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日本書紀本文神話を愉しむ  作者: 村咲 春帆
講筵篇
11/19

『「日本紀/日本書紀」私記』

『「日本紀(にほんぎ)日本書紀(にほんしょき)私記(しき)多人長(おおのひとなが)・他』


 『日本書紀』の講書(=お偉いさんへの講義)や研究を目的とした宮中行事「日本紀(にほんぎ)講筵(こうえん)」が行われるたびに成立(したものと思われている)。


 ――なお、開催のタイミングと内容と回数は以下の通り(『本朝書籍目録』より)。

 ① 養老五(七二一)年(奈良時代・元正天皇の頃。これはたぶん、完成の打ち上げイベント。私記の現存はないが、他書にて「養老説」とあればこの時のこと)。

 ② 弘仁三(八一二)年(平安時代・嵯峨天皇の頃。一応私記(=甲本)の現存はあり。「弘仁説」と引用あればこの時のこと。三巻、多人長撰)。

 ③ 承和一〇(八四三)年(平安時代・仁明天皇の頃。私記の現存なし。菅野高平撰)。

 ④ 元慶二(八七八)年(平安時代・陽成天皇の頃。私記の現存はないが引用は残っている模様。一巻、善淵愛成撰)。

 ⑤ 延喜四(九〇四)年(平安時代・醍醐天皇の頃。私記の現存はないが、『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』にて「公望(きんもち)私記」(講師補佐で著者の矢田部公望(やたべのきんもち)の名より。『延喜私記(えんぎしき)』としなかったのは「延喜式(えんぎしき)」との名前の音被りを避けたか)と引用あればこの時のこと、藤原春海撰)。

 ⑥ 承平六(九三六)年(平安時代・朱雀天皇の頃。零本(れいほん)(完本の対義語。全体のうち残っている方が少ない本、の意)ながら一応私記(=丁本)の現存はありという扱い。「承平私記」とあればこの時のこと。矢田部公望撰)。

 ⑦ 康保二(九六五)年(平安時代・村上天皇の頃。私記の現存なし。橘仲遠撰)

 ――の、計七回。


 講筵に際して各講師によって作られた(ものと思われている)講師用の覚書。内容は基本的に本文の訓読である。弘仁回の講師、多人長おおのひとながが自身の「私記」の序文にご先祖ネタをぶっこんだせいで、唯一まともに揃っていると目されている『弘仁私記』の、序文のみの名が売れるという謎展開に。ちなみに「私記」というまとまった形で現存しているのは四種のみ。それぞれ甲本(=『弘仁私記』)、乙本(年代不明)、丙本(年代不明)、丁本(=『承平私記』)と呼ばれている。これらの集大成とも言われる『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』のような、『日本書紀』の注釈書の作成時には資料としても活用されており、延喜の「公望私記」のように引用先で断片的に本文が残っている例も多く見られる。



 『日本後紀』の項でも触れましたが、『日本書紀』の関連資料にもかかわらず『古事記』との絡みの方が名高いかもしれない『「日本紀/日本書紀」私記』。とりわけ「甲本」と呼ばれる、多人長(おおのひとなが)の手に成る『弘仁私記』の、それも「序文」と書けば、ましてや「弘仁私記序」なんて書かれることもあるようですよと言えば、ピンと来る方もいらっしゃるかもしれません。「日本史上初めて『古事記』の名に言及した文献」というヤツです。


 この序文、「そもそも『日本書紀』とは(夫日本書紀者)」で始まるんですが、その続きが「(皇族筆頭の)一品(いっぽん)の位にあった舍人親王(とねりしんのう)飛鳥浄御原宮あすかのきよみはらのみやをお開きなった天武天皇の第五皇子である)や、四位の下の下で五位の上の上の太安麻呂(おおのやすまろ)ら(神武天皇の王子、神八井耳命(かむやいみみのみこと)の後裔である)が、天皇の命令で編纂したものである(一品舍人親王(割注:淨御原天武天皇第五皇子也)、従四位下勲五等太朝臣安麻呂等(割注:王子神八井耳命之後也)、奉敕所撰也)」と来るわけです。


 初っ端から「『日本書紀』編纂ユニット『大極殿の十二人』の追加メンバーにウチのご先祖サマだっていたんだい」アピールですね。――ちなみに、舎人親王にわざわざ「淨御原天武天皇第五皇子也」という割注をつけたのは、恐らく、ウチのご先祖サマに「王子神八井耳命之後也」という割注をつけたいがためだったのではないかと(下衆の勘繰り)。


 その上で「これ以前に(先是)」と『日本書紀』以前のネタとして「舎人がいて、苗字は稗田、名は阿礼(有舎人、姓稗田名阿禮)」とどこかで聞いた名前が登場した挙句、「五位の上の上の安麻呂に天皇の命令があって、阿礼が誦した言葉を編纂させた。和銅五(七一二)年正月二十八日に、まずはその書を書き上げた。いわゆる『古事記』三巻である(詔正五位上安麻呂俾撰阿禮所誦之言。和銅五年正月廿八日、初上彼書。所謂古事記三卷者也)」と、『古事記』ネタをぶっこんでくるわけです。


 そのまま、「清足姫(きよたらしひめ)が元正天皇として即位なさった時に、親王及び安麻呂ら、さらにこの『日本書紀』三十巻並びに帝王系図一巻を編纂した(清足姫元正天皇負扆之時、親王及安麻呂等、更撰此日本書紀三十卷并帝王系圖一卷)」に繋がるので、「『日本書紀』成立関連のネタしか書いていませんが何か」といった体ではあるんですが。


 ただこれを素直に読むと、「『古事記』は太安麻呂が稗田阿礼と二人三脚で仕上げた聞き書き、『日本書紀』のプロトタイプ」と読めてしまう気がするんですが、気のせいですかね。


 そもそも「従四位下守民部卿太朝臣安麻呂(四位の下の下の位階にありながら格上の正四位下相当の民部卿を務めた太安麻呂)」と書くならまだしも、「従四位下(四位の下の下)」に「勲五等(五位の上)」をぶつける意図って…? しかも『古事記』編纂の(みことのり)の際には「正五位上(五位の上の上)」だったようなのに、『日本書紀』成立時は「従四位下(四位の下の下)」かつ「勲五等(五位の上)」ってどういうこと? 何だこの振り幅は??



 さて。

 当然のように全編『日本書紀』まみれの『「日本紀/日本書紀」私記』にもかかわらず、乙本&丙本は年代不明、丁本『承平私記』は巻首が欠けて質疑応答のみという「零本(れいほん)」、延喜の『公望私記』は引用先で断片的に残ってはいるものの一冊にまとめようがないと、まともに現存していると言えるのは件の『古事記』ネタで「序文」の方が名が売れてしまった甲本『弘仁私記』しかないわけです。だから『「日本紀/日本書紀」私記』の中の『日本書紀』絡みの記述を確認しようとすれば、どうしたって『弘仁私記』の、それも序文に当たるしかない、ということになります。


 『弘仁私記』の序文は六六五字(後は割注)なのですが、構成としては三つのパラグラフに分けることができるかと思います。「(第一パラグラフ・一九〇字)『日本書紀』の編纂開始と成立するまで(『古事記』絡みのネタは基本的にココ)」「(第二パラグラフ・二一〇字)『日本書紀』の享受の現状(秘して享受させてこなかったのがご不満の模様)」「(第三パラグラフ・二六五字)日本紀講筵の開催と内容について(要は享受させることを選択したということらしい)」という構成です。


(つまり『古事記』界隈で「弘仁私記序」なんて言って騒がれているのは、『弘仁私記』の「序文」の「第一パラグラフ」の一部のみ、ということになる訳です。)


 第一パラグラフについては先ほど触れたのでもう良いとして。


 第二パラグラフの中の『日本書紀』絡みの記述は、「民間に流布している歴史関係の書物は偽りだらけでひどいものだ(多偽少真、無由刊謬)」と嘆いた直後になります。

 「これはつまり、旧記(『日本書紀』『古事記』、諸氏等のこの類い)を(秘して)読ませず、ちゃんとした(国史の知識がある)教師につかせないせいだ(是則不読旧記(割注:日本書紀古事記諸民等之類)、無置師資之所致也)」と憤る訳です。図書寮に秘していないで、皆に『日本書紀』を読ませろと。ちなみに「無置師資之所致也」の部分、厳密には「師弟を置かない、この結果である」というような訳になるかと思います。


 第三パラグラフの中の『日本書紀』絡みの記述は、まさに「日本紀講筵」の開催に関するもの。

 「刑部少輔で五位の下の下の多人長に命令して『日本紀』を講義させた(詔刑部少輔従五位下多朝臣人長、使講日本紀)」というのがそれです。

 どうやら「第二パラグラフ」という歴史書に対する惨状を嘆いた嵯峨天皇が「日本紀講筵」の開催を決意し、生徒役の六名を指名した上で、外記局の詰め所で授業を受けさせた(外記曹局而開講席)模様。

 そこから一年かけて書物(=私記)を作り上げたようで(一周之後、巻袟既竟)、全三十巻だったものを、神代二巻(其第一第二両巻、義縁神代)、それ以外一巻の全三巻にまとめられた(凡抄三十巻、勒為三巻)と言います。


 そんな私記作成の目的を示したと思われる一文がこちら。

「教えを授かる側の人は間違いやすい。だから倭の音で言葉を分け、朱点で軽重を明らかにした(授受之人、動易訛謬。故以倭音辨詞語、以丹點明輕重)」


 ちなみに『弘仁私記』の序文って、六国史では一貫して『日本紀』と表記されてきた『日本書紀』を、『日本書紀』と明記した「現存する最初の文書」でもあるんですが、気づきました?

『古事記』の資料としてだけでなく、正規の『日本書紀』の資料としても、『「日本紀/日本書紀」私記』の名が世に広まるように願ってやみません。

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