王の安全を確認し、自分に充てがわれた身支度用のテントに入ったところで、トリオンはようやく肩から緊張が抜けるのを感じた。
久々に全力で動いたせいだろうか、体がいつもよりも発熱し、筋肉が軋む鈍い痛みが全身を包み込んでいる。
引退してからも毎日鍛えていたはずだが、やはり”実戦”の運動量は鍛錬とは比較にならないのだろう。
だが、トリオンはその感覚をどこか懐かしいと感じてもいた。
魂の赴くままに棒を振ったのはいつ以来だろうか?
ガチガチに固まった拳を無理やり開き、握りしめていた棒を取り出す。
強く握りすぎたせいか、それとも衝撃を与えすぎたせいか。
トリオンの手から掘り出されたその棒は、途中で何度も折れ曲がり、真っ直ぐだった最初の面影はなくなっている。
戦闘用とはいえ、所詮は一般兵が使うような安物では、トリオンレベルの棒術には耐えられなかったのだろう。
いや・・・
トリオンはそんな自身の心を叱咤する。
全盛期であれば、もっと粗悪品の棒であっても損耗することなどなかった筈だ。
愛棒を破損させるなど、”棒の感覚”がうまく掴めていない証拠である。
己の未熟を武器のせいにするなど、新兵であっても許されることではない。
この服だって、もう少し感覚が鋭ければ、破かずに動けただろうに。
装飾の付いた高価な侍従服は見る影もなかった。
「鍛え直す必要があるか?」
後ろからかかったその言葉に、トリオンは苦笑いを返す。
魔将軍時代だったなら即答で頷いたその問も、”侍従”という身分になっては頷く気にもなれない。
「アイヴァーが怒っていたわ、”シセルは妾を守らなかった”って」
誤魔化すようにトリオンがそう言うと、シセルは困ったように視線を彷徨わせる。
「あの場で動く事はできなかった。 モニカ・ヴァロアがいたからな」
シセルが至極真っ当な答えを返す。
確かにあの”怪物”がこちらを注視している中、シセルを迂闊に動かす訳にはいかない。
「それにあの程度の脅威、君なら戦力過剰なくらいだろう」
シセルがトリオンを見ながらそう告げる。
簡単に言ってくれやがって、とトリオンは心の中で毒づいた。
「シセルは私を過大評価しているのよ。
私があなたたと渡り合えたのなんて、あなたが10歳くらいまでじゃない」
トリオンは、シセルより10歳年上だ。
数百年生きる魔人の一生から見れば、それは微々たる差でしかない。
だがその差が巨大に感じられる幼少期に、すでにトリオンの心はシセルにへし折られていた。
「そんなことはない。
久々に見たが君の棒術は見事だった」
シセルがそう言いながら自嘲気味に自分の手を見下ろす。
この絶対強者の数少ない”コンプレックス”が、魔人の軍人でありながらその代名詞たる”棒術”を使えないこと。
もちろんシセルに技術がないわけではない・・・もっと単純に、実戦でシセルの力に耐えられる武器がこの世に存在しないのだ。
それはトリオンの”未熟”とは根本的に次元の違うもの。
物理現象がついてこない。
だからトリオンは、その褒め言葉を真面目には受け取らなかった。
「引退した私の棒術に見惚れるなんて、貴方も鈍ってるんじゃなくて?」
そう言って冗談として流す。
だがシセルの顔は妙に真面目だ。
「私の目は確かだ。 あの者も君に魅入っていたしな。
まるで君に師事しそうな表情だったぞ」
「・・・そう」
シセルの言葉にトリオンは嫌そうに俯いた。
魔導騎士のどちらかか、あるいは他の強者かは知らないが、シセルが注目する程の者に見られていたとするなら、あのような無様な棒術ではなんとも恥ずかしい。
「それで、この騒ぎの犯人は捕まえたの? それとも、もう”灰”になっている?」
トリオンが誤魔化すようにそう返すと、テントの入り口に立つシセルは首を横に振った。
「取り逃した。 魔力を辿ろうにも、どこに消えたのか、もはや感じられない」
「あら、モニカ・ヴァロアは確かに異常なほどの魔力を持っていたけれど、あなたでも捕まえられない程とは思えなかったわ」
「・・・いや、あの者は、今回の一件の関係者とは考えられない」
トリオンはその言葉に訝しがるような視線を返す。
あの状況で、他に誰がいるというのか?
トリオンは確かに、あの怪物の放った魔力から湧き出た礫を払ったというのに。
「・・・根拠を聞いても?」
「見た」
シセルがそう答えながら額の三眼を軽く叩く。
勿論シセルが言う”見た”とは、三眼の事ではなく、その先に繋がるもう1つの”目”によるものだろう。
そしてそれは、魔人にとっては”神の宣告”に等しい。
「・・・あなたがそう言うのなら、そうなのでしょうね・・・ただ」
シセルが天眼を使って、”モニカ・ヴァロアは犯人ではない”と言うなら、それに反論する気はない。
ただトリオンは別の事が気になっていた。
「それだけのために”天眼”を晒すなんて」
トリオンの声色に非難が混じる。
シセルだけが持つ”天眼”は、魔人の誇りであり、魔国の”最終兵器”だ。
これまで魔国人以外にそれを見て帰還できた者など居ないというのに、それを魔王襲撃犯の検分とはいえ、”些事”に使うなど。
「必要なことだった。 ”神言魔法”は使っていない」
「そういう話じゃないの!」
シセルのバカバカしい言い訳をトリオンは切って捨てる。
シセルはあの”目”の意味を分かっていない。
実際に力を発揮する”神言魔法”さえ使わなければ、問題ないと本気で思っているのだ。
だが、魔国にとっては”天眼”も十二分に隠すに値する戦力である。
ただ、それを理解させる自信はトリオンにはないのだが。
「はあ・・・それで、その”目”で見た結果は?」
「2つ分かった。 あの場に充満していたのと、放たれた礫の魔力が、あの者の魔力と合致しない。
だが、どちらも”同じ特性”を持った魔力ではあった」
トリオンがその言葉に眉根を寄せる。
「それで・・・もう1つは?」
「どちらも非常に感知が難しい」
「難しい?」
トリオンの顔に浮かぶ不審が更に深まる。
「肉眼で見る場所特定しなければ、感知できない。
おそらく”天眼”を開いている時でさえ、後ろに立たれれば気づく自信はないだろう」
「天眼で・・・見えないの?」
「そこにあると確信が持てなければな」
シセルはそう言うと、酷く困惑したような表情を門の方を向く。
正確にはその先に居るのであろう、モニカ・ヴァロアを。
だが、シセルの話はおかしい。
「でも私の目には見えていたわよ」
トリオンが指摘する。
トリオンの三眼も、いやあの場にいた三眼が使える者は全員が即座に、あの途轍もない魔力の塊を見たはずだ。
だが、シセルは首を横に振る。
「あれは、ほんの一部だ。
おそらく純度が低い部分が見えていたのだろう。
・・・もしくは、我々には見えない魔力を作り出す事ができるか」
トリオンが愕然とした表情を作る。
「そんなことって・・・」
「これは完全に想定外だった。 おそらく”アレ”は不完全だったのだろう・・・もしくはあの者ほど能力を使えていなかったか・・・」
シセルが淡々と所感を述べる。
だがトリオンはそれどころではなかった。
なにせ・・・
「あれで・・・一部?」
そんな馬鹿な話があるのか。
ではいったい、あの時あの少女が抱えていた魔力の総量はどうなるというのか?
それに、
「それじゃ、まるであの魔力は、”魔人を殺すための兵器”じゃない・・・」
魔人の種としての最大のアドバンテージは、三眼を主体とした魔力感知能力にある。
それを搔い潜ってしまう存在など、悪夢以外の何者でもない。
「いや、”まるで”じゃないのかもしれない。
残念ながら、その可能性の方は指摘されていた」
シセルの言葉にトリオンが息を呑む。
あの少女の中に有るものが何であれ、人の手によって生み出された人造物であることは間違いない。
だが、だとするならば・・・その目的は・・・
トリオンはハッとしたようにシセルを見る。
初めて、自分の”天敵”を目の当たりにした時に、この大魔将軍がどのような顔になるか気にならなかったといえば嘘になる。
それでも、いざシセルが動揺を顕にしている所を見てしまうと、言いしれぬ不安を感じるものだ。
「正直言って混乱している。
だが・・・これでハッキリした事もある」
シセルが自嘲気味に息を漏らす。
ただの魔人を殺すためにこんな大それたものはいらない。
「・・・我々は、どうやらこの街では”狩られる側”らしい」
◇
大魔将軍様の言葉通り、ガーレン通りの裏通りを探ったところ、本当にあっさりとリャーダの母親が見つかった。
リャーダの住んでいる場所からは離れているが、どうやら街中を探し回っている母親がちょうど来ていたらしい。
相変わらずの人口密度で、どれがどの人物かの判別は難しかったが、そこは犬獣人。
特に”捜索モード”に火が点いているとあっては、近くに寄ってから見つけるまではあっという間だった。
「リャーダ!!」
「おかあさああん!!」
母親が泣きながら駆け寄ってくるのが見えた瞬間、リャーダが俺達の肩から飛び出し、猛烈な速度で駆け出す。
小さな幼女のどこにそんな力が残っていたのか、一蹴りで通行人を何人も飛び越したリャーダは、そのまま母親の胸元に飛び込んで抱きしめられた。
「あぁ・・・どこいってたのよ!!」
「わかんなくてぇ・・・でも、ずっとさがしてたの!!」
数日ぶりの再会に喜び、泣きながらお互いを抱きしめて確認しあう2人を見て、俺達は自分たちの出番が終わったことを悟った。
モニカがスコット先生の服の袖をくいっと引っ張り、横道に入っていく。
「ありがとうござい・・・」
「あれ?」
犬獣人の親子が気づいた時には、恩人の姿は見当たらない。
「誰かに連れてきてもらったのよね?」
母親がリャーダに問うと、リャーダは不思議そうな、だが元気の良い返事を返した。
「うん! ”黒のセイレイ様”!!」
「精霊様・・・そう、それは良かったわね」
親子がそんな風に頷きあっているのを想像しながら、俺達は陰になって暗い路地を進んでいく。
こういう時はクールに去るに限るのだ。
決して、”結局見つけたのって大魔将軍だから、自分達が感謝されても居心地が悪い”と逃げているわけではない。
その証拠に・・・
「・・・ッケ!! 馬鹿にしたような顔しやがって、ガキが・・・あがががががが」
俺達のドヤ顔に何を勘違いしたのか、すれ違いざまにケンカを売ろうとして殴りかかってきた酔っぱらいの拳を掴んで握っても、潰さないだけ心の余裕がある。
だが、俺達の手を酔っぱらいの拳から優しく外すスコット先生が、妙に呆れたものなのは何故だろうか?
エリクとスマイソン大尉も同様に呆れ顔だ。
あ、スマイソン大尉は大通りからずっと付いてきている。
そりゃそうだ、こんな”危険人物”が好き勝手に彷徨いているのを放置するわけがない。
間違いなく”緊急時の護衛兼連絡役”というのは建前で、本当は”監視役兼警報役”なのだろう。
スマイソン大尉の顔からは、”熊の餌にされた”という言葉が油性マジックで書いてあるようだった。
ちなみにこの世界の”油性インク”は、付いたら最後、マジで入れ墨級に落ちないので注意が必要である。
ただ、こんな監視役が付いていては、”仕込み”の再開もできないワケで。
俺達はどうしたものかと頭を悩ませていた。
まあ、実は”代替手段”をリャーダに持たせてたりしているから大丈夫だけど、あんな幼子をいざとなれば巻き込むのは避けたいものだ。
大通りでの大混乱の後、直ちに救出する必要がある者を助けてすぐに、俺達はその場を後にすることにした。
危険な状態を脱しさえすれば、後は俺達にできることはない。
そして早くガーレン通りに向かわなければ、せっかくの大魔将軍の情報を無駄にすることになるからな。
もちろん、大通りで負傷した全員を救えたわけじゃない。
それどころか、大通りでは今でも地獄の光景が広がっているだろう。
理性を失うほどの魔力酔いから覚めたときは、そりゃ酷いものだ。
特に魔力中毒で亡くなった子供は、かなりの量に上っていた。
小さな体では耐えられる魔力濃度も、また低いものになる。
自分で赤子を投げて死なせた者、踏み潰した者、単純に子供を失った者。
そういった者の泣き声が、あの場には充満していた。
今日の夢見は良くないだろうな。
俺は少しばかり、今夜の”夢空間”のことを考えて憂鬱になった。
それでも、行ってよかったと思う。
俺はこの一件を、こう総括した。
少なくともモニカが行かなければ、あの災害を見過ごすことになったのだから、救えなかった命も、もっと増えたことだろう。
少なくとも魔王の命は救った。
それに、魔王一行に悪いイメージを持たれたままだっただろうし、リャーダのお母さんを見つけるまで、まだまだ時間がかかっていただろうしな。
『こちらの予定や考えをぶち壊すプリセットスキルも、たまには役に立つもんだな』
俺は、染み染みとその感想を漏らした。
モニカからも肯定の感情が流れて来る。
今回ばかりは、こいつに感謝こそすれど文句を言う筋合いはない。
やはり、威力だけなら無類のものなのは間違いないということだろうか。
ただ、モニカの反応はなんとも鈍い。
先程から、しきりに腕を振ってはそこに存在しない”架空の棒”を動かしては、あの魔人の行った技をなぞっていた。
『モニカは、あの魔人にご執心だな』
俺が素直な感想を述べる。
『うん、あの人すごい』
モニカがそう返しながら、横を歩くエリクに”エア棒術”をお見舞いした。
あ、弾かれたっぽい。
エリクが露骨に面倒くさそうな表情で”エア斬撃”を放ってくるが、モニカはそれをあの魔人と同じように撃ち落とそうと仮想の棒で迎え撃つ。
だがその動きは完全に相手に読まれていたようで、エリクの”エア斬撃”は面白いようにこちらの迎撃網をすり抜けて、モニカは滅多切りにされるしかない。
見様見真似の付け焼き刃が通用するわけはないということだろう。
これが、”使える手段全部使って”ならどうにかなるだろうが、あの魔人のように”棒術だけ”では、肝心の棒術の能力が足りてない。
結局手も足も出なくなったモニカは、いつものように力技でエリクを捻じ伏せて終わった。
ちなみに俺にそんな”仮想の戦い”を読み解く事ができるわけもなく、モニカから流れてくる感情をボケーっと読んでいるだけだ。
そしてボケーっとしているのには理由がある。
モニカの様子がちょっと変なのだ。
『なんか不満そうだな』
「ん?」
俺の声にモニカが反応する。
『いや、なんか物足りない感じじゃないかって』
『そう?』
『どれだけ、お前の感情に触れてると思ってんだ』
モニカから流れてくる感情は、安堵や達成感に隠れてはいるが、間違いなく”肩透かし”の感情が含まれていた。
『・・・【予知夢】でみたのが・・・いなかったの』
『いなかった?』
『うん』
モニカがそう答えると、目を瞑って眉間に皺を寄せて頭に力を込めだした。
「うー・・・ん、うううう」
何やら、俺にイメージを送ろうとしているらしい。
ようやくモニカの中で、俺にも理解できる形への”レンダリング”が終わったのか。
頭の奥から引きずられるように、なにかモヤモヤしている画像が捻り出されて来る。
驚いたことに、それは”魔王”が死ぬ瞬間だった。
それも、あの場で実際に魔王に襲いかかった黒い礫によるものではない。
『・・・・なんだこれ』
モニカから渡された画像には、黒い・・・・塊? 泥? とにかく何か不定形の物が写り込んでいた。
だが、完全に不定形というわけではなく、どこか太った赤ん坊のような形が見えなくもない。
そして・・・それが、魔王を食い殺していた。
これ以上の細かい言及はグロ表現になるので控えるが、とにかくその黒い塊に襲いかかられた魔王は、見るも無惨な姿を晒していたのだ。
『”これ”が、いるはずだったと?』
『うん』
モニカが心のなかで頷く。
だが、記録されているデータを精査するまでもなく、こんなバケモノじみた物体はあの場には現れなかった。
”防いだ”わけでも、”追い返した”わけでもない。
”いなかった”のだ。
どういうことだ?
『【予知夢】が出鱈目だっただけじゃないか?』
これまであまりに強烈だったのと、プリセットスキルということで構えていたが、よくよく考えればこの【予知夢】が、本当に予知夢だったのを見た事があるわけではないのだ。
正直、未来を見るなんてことが可能とは思えないし、内容がデタラメでもおかしくはない。
『ほんとうに、そうおもう?』
『・・・いや』
モニカは尚も【予知夢】全体の記憶データを送り続けていた。
その精度は、デタラメな夢と切り捨てるのはあまりに高すぎる。
だが、肝心のコレはいなかったわけで・・・
『考えられる可能性は・・・俺達が来たせいか?』
だとするならば、【予知夢】で見た未来は、変えられる系なのだろうか?
ということは、以前モニカが見た”アンタルク島の光景”も・・・
俺がそんなことを考えた時だった。
「いたいた!! こんなとこに居た!」
唐突に、野太い叫びが後ろから聞こえてきた。
どこかで物盗りでも出たのかと後ろを振り返ると、なにやら息を上げながら走ってくる”おっさん”が2人。
何をそんなに慌てているのかわからないが、とりあえず通行の邪魔になったら悪いと、モニカが端に避ける。
だが、2人のおっさんはそんな俺達の動きを見るなり、走る方向を僅かに修正したではないか。
こちらに。
あ、これさっきも・・・
即座にエリクが割って入るように俺達の前に立つ。
こういうところは流石プロだなと、一瞬俺が感心したのもつかの間。
なんと、スコット先生がエリクの肩を掴んで引き寄せ、再び2人のおっさんに道をあけたではないか。
「・・・え?」
「そっち持て!」
「いくぞ!! せーのっ!!」
スコット先生の狂行にモニカが呆気にとられている間に、おっさん達が俺達の両脇を抱えて持ち上げる。
そうなってしまえば、只の小さな子供でしかない俺達は、まるで小さな棚でも運ぶような気軽さで連れ去られてしまうしかない。
「スコット先生?」
モニカが助けを求めるようにスコット先生に問う。
だが先生は無情にも、屠殺場の家畜を見るような哀れみの籠もった視線を返すだけだった。
「言っただろう、君が自由に動く”条件”があると、これがそれだ」
「えええぇぇぇ!?!」
モニカの慌てた声は、太陽が山脈に隠れ暗くなったルクラの街に虚しく反響した。
◇
路地裏を久々に再会した親子が歩いていた。
その手はガッシリと繋がれており、母親の顔からは”帰るまで決して放さない”という鉄の意志が滲み出ている。
次に見失ったとき、再び会えると思うにはまだまだ家は遠い。
人混みが濃くなる度に母親の握る力はきつくなり、リャーダの方もその度に母親の体にしがみつくようにしている。
だが母親はその度に、体に接触する違和感が気になっていた。
「リャーダ、その筒は何?」
母親はついに、リャーダが母親の手を握っている方とは逆の手でずっと持っている”物体”に言及する。
それは0.4ブル程の大きさの黒い筒状の物体だった。
「セイレイ様が、”もってて”って」
リャーダが端的にその正体を口にした。
だが、それでは良く分からない。
”せいれいさま”というのは、リャーダを助けてくれた人だろう。
リャーダはどうも、その人を黒の精霊かその御使い様だと思っているらしいのだ。
もちろん母親はその言葉を信じてはいなかったが、助けてくれた人を精霊と思うほどにまで追い詰められたリャーダのことを思うと、なんともいたたまれないものがある。
「それを持ってろって?」
「うん」
リャーダの母が鼻を近づけてその匂いを嗅ぐ。
だが、犬獣人の嗅覚を持ってしても、その筒からは僅かな魔力の臭い以外感じられない。
まあ、害はないものだろうと結論付けた母親は、リャーダがその筒を持ち帰ることを咎めはしなかった。




