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 モニカの奇妙な相棒 ~ 最強スキルは、俺自身!? ~  作者: マカルー
第二章 モニカの奇妙な学園生活
389/426

2-21【静かな雨音 10:~ルブルムからの商談 中編~】




「がんばってね」


 移動の為に歩いていると、街の人から時々こんな声がかかる。

 俺達の陣容を見て、慣習化している”とある文化”が反応しているのだ。

 

「お母さんに、ちゃんと良い所見てもらいなよ」


 店先で荷下ろし中の八百屋のおじさんが優しそうにそう言う。

 すると、それに反応して野菜を物色中だった兎人のお姉さんが同様の言葉を続け、さらに周囲が続いた。


 どうやら分かりやすくそっくりな俺達とアオハ公爵夫人を見て親子だと思っているらしい。

 まあ、無理もない。

 俺だって知らなきゃ親子に見えるもん。


 アクリラにおいて、”親が来る”というのはかなり特別な状況だ。

 ほぼ全員が国の為に半ば強制的にやって来ている以上、親との交流機会は非常に珍しく、また政治的な意味を含めて重要な場面である。

 こうやって役人連中をゾロゾロ引き連れる事も珍しくはない。

 だからこそ魔法学校の生徒は親の参観に張り切るし、それを知ってる街の人も応援する事が、いつしか当たり前になっていた。


 ただ、それにしてもだ。


『本当にそっくりだな』


 後部視界に映るその姿に、俺が心底感心した様にそう呟く。


 俺達の後ろで天真爛漫に周囲を見回すクラウディアの横で、じっとこちらを睨むアオハ公爵夫人。

 だがモニカは、その強烈な視線にずっと身を縮こませたくなる衝動と戦っていた。


『わたし、あんな感じなの?』


 モニカが心底嫌そうな声で聞いてくる。


『ああ、俺達を拡大した感じだ』


 単純な造形は意外と違うのだが、纏う雰囲気の配合を含めると物凄く似てるので、並べると特に”類似品感”が凄い。

 むしろ別々だと、それ程似てるとは感じないのではないか?

 どういうわけか、並べると”まさに親子”といった感じになるのだ。

 いや、理屈は分かってんだけど。


 向こうも向こうで、想像以上に似ている事に驚いているのか、険しい視線の中にもどこかやりづらそうな色が見て取れる。


「ね、聞いた!? 私、モニカちゃんのお姉ちゃんに見えるって! 私もお姉様の子供に見えるのかしら!」

「少し黙りなさい」


 場の空気を読まないクラウディアの面白そうな声に、アオハ公爵夫人が噛みつく。


 胃が痛い。


 モニカがお腹を擦るのは、今日何度目か。

 とにかく誰かに「がんばれ」と言われる度に、公爵夫人の圧が増すので早く目的地に付きたかった。

 この針のむしろも、俺達が今日の商談のために借りていたサロンに着くまでだ。



「こんな所で話せるわけないでしょう」


 という俺達の望みは、公爵夫人の言葉に一瞬で切って捨てられる。

 話を聞くに、どうやらこのサロンが最高級グレードの店で無い事が納得できないらしい。

 一応、貴族向けの店なんだけど・・・


「ええっと・・・」


 公爵夫人の立腹顔にモニカがたじろぐ。

 するとクラウディアも顎下に指を当ててサロンを値踏みした。


「まあ、少し小さいかな」


 小さいんですか!?

 ちょっとしたデパートくらいはありますよ!?

 と俺が驚いていると、公爵夫人がパチンと指を鳴らして来た道を逆に指差した。


「まさか会合場所もまともに用意できないとは。

 向こうにアオハ家が懇意にしている店があるから、そちらに行きましょう」


 その言葉に誰が逆らえようか。

 仕方なく俺はディーノに予約していた店にキャンセルを伝えさせ、もと来た道を戻るしかない。

 あの俺達を親子だと思ってる人達の前をだ。


 当然、今度は先頭を不機嫌そうにグングンと歩く公爵夫人の後ろをトボトボと付いていくことになるわけで、

 そうなると周囲には”母親に叱られて連れて行かれる子供”にしか見えなくなり。

 必然的にかけられる言葉も「気にするな」や「災難だったな」といった、ズレているのかいないのかよく分からない慰めの言葉に変わるしかなかった。


 本当に災難である。



 ヴァロア領からの帰り道でヘクター隊長から提案があったのは、マグヌスの大貴族”アオハ家”との取引により、主要産業である”奴隷生産”を失った領内に新たな基盤となる産業を誘致するというものだった。

 それは目下、俺達が日々奔走している魔草販売の次に必要なもの。

 すなわち売るはずだった若者達にさせる”仕事”の確保である。

 

 ヘクター隊長はその取引相手として、アオハ公爵家との商談をセッティングしてくれたのだ。

 もちろん成功すれば他国の貴族との大取引になってしまうが、今現在アルバレス商人と絶縁状態である以上、アルバレス側に文句を言う資格はない。

 

 ただ、予想外だったのは、いきなりこんな頭目のような存在が出てきてしまったことだろう。

 もっとこう、最初は事務員みたいな下っ端から出てくるもんだとばかり思っていたのだが、


 ”エミリア・アオハ”


 現国王の娘の元王族で、最大の貴族の夫人。

 先日大当主マルクスが隠居して、今は実質的に彼女がアオハ一族仕切ってるらしい。

 しかも”エリート”資格持ちの”将位スキル保有者”で、近衛隊長を務めている程の実力者である。

 どんな超人だ。


 その上、まさかの王族を立会人にしての登場に、俺達の心は大きく揺さぶられていた。

 決定権者にアプローチできるのは行幸ではあるが、いきなりだと逆にやりづらい。

 根回しなんて一切できないまま、好感度マイナスを相手にしなければいけないからだ。


 というかこの人、なんでこんなに俺達に対して嫌悪感むき出しなんだ?

 特段、アオハ家と敵対するような事をした覚えがないだけに、困惑するしかない。

 あー、分家の人殺しちゃったのは事故だからな! ・・・でも多分これかなー。


 やってきたのは貴族院のお膝元にある超高級サロン。

 会員制の明らかに「一見さんお断り」感バリバリの店の扉を、店の前に立っていた店員よりも早くアオハ公爵夫人が開けて、勝手知ったる我が家とばかりの様子で上がりこむ。

 どう見ても只事ではない門構えのその店に、”そんないきなり!?” と慌てる俺達。

 だが店員はアオハ公爵夫人を見るなり、一瞬だけ驚いてから、すぐにまるで予約していたかの様に店の奥へと案内を始めた。

 どうやら本当にアオハ一門の店だったらしい。


 俺達はそのまま、その地価を考えずに作られたような荘厳な空間を案内され、これまた広い会議室へと通された。

 会議室と言っても、晩餐会とかで使いそうな場所である。

 調度品がやたら豪華だが、アクリラだと大店の会合とか、特待生の活動報告会とか、意外と出番は多いのかもしれない。

 ルシエラとかも国の役人が見に来る時に、肩が凝るような店に行くと言っていたし。


 あれ? そう考えるとこれって俺達の活動報告も兼ねてるのか? クラウディアがいるし・・・


 それに気づいた俺が髪留めに擬態させている感覚器を少し動かして、クラウディアの様子をマジマジと窺った。

 彼女は当たり前の様に上座に座って、更にこの場を仕切るような調子でまず俺達に向かいに座るように促し、それから自分の隣にアオハ公爵夫人を座らせている。

 その他の関係者たちはそれぞれに動いて、適切だと思う場所に座っていた。


『あれ? ディーノとファビオはこっちなの?』


 当たり前のように俺達の側に座って公爵夫人と相対す形になった”モニカ連絡室”の面々に、モニカが脳内に不思議そうな声を出す。


『どういうことだろう? 俺達の味方ってことかな?』


 だとすれば心づよ・・・くはないか。


「さて、改めて紹介するね。 こちらは私の姉の”エミリア・アオハ公爵夫人”。

 今日は前半分が私の護衛で、後ろ半分がモニカちゃんとの商談相手として来てもらったの」


 クラウディアが改めて紹介を始める。

 もう既に内容は知っているので、儀礼的なものだろう。

 紹介されたアオハ公爵夫人も形式的に頷いているし。


「それで、お姉様、彼女が”モニカ・ヴァロア伯爵子”よ。 私達の・・・」


 クラウディアが今度は公爵夫人を振り返りってそう言いながら、何かを確かめるように指を折る。


「はとこ?」


 そう呟いて確認を問うように眉根を寄せながら俺達に聞いてくる。

 モニカも恐る恐る頷くが、気のせいか、”親族”と呼ばれた瞬間、公爵夫人の温度が下がったような気がしてならない。

 因みに遺伝子的には叔母と姪の関係に近い・・・のか? 

 もちろん、そんな危険な事は言わない。


 モニカも先程より少し落ち着いてきたのか、【社交】スキルに頼らず自分の意思で手を握って礼を取り、自分の言葉で挨拶の言葉を発した。


「おはつにお目にかかります。 モニカ・ヴァロアです。

 エミリア様にお会いできて・・・」

「不快ね」


 だがその挨拶は、公爵夫人の一言で素気なく切り捨てられる。

 夫人は、まるで俺達が存在感を少しでも発する事自体が不快だと言いたげな瞳で、俺達を見下ろしていた。


「え・・・っと」


 いきなり鼻っ柱を折られてモニカが言葉に詰まる。

 魔獣相手なら百戦錬磨の俺達も、こんなのが相手では分が悪い。


 それでも、負けず嫌いのモニカは今度は公爵夫人をじっと睨んだ。

 そう何度も何度も「不快」と連呼されて、こちらだって不快なのだと全力で目で訴えるが、公爵夫人は「だからなんだ」と言わんばかりの好戦的な視線を返すだけ。

 公爵夫人の瞳には、品の良い服に身を包んでいるとは思えないほどの、野獣の唸りのようなエネルギーが感じられた。


 そしてそんな風に俺達が険悪に睨み合うもんだから、場の空気は最悪だ。

 無表情のスコット先生以外はどこかビクビクしているし、”エリート持ち”のヘクター隊長だって額に冷や汗が見える。


 だが、その空気も、”パン!”という手を叩く小さな音によって引き裂かれて霧散した。

 俺達と公爵夫人が揃って音のする方に首を曲げると、笑顔を貼り付けたクラウディアが「私を無視するな」とばかりに謎の威圧感を放っていたのだ。

 その階級的圧力に公爵夫人が折れ、社会的実力の差にモニカが折れて纏っていた熱い空気を引っ込める。


 すると場の緊張が、一気に解れたのを俺は感じ取った。

 スコット先生がため息をつき、ディーノが面白そうな目で、ファビオが死んだような目で、ジョルジュが怖そうな目で、いきなり”ホーロン人気質”を爆発させた3人の女を見ていた。

 全員の瞳に共通するのは、想像以上に駄目な方向に(・・・・・・)似ている俺達に対する感情だ。

 モニカがそれに内心で憤慨するが、俺も同様の感情を持ったので軽く諌めておく。


「じゃあ、私の要件を先に始めさせてもらうわね。 といっても、あくまでお姉様の付き添いだったから、そんなに中身のあるものはないのだけれど」


 最終的に場の支配権を確保したクラウディアはそう言うと、後ろに控えていた侍従の一人にアイコンタクトを送った。

 するとその侍従が無言で、スッとテーブルの横に歩み寄り、何やら大きな鞄のようなケースを俺達に差し出した。


「我が国、マグヌス王国はモニカ・ヴァロア伯爵子に対して、正式にラクイア(国際軍事会議)への出席を依頼するわ」


 そう言うと、今度はエミリアから差し出された仰々しい鍵のようなものを、ケースの付けられた大きな鍵穴に差し込む。


「予定とかの摺り合わせは”連絡室”経由で出来るけど、こればっかりは仕方がないのよね」


 クラウディアが鍵を回すと、ガチャリと音を立てて鍵穴が複雑に変形しながらマグヌスの国章を象った形に変わり、抑えてとしての鍵の役目を終えた。

 開けられたケースの中には、何枚もの魔力認証された書類が入っている。


「大魔将軍相手じゃ、効果は薄いだろうけれど、ないよりはマシでしょう」


 どうやらこれは、正式に”マグヌスの関係者”であることを示すものらしい。

 しかも王族が認証したものだ。

 これで俺達に対して攻撃することは、マグヌス・アルバレスの2超大国に喧嘩を売るのと同義になる。


「ありがとうございます」


 モニカが素直に感謝の言葉を告げる。

 物理的には関係なくとも、これ以上ない程に政治的には守られていると言えるだろう。

 まさかこの関係が逆転する日が来るなんて思いもしなかったが。

 

「今日渡すのはとりあえずはこれだけ、実務的に必要なものとかは、会議本番までに改めてファビオ伝いで送るから」


 そう言いながら、自分の侍従に使い終わった”魔法ケース”を下げさせるクラウディア。

 だが彼女はそこでハッとしたような顔で、こちらの目をまじまじと見ながら頭を下げた。


「それと、ごめんね。 私もお姉様もラクイアには行けないんだ」

「は、はあ・・・」


 唐突の謝罪の内容に、モニカが苦笑を浮かべる。

 なんだろう、全然謝られるような話じゃない件。

 

「ガブリエラちゃんが行くし、お父様も強制参加だからどうしてもね。

 王族を一気に外国に送るわけにはいかないんですって」


 クラウディアがそう言って口惜しそうな表情を作る。

 どうやら、俺達を放り出してしまう形になるのを申し訳なく思っているらしい。

 

『モニカ、口だけでも残念そうにしとけ』

「それは・・・残念ですね」


 俺の支援を受けたおかげか、モニカのその声は、全く心の籠もっていない物としては、かなり残念そうに聞こえた。

 ただでさえ気を張らなければいけない場所で、更にこの2人が近くにいると考えると、眠る暇も無いだろう。

 正直、ガブリエラと国王だけでお腹いっぱいである。

 ところで、国王ってどんな人だろうか?

 あまり良い印象は持たれてないだろうな・・・


 それとも俺達なんて眼中にもないのかな。


「さて、連絡事項も終わったことだし、今日の本題に移りましょうか」


 話が一段落したことで、クラウディアがまた手を叩いて話題を切り替えて横を向く。


「それじゃお姉様。 近衛の任は一旦解除でいい・・・」


 するとその瞬間、公爵夫人の表情が更に、しかも一気にキツくなった。


「なら、さっさと横に移りなさい」


 そして、さっきまでの形式上は傅いた態度を急に脱ぎ捨てると、クラウディアの鼻を摘み上げながら持ち上げたのだ。

 何が起こっているのか理解出できない俺達は、ポカンと口を開けてその光景を見送るしかなかった。


「痛い! 痛いってお姉様! 自分で動くから!」


 それは一見するだけならば、ただ姉が妹を虐めている微笑ましい光景にしか見えないが、王女の鼻を近衛が摘んでいると考えれば奇妙に感じる。

 気になって他の近衛達を見てみたが、特に反応を見せないので、どうやらこれがこの姉妹の普通らしい。

 

「う・・・まったく・・・あ、サンドラ先生とスコット先生はここに座ってくださいね」


 クラウディアが鼻を撫でながらそう言って、新たに充てがわれた自分の横の椅子をポンポンと叩く。

 そこは、ちょうど俺達と公爵夫人の横というか、中間に位置する場所だ。

 中立というか、仲立ちの立場であることを鮮明にするためだろう。


 スコット先生がちらりと公爵夫人を見て、更に俺達にも視線を向けてから、ゆっくりと動く。

 離れた位置に陣取る形だが、先生達がいる限り酷いことにはなるまい。


「ファビオと、ディーノはこちらに座れ」


 すると今度はエミリアがドスの利いた口調で、俺達の横に座っていた”モニカ連絡室”のマグヌス勢に指図する。

 その恐怖に2人は全く抗うことなく、いそいそと席の移動を始めた。

 ヘクター隊長がクラウディアの後ろにそっと移動したのも、エミリアの指示だろう。

 恐らく王族であるクラウディアの護衛の統括を、無言の指示で彼が引き継いだのだ。


 俺達の横に残ったのはジョルジュだけ。

 そのジョルジュだって、アルバレスの監視員的な立ち位置だろうから、随分と味方が減ったものだ。


「では、モニカ・ヴァロア。 ”商談”を始めましょうか」


 アオハ公爵夫人のその声は、商人のそれというよりも強い嗜虐心に満ちていた。

 その攻撃的な視線に俺の意識が寒気を発し、モニカが僅かに震えた。


 あ、これ知ってる、狩りで獲物を殺す時のモニカの顔だ。

 顔がそっくりなだけに、何考えてるか手に取るようにわかるぞ・・・


 だが、だからこそ大人しく喰われるわけにはいかない。

 モニカがキッと公爵夫人を睨み返すと、俺に合図を出して【社交】スキルに思いっきり身を委ねた。


「今回、アクリラにお呼びしたのは、これからヴァロア領であたらしい産業をつくるので、ぜひアオハ様にもいっしょにやってほしいと思ったからです」

「産業・・・ね」


 公爵夫人がモニカの言葉の要点を繰り返す。


「それは、例の”奴隷の代わり”というやつで間違いないわよね?」

「その人達にやってもらう仕事が必要なので、それを誘致したいと考えてます」

「なるほど」


 公爵夫人はそう頷くと、視線に冷酷的な光を含みながら俺達を見下ろした。


「ならば、そいつらを売ればいいでしょ。 あなたのせいで高額になってるホーロン人奴隷だ。 喜んでウチが買うわ」


 その言葉に含まれた”拒絶”の色にモニカがビクッと体を縮こませる。

 似てるとはいえ、流石に過剰反応気味の様子のモニカが気になった。


『どうした?』

『うう、やりにくい・・・』


 モニカが苦虫を噛み潰したような顔を、できるだけ抑え込みながら答える。

 次の言葉への展開が遅れているが、幸いなことにクラウディアから横槍が入った。


「お姉様、一応我が国は奴隷は違法なのだけど、わかってます?」


 まさか第三者と王女の前で堂々と違法取引をするんじゃないわよね? と書かれた表情で指摘を入れたのだ。

 マグヌスでも規制はされてないとはいえ、それでも法解釈上は奴隷は違法である。

 流石に王族を前に、堂々と違反するわけにはいかない。

 だが公爵夫人は涼しい顔のまま。


「もちろん、”合法な国”で取引するわよ。 この大陸でアオハ傘下の商会が存在しない国はないし」


 どうやらマグヌス最大の大商会にとっては、超大国の軛であっても問題ないらしい。

 貴族として一見対等に名乗る俺達の間には、2階級という爵位の差以上に広大な資金力の差があるようだ。

 だからこそ。


「奴隷はもう、うりません」


 モニカが決然とした言葉で宣言する。

 それは単に奴隷産業から手を引くというだけではなく、ヴァロア領が”奴隷産業の奴隷にはないらない”という宣言でもあった。 

 だが公爵夫人は瞳に侮蔑の色を追加させた。


「らしいわね。

 だけど、それで労働力を腐らせているのだから世話はないでしょう。 それとも我々が他に買うものなんて、そちらにあったかしら?」


 そう言ってわざとらしく指を頬に当てて考える仕草をする。


「いや、1つだけあったわね」


 そして、そう言うとニヤリとした笑みを隠そうともせずに見せつけた。


「我が家との婚姻の話、まだ終わっては無いはずよね?

 あなたが事実上握っている”ヴァロア継承権”、それをあなたとアオハの子に継がせる契約をしなさい。

 そうすれば、まず話し合ってあげましょう。

 今のままのあなたと、我が家が取引する利点はないけれど、アオハ宗主家にその”血”を渡すなら、辺境の所領の面倒くらいなら、見てやってもいいわ」


 やはり来たか。

 俺達は気を引き締める。


 ある意味で、この婚姻の話が有耶無耶になった事で最も大きな損害を負ったのはアオハ家だ。

 使えるかはともかく、強大な血を引き入れられるし、国家の暗部を抱え込むことで、莫大な恩を売れる。

 おそらく暫くの間、アオハ家は更に強大な権力を握れたことだろう。

 それが飛んだのだ。

 

 俺達としても、昨年それを提示された時は、俺達に枷をはめるための手段だったそれが、俺達が貴族となったことでより政治的な意味を持つ手段となっている。

 実際、拒絶以外の選択肢がなかったあの時と違い、今は現実的に俺達の”手札”の中に握らされていた。

 それでも、今切るカードではないのだが。


「それについては・・・」

「アオハ家に入れるっていうと・・・」


 唐突に、まるで遮るようにクラウディアが俺達の言葉に被せた。


「そういえばモニカちゃんってルーベンと同い年だよね。 彼なんかどう? 有望だよ」


 そしてなぜか服でも紹介するような気軽さで、そんな事を聞いてきたのだ。

 どういう意図でそんな言葉を言ったのか理解できないモニカが、一瞬頭を傾げて首を振る。


「あ、えっと、ルーベンがいやがると思うし。 彼にわるいと思います」

「そんなことないと思うけどなー」


 クラウディアが何故か生暖かい目でそう呟いた。


「それにルーベンには、”こんやくしゃ”がもういますよ?」


 モニカがそう聞き返す。

 実は最近、偶然でルーベンに婚約者がいる事を知る機会があったのだ。

 というか、友達にズバリそのもの”ルーベン・アオハの婚約者”が紛れ込んでいた。

 条件次第で今後の校外活動に付いていっても良いという子を、パーティーメンバーとして登録したところ、特記事項にそんな事が書いてあったのだ。

 ほら、去年メリダをイジメてモニカにボコボコにされてた女の子いたろ? アレの一人。

 出会いは良くなかったが、今やメリダとも仲良くやってるので彼女の純情は影から応援したいと思ってる。


 だがクラウディアは問題ないとばかりに肩を竦めた。


「あ、それは気にしなくてもいいよ。 ”婚約者”っていっても一般的な約束じゃなくて、予め作っておくリストみたいなものだから」

「リスト?」

「そう、”保険”みたいなものかな? 上級貴族は結婚しないってのは許されないから、”結婚したい相手”よりも”別に結婚してもいい相手”って重要なの。

 だからルーベンもそういう”婚約者”が何人かいるし、たぶん誰がそうなのかも知らないんじゃないかな。

 だから”確約者”はまだ決まってないのよ」

「そうなんですか」


 モニカが素直に驚いた感情を顕にする。


『そんな風になってんだな』

『”きぞく”って大変だね』

『貴族っていてっても、”上級貴族”だけだろうがな』


 一代限りの名誉爵位や、木っ端な下級貴族までそんなノリとは考えづらい。

 子供全員の婚約者リストを整備できるのは、上級のそれも裕福な貴族くらいだろう。


「ちなみに、モニカちゃんも何人か候補がいるはずだよ」

「『はい?』」


 クラウディアの言葉に、俺とモニカが揃って素っ頓狂な声を上げてしまった。

 それを見てクラウディアが面白そうな顔を作る。


「やっぱり知らなかったみたいね。 この前、モニカちゃんが正式にヴァロア家の子供になったでしょ?

 ヴァロア家は子供がいなかったら”嫡子”になるんだけど、アルバレスも最低限嫡子は婚約者リストを作って国に提出しなければいけないの」


 まさか、そんな決まりがあったとは。


「じゃあ、このお話もその”リスト”にくわえるって事ですか?」


 モニカが少し安堵気味にそう答える。

 どうせ知らない相手ばかりなのだから、そこに何人増えようと知ったことではない。


「もちろん、ちがうよ」

「・・・デスヨネー」


 だが、そんな楽観的なモニカの回答に、クラウディアは念を押すように言葉を繰り出し、俺達に冷水を浴びせた。


「今のは”ルーベンに婚約者がいる”って話。

 そして、これは文字通りの意味での”婚約者”にならないか? って話だからね。

 当然、勝手に破棄できないし、問題がない限り本当に結婚してもらうわ、私が仲人やるんだから、そこ間違えないように」

「は、はい・・・」


 クラウディアの剣幕にモニカがたじろぐ。


『意外だな、てっきりモニカは気にしないかと思ったけど。 前にルーベンとの子供がどうとか言ってたし』

『あれは忘れて!』

『ん?』

『・・・”子供”はめんどくさい』


 モニカがそう答えると、少し苦々しい感情と、俺達を微塵切りにしてくれた”息子さん”のイメージが送られてきた。


『・・・』


 なるほど、あれでモニカは”子供”に懲りたらしい。

 モニカの中に漠然と存在していた”子宝天国”という幻想が、現実を知ることで打ち砕かれたのだろう。(現実の方が幻想っぽいのは置いておいて)

 これが貞操観念に繋がればいいが。


「でも残念ね」


 クラウディアはそう言うと、本当に残念そうに肩を落としながら、親指で俺達の対面を指さした。

 そこには、なんとも不満顔の公爵夫人が座っている。


「ルーベンとの婚約は認めないわ」

「”現御当主様”がこう言ってるから無理なのよ」


 妙に頑とした態度の公爵夫人に、クラウディアが困ったような顔を作りながら、表情だけで「ゴメンね」と語っていた。

 だが正直、何を謝っているのか理解できないのだが。


 その時、突然公爵夫人が横に座っていたファビオの襟首を掴み持ち上げた。


「うっわ!?」


 いきなり凄い力で持ち上げられて驚くファビオ。

 だが公爵夫人はそこで止まらず、俺達には大きなファビオの襟首を片手で軽く握り直すと、そのまま勢いをつけて俺達の方に放り投げる。

 眼前に迫るファビオの恐怖の瞳。


『どうしよう?』


 すぐに【思考加速】が入ったので、モニカ困ったようにそう聞くくらいの時間はある。


『この速度だし、受け止めないと大怪我するだろう』

『ええ・・・』


 俺の言葉にモニカが嫌そうな声を出す。

 だが、アクリラでもファビオに血だらけになられたら、交渉は上手く行かないだろう。

 仕方なく俺達はファビオの両肩に手を添えて、できるだけダメージが入らないようにゆっくり力をかけた。

 ファビオの筋肉のないプヨっとした体の感触が全身にかかり、半ば後ろに倒れ込む形で動きが止まる。

 怪我はない。

 ただ、形としてはファビオに抱きつかれる格好になった訳で。


「商談に入る前にまず要求するわ。 今すぐ、私達が最初に示した”救済案”を履行しなさい。

 具体的には、この場でファビオに抱かれてちょうだい。

 それがあなたが取れる手段の中で、唯一我々が価値を見いだせる物よ」


 ファビオを投げるために立ち上がった公爵夫人が反対側から、睥睨する様に胸を張ってそう宣告した。

 だが、これには流石に横からストップがかかる。


「アオハ公爵夫人、モニカの教師として、その行為は容認できない。

 それに我々の面前だぞ?」


 スコット先生がそう言いながら、視線に威圧を込め場の空気が一気に重たくなった。

 俺達に危害が及ぶ行動ではないが、明らかに礼を失しすぎているという事だろう。

 だが超越者の威圧の中でさえ、公爵夫人の迫力はまるで張り合うように強いまま。

 己より強い相手でも引かないこの姿勢は、”ガブリエラの姉”という肩書が伊達ではないということなのだろう。


「あら、上級貴族の”交渉”は証人なしでは不可能でしてよ?

 私も”初めて”はこれくらいの監視の中でしたし、下等階級でいる気のない以上、この子もそうせざるを得ないわ」


 公爵夫人の言葉は、そんな貴族の慣習を説くものだった。

 それが単なる嫌がらせ以外の意味を持ってる事は、


「あれ見るのもやるのも、キツイよねー」


 という、クラウディアのかなりズレた言葉が証明している。

 彼女の”心底気持ち悪い物を見せられた”という表情に、嘘は感じられなかった。


「むしろ、こちらに言い逃れできないこの場でさせるのですから、最大限の好意ですわよ?」


 公爵夫人が”外野はすっこんでろ”という言葉を貼り付けた顔で、スコット先生に告げる。

 先生の服の裾をそっと引いたサンドラ先生を見る限り、”好意的な行動”の範疇に入るらしい。

 貴族の常識はわからん。


「だが、こんな、まだ幼い内の関係になんの意味がある?」

「むしろ、まともに子もできぬ歳で、”公爵家の手付き”になれる機会を与えるこちらに、感謝の言葉もないのですか?

 これは”責任”の話ですわ。 貴族の責務を放棄して自己満足に走ったこの子が、貴族としての遇する事を望むなら、それ相応の行動が必要ですわよ」


 スコット先生の言葉に、あくまで上級貴族の価値観を押し付ける公爵夫人。


「私としては、ルーベン押しなんだけどね。 モニカちゃん捕まえておくにはあれくらい強くないと。 ファビオじゃきついでしょ」


 そして空気を読む気のないクラウディアが、話をややこしくさせる。

 もはや訳がわからない。

 

「尻に敷かれて振り回されても、重さで捩じ切れなければそれでいいわ」


 公爵夫人の答えに、目の前のファビオがプレス機に潰されたような顔になった。

 失敬な、俺達の尻はそんなに重くないぞ。



 だがどうしようか、この流れ。

 俺とモニカが、感情だけでなんとも言えない気分を伝えてきた。

 なんか気になる情報が出てきたせいでこっちも乗っちゃったが、そもそも俺達は”己の婚姻”というカードを、少なくともこんな所でテーブルに乗せる気はサラサラない。


 それを示すために、俺達はのしかかってる形のファビオをそっと脇にどけて立ち上がると、できるだけ丁寧にアルバレス流の礼を取った。


「身に余るご提案、感謝いたします。

 ですが今日は、”あたらしい産業”にお誘いするためにお呼びしました。

 わたしの婚姻は関係ありません」


 俺達はそう宣言すると、公爵夫人の目を見つめた。

 だが公爵夫人は、あくまで俺達の言葉は考慮に入れるきはないらしい。


「だから、その”産業”とやらの担保に、お前の”血”を乗せるという話だろ・・・」

「そのような担保が必要かどうかは!」


 それでも尚、婚姻の話を続けようとした公爵夫人の言葉を俺達は声を張り上げて遮る。

 

「わたしの話を聞いてからでも、遅くないと思います」


 俺達はそう言うと、公爵夫人に向かってビシッと腕を突き出して、指を向けた。


 内側でモニカの羞恥の熱がじんわりと広がっていく。

 それでも、これには流石に公爵夫人の言葉は続かず、公爵夫人の目の色が、また別の熱を帯びたものに変わった。

 彼女の中で、なにかのスイッチが切り替わったことを悟る。

 モニカならばそれは、獲物を見定めたときだが、この人はどうか。

 願わくば、それが”頑固な貴族”ではなく、”大商人の頭目”であることを祈るのみだ。


 公爵夫人が何かを確認するように横を向き、クラウディアが応えるように肩を竦めて頷くと、エミリア公爵夫人は”商売人:エミリア”の表情で俺達を見つめ返した。 


「”一緒に世界を変える”だったか・・・つまらぬものなら、斬り捨てるぞ」


 その言葉で、ようやく話が前へと動き出す。


 俺達は自信たっぷりに頷くと、”次元収納”の魔法陣を開き、そこから一組の魔道具を取り出した。





今夜、また更新します。

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