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 モニカの奇妙な相棒 ~ 最強スキルは、俺自身!? ~  作者: マカルー
第二章 モニカの奇妙な学園生活
317/426

2-14【ヴァロアの”血” 17:~北国の産声~】


 嵐のようなざわめきを残してモニカが去って数日が経ってからも、フェルズの街はちょっとした混乱に包まれていた。

 無理もない、これまで数百年に渡って街を支えていた産業が失われたのだ。

 皆、”奴隷”というシステムに思うところはあっても、その恩恵で生きてきた者にとって、この変化はたまらない不安を生み出し、打ち捨てられた筈のフェルズ城に理由も持たずに押しかけていた。


「この分なら後ろの本城も使えますかね」


 城のメイド長であるカローラは、混乱に対して手狭な玄関ホールを2階から見下ろしながらそう皮肉る。

 眼下では伯爵への謁見を求める住民と、非番まで駆り出された兵士達が押し問答をしていた。

 そして、それを聞いたヴァロア伯爵が不満げに鼻を鳴らす。

 なにせ、これまで彼が必死に領を守ろうと動いても寂れる一方だったこの城が、何はともわれ、こうして”活気”を取り戻したのだ。


「あの”バカ孫”め、本気でこの領を背負う気なのか・・・」

「おや、そこをお疑いですか?」


 ヴァロア伯爵の言葉にカローラが不思議がる。

 先日見せたモニカの覚悟は、疑うには真に迫り過ぎていたというのに。


「ふん、一時の口や行動など、どうにでもなる。 ”覚悟”すらな。

 だが背負う(・・・)というのは無限の重みに耐え続けることだ。

 なにより、あいつはこの領を力で無理やり大きく変えようとしている。

 当然(ひずみ)は大きいし、たとえ後年評価されようとも、死ぬまで誰かに恨みを言われ続けるだろう。

 そうなっても尚、背負い続けなければならないのだ。

 だが体は無敵でも、心はそうではない」


 そう言いながら、ヴァロア伯爵は肩を震わせた。

 彼自身、”奴隷撤廃”という謳い文句に高揚しつつも、言いしれぬ不安に襲われていたのだ。

 そしてそれ等とは別に一際心配な事もある

 ここ数日で発覚したことだが、この件に関して最も抵抗しているのは、実は当の解放奴隷の少年や少女達だったのだ。

 なにせこれまで心の拠り所にしてきた”将来”を奪われたのだ。

 たとえそれがより良い人生になり得るとしても、そんな事は知りようがない。

 それに、多くが親元の家族と完全な別れを告げて出てきた者だけに、元に戻るのも容易ではなかった。

 端的に言えば居場所がないのだ。

 今はモニカから、”魔草栽培”という当面の仕事を与えられているとはいえ、まだ植え付けもまだで畑を整備している段階。

 モニカが戻るまでの間に、いつ”爆発”しても不思議じゃない。


 モニカがそれを知った時、果たしてそれを受け止めきれるのか・・・・


「そんな事をお考えになってるのでしょう?」


 カローラが、つらつらと出てきた駄話の最後にそう言ってヴァロア伯爵を見る。

 すると伯爵は、図星とばかりに視線を逸した。


「それは我々、この領に残った者の仕事です。

 どうせ死んだ街と思ってらっしゃったのでしょう? ならモニカ様がこの領の”青写真”を持ち帰られるまで、粘ってみせましょう」


 カローラがそう言うと、ヴァロア伯爵の目がすっと細まる。


「気が早いぞ。 まるで、もうこの街の主がモニカのような台詞だな」

「おや、違うのですか? ならば行動で示しませんと。 ヴァロアの名は”その名で生まれたものではなく、その名で生きた者”に与えられるのですから」


 カローラがそう言うと、ニヤリと笑った。

 どうやらヴァロア伯爵の退路を断つ気らしい。

 いや、もう崖から飛び降りたのだと知らせているのか。


 するとその時、人混みで混乱する玄関ホールをかき分け、外から兵士が1人走り込んできて叫んだ。

 

「ドラン伯爵からの物資が届きました! 受け渡しのためにお館様の謁見を希望しております!!」


 それを聞いたカローラが促すようにヴァロア伯爵を見つめ、その圧力に押されるように伯爵は服の襟を正して階段を向いた。


「と、いうことらしい。 少し出かけてくる。

 ・・・”領主の仕事”があるのでな」


 そして、それだけ言い残すとテクテクと階段を降りていった。

 カローラはそれを恭しく一礼して送り出すが、その顔は若干笑いそうになるのを押し殺している。



 何はともあれ、こうしてヴァロア領は生まれ変わった。

 今はまだ、どう育つのかは分からないが、

 肯定的な者、否定的な者を問わず、フェルズに渦巻く様々な感情を持つ者達にとって、その考えだけは共通の認識だったのだ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 時を、ほぼ同じくして・・・・


 ジュラッグのドラン伯爵の居城は厳戒態勢に置かれていた。

 城で受け持っていた業務は麓の屋敷を借りて行われ、ごく一部の関係者と”業者”だけが城に入る事を許されている。

 そしてその業者達は、主に2ヶ所で作業をしていた。

 正面玄関組と、裏側組だ。

 だが、その名前と作業場所はまるっきり正反対だった。


 それまで殆ど使われていなかった裏口を大々的に改修し、新たに正面玄関として使おうと整備が進み、

 反対にそれまで正面玄関として使われていた入り口は入念に塞がれ、絢爛だった広場の上には新たに金庫の様な巨大な扉の付いた建物が増築されている。


 だが1番異様なのは、その”裏側工事”の中心でドラン伯爵が、その大きな体を椅子に乗せてずっと作業を監視し続けている事だ。

 それも彼女無しの作業は一切認めぬという徹底ぶり。

 作業中も、建設中の建物の中心に置かれた、”真っ黒な柱”に作業員がうっかり近づこうものなら、彼女の強烈な怒声を浴びる事になった。


「姉さん、太ったんじゃないですか?」


 交代でやってきた髭モジャの番兵が、そう言いながらドラン伯爵の隣に立つ。

 するとドラン伯爵はそれを鼻で笑った。


「何言ってんだ。 心配ですっかり痩せちまったよ。 まったく、あのモニカ(・・・)め」

「いや、”ドカ食い”で逆に肉がついてる」


 だが、先程から側にいた細身の番兵がドラン伯爵の言葉にそう言って笑いながら、伯爵の樽のような腹をボヨンボヨンと揺する。

 髭モジャの番兵がそれを見て笑った。

 ドラン伯爵と親密な(・・・)関係である彼らは、この程度の冗談に臆するところはない。

 伯爵も特に気にしている様子はなかった。


「新しい正面玄関の方はどうなってる?」


 ドラン伯爵が髭モジャの番兵に問う。


「玄関の工事は順調ですよ。 ただどうしても裏庭だったところを改装するんで見てくれが悪い。 特に道が細いのと城の裏側が丸見えなのが」

「なら次はその辺りの工事だな。

 ここの連中も、もうすぐ空くから手は足りるだろう」


 ドラン伯爵がそう言いながら、頭上の足場で動き回る作業員達を見回した。

 ここの内部は簡素な作りなので、玄関ほどは時間はかからない。

 壁はほぼ完成しているので、後は屋根をかければ完成まで少しだ。


「だいぶ出来てきましたね。 ただいくらなんでもやりすぎでは?」

「馬鹿言っちゃいけねえ、こいつはとんでもねえ代物だぞ」

「いや、この”柱”の方をどっかに持って行った方が、城をヒックリ返すより楽でしょうや」


 髭モジャの番兵はそう言って訝しがった。


「その最中にうっかり使っちまったらどうする? それでなくても、こいつの中にはピラト山を半日でブチ抜くような奴の魔力がたんまり入ってんだ。 誰にも触れさせるわけには行かねえ。

 ぶっ刺さってる周りの石ごと封印するのが一番だ」


 ドラン伯爵はそう言いながら、心底怖がるようにその身を震わせる。

 怖いもの知らずと恐れられる彼女も、これほどまでに強力で得体の知れない物の扱いは怖い。

 ただ、主人のそんな様子を見た髭モジャの番兵は満更でもない様子。

 

「だが、それ程の強者を味方に出来たのはでかいですな」


 するとドラン伯爵が、真剣な様子でみつめた。


「本当にそう思ってるのか?」

「ええ、なにせこれがある限り恐れる脅威は無いも同然。 いやこれをチラつかせれば得られるメリットは多いでしょう。

 なにせ我々を敵に回せば、もれなく”アレ”も敵に回る」


 髭モジャ番兵はそう言うと、頼もしそうな目で柱を見つめた。

 だがそれを見たドラン伯爵は呆れたように頭を抱えた。


「俺の”愛する男”ですらこんなことを抜かすんだ。 本当に”力”というのは碌でもない」


 伯爵はそう言うと、2人の番兵に改めてこの柱への接近の禁止と情報の秘匿の念を押した。

 ただ、細身の方の番兵はそれに対し尚も納得がいかない様子だ。


「そうは言うがよ姉さん。 ”あの契約”なら、俺達のどんな脅威にも呼べるだろ?」


 モニカが保障した”安全”は脅威の対象を取らない。

 魔獣だろうが国だろうが、ドラン伯爵陣営が危険になればそれだけで発動する曖昧な契約だ。


「なら、それを使い倒して、一旗上げればいいじゃないか。

 裏から喧嘩ふっかけて、相手が動いたところを”ヴァロア嬢のご登場”って感じで」


 細身の番兵がそう言って”活用法”を力説する。

 だがそれに対し、ドラン伯爵は冷たい声で返した。


「それでよ、負けたらどうすんだ?」

「あ・・・」


 細身の番兵が口籠る。

 もしモニカが負けるようなことになれば、それはドラン伯爵領の壊滅を意味するからだ。

 ドラン伯爵は更に続ける。 


「で・・・勝ったらそれこそどうすんだよ」

「姉さんが王様になるとか?」


 今度は髭モジャの方が茶化すようにドラン伯爵に言った。

 伯爵は、その冗談めかした言葉に呆れるたように息を吐いた。


「はあ・・・あの”甘ったれの小娘”が、それを許すと思うかい?」


 それに対し、2人の番兵はしばし考えてから首を横に振った。

 そもそも、モニカとの契約は只の口約束であり、その内容の如何を何かが保障しているわけでもないし、たとえ魔力契約だったとしてもその契約ごと捻り潰せるだけの力を持った存在なのだ。


「こりゃ、只の”脅し”だよ。 俺たちゃ、世界でも指折りの化物に目をつけられたんだ」


 その言葉に陽気な番兵達も言葉を失った。

 こんな風に無力感を滲ませる主人の姿を、一体何年ぶりに見たか。


「とにかく、これには誰も触れさせるな。

 迷いや事故で呼ばれたらかなわん」


 ドラン伯爵はそう言うと、疲れたように視線を石材に突き刺さる”黒い柱”に戻した。

 だがそれに対し、番兵達は別の物に目を留めた。


「そういや姉さん、それなんですか」

「ん?」

「ほら、それ」


 髭モジャ番兵がドラン伯爵の左手に抱えた黒い物体を指差すと、ドラン伯爵は「ああこれか」というような感じで手をそれを持ち上げた。

 それは”魔力感知式ボタン”が沢山ついた小箱のような見た目をしている。


「昨日フェルズから届いたんだが、これでモニカに文字が送れるらしい」

「え!? じゃあ、これ要らないですよね?」


 細身の番兵が驚いた様に、目の前にある柱を指差す。

 連絡手段があるというなら、こんな物を仰々しく扱う意味が分からない。


「どうも性質が違うらしくてな、こっちは文字が送れる代わりに向こうが遠いと届く保障がないらしい。

 で、柱の方は逆に単純な信号を世界中のどこにいても分かるくらいの強度でブチ撒けるんだと」

「はあ、魔法士の考えることはよく分かりませんが、その柱の方がヤバイ時に使うってのは見ればなんとなくわかりますな」


 髭モジャ番兵が自慢の髭を撫でながら納得する。


「それと柱の方はモニカが魔力を充填してくれてるが、こっちは毎回自力で入れろとさ。

 ただ、持ってりゃ勝手に入るらしいが一向に貯まらなくてな」


 ドラン伯爵がそう言いながら手に持った小箱の側面を指差した。

 そこにはこれよみがしに小さな魔法石がいくつも嵌め込まれ、その内の幾つかが光っている。

 

「一番上のが光れば送れるらしいが、一晩握りしめて寝てもこのザマだ」

「姉さんやり(・・)すぎて、魔力残ってないんじゃないですかい? ほら、身体ぶつけ合うと体力も使うし、抜けやすいっていうし」


 細身の番兵がそう言って茶化す。

 するとドラン伯爵は不機嫌そうに反論した。


「だったら、お前が持ってみろってんだ」


 そして、そう言って小箱状の魔道具を差し出し、細身の番兵がそれをわざとらしく丁寧に受け取った。


「どれどれ、こう見えても俺は地元の魔法教室では魔力が多いって褒められたん・・・」


 細身の番兵がそう言いながら握る。

 だが小箱の表示に一向に変化はない。


「あれ、壊れてんじゃないか?」


 細身の番兵がそう言いながら小箱の向きを変えたり、持ち方を変えたりしてみるも反応はなし。

 するとそれを見ていた髭モジャの番兵の方が、小箱をひったくった。


「ほら貸してみろ、ガキの頃から鍛えてないお前と違って、俺はずっと魔力を体に馴染ませる訓練を積んでるから・・・」

「変わらねえじゃないか」


 相変わらず無反応の小箱の様子にドラン伯爵がそう言って呆れた。

 するとそれを見た細身の番兵が小箱を取り返すも、今回も変化はなし。

 そのまま、2人の番兵が何度か小箱の取り合いをしていると、それを見ていたドラン伯爵が数日ぶりに腹を抱えて笑い始めた。


「ヒッハッハハハ! お前ら、本当に魔力無いんだな」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 北国の空気が薄れ、わずかに暖かい空気が春を感じさせる空の上を、ロンとモニカを乗せた飛竜が南に向かって飛んでいた。


「う・・・ううん」


 飛竜の腹の客席で、モニカが寝返りをうって目をこする。


『・・・どれだけ寝てた?』

『今日はまだ(・・)半日くらいか、街につくまで数時間はあるよ』


 モニカの問に、俺はそう答える。

 あまりにもバタバタとした(・・・・・・・)フェルズの出立からはや数日。

 今回は獣狩りも行わずにほぼ素通りするように未開地域を抜けて飛竜に乗ってからというもの、俺達はその行程の殆どを寝て過ごしていた。

 北国の気配が辺りから消えて緊張の糸が切れると、それまで押し殺していた凄まじい疲労が一気に噴き出したのだ。


 なにせ1日で制御魔力炉を3回も使い、強力な魔道具をいくつも用意して、さらに残ったありったけの魔力をフェルズ郊外に吐き出したのだ。

 俺が必死に自然回復分まで計算に入れてなんとかやり通したが、レオノア戦と比較しても消費した魔力はかなり多い。

 その上、モニカは緊張と責任感に必死に抗いながら駆けずり回り、奴隷商売の解体とドラン伯爵との交渉を行ったのだ。

 覚悟を決めたモニカが断固たる態度で強行したのでなんとかなったが、だからこそ、これからもずっとフォローがいるだろう。


 アクリラに帰った後もやることは山積みだ。

 既にウルへのメールや、”モニカ連絡室”への通信魔法を通じて、様々な”関係者”と会う約束を取り付けている。

 ”奴隷商売”の廃業に関する連絡から、ヴァロア領の作物のルートに、新たな産業の誘致。

 マグヌスやアルバレスに頭を下げる場面だってきっとある、アオハやマグヌスの”借金”が足りればいいのだけれど。

 この数日で俺達の・・・特にモニカの小さな肩に乗った責任の重さを考えれば、ここから数日寝込んだって無理はなかった。

 まったく、これで名実ともに”ヴァロア家”の一員となったわけだが、”ノブレス・オブリージュ”に押しつぶされそうな気になる。


『やらないといけない事、なにかある?』


 モニカが、帰りの道中ですっかり寝起きの一言になってしまったその言葉を言ってくる。

 それに対し俺が”今はない”ことを告げると、モニカは若干の安心の感情を漂わせ、同時に内に秘めた巨大な”不安”が僅かに膨らむのを感じた。

 これから先、はたしてこの不安が縮むことはあるのだろうか。

 それともこの不安を抱えてることが”貴族”として生きるということの証明なのだろうか。


 ならば、俺も本格的にモニカの負担を減らすような方向に”変化”しなければならない。

 そんな事が出来るかはわからないけれど。

 不幸中の幸いというべきか、領地と領民を得た今、”ユニバーサル計画”がその一助になる可能性は以前より増えている・・・ように思う。

 できる事の少ない俺が、そう思いたいだけかも知れないが、責任の分担はできなくとも、”やる事”の分担はできる筈だ。


 そう考えた俺は、心の内で今後の”進路”について大まかな方針を固めた。



 ちょうど日が傾き始めた空を横に見ながら、俺達はガランとした飛竜の客室を歩いて後ろに向かう。

 ちょっとロメオの様子でも見て気分転換と考えたのだが、その途中でベンチを横に占拠しながら寝ているヘクター隊長を見つけて、気分が更に萎えた。

 いや、俺達自身こんな風にベンチを横に使って寝ていたわけだが、彼のなんとも脳天気な寝顔を見ていると無性に腹が立ってくる。

 しかもぐーすか寝息を立てて、服からはみ出た腹を時折掻いていると来たもんだ。

 いっそ、ここに鼻提灯が追加されれば完璧なのに。


 モニカが若干まぶたを落としてその様子に見入る。

 まったく、この世に悩みなんて無いような顔しやがって・・・

 俺のそんな感情が波及したのか、はたまたこの感情自体がモニカのものだったのか。

 

 モニカはまっすぐヘクター隊長に近寄ると、その無防備な腹の肉を人差し指と親指を使って出来るだけ多く集めると、間髪入れずに全力で抓りあげた。


「!? あだだだだだだだだだだだだだDADADA!!????」


 ヘクター隊長が痛みに飛び起きながら叫ぶ。

 それでも流石は”エリート”の腹、昼寝中でも身体強化は万全だったらしく、モニカの魔力強化だけの力では特に千切れたりはしなかった。

 とはいえ、痛いことには変わりなく、


「ああ!? いったいなにしやがんだ!!??」


 と、怒りと憤りを滲ませた声で叫んだのだ。

 一方のモニカはその反応にちょっとだけビックリして後ろめたい感情を僅かに漂わせてから、すぐに小さく息を吐いて笑った。

 そうすると不思議なことに、ちょっとだけ”不安”が小さくなるのを感じる。


「どうかしました!?」


 ヘクター隊長の声に驚いたのか、飛竜の御者台からイリーナが顔を覗かせてそう聞いてくる。

 それを見たモニカは軽く首を横に振って応えた。


「だいじょうぶ、なんともないよ」

「おい! ちょっと待て!」


 モニカのその答えに、ヘクター隊長が不満の声を上げる。

 だがモニカはそれを無視しながら、今度は歩みを扉の方に向けた。


「モニカ様?」

「おい、どこへ行く、今は・・・」


 2人の問いかけを、”バタン”という扉が開かれる音とそこから吹き込む空気が遮った。


 俺達の顔に上空の冷たい空気が突き刺さり、気圧の変化によって発生した抵抗の変化に対応すべく飛竜が僅かに翼を傾ける。

 そしてモニカは、客室の環境魔法が作動して風を抑えるのを待ってから2人に声をかけた。


「ちょっと・・・外の空気すってくる」

「おい、ちょ・・・」


 ヘクター隊長の言葉は、モニカが扉からジャンプしたことで最後まで聞こえなかった。


 北国上空の風と冷たさが支配する荒々しい世界に身を投げた俺達は、しばしその暴力的な風の感覚を感じながら落下する浮遊感を楽しんだ。


 眼上では、俺達を落としたと思った飛竜が大慌てで高度を落とすのが見える。

 そんな責任感の強い動物を宥めるようにモニカが手を伸ばすと、同時に背中から魔力エンジン付きの羽を生やして上昇し、飛竜の横をぴったり飛んで見せて安心させた。

 飛竜の腹の客室の窓からは、こちらを呆れた目で見つめる3者の姿が見える。

 彼等に対し、モニカは一度だけ片目を瞑ってウインクすると、魔力エンジンを一気に吹かして大空へと加速したのだ。


 強化装甲を展開してないので全力ではないが、それでも圧倒的速度により飛竜の姿が後方にどんどん小さくなる。

 俺は速度に合わせて吸気口内の形状を変えながら、常に最適な効率で推進力を生み出すエンジンをボンヤリと眺めていた。

 今ではかなりの燃費と推力を両立している。

 この旅での試験で最大の収穫は、このエンジンだな。

 他は結局、ピカ研メンバーの試験依頼も含めて、それほど予想外の結果にはならなかったし、”デバステーターの欠片”は素直に喜ぶには、色んな意味で重すぎた。

 まあ、重すぎたのはそれだけじゃないけれど。


 それよりも、遠ざかる同行者の姿を見てホッとする”自分”が居るのに気付かされる。

 やっぱり飛び出して正解だった。

 きっとあの場にもう少しでも長くいれば、取り留めのないこの感情が彼等を傷つけたかもしれない。


 モニカが服のボタンをいくつか外して風を内側に取り込み、全身でそれを感じようとする。

 だが高速で感じる風というのはあまり気持ちのいいものではない。

 非常に暴力的だし、何より冷たいからだ。

 風を取り込んだことでバタバタと服がはためき所々が破け、叩きつける風が皮膚を引っ掻き続けた。 

 まるで獣に頭を噛まれたように髪の毛が風で乱雑に引っ張られる。


 全身が痛い。


 だがその痛みをできるだけ感じるために、あえて身体強化は最低限しか掛けない。

 まるでその痛みだけが、俺達を・・・モニカを慰めてくれるような・・・

 その痛みだけが、前を向く力をくれるような・・・


『モニカ・・・もういいぞ』


 飛竜から十分に距離をとったと判断した俺は、そう言いながらエンジンの防音魔法をオフにする。

 すると、途端に周囲の音が聞こえなくなるほどの轟音が俺達の小さな体を包み込んだ。

 魔力エンジンってこんなに煩かったっけ。

 でもこれなら十分隠して(・・・)くれる。


 そのことをモニカが悟ると、体の底から”不安”の塊が出口を求めて頭に殺到し、涙腺から涙となって飛び出した。


 あいかわらず、泣き虫な子だ。


 だがこれからは、できるだけそれを隠していかねばならない。 

 ワガママで”希望”を押し付けたのだから。

 ”俺”以外にモニカの不安な心も、涙も、声も、感じさせてはいけないから。


 北国の空に向かって、モニカが言葉にならない不安を叫ぶ。

 北国の空に向かって、モニカが誰にも聞こえぬ恐怖を叫ぶ。

 

 悲鳴のように。

 嗚咽のように。


 赤子の産声のように。




 これにて”里帰り編”の本編はおしまいです。

 また、今夜か、明日中にはエピローグ的な幕間を投稿する予定です。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 また、ブックマークや評価、レビューをしてくださった方へ、心より感謝いたします。

 読者の皆様の存在が私の原動力です。


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