2-10【頂の生徒 5:~8日目の朝~】
「なあ、一つ聞いていいか?」
久々に会った友人が言ったのはそんな質問。
「なんだ?」
それに対して俺は努めて何でも無いような声で聞き返す。
最近見かけなかった友人の顔が、どこか疲れて見えたからだ。
「”子供”って・・・どんな感じなんだ?」
友人が聞いたのはそんな事。
それを聞いた俺は、心の中で緊張の度合いを一段階高める。
この友人が、周囲から子供を熱望される存在であるにもかかわらず、子供が出来ないことを悩んでいるからだ。
だが気を使って嘘を答えるのも違うだろう。
「・・・不思議なものさ・・・デニスもファビオも、俺には似てないんだが、それでも自分の一部を感じるからな」
「・・・自分の一部かぁ・・・でもあんまり似てないんだろ?」
「2人共母親似だからな」
友人のツッコミに俺はそう言って笑う。
「だがそれでも、時々”自分”を感じる。 それくらいで良いもんさ、完全に俺に似てたら堪んない」
「そうか・・・」
友人がそう言うと、自嘲気味に苦笑う。
「なあ、俺が言うのも何だが、もう少し肩の力を抜けよ、そう義務的になっちゃ嫁さんが可愛そうだ。
たまには子供の事なんか忘れて愛し合えば、案外あっさりできるって聞く・・・」
「マルクス」
その時、不意に友人が俺の名前を呼んで話を切った。
「俺、来年あたり養子を取ろうかと思う」
「・・・・」
「元々、俺も家なし子みたいなもんだからさ、やっぱり本当の子供とかよく分かんないし」
「・・・・」
「フランの親戚に、養子に出して良い子がいないか聞いてみるつもりだ」
「・・・カシウス」
「フランは怒るかもだけど、一応それで”義務”は果たせる。 フランの母方の親戚にはフランに似た子も多いし、きっとその子も似てくれる・・・」
「ロン!」
気がついた時、俺は友人に向かって叫んでいた。
それも彼がかつて母に捨てられた事で忌み嫌っていた過去を知っていたせいで、俺自身は滅多に使わなかった友人の”本名”で。
その事に驚いたのだろう、友人の言葉がそこで途切れる。
「無理をするな」
こんな姿は見たくなかった。
俺の中でカシウスはもっと強くて、賢くて・・・
「俺は無理なんかしてないさ。 ・・・無理をしてるのはフランの方だ」
だがその言葉を聞いた瞬間、俺の中のそんな感情は吹き飛んでしまった。
「彼女、もうずっと悩んでるんだ。 日に日に元気がなくなって、俺はフランさえいればいいのに、こんな事のために・・・」
そう言って友人が顔に手を当てて塞ぎ込む。
「だから、はやく彼女を解放してあげたい。 養子を取れば、少なくとも”跡取り地獄”は少しマシになる」
俺はその時、マトモな事を何1つ言う事ができなかった。
少なくともマトモな事は・・・
「もし・・・もし養子を取るなら・・・・”女の子”にしておけ」
「女の子?」
「男は手がかかる、それに腹が立つしな」
俺が言えたのはそんな馬鹿な言葉だけ。
だがそれでも俺がそう言うと、友人の顔が僅かに軽くなる。
そして、それを見た俺は愚かにも少し安心したのだ。
・・・
・・
・
「・・・・夢か・・・」
幻のように虚ろなその光景が消え去り、僅かな気持ち良さとずっと多い不快感の中でマルクス・アオハは目を覚ました。
そこは先ほどまで見ていた国防局の廊下ではなく、もっと落ち着いた、天井の高いアクリラの高級宿の一室だ。
下を見れば、めくれ上がった布団が。
どうやら夢を見るほどグッスリと寝ていたらしい。
頭の中に響くスキルの情報も、以前と比べて随分穏やかな値が出ている。
「引退も、してみるもんだな・・・」
マルクスがそう言うと、同じ部屋で既に私服と化した儀礼服に身を包む、マルクスの”付き人”兼”書類上の上司”兼”従兄弟”のタツィオが不思議そうな顔をした。
彼には理解できないだろう。
”国防局長”という職がどれほど激務で、どれほど重責か。
それは強大だったはずの”マルクス”という人格すら容易に捻じ曲げてしまうほど。
だがそれを引退した今、マルクスは驚くほど”自由”な身だった。
事実上の軟禁状態だというのに、本国からなんのアクションもない。
以前であれば1日でも連絡が取れなければ上へ下への大騒ぎ、遠出など夢のまた夢だろう。
毎朝、本国から連絡は届くものの、こちらから何もしなくても不審がられないのだ。
その結果、意外にもマルクスはこの祭りの空気を楽しんでいた。
お忍びというのもあるが、将軍用の軍服を着ているのにもかかわらず誰もマルクス達の事を気にもとめないのも大きい。
以前であれば隠居など人生の終焉と思っていたが、いやはや。
その時、タツィオとは別の気配がわずかに身じろぎ、そちらを見れば何やら難しい資料を読んでいた、剣士の男がこちらを見ていた。
「少しうなされてたみたいだが、怖い夢でも見たのか?」
その男、スコット・グレンが少し心配そうな声で聞いてきた。
どうやら自分はうなされていたらしい。
だがあれは、”怖い夢”ではない。
強いて言うならそう・・・
「・・・後悔だ」
マルクスが吐き捨てるようにそう言う。
文字通り、どれだけしても報われることのない後悔。
「貴様に見られて寝たせいだろう」
さらにそう続ける。
するとスコットは僅かに面食らったような表情を作った。
それを見たマルクスは、昨夜もまたこの男にずっと見られていたことを悟る。
「また寝てないのか?」
「それが私の”使命”だからな」
マルクスの問にスコットがそう答える。
その答えの内容からして、またずっとその椅子に座ってマルクスとタツィオを監視していたのだろう。
アクリラに来てからからずっと、この男はこうやって”案内役”という名の監視役を務めていた。
マルクス達が、アクリラの生徒に手を出すのを防ぐために。
だが街から追い出さないところを見るに、何かに利用するのは間違いないらしい。
問題はその”首謀者”が、他ならぬガブリエラ様という事だ。
それでは軍属のマルクスにはどうしようもない。
以前であれば王女といえど全て従う義理はなかったが、今は迂闊に王族に反抗するわけにもいかない立場。
「さて案内役殿、”今日の予定”を聞かせてもらおうか、できれば夕食は南部系の海鮮料理とかだと嬉しいのだが」
もはや日課となった”朝の皮肉”をスコットにぶつける。
マルクス達のアクリラでの予定は全て、この男に管理されている。
逆らえばすぐに”ガブリエラの剣”が飛んでくるので従う他ないのだが、意外にもその予定は”マグヌスからの来賓”として当たり障りの無いものだった。
特に王女であるガブリエラの近くに連れて行かれることが多いのは、明らかに狙ったものだろう。
だがスコットから返ってきた言葉は意外なものだった。
「夕食は好きに取ると良い。 私の”案内”は今日の昼過ぎまでだ」
「昼過ぎ?」
マルクスがそう聞き返し、近くにいたタツィオが不審げな表情を作る。
「”それより”後は、もうあなたを抑えておく必要はなくなる」
「と・・・いうことは」
ということは・・・
マルクスは数日ぶりに己の中の緊張を強める。
ガブリエラ様がどの様にサイコロを振るのか、その”目”が出るのが今日ということだからだ。
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「今日は随分と大荷物ですね」
ピカ研の建物の前でベスが、ロメオの背中を見ながらしみじみとそう呟いた。
「今日は・・・ちょっと・・・本気だから」
それに対しモニカが、ロメオの背中の荷物の固定を確認しながら答える。
「本気・・・ですか」
ベスの声は何とも言えないような感情に満ちていた。
ロメオの背中に積んである幾つもの魔道具が、どれも妙なまでに禍々しいのもあるだろう。
だが今の俺達で、今の俺達の力をすべて使い切るには、これくらい強烈な装備が必要になる。
そして今日戦う相手は、ここまでしても”まだ足りない”と思わせるには十分な相手だ。
『結局、全体稼働はぶっつけ本番になっちゃったね』
固定具の様子を確認しながら、モニカが俺にそう漏らす。
『仕方ないさ、魔力の回復には時間がかかる。 パーツごとの起動チェックは全て終わってるからそれで満足するしかない』
『うん、そうだけどさ・・・もうちょっと”ちゃんと”作ってあげたかったなって』
そう言いながらモニカがロメオの背中に積まれた魔道具を撫でた。
『これが終わったら、もう一度バラしてちゃんと組み立てればいいさ。 そのためのデータ収集だと思えばいい』
『でもガブリエラは勝てって言ったよ?』
『どのみち、もうこれ以上出来ることはない。 それに本気で動かすことほど質の良いデータは集まんないだろう?』
「・・・うん、わかった」
最後にモニカがそう口に出して答えると、全ての固定具のチェックが終了した。
これで後は会場に向かうだけだ。
するとその様子を見たベスが頭を左右に振って周囲の様子を窺う。
「ところで研究所の人はいないんですか?」
どうやらピカ研の建物の中に誰もいないのが気になったようだ。
「うん、みんな中央の方に行ってる。 わたしは”対抗戦”の選手だから、気を使ってもらっちゃって」
「俺もモニカも、知り合いに沢山応援されると緊張しちゃうしな。 だからあんまり騒がないでもらってるんだ」
俺達がその理由を答える。
実は最初の何戦かはピカ研のメンバーが応援や激励に来ていたのだが、それをすると試合で緊張するので辞めてもらっていたのだ。
「そうでしたか・・・・ひょっとして私、迷惑ですか?」
するとベスが困ったようにそう聞き返す。
今日の彼女は少し無理を言って付いてきたので、この”事実”に気が引けてしまったのだろう。
だがモニカはそれを首を振って否定した。
「ベス1人くらいなら問題ないよ。 それに”今日”は、ベスには近くにいてほしいし」
モニカが少し縋るようにそう答える。
ガブリエラの話が本当ならば、今日のこの試合は”俺達の人生”に大きく関わってくることになる。
だからこそベスに近くにいてほしい。
今の俺達にとって、この街にいる最も”家族”に近い存在は彼女だけなのだから。
そしてベスもその感情を読み取ったのだろう。
「今日は私もお休みですし、ずっとモニカ姉様のことを応援してますよ」
と答えてくれた。
「ありがとう」
モニカが心からベスに感謝の言葉を述べる。
ベスの言葉は、それだけで勇気が何倍にも膨れるほど心強いものだった。
◇
ロメオとベスを引き連れた俺達は、朝の街の中を進んでいく。
今日の会場は昨日ガブリエラがスタジアムを壊したせいで、急遽別会場となっていた。
そのせいか、街の中心部ではなく郊外に向かうことになったため、道中の祭りの空気はだいぶ薄い。
新しい催し物がひっきりなしに行われる街の中心部と違い、この辺は8日目ともなればすっかり”祭り疲れ”の空気が漂い、行き交う人達も何処か落ち着きを取り戻し静かだ。
もちろんこの辺にも祭りの催しは沢山あるのだが、そのどれもが比較的静かなものや、中央で行われたものが流れてきたりしたものだ。
道端で行われる演劇にしても、どこか小芝居じみた投げやりな空気が漂っているし、物販にしてもだいぶ売れ残り感が強い。
そんな中、1つ気を吐いているのが、”ニュース”展示だ。
俺達が今歩いているのがまさにそんなところで、通りの店や家の壁一面に世界中でこの1年起こった様々出来事が、文章だったり絵だったり、口頭だったりで展示されていた。
祭りが始まってすぐの頃はこういった展示は、地味なせいもあるがあまり人を集めることがなかった。
だが各々が祭りでやりたいことが一段落してきた今、次に求めるのはこういった”情報”らしく、特に商人と思われる者たちがこぞってこの通りを歩いて情報を集めている。
これだけ世界中との取引が行われていれば、様々な事件がそのトレンドに与える影響は無視できないということだろう。
モニカが通りを歩きながら、目移りするように左右の展示を見て回る。
ただ歩いて眺めているだけだというのに、それがまるで新聞を見ているような気分になるから不思議だ。
何処かの小国で汚職事件があっただの、何処かの温泉が人気だの、何処かの道の通行料が引き上げられるだの、何処と何処が仲悪いだの。
モニカはまだ難しい話題は理解していないみたいだが、そこに踊る空気の”色”は分かるみたいで、ニュース展示を見て一喜一憂する者たちと同様に、様々な感情を膨らませていた。
特に魔法画家達が各地で描いた魔法画は、どれも報道写真のような強烈なインパクトが有る。
名前も知らない禿げたおじさんが仏頂面で頭を下げていたり、大量の民衆が声と手を振り上げて迫ってきたり、ボロ布のようになった赤子を抱く疲れた母親の姿などは、その詳細を知らずとも心に迫るものがあった。
その時、モニカの足があるニュース展示の前で止まる。
「どうしました?」
ベスが不思議そうにそう聞いてくるが、それにモニカは反応しない。
ただ目の前の展示に目を奪われていた。
” 『メシャリム村の悲劇!!』 トルバ南部で起こった巨大魔力噴出災害!! 1200人以上が生き埋めに!! ”
その見出しで描かれていたのは、トルバのとある小国で起こった、何とも痛ましい災害の報道。
山脈沿いに巨大な魔力が噴出し、それによって崩れた山体が5つの村とそこに含まれる20以上の集落を飲み込んだらしい。
展示では災害の経緯や、救助の状況などが細かく記されているが、それよりも目を引くのが他と比べてもかなり多い魔法画の展示だ。
よほど酷い状況だったのだろう。
描かれている景色はどれも破壊的で、剥き出しの土砂や岩、引き千切られた木や、土砂に埋まった集落の前で泣き崩れる子供が、そこで起こった、あまりにもの”理不尽”を物語っていた。
モニカが見ていたのはその中でも特に異様な絵。
最初、俺はそれが砂利が転がっている絵だと思っていたのだが、その砂利の石1つの下に蟻ほどの大きさの家が潰されているのを発見すると、すぐにそれが被害範囲を高い場所から描画したものだと気づく。
なんて光景だ・・・
砂利に見えたのは、一つ一つが家よりも大きな巨石。
それがいったい、いくつある・・・
俺はその単調な絵の持つ、底知れない迫力とスケールに圧倒され、身が竦むような思いになった。
実際、モニカから上がってくるのはそんな感情だ。
『わたし達も、ああなるのかもしれないのかな』
モニカが俺にそう聞く。
その言葉は普通の者であれば、災害に巻き込まれるのではないかという恐怖に聞こえただろう。
だが俺には、いつか”自分が”あそこに描かれているような災害になるのではないか、という風に聞こえた。
これまで何度も俺達の比較対象に上げられた”魔力災害”。
だがこうしてその被害を見せつけられてしまえば、その恐ろしさが身に滲みる。
ましてやピスキアでの一件や、昨日のガブリエラの力を見てしまった以上、その比較が不当であるとも、もう言えない。
モニカは改めてその事を、目の前に突きつけられたのだ。
だが今はここで止まっている訳にはいかない。
『急いだほうが良いんじゃないか? もうそんな時間はないし』
俺達は最終試合だが、一応選手は第1試合の前には集合しないといけないことになっている。
準備も考えるなら、それほど時間的余裕はない。
『うん、・・・そうだね』
モニカがそう言って、ようやく歩みを戻したのはそれから数秒の間を置いてからだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
幸いなことに、試合会場となる競技場に着いた時には、モニカの様子はすっかり元通りになっていた。
少し時間が経ったということもあるのだろうが、ベスと別れて選手向けの入口を潜ったことでモニカの中の”狩人モード”が少し顔を見せ始めたのだ。
中に入って驚いたのは、観客席の大きさこそ昨日の会場のほうが大きいが、フィールドや控室などは殆同じサイズだということ。
なので控室の手前にある”ロッカールーム”に入った時、そこの広さに思わず面食らってしまう。
あまりに広いので牛が一頭混じっていても気にならないくらいだ。
俺達が来た時、既に他の女子選手達は着替えを済ませて装備の最終確認をしているところだった。
モニカはその先輩方に軽く会釈して挨拶を済ませると、このだだっ広い更衣室の中でわざわざ端の方のスペースに収まり、そこにロメオの背中の荷物を降ろしていく。
だがまだ準備は行わない。
そのまま、少し椅子に座って待っていると、他の先輩方が控室に出ていった頃になって、更衣室の中に俺達の”主調律者”であるロザリア先生が入ってきた。
そしてそれを見るなり、モニカが着ていた服を脱ぎだす。
試合前にロザリア先生が俺たちの状態を確認するのだが、その時どうせ全部脱ぐので今の内から脱ぎ始めているのだ。
それに試合の時も、制服の下はフロウ製の全身タイツで体を固定するので、下着つけられないし。
そのまま全裸になったモニカは、服を畳んで椅子の上に置くと、既にロザリア先生が用意していた魔道具の上に移動する。
するとロザリア先生はいつもの様に、俺達のデータを取り始め、体に異常がないか確認し始めた。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日もよろしくおねがいします」
ようやく朝の挨拶が行われたのは、検査用の全ての魔道具が回り始めた頃。
もう俺達の試合があるときの恒例と化してしまったので気にしない。
そのまま、ロザリア先生は時々魔道具が表示用の魔法陣に映すデータに目をやりながら、俺達の体をチェックしていく。
「肌の厚みは確保できたみたいね。 緊急用の造皮魔法って痛いから、使わないですんで良かったわ」
ロザリア先生がモニカの皮膚を指で押しながらそう言う。
この前の試合で皮膚が殆どやられたせいか、近くの鏡に写った俺達の体は、真新しい真っ白な皮膚の中に古くて色の濃い皮膚が斑のように残っている。
だがそれ以外には特に問題は見られなかった。
『なにか気になるところあるか?』
念の為、モニカにも確認を行う。
俺の方が把握してる割合は大きいが、モニカの方が長年見てきている。
そういった場合にのみ気付けることもあるかもしれない。
すると、モニカの視線が自分の胸に動いた。
『・・・おっぱい大きくなるかな』
そして、モニカがそう言って軽く胸を擦る。
『そこかよ!』
てっきり、もうちょっと真面目なコメントが貰えると思っていた俺が、盛大に突っ込んだ。
だがモニカも引かない。
『だって凄いじゃん! ”あれ”』
『いや・・・凄いけどさ、”あれ”は』
”あれ”っていうのはあれだ、ガブリエラの胸。
『”ボヨン”とか、”たゆん”じゃないもんな』
『”ドン!”だよね、”ドン!”』
モニカがあの”あつかましさの塊”に対して、見事なまでに適切な形容を行う。
『モニカは、ああなりたいのか?』
『うん、だって格好いいもん』
格好いいって・・・どうなんだ、それ・・・
『ロンは嫌なの?』
『嫌じゃないけど・・・』
大きいとか小さい以前に、あれはいくらなんでも”破壊的”過ぎる。
『こう胸ってのは、もっと”慈愛”に満ちてなきゃ・・・』
『慈愛って?』
『柔らかさといってもいい。 ガブリエラの胸に挟まれたらどうなる?』
『潰されるね』
モニカが迷いなくそう答えた。
実際、あんなものに挟まれたら只じゃ済まないだろう。
近くで見てないと気づかないが、戦闘中なんか特に、あれ全然変形しないのだ。
『だろ? どんなに大きくて形が良くても、それじゃ意味はない』
『なるほど』
モニカから大きな納得の感情が流れてくる。
分かってくれたか。
だがモニカのそんな機微を感じ取ったのか、ロザリア先生が聞いてきた。
「どうしたの?」
「うん、ロンがおっぱいは大きさより柔らかさだって」
その瞬間ロザリア先生の手が止まり、なんとも形容し難い表情を近くにあった俺用の感覚器に向けた。
『オイオイオイ、モニカ!』
『なに?』
『なんてこと言うんだ!』
今後もかなりの回数顔を合わせる人だというのに、ロザリア先生の中での俺の評価がががg・・・
『・・・なんかごめん?』
『はぁ・・・いいよ・・・別に』
モニカに言っても詮無きこと、身から出た錆と思うしかない。
・・・幸いロザリア先生がそれについて何か言うことはなかったし。
大人の余裕で聞き流してくれたのか? それとも俺を”女”区分で見てくれているのかは分からないが・・・
まあ実際問題、俺ってもうあんまり男って意識、最近薄いもんな・・・
もう慣れ過ぎちゃって、男の裸の方が恥ずかしいし。
たまに、ふとした切欠でルーベンとかアデルの裸を見ることがあるが、興味津々(学術的な意味で)なモニカと違って、俺は本当に恥ずかしい。
よくあんな物をぶら下げて平気でいられるな・・・
と、そんな風に性別があやふやな気分で、己を誤魔化している間、同時に別の感情がモニカの言動について”注意”を付けてくるのを感じた。
すなわち、モニカの中に、”ガブリエラ”という存在はかなり深く刻まれてしまったという事。
それは一見するだけでは分かりづらいが、魔力災害のニュースを意識したり、胸の大きさを気にしたりといったところに見え隠れしている。
昨日、ガブリエラは自らに注目の集まったあの試合で、世界中の潜在敵に”彼女の力”を刻みつけた。
もちろんその”潜在敵”のリストの一番上は俺達だろう。
恩を売るために俺達を助けてくれた彼女だが、ちゃんと”やるべきこと”もやっていたのだ。
もちろん、ガブリエラが出した”条件”の中に、モニカの彼女の力の意識を刻みつけるというものがあったが、まさか”あんなもの”を見せつけられるとは・・・
ガブリエラの見せた攻撃は、それくらい圧倒的だった。
あんな膨大な魔力を、一切の過不足なく使い切るというのは尋常ではない。
あれを見た多くの者の中で、もともとあったであろう”意思を持った災害”といった印象が、”高度な知識を持った災害”というより厄介な存在に格上げしたのは間違いない。
そして”本当に強い”者たちにとって、それよりも厄介なのは、その攻撃すら片手間に処理したあの”次元魔法”との親和性だ。
あれがなければ最後の攻撃は地面にぶつかって弾け飛び、アクリラの街は壊滅的な被害を負っただろう。
ガブリエラのアクリラでの専攻というのもあるが、その扱いづらさと必要魔力故に表層をなぞるだけで終わる他の者と違い、彼女はかなり奥深くまでそれを理解し使用する魔力もスキルも持っている。
あれでは仮に無敵の攻撃を放ったとしても、他の空間に飛ばされるか、逆に捻じ曲げて使用されかねない。
あの魔法をすり抜けてガブリエラにダメージを与える手段なんてあるのだろうか?
少なくとも今の俺たちには思いつかない。
だが、彼女と”対等”になるにはそれではだめだ。
なんとかする方法を考えないと・・・
おっといけない。
どうやら俺にまでガブリエラのことが刻まれてしまったらしい。
今対処すべきは彼女ではないし、無視できるほど簡単な相手ではないというのに。
俺はなんとなくフワフワしていた感情に喝を入れ、改めて試合に向けた準備を始める。
体調的なものはロザリア先生が、度胸はモニカがやってくれる。
俺がやるべきは、用意したシステム周りのチェックを・・・・
「モニカ様」
その時、俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「えっと・・・」
モニカが首だけ捻ってそちらを向くと、そこに居たのは完全武装のヘルガ先輩だった。
そういやこの人も今日は戦うのか。
普段ガブリエラとセットなので、単独での出場というのはかなり新鮮だ。
「・・・なんですか? ヘルガ先輩」
きれいで豪華な装備でバッチリ固めたヘルガ先輩に対し、検査中のため全裸で動けないモニカが少し恐縮気味に聞く。
ヘルガ先輩の纏っている空気がなんだかとても厳粛で、うっかり冗談を言える空気じゃないのだ。
というか、いつにも増して畏まってる。
「とりあえず、服着てからでいいですか?」
たまらず俺がそう申し出た。
いくらなんでもこの格好で話すのは気まずい。
だがヘルガ先輩は俺のその申し出に対し頭を振る。
「いえ、そのままで結構です。 着られてからでは二度手間になりますから」
そう言うと、手に持っていた袋を差し出した。
「モニカ様には本日、こちらをお召になってもらいます」
そしてその袋の中から一着の制服を取り出し、それを見たモニカの顔に怪訝なものが走る。
なんでこんな物を・・・
「これを着るんですか?」
俺が問い返すとヘルガ先輩が大きく頷く。
そこには使命感のような、とても強い意思が含まれていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
同日・・・・
アクリラから3000㌔ブル(km)以上離れたところにある、誰も寄り付かない田舎にある寂れたとある城で。
その日、その古城の一室で、その城の主人がいつもの様に朝食の為に食堂にやってきた。
既に食堂の巨大なテーブルには、1人分の食事が置かれている。
だが、この広大な空間に1人分しか用意されていないというのは、逆に物悲しいものがある。
かつてはここも多くの来客で賑わい、テーブルに並んだ食事も豪華でもっと大人数分用意されていた。
それが今では来客どころか使用人すら歳をとった数名しかおらず、食事も老人用の質素なもので、この食堂を維持することすら手が回っていない。
よく見れば荘厳な装飾は埃をかぶり、クモの巣が張っている箇所もあるくらいだ。
それでもこの城の主人は、もう何十年もこの場所で必ず朝食を取ってきた。
もはや彼に残されたのはそんな意地だけだとばかりに。
だが、今日は少し趣が異なっていた。
質素な朝食の横に、この古臭く朽ちる寸前の屋敷には似つかわしくない豪華で真新しい木箱が置かれていたのだ。
木箱の表面には複雑な模様が刻み込まれ、その中心には金色の素材で鹿と鳥と魚を組み合わせた紋章が描かれている。
だが城の主人は、その木箱にはまだ触れず手元に魔法陣を作り、そこに表示されている情報を見つめた。
気にしているのは”日付”と”時間”。
いつもなら既に朝食を美味しくなさそうに食べ始めている時間だが、今日はそんなものになど気にならないとばかりに無視している。
しばらくそんな静寂の状態が続いた。
どれくらい経っただろうか?
不意に魔法陣の表示が変わり、木箱の金色の紋章が僅かに光りだす。
「時間か・・・」
その言葉を聞くものはこの食堂の中にはいない。
あるいは、城の主人が自らに発した言葉なのかもしれない。
城の主人が木箱を見つめながら右手を伸ばすと、その指先の表面を小さく切った。
木箱の表面にポタポタと落ちる真っ赤な鮮血。
すると驚いたことにその血に反応したように、木箱の模様が金色に輝き始めたではないか。
そして、まるでその血が鍵であったかのように木箱がガチャリと小さな音を立てると、表面がパカリと4つに割れる。
だが木箱の中にはなにもない。
ただしそのかわり、開いたのと同時に箱の中に刻まれていた魔力回路が完成し、城の主人の目の前に魔法陣が現れる。
それは縁が7重にも及ぶ強力な”契約魔法陣”
人が見ればその禍々しさに目を顰めたことだろう。
だが城の主人はその魔法陣に刻まれた内容を、しげしげと眺めるだけで恐れたりはしない。
魔法陣に刻まれていたのは、”モニカ”という名前。
それを確認した城の主人は、既に切られた指先を魔法陣の中心に当てると、枯れかけていた魔力を注ぎ込んで魔法を完成させる。
完成したことで一気に輝きを増す魔法陣。
それがやがて小さく形を変えて纏まると、そのまま城の主人の胸へと飛び込んだ。
そして、その契約によって発生した凄まじいまでの苦痛に呻く。
だがそれでも彼は、それまでになかった力強い表情を作って虚空を睨んだ。
「・・・ガブリエラよ・・・約束通り、”私の役目”は果たしたぞ」




