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1-X6【幕間 :~”認識”~】



 2人の少女が去ったアレス高地はかつて無いほどの喧騒に包まれていた。


 そこらじゅうにゴーレム車両が停車し、その中から観測用ゴーレムを中心とした部隊が地面に空いた大穴や使われた魔力の痕跡などの、”残留物”の調査を行っている。

 そしてその光景は、訓練された軍隊の部隊による調査よりも遥かに高度で組織立っていた。


 そしてそこで判明した事実や、逃げた少女たちを追いかけた偵察隊がもたらした情報などを後方の司令部へと送り、その内容を精査した上でこの部隊の指揮者である”黒舌のジーン”を介して”クライアント”から派遣された”監視者達”と情報のすり合わせを行っているところだった。


 彼等が居たのは、ゴーレム部隊の後方に設けられた”指揮スペース”の一角で、その扱いはまるでゴーレム達の直接の指揮下に組み込めない”人間達”を、調査に影響がない場所に纏めておくためであるかのように、指揮官タイプのゴーレムによって充てがわれたかのようで妙な居心地の悪さがあった。


 そんな中、アレス高地の広大な草原に、筋肉の塊の男の大声が響き渡る。


「おい! それはどういう事だ!!?」

「と言われても、むしろどういう事とは何事だ?」


 そして、それに対して地味な魔法士服を着た若い男が面倒くさそうに聞き返す。

 それによってその場に充満した謎の緊張の空気に、残りの者たちが居心地悪そうに僅かに身動いだ。


 大声を出した、この筋肉の塊の男の名前は”ウェイド”


 もちろん偽名だ。


 ”黒舌のジーン”の弟分兼護衛、そして彼等3人の仕事において”実行役”を務める人物だった。


 そして相対する若い男は、”クライアント”から派遣された”監視官”で、3人には”ボルド”と名乗っていた。

 これも、ほぼ間違いなく偽名だ。


 ボルドは己が圧倒的に強さで勝っていることを知っているのか、巨大な筋肉の塊に凄まれても全く気にしていなかった。


 そして、その様子を緊張した面持ちで見守るのは、魔法士のグレイ、その隣で冷静に成り行きを見守っているのがウェイドとグレイの姉貴分にして、この場の”名目上”のリーダーである”黒舌のジーン”で、その背後にゴーレム部隊の”リーダー格”である特殊な騎士型のゴーレムを控えさせていた。


 これは大きさこそ他の騎士型機械人形(ナイト・ゴーレム)より一回り小さいものの、その内に秘めた力は、この場においても上位者である監視官達に匹敵するほどの物であった。


 そしてさらに少し離れた位置から、不気味な笑みを浮かべて周囲を眺める年配の女が”クライアント”から派遣されたもう一人の監視官、”エクシール”だ。

 当然彼女も偽名だろう。


 監視官は二人共同じデザインの白い魔法士服を着て、頭には赤色の帽子を深く被っていた。



 そしてその輪の中心では、ウェイドがなおもボルドへ詰め寄っていた。


「偵察ゴーレムが女の子供二人を見たというのは分かる、だがそれを聞いて、おめえなんて言った!?」


「なんですか? ”報告にあったとおり” と言っただけですよ」

「それだ!! なんで今まで黙ってやがった!!!?」


 飄々としたボルドの受け答えに対し、ウェイドがいよいよ掴みかかりそうな様相になってきた。


「なぜ、あなたに言わないといけないのですか?」

「俺達は、”子供は殺さない” そういう条件でしか仕事はしないと聞いているはずだ」


 子供・・・そう、依頼された”標的”は子供だったのだ。

 そしてそれは”黒舌のジーン”の流儀に反する。


 子供であろうとも十二分に社会にとって危険な存在はいくらでもいる世界ではあったが、少なくともその殺しは請け負わないというのが彼等の鉄則だったのだ。


 首都の近郊から魔力状態を見ながら5日もかけて、こんなアレス高地の奥地までやって来たところまではまだ良かった。

 だがそこで、反応が濃くなったとの報告を偵察部隊から得たあたりから、急激に話がおかしくなる。


 ゴーレム達の運用に組み込まれているジーンから、ウェイドとグレイの二人が、エクシールとボルドの二人によって露骨に遠ざけられたのだ。


 ”目標” が近づく中、なぜそのようなことをするのかと訝しがったさなか、地平線の縁に”それ”を目撃することになる。


 それは青い鱗に覆われた巨大な竜が飛び立つまさにその瞬間だった。


 さらに驚愕したのはその背中に乗るのが、二人のまだ幼さの残る少女、特に後ろに乗っていたのは完全な子供だったことだ。


 すぐにその竜を追いかけて空を飛べるゴーレムが飛び上がったが、空戦を意識してない編成のためか今一歩のところで逃げ切られてしまった。


 だがそんなことはウェイドにとって重要ではなかった。


 重要なのは最接近したゴーレムの情報では、間違いなく背中には二人の少女が乗っていたこと。

 そしてさらにそれらの情報をこの監視官達は予め知っていた(・・・・・・・)という。


 しかも情報を精査した結果、”目標” は小さい子供の方だというのだ。


 事ここに至って、ウェイドの不満が爆発する。


「冗談じゃねえ!! 俺達はこの仕事から降りる!!」


 ウェイドが大声でそう宣言する。

 だが、ボルドはまるで嘲笑うかのように、唇の片方を持ち上げた。


「ならばそうするがいい、もともとお前たち2人(・・・)には用はない」

「姉御!!グレイ!! 行きましょうぜ!!」


 ウェイドが彼の仲間2人にそう言う。

 

 だが、ジーンは無表情を崩さぬまま反応しようともしない。

 そして周囲の様子を緊張して見守っていたグレイも反応できないでいた。


「姉御!! 信念を曲げてまで、なんでこんな奴らと!?」


 ウェイドが懇願するように姉貴分に語りかける。


「今は・・・・おとなしくしていなさい」


 だが返ってきたのはその言葉。

 その拒絶に驚いたウェイドはその場で固まってしまった。


「・・・あねご・・・・」


「子供殺しが嫌ならば、おとなしく腰抜けのように逃げればよかろう・・・もっとも機密を知った以上然るべき”処置”はさせて頂くが」


 だがその様子を見ていたボルドが嘲笑を込めてそう言い、それがウェイドの堪忍袋に決定的なダメージをいれた。


「・・・・なめんじゃねえ」


 ウェイドの巨大な筋肉に急速に魔力が溜まっていく。

 そして、その巨大な腕に付いた手で背負っていた剣を鞘から引き抜いた。


「どういうつもりだ? ヘロニモ」

「うるせえ、勝手に俺の本名を言うんじゃねええ!!」


 ボルドの挑発に乗ったウェイドが、持っていた剣を大きく振り上げる。

 それは、ただの剣筋と言うにはあまりにも高速で破壊的だった。


 そもそもの話、一般生活まで深く魔力が浸透しているこの世界で、自分の筋力を魔力で強化する”筋力強化”はそこまで難しいものではない。

 そのため複雑な魔法を覚えるよりも簡単に強化が可能な”剣士”は、一般的なレベルにおいては魔法士よりも遥かに強いというのが常識だった。


 特にウェイドの剣は、元々あった強大な筋力と魔力によるブーストで瞬間的には厚さが数十cmに達する鉄板ですら容易に切断できる。


 この直撃を受ければ”エリート”であってもただではすまない。

 だから力が足りなくとも、ジーンとグレイの準備と援護さえあれば、かなり危険度の高い”目標”であってもこれまで打ち倒してきたのだ。


 だが、今相対するのは正真正銘の”エリート”魔法士であり、ウェイドは何の対策もしておらず、しかも不意打ちでもない。

 

 このままではウェイドは瞬殺されてしまう。

 それに気づいたジーンが慌てて、二人の間に割って入ろうとする。


「やめなさい!!」


 だが既にウェイドの腕は振り下ろされていて、もう止められない。

 最大限まで魔力を込めた筋力強化によって膨大な力を得たウェイドの剣が、音すらも置き去りにしてボイドに向かって一直線に飛ぶ。


 だが、一方のボルドの方はまるで”正当防衛の大義名分”が出来るのを喜ぶかのように、生き生きとした表情をしており、そこにはその剣では死なないという”確信”があった。


 そしてそれを象徴するように、瞬間的にボルドの正面に真っ赤な魔法陣が展開され、飛び込んできたウェイドを消し炭にしようと魔力が渦巻く。


 このままではウェイドはボルドの魔法陣に正面から返り討ちにあい、よくても死体が残るレベルの事態になってしまうだろう。


 だが、もう止められないところまで進んでしまった両雄の牙が激突する・・・まさにその刹那・・・


 何者かが凄まじい勢いで二人の間に割り込み、ウェイドの剣とボルドの魔法陣をその腕で捻り潰す(・・・・)と、そのまま二人の腕を掴むと凄まじい力で真下に投げ飛ばした(・・・・・)


「・・ッブ!!??」

「な!??」


 驚くのも無理はない、それまで対峙していたはずの二人は、一瞬の内に地面に叩きつけられていたのだ。


 そしてその様子をちゃんと視認できた者はこの場にはいない。

 少し離れたところにいた監視官のエクシールですら僅かに視認できた程度で、その”者”のあまりの実力にそれまでの余裕の色は消えていた。


「・・・なんだ!!?」


 何が起こったか理解できなかったウェイドは、地面から顔を起こすと周囲の状況を確認しようと首を左右に振り、そこにあった光景に戦慄する。


 なんと、自分だけでなく格上だと思っていたボルドまでもが地面に伏せっていたのだ。


 そして二人の間に仁王立つ、人並みの大きさの鎧の姿を見た時、盛大にその肝を冷やした。

 つい先程までジーンの背後に控えていたリーダー格のゴーレム・・・

 そこでウェイドはそれがカシウスのゴーレムの中でも末期に制作された最も高度な存在であると説明されたことを思い出した。


 その時はただ単に武器としての精度が高い程度の認識だったがとんでもない。


 それは、圧倒的な”強者”だった。


 それに見下されている(・・・・・・・)


 それだけでウェイドは足元が奈落に突っ込んだかのような恐怖を感じた。

 そしてそれは、ボルドも変わりないらしい。


 二人はそれからしばらく、そのゴーレムの無言の威圧に晒された。


 なぜこのゴーレムが、このような行動に出たのか。

 

 ウェイドはその”確固たる意思”の篭った立ち振舞から、これはただ二人がジーンの言った”やめなさい!!”という”指示”に背いたことに対しての制裁であることを理解した。 



「・・・さすが、カシウスの最高傑作・・・本気で動くところは初めてみたけど・・・・」

「 ※∇§ !」


 そのエクシールの言葉は、”そのゴーレム”の一喝によって中断される。

 頭部から発せられたその声はくぐもった男性の声で、何を言っているのかは判然としないものの他のゴーレムよりも自然だった。

 そしてその凄まじい威圧によってこの場に居並ぶ全員が次の言葉を発せられなくなってしまう。


 それだけではない、いつの間にか抜き放たれていたそのゴーレムの剣の切っ先がまっすぐにエクシールの喉元へ向かって伸びていたのだ。

 そしてそれに気づいたエクシールの顔から余裕が完全に消えて無くなる。


 その様は監視官達が決してこの場において指揮者でも、ましてや強者などではないことを如実に示していた。


 そしてゴーレムは十分に彼の(・・・)意図が伝わったことを認識すると、機械とは思えないほどスムーズな動作で剣をしまい、今度はわざとらしくジーンに一礼して元いたジーンの左斜め後ろの”彼の定位置”へと戻っていく。


 そして、全員がその様子をただ見守るしかできないでいた。



 予想外の圧倒的強者。


 それまで自分を上位者だと思っていた監視官2人を含め全員がこの瞬間、この部隊のパワーバランスを理解した。


 例え、伝説の兵器であろうが、所詮は鈍重な機械人形・・・・

 然るべき操作方法さえ分かっていれば脅威ではない・・・ 


 そんな認識はもう欠片も残されてはいなかった。


 ”カシウスの最高傑作”


 そう呼ばれた真の意味をこの時全員が理解した。



 誰も、このゴーレムには勝てない。


 そしてこのゴーレムは、ジーンの指示にのみ従い、他の者にもそれを求める。


 それに気づいた監視官の2人がそれまでとは意味合いの違う緊張の色を強めて、周囲のゴーレムへ注意を向ける。


「⇔∇〆※ 〓♯∝∃≒」


 するとリーダー格のゴーレムがボルドとエクシールの方を向いて何かを喋りかけた。

 それに対し、エリクシールの表情がさらに歪む。


 彼女はジーンほど完璧ではないが、このゴーレムたちの言葉をある程度認識できるように訓練されていた。


「・・な・・なんて言ってるんですか?」


 半分腰を抜かしたグレイがジーンに、言葉の内容を問う。


「・・・安心しろ・・・お前たちの”依頼”には従う」


 その言葉にその場の全員が再び凍りついた。

 監視官2人も、あらためて自分たちの言葉でそれを言われたことで、その顔に浮かぶ緊張の度合いを強める。


 それはジーンを含め、この場にいる全ての人間が己の思惑を大きく外されたことを理解した瞬間だった。



「なるほど・・・わかりました、この部隊の”規律”には従いましょう」


 最後にボルドが軽く肩をすくめながら立ち上がり、服についた汚れを軽く払う。

 さすが高位の魔法士とあってかその動作だけで、服の皺まで綺麗になってしまった。


 一方のウェイドは、地面に座り込んだまま、この場においての自分の無力さと無能さを嘆くことしかできなかった。


 そこにゴーレムを伴ったジーンが近づいてきて、ウェイドへ手を伸ばす。


「少し頭を冷やすことね」


 そう言い放ったジーンの声は恐ろしいまでに冷たかった。


 そしてジーンの手を取って立ち上がるウェイドの顔は単純だった彼には似合わないほど暗いもので、そしてそれを見たグレイも言葉もなくその場で立ち竦んでいるしかできないでいた。




「ところで、その”報告”ってやつの詳細を聞かせてもらえるかしら?」


 ジーンが改めてボルドへ向かって情報開示の”指示”を出す。

 そこでこの場に居る者たちは、この場が状況報告の為のものであることを思い出した。

 

「・・・・・竜に乗った”青髪”と”黒目”の少女二人、これはピスキアからの情報とも合致しています」


 ボルドが少し緊張した様子で、ジーンの質問に答える。

 ゴーレムに投げ飛ばされた直後とあってか、その顔色は悪い。


「どこの誰?」


 ジーンがボルドにさらに詳細を問う


「青髪の少女は ”ルシエラ・サンテェス” クリステラ出身でアクリラ条約の特別留学ビザで入国しているとのことです・・・・」


 その瞬間、ジーンの表情がさらに険しいものに変わり、それが彼女が”目標”を認識したことを示すサインであると知っていた仲間2人は、いよいよ自分の知っているジーンではないということに気づかざるを得なかった。


「・・・・・もう一人は?」


 ジーンはもう一人、つまり暗殺目標について情報を求めた。


「もう一人の名前は ”モニカ・シリバ” 状況から言ってこちらが”目標”だと思われます」


 それは”世界”が初めてその”存在”を認識した瞬間だった。



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