1-11【新しい朝 6:~”俺達”の試験範囲~】
僅かに湿気を含んだ冷たい空気が鼻の中に入ってきて、意識がスーっとクリアなものに置き換わっていく。
そして、ゆっくりと目を開けると知らない天井が目に入ってきた。
フロウの感覚器でそれが何を見ているかは知っていたが、生身の目で見るとまた違った印象を受ける。
そしてゆっくりと上体を起こし、寝床に座る形で起き上がると、掛け布団代わりの毛布の端が膝の上に落ちる。
その状態で、いつものようにモニカが腕を動かして感覚を確かめるのを眺めながら俺が朝の声かけを行った。
『おはよう、モニカ』
「・・・うん、おはよう・・・ロン」
モニカはまだ寝ぼけているが、気のせいかいつもよりも覚醒の速度が早い。
何か楽しげな感覚がモクモクと湧き上がって来るかのようだ。
『随分と早いお目覚めだな』
見ればテントの中はまだ殆ど真っ暗な状態だ。
僅かに白んではいるものの、夜明けはまだ遠そうだ。
それに気がついたモニカが、軽く周囲を見回す。
あたりは水を打ったように静かで、すぐ隣から規則正しい寝息の音が聞こえてくるくらいだ。
そちらを見れば、隣のベッドで豪快に眠るルシエラの様子が目に入る。
ただ、あまり寝相がいい方ではないらしく、大きく動いたせいで掛け布団や薄い寝間着がめくれ上がって際どいものが見えそうになっていた。
流石にそれは目に毒なのでさっさと目線を外してほしいが、どういうわけかモニカの視線がそこに吸い寄せられる形で動いていき、着崩れた服の間から見える胸の谷間の方へと・・・
『どうした?』
「え? あ、うん、お、おはよう・・・」
モニカが慌てて顔を赤らめながら、先程も行った朝の挨拶をまたも繰り返して自分のベッドから飛び降りた。
このテント、テントの癖にベッドや家具が完備されていて凄いのだが、今はそれより気になるのがモニカの反応だ。
先程のあれは単なる好奇心なのか、それとも俺の感情に引っ張られたのか判断が難しい。
俺の心は男なので横にルシエラの様なスタイルのいい美少女が寝ていれば、当然ながら意識してしまう。
だが今ではモニカも結構な割合で俺の思念を受け取れるはずなので、モニカが無意識に俺の感情を自分の感情と誤認する恐れがあった。
俺自身、日頃からかなりモニカの感情に引っ張られていると感じているくらいなので、当然その逆もあるだろう。
怖いのは今後、女社会で生きていく上で俺という異物の感情が邪魔をする恐れがある事が十二分に考えられることだ。
こればっかりは俺がどの程度、女体に慣れられるかにかかっている。
モニカの体は子供な上に自分である意識が強すぎるので、しばらくはルシエラで慣れていかなければいけない。
せめて欲情しない程度には慣れなければ・・・・
モニカがテントのバリバリといわないマジックテープのような謎の接着式の布の扉を開けて外に出ると、僅かに白んだ空が目に入ってきた。
まだ夜明けまでは時間があるが、それでもテントの中よりはよっぽど明るい。
それに北国生まれなのでこの朝の冷たさが心地よかった。
テントの外ではロメオが横になって眠っている。
こいつもまだ起こさないほうがいいか。
俺達はその空気の中をしばらく歩いてテントから距離を置く。
周りを見れば昨日の俺達の試し撃ちによって空いた大穴が土を大きく掘り返し、緑色の大地に茶色い空間をいくつも作っていた。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな」
モニカが心配そうにその景色を眺めている。
冷静になって考えればかなり派手に地形を変えてしまったかもしれない。
『改めて見ると、意外と威力あるんだな』
「ロンがそれ言う?」
今歩いているのは昨日最後に空中から撃ち込んだロケットキャノンが開けた大穴の縁だ。
真上から2発同時に直撃したせいか
直径が30m近くある巨大なクレーターになってしまっている。
『この中に落ちたら面倒だな』
モニカが中を覗いてみると底までは思いのほか距離があった。
そういえばエースだ必殺技だと言ってはいるが、こうしてマジマジとその威力の痕跡を眺めたことはなかったな。
改めて見ると確かにルシエラの言う様に対人用としては過剰に過ぎる気がする。
暴走していたときはこんな物をブレス代わりに撒き散らしていたんだから、そりゃ昨日見たときに呆れたような反応もされるだろう。
さて、この散歩は別にそんなことを確認したいものではない。
その証拠にモニカの手には練習用の少し重たい棒が握られていた。
クレーターから少し離れたところにある開けた場所に立つと、モニカがその棒を構えて軽く息を吐いた。
すると不意に周囲の風の音が止む。
そして、キッ! っと前方の空間を睨むと、凄まじい勢いで棒を振り抜いた。
更に息もつかせぬ勢いで次々に虚空の目標に対して打ち込んでいく。
気のせいか以前よりも遥かに一撃が強力に感じた。
さらにあまりの集中に俺の意識もそこに巻き込まれて、殆ど無意識に様々な強化スキルを次々に発動していっている。
おそらくこれも【思考同調】の後遺症なのだろう。
その動きは一般的に優れた棒術を形容する言葉である”舞”のようなものではなく、まるで”嵐”のような苛烈な棒の動きに、何も叩いていないのにも関わらずバシッという衝撃音が何度も連続して発生する。
そういえば久しく振っていなかったな。
もちろん時々振ってはいたが、移動と回復に専念していたときや街の中では、中々こうして思いっきり振り回すことができなかったのだ。
ただ、旅に掛かりっきりということもあったが、やはりどこか魔法やスキルによる高威力の攻撃に意識が向いてしまっていたのだろう。
エリート調査官と戦ったときだって、なぜこれを使う発想がなかったのか。
確かに大型の魔獣などには効果は薄いが、対人、特に魔法士相手ではかなりの威力を発揮しただろう。
得体のしれない相手に接近したくないという考えが強かったこともあるが、今になってみれば棒術も試してみるべきだったかもしれないと強く感じた。
それにこの動きは全身の筋肉をくまなく使うので、体を大きく伸ばすようでとても気持ちがいい。
結局俺達は朝日が昇るまでひたすら練習用の棒を振り続けていた。
『ふう・・・久々だから鈍っているかと思ったが、全然そんなことなかったな』
「むしろ、前よりかなり強くなってると思うよ、時々強すぎて姿勢を乱してた」
『やっぱり、この前の調査官相手にも試してみるべきだったな』
「うーん、どうだろうね、ルシエラに試してみる?」
モニカがさらっとルシエラを実験台に提案してくる。
『・・・・一応、俺達にとっては魔法の先生だからな?』
「それでも、ルシエラに効くんだったら、他の魔法士の人にも効くよね?」
『まあ、そうだな、タイミングを見て頼んでみるのも一興かもな』
「うん、そうしよう!」
モニカが楽しみなことが出来たというような明るい表情になる。
その笑顔を壊したくないので決して言わないが、俺は現状では全く効果があるビジョンが思い浮かばなかった。
ランベルトの防御も突破はできないが、あっちは同時展開には限界があるのでモニカの凄まじい速度の攻撃であれば追いつけないという公算がある。
だが、どう考えても今の近接攻撃ではルシエラの結界を突破できない。
威力はもとより、常時展開型で手数も相手が上なのだ。
あれを破るにはやはり俺達だと砲撃系しかないわけで・・・
そうなると今度は相性的に通らないわけで・・・
なかなかままならない物だな。
◇
テントの中に戻ってみると、ベッドの上では相変わらずルシエラが豪快に眠っていた。
その意思の篭った寝姿は、もはやそういう封印と言ってもいいレベルだ。
「どうする? 起こす?」
『そうだな・・・起きてもらわないことにはどうにも出来ないからな・・・』
モニカが恐る恐る、ルシエラに近づきゆっくりと手を伸ばす。
幸いにも今回は結界に弾かれるようなことはなかった。
今はかけていないのか?
相変わらず魔法陣が幾つか体の周りをウロウロしているので、ひょっとするとモニカが”ホワイトリスト”に入っているのかもしれない。
とにかく、心配していたようなことは起こらず、モニカの手はそのままルシエラの肩に触れることができた。
まず手始めとばかりに、軽くつついてみる。
「ねえ、ルシエラ・・・」
「・・・スー・・・スー・・・」
反応なし、ということで今度は揺すってみる。
「ねえ、朝だよ・・」
「・・・スー・・・スー・・・」
依然として目標に変化なし。
すると今度は両手で肩をしっかりつかむと、激しく揺すり始めた。
「ルシエラー、おきてー」
「・・・んんん・・・スー・・・・」
だめだ、夢の世界から頑として帰国を拒否なさってる。
流石にこれ以上となると、常識的に厳しいか。
『モニカ、疲れてるんだろ、もう少し寝かしといてやれ』
「うん・・・」
モニカが少しつまらなさそうに、うなだれる。
早朝から目が覚めて張り切っていただけに、おあずけを喰らう形になってしまった。
そしてその時だった。
ガシャン!!!ガシャガシャガシャ!!!ガシャン!!!
「!?」
テントの中に謎の機械音のような音が大音量で木霊し、モニカが驚いてそちらを振り向く。
「なに!?」
『あの魔道具みたいだが・・・』
それはテントの中のテーブルに置かれた大きめのトースターのような魔道具だった。
先程までは全く光っていなかったが、今は全体が激しく光り輝き、上部のトースターの口のような部分が燃えるように発光してその上から紙のようなものがゆっくりと伸びていた。
更に良く見れば、ガシャン!という機械音のたびに燃えている部分が少し動いて謎の記号を紙に書いている。
そしてその紙はどこから供給されているのかは不明だったが、その動作は鍵盤のないタイプライターを思わせた。
だが、その紙に書かれた内容はなにがなんだかわからない。
どうやら文章自体が暗号化されているようだが、この分量では解読の取っ掛かりになるような規則性も見つけられない。
ついでにいうと文字の形も大きさもバラバラだったのだ。
これではお手上げである。
随分と気合の入った暗号だ。
そしてそのまま暫く、俺もモニカも恐いものを見つめるような気分でその動作を見守ると。
最後に盛大にガッチャン!!!という音を立てて魔道具の口から紙が滑り落ちた。
どうやら動作は終了したようだ。
「・・・なんだと思う?」
『さあ、読めないからな・・・さっぱりだ・・』
「・・・ああ、来たんだ」
「『!?』」
突然、すぐ後ろからかかった声に驚いて後を振り向くと、そこには盛大に寝癖をつけたままのルシエラが眠そうな表情で立っていた。
「お、おはよう・・・」
「・・・うん、おひゃああぁぁ・・・よう」
モニカの挨拶に大きな欠伸を混ぜながらルシエラが応える。
それにしてもこの人、前にも冒険者協会ですぐ後ろから声をかけてきたが、そういう本能でもあるのだろうか?
「ところで、何が来たんだ?」
俺がルシエラにあの紙の正体を問う。
来たと言うからには何かの通信的なものだと思うが。
「・・・ええっと、暗号化された魔力通信・・・まだ読んでないけど、たぶんあなた達の試験範囲だと思うわ」
◇
ルシエラがその紙に書かれた暗号文を読み解く間、俺達はなんとも言えないような緊張の中でその様子を見守った。
もっと気軽に質問すればいいのだろうが、どうしても俺達の試験の範囲とあって、変に意識してしまう。
モニカも俺のその緊張が伝播したのか黙ったままだ。
「・・・魔力検査はこれだから・・・変質量が問題・・・ああ、これがあったか・・・うわ、どうしよ・・・」
そしてルシエラは暗号文を読みながらブツブツと何かを呟いている。
おそらくそれが出題範囲とやらなのだろう。
そしてそれを読んでいると同時に、謎の魔法陣が激しく動きまわり、ルシエラの寝癖や服の皺を整えていく。
あの魔法、覚えたいな・・・・
難しいのだろうか?
覚えたら普段からよく使うだろうから、すぐに必要魔力動作がスキルとして纏められるだろう。
「うん・・」
最後になにか納得したかのようにルシエラがそう言って、読んでいた紙を丸めて魔法陣を開き謎空間に収納してしまった。
「ええっと、それで・・・・」
緊張で動けないモニカに代わって俺がルシエラに内容の詳細を尋ねる。
「・・・まず、心配していた学費だけど何かよくわからない条件を満たしているとかで免除になったわ」
「・・・いらないの?」
「何かよく分からない条件って・・・・」
「たぶんロンの特殊性でしょうね、ただ、どうしても試験免除を認めさせることはできなかったらしいわ、学校としても基準は満たしているという大義名分が必要なんだって、学費免除の入学保証なし・・・・特殊2類待遇って書いてるから、魔獣や精霊とかと同じ枠ね」
「まじゅっ!?」
「そりゃまた・・・・」
「これたぶん、職員会議でスリード先生が暴走したんだと思うわ・・・この枠はあの先生が決定権持ってるはずだし・・・」
なるほど、これはあの魔獣先生の枠なのか・・・・
だったら感謝するべきなのだろうか、それとも、もうちょっと他の枠がなかったのかと愚痴るべきなのか。
まあ行き場のない俺たちをタダで受け入れてくれるだけでも感謝なんだろうけど。
だが、ルシエラの表情は微妙なものだった。
ひょっとしてなにかあるのか?
「そういえば試験はあるんだよな」
入学すれば学費が免除だが、入学の保証はないとルシエラは言った。
ということは試験だけは正面から突破しないといけないことになる。
「・・・それが、試験の難易度はモニカの種族と年齢から妥当とされる初等部修了相当から、一学年分引かれる形で正式に決まったそうよ、一学年分は入学後補習という形で補うらしいわ・・・・」
「おお! それは良かった」
「ちょっと簡単になったの?」
「試験はね・・・」
どうやら、想定よりも試験問題が簡単になったようだ。
一学年とはいえこれは大きい。
「たぶん、試験をパスした程度で初等部修了と同等にはしたくないんでしょうね、これもたぶんだけど、補習は一学年分だけじゃなくて、かなりみっちりやると思うわ・・・」
俺はそこでルシエラの表情から、簡単に喜んでいい話ではないことを察する。
しかもさらになにかあるようなのだ。
「ただ内容は、検査と筆記と、実技と面接・・・なんだけど・・」
ルシエラがそこで苦々しい表情になった。
なんだろうか?
それにしてもそれだけ聞くと意外にも試験っぽい内容だ。
検査はたぶんモニカの魔力状態とかを見られるのだろう・・・色々問題あるかもしれないが、とりあえず魔力量に余裕があるので問題はないだろう。
次に筆記だが、これは簡単だ、俺には完全記憶があるので試験範囲の資料でも丸暗記すればいいので問題にもならない。
気になるのは実技だが、それもルシエラの指導でなんとかなるだろう。
それにモニカが少しでもコツを掴めば俺がなんとかしてやれる自信があるし。
面接はまあ・・・・なんとかなるだろう。
二人がかりで回答を考えればきっとなんとかできるはず。
だが、ルシエラの表情は昨日よりも難しいものだった。
そんなに難しい内容なのだろうか?
「どうしたの?」
何かを察したモニカが声を発した。
すると、ルシエラが一息ついてからその口を開いた。
「テストの幾つかは・・・・ロンとモニカを別々に受けさせるって・・・」
それは予想外の難問だった。




